ミア「クノート様、噛みしめてないで仕事をしてくださいませ」
クノート「……」
ケータイショップの駐車場に車を止めた陣一行は、気持ちのはやるクオンを先頭に店へ入ろうとしたところで足を止めた。同じように店へ入ろうとする見覚えのある人影があったからだ。
「ややや、これまた奇遇ですね?」
普段、着なれたトッキョの制服ではなく大き目の黒いロングTシャツにスキニータイプのデニムを履いた彩夢がクオンたちへ話かけてきた。彩夢の隣には白いブラウスに空色のジャケットを羽織り淡い桜色のロングスカートを履いた桜の姿もある。
「彩夢さん? なんでここに?」
「クオンさん、ここに来る理由なんて決まってるじゃないですか。スマホを新調しに来たんですよ。といっても私ではなく隣にいる桜ちゃんが、ですけど」
クオンの質問に彩夢はいつもの調子で返す。ちらっと、隣にいる桜へ視線を向けて。その視線を受けた桜は若干気まずそうにしている。おそらく機械の扱いを苦手としている桜が無理を言って彩夢に付き合ってもらったのだろう。
「彩夢さん、お疲れ様です。それに桜さんも。……まさか、またスマホ壊したんですか?」
クオンと彩夢のやりとりを見守っていた陣も彩夢たちに話しかける。
「……壊したんじゃないわ。勝手に壊れたのよ」
「桜ちゃん、それは無理がありますよ。それに自己紹介はしなくていいんですか? クオンさんとは初めましてですよね?」
「……そうね。初めまして、私は巫桜。彩夢とはトッキョの同僚よ。貴方のことは、彩夢からよく聞いてるわ。よろしく、赤木クオンさん。……それと陣、または余計よ」
「……は、初めまして。よろしくお願いします」
彩夢に促された桜は少しツンとした表情のまま、クオンの前に出て自己紹介をした。彩夢や陣にとってはいつものことなのだが、クオンにとってはそのツンとした表情が少し不機嫌に見えてしまったのか、陣の背に少しだけ隠れてしまった。
「あら、相変わらず手が早いのね。陣は」
「やめてもらえます? 変な誤解されるんで」
「今の状況を見る限り誤解ではないと思うけど。その子にも懐かれているようだし、一緒に来た人たちを見てもね」
桜は陣の後ろに意味ありげな視線を向ける。普通なら女性を三人も連れてケータイショップへ来るなどありえないのだ。それこそ家族連れでもなければ。傍から見れば陣一行は異様な存在なのである。
「ややや、もしかしたら私たちも陣さんハーレムの一員だと思われちゃうかもですねぇ~」
彩夢はニヤニヤと揶揄うように桜のそばで笑っている。
「あら、それは参っちゃうわね」
桜も彩夢と同じようにニヤニヤと陣を揶揄うように笑う。彩夢や桜にとって陣は弟のようなものであり、揶揄い混じりのちょっかいを出すことは少なくない。休みの日に遭遇すればなおさらだ。
「二人ともそういう悪ノリはやめてもらえませんか、店頭で。お店側も迷惑でしょ」
「せっかく休日に会えたのにつれませんねぇ。もう少しノッてくれてもいいんじゃないですか?」
「彩夢、なんかめんどくさい彼女みたいになってるわよ」
「桜ちゃんも急に梯子外すのやめてもらえます?」
陣と桜からの扱いにやれやれと肩を竦める彩夢。そんな彼らのやりとりを見てクオンは口を挟んだ。
「お二人は陣と仲がいいんですね」
「ややや、気になっちゃいますか?」
「もう20年近くは経つかしら。なんならそこにいる二人よりも私たちの方が付き合いは長いわよ」
「そうですね。当時の陣さんは素直で可愛かったのに。こんなにつれない大人になってしまって。よよよ」
「また揶揄おうとしてるじゃないですか」
クオンは三人の付き合いの長さに驚いていた。20年近く経つということは、クオンが生まれたころもしくは生まれる前からこの三人の繋がりは始まっていたことになる。もしかしたら、この二人も陣の両親のことを知っているかもしれない。それに龍が言っていた妹のことは確実に知っているだろう。
自分の知らない時間を過ごした人がいる。ある意味当然のことであるが、それでもざわつくものがある。それはクオンだけでなく静かに様子を見ていた二人、美冬と詩にも言えることだった。美冬も詩も陣が子どもだったときのことは知らない。亡くなった両親のことをどう乗り越えたのかも。いや、美冬が陣と出会ったのは彼が18歳のときだったから、ぎりぎり子どもといえなくもないが。しかし、そのときには今の陣であった。
