クノート「ミア、涎が垂れてるぞ」
ミア「はっ!」
クノート「もう少し辛抱しろ」
「なっ……はっ、はぁ!?」
陣の差し出したスプーンを見てパニックになるクオン。肩透かしを喰らったあとに想像していなかったイベントがいきなり発生したのである。パニックになるのも当然だ。
「早く食えよ。溶けるぞ」
スプーンを差し出したまま待機する陣。混乱するクオンを気にする素振りもない。今までに何回もやったことがあるかのような手慣れた感じまである。そんな陣の様子を見た女性陣の反応は様々だった。張本人であるクオンは顔を真っ赤にして硬直し、美冬と詩は羨ましそうに少しばかり頬を染めながらクオンを見ている。そして、姉二人組は……顔を背けていた。まるで罪悪感と戦っているかのように。
「クオン? いらないのか?」
陣はクオンの眼前でスプーンを小さく動かす。食べるなら早くしろ、ということらしい。急かされたクオンはグルグルと混乱したままで、差し出されたスプーンに食いついた。少し溶けはじめたアイスが熱暴走を起こしかけたクオンを冷やしていく。
「うまいか?」
無邪気に問いかける陣だが、今のクオンに味などわかるはずがない。
「おっ、美味しいんじゃない!?」
「なんで疑問形なんだよ? 自分のことだろ」
「うっ、うっさいわね! こっちはそれどころじゃないのよ!?」
「はぁ?」
「陣、そっとしといてやんなさいよ」
「こればかりは私と桜ちゃんの責任ですねぇ」
「???」
クオンは陣に向かって真っ赤になったまま咆える。なにもわかっていないのは陣だけだ。そんな二人の様子を見て、桜と彩夢はバツが悪そうにしている。陣が躊躇なくスプーンを差し出したのは過去のこの二人が原因なのだ。ときは少し遡る。
陣が両親を失った直後、彼は一時的な記憶喪失に陥っていた。愛する両親を失ったことと能力の暴走。この二つの精神的負荷によるものだ。日常生活に関わることは覚えているが、周囲の人間関係は妹の茉莉をのぞいてほとんど覚えていなかった。当時からアパートに住んでいた龍などは非常に荒れたものである。
当時の彩夢と桜はまだ高校生であった。彩夢は3年生でトッキョへ所属することが決まっておりインターン中、桜は2年生であったが家柄もあり外部協力者としてトッキョに関わっていた。そして、起きたのが例の事件である。
事件の後遺症からか、11歳の陣は大人を怖がっていた。しかし、そのときの陣はまだ子供だ。面倒をみる人は必要不可欠である。そこで白羽の矢が立ったのが比較的年の近い彩夢と桜だった。
陣も最初は見知らぬ年上の女性たちに警戒していた。しかし、二人が根気強く接し続け、一週間、二週間と時間が経つにつれ陣の警戒心もほぐれていった。妹の茉莉は兄に近づく女として、陣とは別の意味で警戒していたが。そして、半年が過ぎたころ陣は少しずつ笑えるようになっていき、彩夢と桜のことを『彩夢ねぇ』、『桜ねぇ』と呼ぶようになったのだ。初めてそう呼ばれたときの二人の対応はわかれた。彩夢は少し照れくさそうに笑い、桜は感極まって陣を抱きしめた。二人の姉バカが誕生した瞬間である。
それから、桜のブレーキは壊れた。陣を一段と甘やかすようになり、外食をすれば彼が気になったものをなんでも食べさせた。その結果が現在の甘党な陣である。
桜は陣が興味を持てば自分が食べているものでも食べさせた。そして、食べさせては『私にも一口ちょうだい』とお返しをしてもらっていたのだ。傍から見れば少し年の離れた姉弟の微笑ましいワンシーン。あくまで幼少期だからこそのコミュニケーションだと思っていた。結果としてその予想は大きく外れ、今でも陣は人に食べさせることへ抵抗などなく、それが今回の事態を引き起こしたのだ。ちなみにだが、そんな桜が羨ましく彩夢も同じようにしていた時期がある。つまり桜だけの責任ではないのだ。
そんな日々が1年余り続き、陣が中学に上がったころから徐々に彩夢と桜が面倒をみることも減っていく。そのころには陣も精神的に安定しており周囲のことも思い出していた。必要以上に干渉すべきではないが、監視は必要である。それがトッキョ上層部の下した判断であり、現在も彩夢と桜がこの街のトッキョ支部で働いている理由である。陣が自らの手から離れることを二人は寂しがったが、これを機会に彩夢は修行に打ち込み、のちに『最速』の称号を得ることになる。一方外部協力者であった桜はトッキョへ正式に所属することになった。
