ミア「さぁ? わたくしも実際に行ったことはありませんので」
クノート「奥深いものだな。日本という国は」
「だから、一緒に行こうぜ。来週さ」
陣の言葉でクオンに電流が走った。様々な漫画やアニメで見てきたから彼女は知っている。二人だけでの遠出、すなわちこれはデートの誘いであると。クオンにとっては生まれてはじめてのイベントである。あまりの衝撃でメニューばかり考えていた思考は一瞬でパニックに陥った。あまりにも展開が早い。昨今のラブコメだってもう少しじっくりと時間をかけて……などと、クオンの脳内で様々なシーンが展開される。
「都会に行くことだって、いい社会勉強になるだろ」
「…………」
勝手に盛り上がり騒ぎに騒いでいた彼女の脳内会議は一瞬のうちに静まり返った。そもそも陣は一緒に行こうと言っただけで、二人だけで行こうとは言っていないし、仮にデートの誘いだったとしてもこんな大勢の前で言うはずがない。ケータイショップでの手続き後に二人は連絡先を交換しているのだから。最もクオンが連絡先のやり方を覚えるためにという非常に事務的な理由ではあったが。
「クーちゃん、あのね」
「陣くんは」
『こういう人なんだ』
クオンの肩に左右からぽんと手が置かれる。まるで気持ちはわかるぞと言わんばかりに。クオンの正面では、陣を挟んで座る彩夢と桜がうんうんと頷いていた。
「まぁ、陣が言うように赤木さんにはもっといろんなことを知ってもらったほうがいいでしょ」
「ですねぇ。将来的にはお仕事とかも見つけてもらわないといけませんし」
「公共交通機関とかにも慣れてもらったほうが今後のためよね」
「百聞は一見に如かずって昔から言うからね。人から聞いた話と自分が体験したことはまるで違うよ。それこそ、夜船と北窓のようにね」
「詩、夜船と北窓は同じものだぞ」
「じんじん、もちろんわかっているとも。季節でおはぎの呼び方が変わるように、同じことでも聞いたことと実際に体験したことでは違いがあるってことだよ」
「絶妙にわかりにくいんですよね。詩さんの例え」
知識量が多いからと言って説明がわかりやすいとは限らない。まさに詩はその典型例である。
「とりあえず来週の話はまた今度にしたら? スマホも買ったんだし、連絡先くらい交換したんじゃないの?」
「確かに文章でやりとりした方がちゃんと残りますもんね。あとでメッセ送るわ」
「……わ、わかった」
桜に促され来週の件についてはまたあとでと陣は会話を締めくくる。クオンはぎこちなく頷いてから、再びメニュー表を手に取った。
「そうそう。それでクオンはどうするんだ?」
「どうするって?」
「いや、だから、オレと大人のお子様ランチをシェアするかどうか」
「……っ」
クオンは一瞬息を飲んだ。さっきの件で後回しにしていたが、もう一つイベントは発生しているのである。みんなでシェアしようではなく二人でシェアをするかどうか。これは大きな違いだ。
「……陣がどうしてもって言うならシェアしてあげてもいいけど?」
「クオン、頼むわ」
「ふふん、仕方ないわね!」
「ややや。やっぱり手慣れてますよね」
「ほんと。どうしてこんなすけこましになっちゃったんだか」
陣は頼み込むようにクオンへ両手を合わせた。別にどうしてもというほどでもないのだが、主賓であるクオンの顔を立てたのだ。機嫌を損ねて面倒ごとになるよりかは、はるかにましである。そんな陣の様子を見て、姉二人組は小さくため息を吐いた。
「クーちゃん、ほかはいいのかい?」
「むむむ……」
「赤木さん、別に今じゃなくてもいいんじゃない? 実際に食べてみて、それから判断してもいいと思うわ。どうせ陣はほとんど食べないだろうから。シェアといっても八割くらい赤木さんが食べることになると思うわよ」
詩にそそのかされ、再びメニュー表とにらめっこを始めたクオンへ桜が助け船を出す。陣のことをよく知っているからこそのアドバイスだ。
「……そうなの? 前に美冬さんの家で一緒に食べたときは、確かに小食とは思ったけどそれなりには食べてたわよ?」
「陣もさっき言ってたでしょ? 『ファミレスはデザートを食べるところ』って。たぶん……ひくほどデザート食べるわよ。こいつ」
「ひくほどって……別にそこまでじゃないですよ」
桜の言葉に心外だと眉をひそめる陣だが、こういったことは周りの反応が決めることである。
「とりあえず、クオンさんと陣さんは大人のお子様ランチですね。追加するのは簡単ですし。他のみなさんはどうします?」
「注文するのはタブレットなんだし、別にまとめようとしなくてもいいわよ。タブレット回してくれれば、各々勝手に注文するでしょ。若干名心配になる人もいるけど……」
音頭を取り始めた彩夢を桜が止める。休日なのだから気を遣いすぎるな、ということだろう。二人ほど桜に疑わし気な視線を向けられたものもいるが、明記する必要もあるまい。
「確かに桜ちゃんの言う通りですね。順番にタブレット回していきますか。クオンさんにもいい経験になるでしょうし」
彩夢はササッとタブレットを操作して、目の前に座る詩へと渡した。
「おや? 次はボクなのかい?」
「はい。陣さんは最後のほうがいいですから。絶対」
「デザートをひたすら注文しそうだものね」
「いやまぁ、その通りなんですけど。なんか釈然としないですね」
桜がにやにやとしながら陣を揶揄い、陣は少しだけムスッとした顔で答えた。そんな二人を視界の端に映しながら、詩はタブレットに表示されるメニューを吟味する。
「せっかくだし、この辺にしておこうかな。……これでよしっと、次はクーちゃんどうぞ」
