ミア「美味しいものがいっぱいあるところでございます」
クノート「……涎を拭け、ミア」
ケータイショップをあとにしようとした陣たちを彩夢が呼び止めた。
「おややや、陣さんたちも買い物終わったんですねぇ~」
「それなりに時間かかったと思うんですけど……まさか、待ってました?」
「バレました? せっかくですし、一緒に食事でもと思いまして」
朗らかに笑う彩夢とその隣にいる桜へ視線を向ければ、紙袋などは持っていない。おそらく車に荷物を置いてきたのだろう。
「それにしても珍しい提案をするじゃないか、ゆめるん。そんなにクーちゃんのことが気がかりかい?」
「気がかりとはまた含みのある言い方をしますねぇ。詩さんもどうせ知っているんでしょう? まぁ、今回はトッキョ職員としてではなく、風祭彩夢として親睦を深めたいだけなんですけどね? それと、そのわかりにくいあだ名はいい加減やめていただけると助かるんですが……」
「一度決めたあだ名は変えないのがボクのポリシーなんだ」
「……そうですか」
詩から一瞬ピリッとした空気が流れたが、彩夢が気にするそぶりはなく、詩の調子もすぐにいつもどおりの変わり者に戻っていく。
「別に休日まで仕事をするつもりはないわよ。そこまでワーカーホリックじゃないわ。彩夢は若干怪しいけど……」
「桜ちゃん、フォローするなら最後までしてくれます?」
「彩夢さんも仕事熱心ですからね」
「うーん、人間として最低限の生活もできているか怪しい作家に言われるとグサッときますね」
「それは締め切りのときだけですけど!?」
彩夢の一言に思わず陣は声を上げる。すると陣の声が思ったよりも大きかったのか、買い物を終え車に向かう男性が軽く咳払いをし、怪訝な表情で陣たちを見ていた。駐車場で乳繰り合ってんじゃねぇぞ、とでも言いたげである。
「みんな、場所を変えましょう? ほら、他のお客さんにも迷惑になっちゃうから」
そんな視線を受けて、最年長の美冬がやんわりと音頭を取った。
「ややや、そうですね。近くにファミレスがありますから、そこでどうです? 人数も多いですし、ゆっくりできる場所の方がいいですよね?」
「いいんじゃない?」
「——ファミレス!」
「クーちゃんは興味深々みたいだねぇ」
「そりゃあ、古城育ちには縁がないだろうからな」
彩夢の提案にクオンはらんらんと目を輝かせた。陣たちには馴染み深い場所であるが、クオンからすればアニメや漫画などに登場する一種の聖地のようなものである。テンションが上がるのも無理のないことだろう。
「では、ファミレス集合ということで」
「親睦会にはもってこいの場所だしね。彩夢、運転よろしく」
「たまには桜ちゃんが運転してもいいんですよ? ゴールド免許でしょ」
「いや、ゴールド免許って言っても、ペーパードライバーよ?」
「素直に彩夢さんが運転してくださいね。まじで」
「陣のその発言はちょっとむかつくわね」
集合場所が決まったところで二組は一度解散し、それぞれの車へ向かう。期待にはやるクオンは我先にと車へ向かって駆けだしていった。
ケータイショップから約10分程度で目的地であるファミレスに陣一行は到着する。全国展開されているチェーン店であり、24時間営業かつ駐車場も広く立ち寄りやすい。平日の昼間であるからか駐車場には空いたスペースが目立つ。
クオンがわくわくしながら車から降りると、店の前には桜が待機していた。どうやら彩夢と桜のほうが先に到着しており、席を取ってくれていたようだ。
「桜さんたちのほうが早かったんですね」
「まぁね」
「店の中で待ってても良かったんですよ?」
「店の中じゃ、これ吸えないでしょ」
「あー」
待機していた桜へ陣が声をかける。桜が店の外にいたのは陣たちを待っていた以外にも理由があるようで、手元をよくみれば電子タバコを持っていた。
