ミア「食事は楽しくするものですよ。それが豊かさというものです」
クノート「確かにそうかもな」
「第一回クーちゃんのご飯はこれだ! ファミレスメニュープレゼン大会!!」
『…………』
ポテトを咀嚼し終わった詩は立ち上がり決め顔で言ったが、周りの反応は非常に渋いものであった。
「食事中に立つのはマナーが悪いわよ。詩さん」
「……クーちゃんに言われるとは思ってなかったな」
子どものようなリアクションが多く忘れがちだが、クオンはいわゆる良家のお嬢様なのである。マナーなどについては幼いころからしっかりとしつけられているのだ。しょげっとした詩は静かに席へと座る。
「要は自分たちのおすすめメニューからクオンに決めてもらおうってことか?」
「さすがじんじん! そういうことだけは察しがいいね」
「褒められた気がしないな」
「褒めてるよ。それはもう海に沈むプラスチックの量くらいには」
「嫌な例え。相変わらず変わってるのね、詩は」
「いやはや、提案自体は悪くないんじゃないですか?」
「おすすめをシェアしようってことなら、誰かに迷惑をかけることもなさそうね」
意外と全員乗り気である。詩もふざけてはいるが、提案した内容そのものはまともなのだ。
「順番はどうやって決めるんだ? 挙手制?」
「あみだくじとかでも面白いんじゃない?」
「クオンさんが指名するのはどうです?」
「そうね。クオンちゃんが指名するのでいいんじゃないかしら? 結局決めるのはクオンちゃんなわけだし」
「みんなが乗り気で助かるね。……うん、クーちゃんに指名してもらおうか」
「わっ、私が順番決めるの?」
「うん。直感で決めちゃってよ、クーちゃん」
最初は戸惑っていたクオンだったが、みんなの顔を一周見渡すとすぐに一人目を指名した。
「それなら、最初は彩夢さんで」
「ややや、私ですか。そうですねぇ……」
指名された彩夢は少しばかり思案したあと、メニューのページを開く。
「チキンソテーはいかがですか? 女性としてカロリーが気になる。でも、しっかり食べたい。そういうときにおすすめですよ。味はもちろんですが、鶏肉は比較的ヘルシーですし、満足感も高いです」
「確かに鶏肉はダイエットの味方って感じよね。彩夢、最近太ったの?」
「そうなんですよ。最近は事務仕事ばっかりで……って、失礼ですね! 太ってませんよ、桜ちゃん!」
「烏天狗の彩夢さんがチキンソテーをおすすめするのって、なんかあれですね」
「共食いって言いたいんですか? 陣さん?」
トップバッターとしてしっかりとプレゼンをした彩夢だが、周りから茶々をいれられる。こうやって騒げるのもファミレスだからこそだ。ホテルのレストランなどではこうはいかない。
「チキンソテー、確かに美味しそう」
開かれたページを凝視するクオン。プレゼン大会の出だしは好調と言えるだろう。
「次は誰を指名するんだい?」
「えっと……それなら美冬さんで」
「私は……そうねぇ」
次に指名された美冬もパラパラとメニュー表をめくり、お目当ての料理のページを開いてクオンに見せる。
「この蒸し鶏のゴマだれサラダと丼ものセットはどう? 彩夢さんと被っちゃうけど鶏肉はヘルシーだし、お野菜も多くてバランスもいい。それにクオンちゃんは和食にも興味があるみたいだし、悪くないんじゃないかしら?」
「確かに丼ものって、日本独特ですよねぇ」
「ファミレス感は薄れるけど、女性としては嬉しいメニューよね」
「むむむっ、これも美味しそう」
「普段頼まないメニューも知れて案外おもしろいな、これ」
頭をひねるクオンを見ながら、陣も興味深そうにメニューを覗いている。
「もっとボクを見直してくれてもいいんだよ?」
「見直すもなにもはなから見下してねぇよ。結構頼らせてもらってるし」
「……」
「…………陣さんの悪いところも存分に出てますねぇ」
「?」