詩はタブレットをポチポチっと操作すると、隣に座るクオンへとタブレットを渡した。クオンはおずおずと受け取ると、目を輝かせながらタブレットを操作していく。ゆっくりと丁寧に。それは恐れから来るものではない。未知との遭遇を噛みしめているのだ。
クオンが目当てのメニューを見つけると、ちらっと陣を見る。その視線に気づいた陣がゆっくりと無言で頷き、その動きを確認してからクオンは高鳴る心臓の鼓動を指に纏わせたままメニューを選択した。
「クオンちゃん。次、貸してもらえる?」
「あっ、はい。どうぞ」
大きく息を吐いたクオンへ美冬が話しかけ、タブレットを受け取った。美冬は自分のメニューを決める前にタブレットから注文履歴を確認する。
「うん。ちゃんと注文できてるわよ。偉いわね、クオンちゃん」
「えへへ」
美冬は朗らかに微笑みながらクオンを褒めた。厳しいばかりでは育たない。ときには簡単なことでもしっかり褒めるべきなのだ。それは人も亜人も変わらない。些か甘すぎる気もするが。
「私はどうしようかしら? せっかくだしお家じゃなかなか作れないものがいいわよねぇ」
美冬はうんうんと悩みながらタブレットのメニューページを送っていく。普段から料理をする彼女のことだ、もしかするとレパートリーになりそうなものも探しているのかもしれない。
「ご当地メニューなんかもいいんじゃないかい? ふゆみんはいろいろと忙しいだろう? 家事ばかりじゃなくてもさ」
「そうねぇ。それもいいかもしれないわね」
「まぁ、美冬さんにはトッキョからもいろいろ依頼を出してますからね。いつもありがとうございます」
「いいのよ、彩夢ちゃん。おかげさまで今の生活ができてるんだもの。ちゃんと美雪のことも考慮してくれてるし、体質的なこともあるから」
「体質?」
美冬たちの会話の中で、クオンには大きなひっかかりが二つあった。トッキョからの依頼と体質についてだ。まだ美冬と過ごして一日しか経っていないが、美冬が家事以外で何か仕事をしているようには見えなかった。クオンのことを気遣ってかもしれないが。
「トッキョの件はここではちょっと言えないけど、体質のことは説明しておくわね」
美冬はメニューを決めたのか、タブレットを操作してから桜へと手渡しクオンへ向き直った。
「私が雪女と人間のハーフだってことは前に話したと思うんだけど、そういう混血の亜人の中でも特別強い力を持つことがあるの。いわゆる【先祖返り】ってやつなんだけど……」
美冬の話を静かに聞いていたクオンは先祖返りというワードに目を輝かせた。
「まぁ、美冬さんはハーフなので本来の先祖返りとは違うんですけどね」
「本来の?」
「はい。先祖返りというものは長い年月、代をかけて弱くなっていった力が突然強くなることを指します」
「彩夢さんの話に照らし合わせると美冬さんはちょっと変ですよね」
「そうなんですよ。でも、先祖返りと呼ぶほかないですからねぇ」
「へぇ~」
彩夢の解説を興味深そうに聞くクオン。美冬もあのアパートの住人らしく少し変わっているのだ。
「それなら美雪も?」
「美雪ちゃんは全然ですね」
「あの子は雪女としての体質がほとんどないから。ほぼ人間よ。じゃなきゃ、あんなに運動もできないし」
「桜さんも美雪ちゃんのこと知ってるんですね」
「まぁ、ちょっとね」
「ねぇねぇ、あんなに運動できないってどういうこと?」
友人として美雪のことが気になるのか、桜の言葉にぐいぐいとクオンは食いつく。オタクとしての興味もあるのだろうか。
「それに関しては私から。私たち雪女の血をひくものって、基本的に体温の調整が苦手なの。体温が高くなると体調を崩すことも多いし。だから、激しい運動って苦手というかほぼできないの」
「美雪はガンガン走ってたけど!?」
「だから、あの子もあの子でおかしいんですよ」
「同じ種族でも体質や能力に差が出る。それは人間も同じだけど、亜人の場合だとそれが極端に出ることもあるってことか。面白いな」
「作家の陣さんからすれば面白いかもしれないですけど、トッキョの職員としては面倒なことこの上ないですよぉ」
話を聞く陣は腕を組みながら、ふんふんとしきりに頷いている。おそらく脳内のメモ帳に創作のネタとしてストックしたのだろう。そんな陣の様子を見て文句を言う彩夢の姿は仕事に疲れた社会人そのものだ。
「まぁ、一番おかしいのはあのアパートそのものだけどね」
「それって、どういう?」
「トッキョの禁則事項なので、これ以上は言えませんねぇ。さすがの陣さんにも」
いつの間にかタブレットを受け取っていた桜がぽろっと口を滑らせた。そんな彼女を彩夢が軽く睨むも桜は知らんぷりだ。おそらくわざとだろう。桜と彩夢はよく陣のことで喧嘩になる。事実を知らせるか否かでだ。桜は陣なら乗り越えられると考えている。故にわざと情報をこぼすのだ。彩夢としてはたまったものじゃない。
「……彩夢さんがそう言うなら、聞かなかったことにしますね」
「えぇ、そうしてください」
彩夢はため息をつきながら飲み物に口をつけた。ココアの優しい甘さが口に広がる。
「はい、最後」
「ありがとうございます」
彩夢が一息ついた傍ら、桜もサクッと注文を済ませたようで陣へとタブレットを渡した。陣の前列に座る女性たちの瞳が自然と陣に吸い寄せられる。陣の顔には満面の笑みが咲き誇っていた。
ミア「最後までお付き合いいただきありがとうございます」
クノート「また会えることを楽しみしている」
ミア「感想もお待ちしております」