クノート「そうだな」
ミア「お腹が空いてきました」
クノート「さっき昼食を食べたばっかりじゃなかったか?」
目の前に置かれたメニュー表をクオンはゆっくりとめくっていく。一つ一つの料理に目を輝かせる姿はまるで幼い子どものようだ。そんなクオンの姿を見ながら彩夢はにこやかに微笑んでいる。ここまで喜んでくれるなら、仕掛けた甲斐があったということだろう。
「ねぇ、彩夢さん!」
「どうしました?」
「このメニューの端から端までをお願いしますって、やっていいの!?」
クオンは一通りメニュー表に目を通したあと、サンタを待つ子どものようにきらきらした顔で彩夢に問いかける。確かに一度は夢見ることであるが。
「クオンさん。別にお金のことで言えば全然かまわないですけど。六人で食べきれます?」
「そもそもテーブルに乗り切らないし、お店にも迷惑でしょ。いくら平日で客が少ないとはいえ」
「クオンちゃん? 遠慮は必要よ?」
「それにクーちゃん。全部食べちゃったら、次の楽しみが減ってしまうよ」
「まぁ、やってみたい気持ちはわかるけどな?」
五人それぞれにツッコまれたクオンはむむむっ、とメニュー表とにらめっこを始める。ページをめくっては戻り、めくっては戻り。そんな様子を見た陣たちは長期戦になりそうだ、とどこか微笑ましい気持ちでため息を吐くのだった。
「とりあえずドリンクバーだけでも先に頼んでおきましょうか」
「みんなでつまみやすいアラカルトも頼んでおけば? ポテトとかピザとか」
「サラダもあったほうがいいかしらね」
メニュー表とにらめっこをしながら百面相をしているクオンを尻目に、年長者の女性陣がタブレットでさくさくっと注文していく。ファミレスで長時間滞在することは問題ないだろうが、いつまでも注文しないのはバツが悪い。せめて軽いものくらいは注文しておくべきだろうと店側を慮ったのだ。
「クオンちゃん。メニュー表とにらめっこするのもいいけれど、のどは乾いてない?」
「一緒にドリンクバーへ行きませんか?」
「ドリンクバー!!」
美冬と彩夢に声をかけられたクオンはメニュー表からガバッと顔を上げる。
「彩夢は奥にいるんだから、私がとってくるわよ。陣はなにがいい?」
「コー『コーヒー以外ね。あんた、普段からカフェイン取りすぎてるし』……なら、野菜ジュースで」
「了解。彩夢はいつものでいい?」
「はい。お願いしますね」
「ふゆみん、ボクの『詩ちゃんも一緒に行くわよね?』……まぁ、クーちゃんの様子も見たいから行くよ」
桜がサッと立ち上がると陣と彩夢に欲しい飲み物を確認してからドリンクバーへ向かう。美冬はクオンの様子を見ながら詩も一緒に連れ出す。詩は残るつもりだったようだが、美冬に先手を打たれてしまい渋々ついていくことにしたようだ。クオンはうきうきと足音を弾ませながら桜のあとを追いかけていく。
「……それで、クオンさんの様子はいかがですか?」
「いかがもなにも、まだ一日しか経ってないですし。普段は美冬さんのところでお世話になっていますから」
「わかってますよ。ただ、陣さんのことです。ある程度顔合わせはしたのでしょう?」
「それはしましたけど……」
「やっていけそうですか? 『あのアパート』で」
「……なんとかなるんじゃないですか。意外とタフですよ、あいつ」
彩夢から投げられた問いに軽く笑いながら答える陣。その陣の様子を見て彩夢は満足そうに頷いた。
「陣さんがそう言うなら大丈夫そうですね」
「そんな簡単でいいんですか? トッキョの職員が」
「いいんですよ。今日は仕事で来ているわけじゃありませんし。それに……ずっと見てきましたからね」