「まさか……タバコ!?」
「赤木さんはこれにも反応するのね。正確には電子タバコだけど」
クオンも桜が持っていたものに気が付いたようで、再び目を輝かせた。電子タバコと聞いて若干がっかりしたようではあったが。
「アニメや漫画、ドラマなんかでもタバコはでてきますからね」
「あー、確かにね。特に漫画やアニメだとめちゃくちゃカッコよく描写されてたりもするし。赤木さんはそういうのが好きなのね」
「ってか、電子タバコにしたんですね? 前は紙だったのに」
「まぁ、時代の流れってやつよ。それに陣は紙タバコ苦手だったでしょ。彩夢から聞いたわよ」
「苦手か得意かと言われたら苦手ですけど……桜さん、紙のタバコ好きだったじゃないですか」
「だから、苦手だって言わなかったわけ? 変に気を遣いすぎよ。そういうところは変わんないわね」
詰める桜に気まずそうに目を逸らす陣。まるで本当の姉弟のようだ。
「赤木さんも気になるところがあったら、ガンガン言いなさいね。この馬鹿、すぐ自分のことを後回しにするんだから」
「馬鹿って……」
「なに、文句でもあるの?」
「……ないです」
「なんかこういう陣は新鮮ね」
クオンの知らない陣の一面。叱られたその姿をちょっと可愛いかも……と思わぬ感想がクオンの脳裏をよぎる。それは春風に運ばれた花びらの魅せる淡い気の迷いだったのかもしれない。
「さてと、行くわよ」
電子タバコを吸い終わった桜は、無造作に機器をジャケットのポケットに突っ込むと陣たちを先導して店の中に入っていく。なんというか見た目によらず動作は男らしいというか雑というか、その仕草からスマホを投げた場面も想像できてしまった。
「クオン、オレたちも行くぞ。美冬さんと詩も」
「わかってるわよ!」
桜に置いていかれないように陣とクオンも店の中に入っていく。美冬と詩もその後ろをついていくのであった。
「……ふゆみん」
「なに、詩ちゃん?」
「さっき、撮ってたよね」
「……なんのことかしら?」
「ボクにもあとで画像ちょうだいよ。じんじんには黙ってるから」
「……口止め料ね。相変わらず目ざといわ」
「いやいや、ふゆみんほどではないよ」
『ふふふ……』
後ろで怪しい取引が行われていたことを陣は知る由もない。
店内に入れば、陽気なBGMと会話を楽しむ声が響いていた。空席は目立つが、ランチ会をする主婦と思われる女性たちやノートパソコンをテーブルに広げて作業している男性の姿もある。平日であるため学生の姿は見当たらないが、若いカップルと思われる客もおり、クオンがアニメや漫画で見た光景がそこには広がっていた。
「……はぁぁ」
目を輝かせ、その光景を噛みしめるクオン。彼女の姿は明らかに悪目立ちしており、店員も奇異の目を向けている。
「感動しているところ悪いが、さっさと席に着くぞ。変に悪目立ちして面倒ごとになったらたまったもんじゃないし」
「クオンちゃん、営業妨害になりかねないから大人しく席に行きましょうね?」
「いやはや、クーちゃんはやっぱり面白いね。ファミレスでこれだけ喜べるんだから」
陣はため息を吐きながら店内で棒立ちしているクオンに声をかけ、それに続くように美冬もやんわりと促す。そんな二人の後ろで詩だけは興味深そうに笑っていた。
「ややや、やっと来ましたか。この広いテーブルに一人で待たされるのはなかなか酷でしたよ」
「嘘おっしゃい。他人の目を気にするような性格してないでしょ」
「ネタばらし早すぎますよ、桜ちゃん」
陣と美冬に半ば強引に連れていかれ、クオンは店内で待つ彩夢と合流した。六人掛けのテーブルに一人で座る彩夢の姿は確かに目立つものの、本人が気にする素振りはない。ちょっとした揶揄いのつもりだったのだろう。桜のせいでそれも無駄に終わったわけだが。
「彩夢、さっさと奥に詰めなさいよ。いつまでテーブルの真ん中、陣取ってるつもり?」