彩夢と桜はアパートの部外者であるが、18年前の事件に駆けつけた当事者でもある。そして、陣が両親の死をどう乗り越えたのかも近くで見てきた。当時の陣はまだ小学生で妹も幼かった。だからこそ乗り越えるしかなかったとも言えるが。
「彩夢、そろそろ中に入りましょ。さすがに迷惑になるわ」
「そうですね。今度は投げても壊れない頑丈なやつを探さないと」
「ねぇ、壊れた原因を今ここでばらす必要あった?」
「ややや、つい口が滑ってしまって」
「……桜さん、今度は投げたんですか。前は落として水没でしたよね」
「陣、物覚えがいいのはあんたの長所だけど、余計なことはさっさと忘れたほうがいいわよ」
「たまには反撃しないと。揶揄われてばかりは癪に障るんで」
「ほんと、すっかり可愛げがなくなっちゃって」
「成人男性に可愛げを求められても」
「桜ちゃん、中に入るんじゃなかったんですか?」
「誰のせいよ、誰の。せっかくだし陣に選んでもらおうかしら」
「いや、オレだってこっちの面倒みるので忙しいんで、彩夢さんに選んでもらってくださいよ。どうせまた二人でおそろにするんでしょ」
「同じ機種にしないと桜ちゃんに操作教えられないですからねぇ~」
彩夢は桜のほうを見てニヤニヤと笑っている。桜はぐぬぅとでも聞こえてきそうなほど、顔をしかめていた。
「ではでは、私たちは先に行きますね。陣さんたちも店頭でたむろってたら、お店に迷惑ですよ」
「誰のせいですか、誰の。まぁ、彩夢さんの言うとおりなんでオレたちもすぐに入りますよ」
彩夢は満足したのか桜を連れ立って、店内に入っていく。するとすぐに店員が案内しているのが見えた。陣たちも少しだけ時間をおいてから入店する。平日だからか店内はそれほど混雑しておらず、店員がすぐに案内してくれた。
「いらっしゃいませー」
「すみません、新規で契約をしたいんですが」
「かしこまりましたー」
陣が店員と会話する傍ら、クオンは店内をきょろきょろと見回している。
「板がいっぱいある!」
「板って、クーちゃん。スマホを板呼ばわりするのはお年寄りくらいだよ」
「詩ちゃん、さすがに最近の方はちゃんとスマホ使えるからね?」
「おや、そうだったかい。それにしても本当にスマホを知らないんだね。どうやってアニメや漫画を見てたんだい?」
「パソコン!」
「ちぐはぐだねぇ」
「クオンちゃんが住んでたところにネットが通っていることがまず驚きよね。古城育ちって言ってたから」
「たしかにね。でも、最近はよく聞くよ。山にこもっている種族の亜人でも、人間のことを知るためにそういうのはトッキョが手続きしてくれるって」
『へぇ~』
「意外とふゆみんも世間知らずだよねぇ」
店内を物珍しそうにうろうろするクオンのそばを離れないように美冬と詩もついていく。ケータイショップは頻繁に訪れるような場所でもないため、美冬たちもちらちらと商品を眺めていた。
「あんまうろうろして、他のお客さんに迷惑かけるなよ」
「わかってるわよ! 陣は私のこと子ども扱いしすぎじゃない!?」
店員との話が済んだようで、陣がクオンの元へ戻ってきた。きょろきょろとしながら店内をうろつくクオンたちが心配だったのかもしれない。
「それで? クオンはどんなスマホが欲しいんだ?」
「どんな?」
「クーちゃん、スマホにもいろいろあるんだよ。色や大きさはもちろん。ストレージの容量が大きいものとか、カメラの画質がいいものとか」
「陣くん、詩ちゃん。そんなこといきなり言ってもクオンちゃんもわからないんじゃない?」
「確かに……とりあえずOSから決めてもらって、やりたいこととか興味があることから絞ってってもらえばいいか」
「OS? スマホにもOSがあるの?」
「OSはわかるのか?」
「わかるわよ! パソコンにも搭載されてる基本的なソフトウェアのことでしょ?」
『…………』
「なんで三人ともそこで黙るのよ!」
「いや、ちょっとびっくりして。でも、パソコンを使ったことがあるなら、スマホは手のひらサイズのパソコンみたいなもんと認識してくれたらわかりやすいかもな」
思わぬクオンの発言に目を丸くした陣たちであったが、言われてみれば納得できる理由であった。
「ふ~ん…………ちなみに陣はどういうの使ってるの?」
「オレ?」
「参考にするから。あくまで参考にするだけだけど」
ツンとそっぽを向いたクオンであったが、ほんのり頬に赤色が差している。口では参考にするだけと言っているが、どうやら違う意図もあるようだ。そうでなければ、照れる意味がわからない。そんなクオンの様子に気づいた美冬と詩はどこか微笑ましそうにしている。