「……ちょっと気恥ずかしいですね、それは」
彩夢は陣に視線を向けたまま柔らかく微笑むと、陣は照れくさそうに頬をかいた。
「はいはい。お二人さん、なーにいい感じの空気を作ってるわけ? 彩夢、あんた陣に鞍替えしたの?」
「ややや。お早いお戻りで。少し昔話に花を咲かせていただけですよ」
「そうですよ」
「まぁ、そういうことにしておくわ」
桜だけがお盆に3つのグラスを乗せて戻ってきた。後ろにクオンたちの姿はない。
「はい、これ。彩夢に渡して。それと、これは陣の分」
「ありがとうございます」
「ややや、助かりますよ。桜ちゃん」
桜はテーブルにお盆を置くと、1つずつグラスを渡していく。彩夢にはいつものアイスココア、陣には野菜ジュース。桜自身はウーロン茶を持ってきたようだ。
「クオンさんたちは?」
「なんか騒いでたから置いてきたわ。美冬さんのが慣れてるし。どうせ、初めてだからいろいろ混ぜてるんじゃないの? それを面白がりそうな詩もいるし」
「そんな小学生じゃあるま——小学生のようなもんか、一般常識の知識量でいったら」
「騒ぎ過ぎたら美冬さんが雷落とすでしょ。それにこっちは久しぶりに弟分を補給したいし」
桜はお盆を邪魔にならないようにテーブルの端へ置くと、席に座り陣へと体を寄せる。
「……桜さん、近くないですか」
「なに? お姉ちゃんに密着されて恥ずかしくなっちゃった?」
困惑する陣ににやにやとした笑みを浮かべる桜。彩夢はそんな桜の様子を少し呆れた様子で見ている。
「……なんていうか、変わりませんよね。昔から」
「桜ちゃん。もう少し人目を気にしたらどうです?」
「なによ。姉と弟がくっついてたって不思議じゃないでしょうが。それに姉にはね、弟からしか得られない栄養素があるのよ」
堂々と言い放った桜にため息を吐く陣。
「……桜さんて、ときどき壊れますよね」
「桜ちゃんを壊したのは陣さんですからね?」
「壊れたとは失礼ね。姉として平常運転よ」
「いや、まぁ、もはや壊れた状態がデフォと言いますか……」
「気づいたらこうでしたよね」
「明確に陣さんのせいですけどね?」
「……? なにかありましたっけ?」
「……そういう人ですよ。陣さんは」
陣には心当たりがないようで、しきりに首を傾げている。当時のことをよく覚えている彩夢は少し遠い目をした。別に陣がなにか大層なことをしたわけではない。ただ、多感だった女子高生の憧れを叶えてしまっただけである。小さいころから姉弟に憧れていた桜を『お姉ちゃん』と呼んだ。本当にそれだけなのだ。
「……さてと、名残惜しいけどそろそろかしら」
陣にべったりとくっついていた桜がしれっと元の位置に戻る。すると、クオンたちがドリンクバーから戻ってきた。どうやら可愛い弟の恋路を邪魔する気はないらしい。それも姉としての矜持だろうか。戻ってきたクオンは明らかに色の濁ったグラスを持っている。陣たちの想像が的中したようだ。
「美冬さん、お疲れ様です」
問題児二人の面倒をみていた美冬へ陣が労いの言葉をかける。一児の母であっても知恵のついた二人の大きな問題児には少々手を焼いたようだ。ほんの少し表情に疲労が滲んでいる。
「ややや、美冬さん。雷は落とさずに済んだようで一安心ですよ」
「美冬さんが怒るとすぐわかるものね。周囲の温度が下がって」
「多少、お話はしたけど。まぁ、どれだけはしゃいでも人に迷惑をかけないかぎりはね?」
平日のこの時間だからこそ、クオンと詩は命拾いしたようである。
「にしても……やっぱりやったな」
「ですねぇ」
「まぁ、そうなるでしょ」