ほらみろとドヤ顔を決める詩であったが、陣から静かな反撃を受けて口を噤んだ。そんな様子を見て呆れる彩夢と全く気づいていない陣。もはや陣のこのにぶさは不治の病なのかもしれない。
「……と、とりあえず次に行こうか。三人目は誰にするんだい?」
「ぬぅ……次は詩さんで」
「ボクかい? ボクはもう一択だよ」
三人目に指名された詩はすでに決めていたようで迷いなくページを開いた。
「大人のおこさまランチ! ファミレスといえば、これだよ! グラタンにハンバーグ、エビフライ。まさに欲張りセット。盆とクリスマスが一緒に来た感じさ!」
「それを言うなら盆と正月じゃないか?」
「仏教とキリスト教を混ぜるなんて反感買うわよ。ある意味、日本人らしいけど……」
「確かに欲張りセットも捨てがたい……」
「これクオンの悩みの種が増えるだけなんじゃないか?」
「まぁまぁ、陣さんもそう言わず」
ぐぬぬ、と声にならない音を漏らしながらクオンのにらめっこは続く。多少はメニューが絞れるだろうが、選択肢が多いことは変わらない。
「さてさて、もう終盤だよ。四人目はどちらにするんだい?」
「……桜さんで」
「陣はトリってことね」
桜は頷いたあとにメニューのページをめくる。桜もすでに決めていたようでその動きに迷いはなかった。
「やっぱりファミレスって言えばハンバーグでしょ。私はこのツインハンバーグをおすすめするわ。だいたい若いときからカロリーなんて気にしなくていいのよ! 食べたって太らないんだから。少なくとも私はそうだったわよ」
「今、桜ちゃんは多くの女性を敵にまわしましたよ」
「若いときは代謝がいいとはいえねぇ?」
桜のプレゼンはシンプルというか男らしいというか雑である。そして、おそらく世の中の多くの女性が羨む体質であることもわかった。いや、巫女として舞を踊ることが多く、運動量が多かったからかもしれないが。
「ハンバーグ。確かにファミレスの定番……しかも、ツイン」
クオンの子ども心には結構刺さったようである。
「最後はいよいよだね。ほら、クーちゃん。もうみんなわかってるけど、最後もちゃんと指名して」
「陣」
「はいはい。オレとしては、このメニューが出てこないの不思議だったんだけどな?」
陣はメニュー表の後ろからページをめくる。今までの四人とは明らかに違う動きだ。
「やっぱ、ファミレスって言ったらこれ。チョコレートパフェ! まずファミレスに来てデザートを食べないのはありえないでしょ。そして、デザートの王道といえば、当然パフェ。冷たいチョコアイスとクリーム、フレークのサクサク感で食感も楽しいし」
『…………』
想像していた以上に陣のプレゼンには熱がこもっていた。彩夢と桜は若干呆れ気味だったが、他三人は意外な一面に目を丸くしている。
「陣さんは昔からパフェが好きでしたね」
「今もデザート好きは変わらないのね」
「ここまでみんな食事のメニューだったのに、まさかデザートでくるとは」
「確かにファミレスと言えば、デザートも鉄板だけどね?」
「うん……デザートは必須よね! パフェは決定!!」
クオンは腕を組みながら頷いた。クオンのメニューが一つ決まった瞬間である。陣だったからなのか、単純に甘いものに惹かれたのか。おそらく両方であろう。
「デザートも食べるのであれば、少し軽いメニューにしたらどうです? 量が多いとデザートまで手が回らないかもしれませんよ?」
「大丈夫大丈夫! 甘いものは別腹だから!」
「……若いですねぇ」
「彩夢ちゃんだって、まだまだ若いでしょ?」
「いやいや、美冬さんとあんまり変わりませんて」
「あら、それは私がおばさんってことかしら?」
「ややや、それは誘導尋問では?」
思わぬところに火種が飛んだ。亜人でも女性であれば、年齢というものにはシビアなのである。人間と同じような年の取り方はしないとしてもだ。
「彩夢さんも美冬さんも年齢なんて気にならないくらい綺麗なんですから。気にする必要なんてないんじゃないですか?」
『…………』