「オレはi○honeだな。ってか、うちのアパートに住んでいる人たちはみんなi○hone使ってるぞ。美雪ちゃんもそうだし」
「そうなんだ。って、なんでそこで美雪の名前が出てくるの?」
「いや、仲良さそうだし」
「まっ、まぁね!」
陣の言葉にクオンは嬉しそうに胸を張った。今まで友人と呼ばれるものがほとんどいなかったクオンである。他の人からすれば、あまりにも些細なことであるが、クオンにとっては大事なのだ。
そんな二人の様子を見ていた美冬と詩は軽くため息を吐いた。陣が鈍いのは今にはじまったことではないが、クオンもクオンでなんというか幼いのである。
ライバルではあるがじれったい。少しだけ複雑な心を持て余している二人であった。
「クーちゃんもi○honeにしてみたらどうだい? じんじんが言ったようにアパートのみんなも使ってるから、操作に困ったときはみんなに助けてもらえるよ。これは大きなメリットなんじゃないかな?」
「そうね。はじめてのスマホなら周りの人が操作を教えられるほうがいいかも。もちろん、クオンちゃん次第ではあるんだけど」
「……確かに操作方法とかで困ることがあるかもしれないし。私もi○honeにする。それで、そのi○honeって、どの板?」
「まず板呼びはやめような?」
詩と美冬の言葉もあり、クオンもi○honeに決めたようだ。しかし、i○honeにも種類はあるし、クオンにはそもそもどのスマホがi○honeなのかがわからない。再びスマホを板と呼ぶクオンに陣は少しだけ困った顔をした。
「とりあえず店員さんに言って、最新のやつを見せてもらうか」
「陣が使ってるのも最新のやつなの?」
「いや? オレのは少し前のやつだけど」
「……陣と同じやつがいい」
「? 別に値段は気にしなくても大丈夫だぞ?」
店員を呼ぼうとした陣はクオンに話しかけられ、足を止める。陣は気を遣ったつもりなのだろうが、やはりどこかズレている。近くで様子を見守っていた美冬と詩も陣の言葉で思わずこけそうになっていた。
「そういうんじゃないし! ほら、私はそのうち陣の隣に引っ越すでしょ? だったら隣に住んでいる陣と同じやつのほうが、なにかあったとき聞きにいけるし!」
「まぁ、そうだな」
「それだけにしては随分と必死なようだけどねぇ?」
「詩ちゃん、茶々入れないの!」
「クオンがいいなら、別にオレは構わないけど」
「なら決定! 店員さん、この人と同じやつありますか?!」
そこからのクオンの動きは素早かった。目ざとく手の空いている店員を見つけると即座に声をかける。呼ばれた店員は陣のi○honeを確認し、店舗の奥へ引っ込むと複数の箱を抱えて戻ってきた。どうやら在庫があったようで、色やストレージの容量が異なるものを何種類か持ってきてくれたらしい。
その中からクオンは可愛らしいピンク色で容量が大きいものを選んだ。容量が大きくて困ることはないという理由からである。購入する機種が決まれば残るは契約関係だ。陣や詩に助けてもらいながら、クオンは契約関係の書類に目を通しサインをしていく。やや時間がかかったものの、無事にスマホを手に入れられたクオンなのであった。
「……なんとか無事に買えたな。初期設定とかは店員さんも一緒にやってくれたし、あとは自分で好きなアプリをインストールして、使いやすいようにしていくだけだな」
店舗から出たところで、やや疲労を感じさせる声を漏らしながら陣がクオンに話しかける。しかし、クオンは初めてのスマホに瞳を輝かせており聞いていないようだ。スマホを掲げてくるくると回っている。
「クオンちゃん? 嬉しいのはわかるけど、落としたら画面が割れたりするし少し落ち着きましょう?」
「そうだよ、クーちゃん。買ったばかりなのに壊したくはないだろう?」
「……うっ、確かに」
美冬と詩に諭され、クオンは動きを止めた。買ったばかりのスマホを壊しては元も子もない。せっかく新たなつながりを手に入れたのだ。掲げられたスマホに日光が反射してクオンを照らす。それはまるで船の行く末を照らす灯台の明かりのようであった。
掲げていたスマホを下ろし、クオンが落ち着きを取り戻したところで陣たちは車へと戻ろうとするが、それを止めるように背後から声が響く。陣たちが振り返ると、同じように買い物を終えた彩夢と桜が立っていた。
ミア「最後までお読みいただきありがとうございます」
クノート「感想や評価も待っているぞ。また会おう」