「ややや、これは失敬」
桜に言われ彩夢は窓際へと席を詰める。その隣に桜が座るのかと思われたのだが……。
「ほら、陣。あんたもさっさと座りなさいよ」
「えっ、オレですか」
「そうよ。あんたは真ん中。端に座ると変に気遣っていろいろやるでしょうが。主役の一人なんだから、どしっと座ってなさいよ」
「主役?」
「ちょ、桜ちゃん!」
「なによ。別に隠すことでもないでしょ。今日は赤木さんとの親睦会兼締め切り明けの陣を労う会なんだから」
「彩夢さん、まさか……」
ふと陣は思い当たってしまった。ここまで全部、彩夢が仕組んでいたんじゃないかと。陣は彩夢のほうへ視線を向けるが、彩夢は窓の外を見ていた。表情はうかがえないが、耳元がわずかに赤く染まっている。どうやらケータイショップで会ったことも偶然ではなかったようだ。
「そんなに照れることもないでしょ。頑張った弟分を労うのなんて普通だし」
「そうですけどね?」
「そのためだけにわざわざ偶然を装ったんですか?」
「陣。あんたは鈍いからはっきり言っておくけどね。彩夢はあんたが思ってるよりもだいぶ姉バカよ」
「うるさいですよ、桜ちゃん! 桜ちゃんだってそうでしょうが!!」
「えぇ、そうよ」
普段の余裕なく叫ぶ彩夢だったが、桜は堂々と胸を張っている。全く恥じることはないと。
そんな陣たちとは裏腹に面白くないのは反対側に座る詩、クオン、美冬である。美冬と詩からすれば、陣の隣に座れるかもしれないチャンスを奪われたのだ。眉間に皺が増えてもおかしくない。ましてや、自分たちよりも長い積み重ねを見せつけられているのだ。愛情の方向性に違いがあったとしても、やきもちを焼くなというほうが無理な話である。
『…………』
「——!? ややや、そうでしたそうでした! 全員揃ったことですし、クオンさんの親睦会兼陣さんの慰労会を始めましょう!」
三人の視線に気づいた彩夢がわざとらしくこの場を仕切りなおす。三人の視線が痛かったのか、変に追及されることから逃げたかったのか、単なる照れ隠しからくるものか。おそらくその全てであろう。
彩夢はテーブルの端に立ててあるメニュー表とタブレットをクオンの眼前に置くとにこやかに笑う。
「クオンさん、好きなものを頼んでくださいね。ここは私が出しますので」
「彩夢がおごってくれるの? 太っ腹ね」
「桜ちゃんは自分で出してくださいね。私が出すのはクオンさんと陣さんの分だけですよ」
「オレもいいんですか?」
「ややや、いいに決まってるじゃないですか。さっきも言ったように陣さんの慰労会も兼ねてるんですから」
「……それなら、お言葉に甘えてご馳走になります」
彩夢の言葉に少し縮こまる陣。こういうことにはあまり慣れていないようだ。いや、奢られることに慣れていたらそれはそれで問題ではあるのだが。
「陣てば、そんなに気にしなくていいのよ。彩夢は高給取りだし、お金を使うような趣味もないんだから」
「桜ちゃん、人を無趣味な仕事人間みたいに言うのやめてもらっていいですか?」
「赤木さんも気にせず、好きなものを頼みなさい」
桜は軽い調子でクオンに言葉をかけるが、クオンは目の前にメニュー表を置かれてから微動だにしていない。どうにも緊張しているようだ。本来緊張するような場所でも、場面でもないのだがクオンにとってはファミレスのメニュー表ですら、特別なのである。
アニメや漫画で触れた青春の代名詞でもあるファミレス。それはクオン以外にはおそらく理解できないであろう憧れを多分に含んでいるのだ。
クオンは恐る恐るメニュー表をめくる。新しい物語のページを開くように胸を緊張と興奮で弾ませながら。
ミア「最後までお読みいただきありがとうございます」
クノート「また会えることを楽しみにしている」
ミア「感想や評価もお待ちしております」