自分のメニューを決めかねているのかメニュー表を開いたまま当たり前のように言う陣。思わず女性陣は黙ってしまったが、そのことに陣が気づく様子はない。
「……はぁ、今日も平常運転ですねぇ。陣さんは」
「なんで呆れてるんですか? 彩夢さん」
「はぁ……本当にあの厄介女はとんでもないものを残していったわ」
「?」
「クオンさん。まだ陣さんと会ってまもないあなたに言うのもなんですが、これが陣さんです。早めに慣れることをおすすめしますよ。そうしないといきなり撃たれますからね」
「……はい」
彩夢の耳は少しばかり赤く染まっている。弟分からの不意打ちはしっかりヒットしたようだった。クオンも自分が言われることを想像したのか顔に熱が集まっている。引きこもりオタクならではの妄想力があだになったのだ。
「これで全員終わったけど……クーちゃん、決まりそうかい?」
「パフェは決定だけど、あとは……むむむ。大人のお子様ランチもいいけど、ツインハンバーグも……でも、パフェも食べるし……」
「それならオレと大人のお子様ランチをシェアしないか?」
悩むクオンに思わぬところから助け船が来た。
「陣て見た目によらず小食だものね。でも、いいの? せっかく彩夢がおごってくれるのよ?」
「その分デザート食べるんで。ってか、オレにとってファミレスはデザート食べるとこなんで」
「うーん、極端ですねぇ」
「子どものときから甘いものには目がなかったものね。最近もご褒美には行ってるの?」
『ご褒美?』
よく見れば陣が開いてるメニュー表のページはずっとデザートのページである。最初からデザートを頼む気満々だったのだ。そんな陣へ桜が問いかける。桜からすればちょっとした近況の確認なのだが、美冬、詩、クオンにとっては初耳だった。
「あー、今回はまだ行けてないんですよ。締め切り明けにクオンと会ったので。来週の平日あたりを狙って行こうかなと」
「本当に甘いもの好きよね。締め切り明けのご褒美がホテルのスイーツビュッフェなんて」
『ホテルのスイーツビュッフェ!?』
「ずるいよ、じんじん! ボクも連れてってよ!」
「私も行きたい!!」
「クオンはともかく、詩はだめだろ。基本騒がしいし」
「ぐっ、否定できない……」
「私も興味はあるけど、美雪のこともあるし家事もあるから……もしかして、たまに持ってきてくれてた焼き菓子って」
「ご褒美の帰りにいくつか包んでもらうんですよ。別料金ですけど、美冬さんには日頃お世話になってるんで」
「そういえば、ボクも貰ったことあったな……」
美冬と詩が記憶をさかのぼってみれば、陣からちょこちょこお菓子を貰っていた覚えがある。包装も丁寧な小洒落たもので、なかなか自分のために買うにはハードルが高いものだな、と思ったものだ。
「律儀よね、ほんと。私や彩夢にも差し入れとして持ってきてくれるし」
「律儀ってほどでもないですよ。美味しいと思ったものを気が向いたときに買っていくだけなんで」
「『気が向いたとき』ね。ほぼ毎回な気がするけど?」
「気が向いたときなんで。そりゃ、続くときもありますよ」
陣をジト目で見つめる桜だったが、呆れたようにため息を吐いた。結局言ったところでなにも変わらないのだ、この男は。それをわかっているから、今ここにいるほぼ全員が彼に対して多種多様な感情を向けるのだ。
そんな微笑ましい空気の中、一人だけが眉をひそめている。クオンだ。
「なによ。みんなして、これじゃあ仲間はずれじゃない」
さっきまでご機嫌にメニューを見ていた顔がふくれっ面に変わる。年相応と呼ぶにはいささか幼すぎる反応ではあったが、それもしかたあるまい。そんなむくれるクオンへ陣はたった一言、当たり前のように言うのだ。
「だから、一緒に行こうぜ。来週さ」
ミア「最後までお読みいただきありがとうございます」
クノート「また会えることを楽しみにしているぞ」
ミア「感想や評価もお待ちしております」