陣たちは座ったクオンが自身の目の前に置いた濁ったグラスへ目を向ける。黒と緑が見てとれるあたり、コーラとメロンソーダでも混ぜたのだろうか。詩と美冬は普通のドリンクを持ってきたようで、詩はオレンジジュース、美冬はアイスティーである。
「クオン、それはなにを混ぜたんだ?」
「コーラとメロンソーダ、それから少しだけオレンジジュース!」
「まだまともなラインナップですねぇ」
「そりゃあね。ふゆみんがニコニコしながら、『残すのはダメよ』って言うんだもの。飲めるものにはするよ」
「それは美冬さんが言わなかったら、飲めないものを作ってたって自白かしら。詩?」
「詩ちゃん?」
「いやいや、そんなまさか」
ジト目の桜と美冬の細められた視線から顔を逸らす詩。注意されなければ間違いなく劇物を生成していたであろうことがわかる。そんな詩を気にもとめず、クオンは自分の持ってきたドリンクを一口飲んだ。不思議そうな顔をしながらもニコニコとご機嫌である。傍から見ればただの悪ふざけだが、彼女にとっては憧れの追体験なのだ。
「お待たせいたしました~」
テーブルに六人そろったところで、注文したものが運ばれてくる。揚げたてのフライドポテト、豆腐が乗ったチョレギサラダに焼き立てのマルゲリータピザ。テーブルに彩りが増えていき、クオンはおもちゃ箱を開けた子どものように瞳を輝かせた。
「いいタイミングね。みんなでつまみましょ。別にあせることもないわけだし」
「そうね。クオンちゃんも少しゆっくりしましょ?」
「サラダ、取り分けちゃいますね~」
料理が到着してから年長女性陣の動きは早かった。彩夢はサラダを取り分け、桜はピザをカットし、空いたお皿を美冬が邪魔にならないようテーブルの端へ寄せる。見事な連携であった。
「クオンちゃん、ポテトもピザも出来立てで熱いから気をつけてね」
「はーい!」
クオンはフライドポテトへと手を伸ばし、ケチャップをつけて口へ運ぶ。揚げたてのサクッとした食感としょっぱさがクオンの口の中に広がった。
「美味しい~」
「ファミレスのポテトをここまで美味しそうに食べれるのは、一種の才能ですよねぇ」
「見てるこっちまでお腹が空いてくるわ」
「クオンちゃん、野菜も食べてね」
美冬の言葉にこくこくと頷きながらも手を止めないクオン。もはや子どもを見守る会である。
「これからメインを選んで頼むんだからな? あんまり一人で食べ過ぎんなよ」
「……っ!」
陣の言葉にハッとして手を止めるクオン。メニュー選びの件がどうやら抜けていたらしい。テーブルに並んでいる料理はあくまで前菜であり、メインディッシュはこれからなのである。
「でも赤木さんだけだと、またにらめっこが始まっちゃうんじゃない?」
「まぁ、悩むのもファミレスの楽しみですよ。桜ちゃん」
「実はボクに言い考えがあるんだよね」
ポテトを頬張りながら詩がドヤ顔を決めた。クオンを除いた四人は疑わしそうな視線を詩へ向ける。こういうときの詩は大概馬鹿馬鹿しいことを考えているものなのだ。
しかし、それもある意味青春なのかもしれない。青春と呼ぶには少しばかり時が過ぎているかもしれないが、青春に期限はないのだ。
「う~ん……」
またもメニューを開き悩み始めたクオンを見ていると、詩の案に乗ってみるのも悪くないと思えてくる。
「他の人の迷惑にならないならいいんじゃないかしら?」
「時間を浪費するのは好きじゃないし」
「せっかくの機会ですからねぇ」
「聞いてみて……だな」
周りの反応を見て、詩は自信満々に口を開いた。
ミア「最後までお読みいただきありがとうございます」
クノート「また会えることを楽しみにしている」
ミア「感想や評価もお待ちしております」