ゆでだこのようになったクオンを視界に収めながら、彩夢と桜の二人はため息を吐く。自分たちが甘やかしたことは確かに原因ではあるが、この朴念仁にも責任はあるはずだ。そんな微かな恨み節を乗せた視線が両隣から来るも陣は目の前のパフェに夢中である。
「ほんとにそういうところは変わらなかったわね」
「?」
桜の言葉に再び首を傾げる陣。その姿も少年時代の面影に重なる。ゆえに二人は強く言うことができないのだ。結果として被害者が増えることになったとしても。
「それにしても本当によく食べるよね。じんじん、そんなにパフェを食べて飽きないのかい?」
「ふぇう? んく……なんで飽きるんだよ? 違う味だぞ?」
「そういうことじゃないんだけども……」
口に含んでたものをしっかりと飲み込んでから詩の質問に陣は答える。陣本人からすれば詩の疑問が理解できないようだ。さすがの詩もこの陣の返答には呆れていた。
一方、陣の前に座るクオンは目の前の自分が注文したパフェに必死に食いついている。陣のせいで火照った思考回路を少しでも冷ましたかったのだろう。そんなクオンの様子を見て、陣はご満悦である。自分がおすすめしたパフェにクオンが夢中になっている。彼の目にはそう見えているのだ。だいぶ節穴である。
パフェグラスの底に銀のスプーンが当たり、カラーンと音を立てる。
「あっ」
クオンがぽつりと声を溢した。食べきったのだ。パフェのおかげで少し冷えて落ちついた頭が満足感と一握りの寂しさを教えてくれている。
「ご馳走様でした」
少しばかり名残惜しい気もしたがまた来ればいい。そう思い直したクオンは静かに両手を合わせた。
「ややや、クオンさんも食べ終わったことですし、今日はそろそろ解散ですかね」
「そうね。案外いい時間だし。また陣が追加注文しないうちにお開きにしましょうか」
その言葉に陣は少ししょんぼりとしながら、注文用タブレットに伸ばした手を引っ込めた。周りの女性陣もその陣の様子には呆れ果てている。
「陣さん。さすがにこれ以上は看過できませんからね?」
「…………はい」
「あんたねぇ、また赤木さんと行くんでしょ?」
桜の言葉でクオンのほうがハッとした。またファミレスへ来る前に陣とのスイーツビュッフェがあるのだ。イベントはまだ続くのである。
「まぁ、そうですね。ご馳走様でした」
陣は少ししょんぼりしたまま、桜へ言葉を返した。物足りなさそうではあるが、姉には逆らえないようで潔く両手を合わせる。その陣の横顔を少し傾いた陽光が照らしていた。
「あら、もうこんな時間?」
「いやぁ、思ったよりも長旅になっちゃったねぇ」
美冬が店内に掛けられた時計を見て驚きの声を上げ、詩も少し目を丸くしながら頷く。楽しい時間にも終わりはつきものだ。最初に腰をあげたのは桜だった。
「そろそろ帰りましょうか。改めて、これからよろしくね。クオンさん?」
「はっ、はい! よろしくお願いします」
席から立った桜は柔らかく微笑みながら、クオンの名前を初めて呼ぶ。姉としての見極めは済んだようだ。
「ボクたちも行こうか」
「そうね。クオンちゃんも行きましょう?」
「あっ、はい」
桜が立ったことを皮切りに通路へ近い人から順々に席を立ってレジへと向かう。テーブルから立ち去る間際、クオンは少しだけ寂しそうに振り返ったあと、陣の後ろを小走りでついていった。
レジで各々が会計を済ませたあと、陣とクオンは彩夢に頭を下げていた。
『彩夢さん、ご馳走様です!』
「いえいえ、二人とも大袈裟ですねぇ」
奢られた人が奢った人へ頭を下げる。日本らしい文化だが、クオンも漫画やアニメでその文化を知っていたようで、陣と並んでしっかりと頭を下げていた。
「彩夢ー! そろそろ行くわよー」
「ややや。今、行きますよー! それでは、また」
駐車場に止められた少しごつめのSUVの隣で桜が手を振っている。どうやら彩夢を呼んでいるようだ。それに気づいた彩夢が陣とクオンに柔らかく手を振って、車の方へかけていく。桜と二言、三言交わしてから彩夢が運転席に乗り込んだ。
「オレたちもそろそろ帰るか」
「そうね」
陣とクオンは車のそばで待つ美冬と詩の元へ歩いていこうとして、クオンが足を止めた。それに気づいた陣も足を止める。
「どうした?」
「…………」
不思議そうにクオンを覗き込む陣に、クオンは無言で右手の小指を差し出す。
「約束! ちゃんとしてなかったでしょ。スイーツビュッフェのあれ」
「そういうことも知ってんのか。それじゃあ」
陣も右手の小指を差し出し、二人は指を絡める。
『指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲~ます、指切った!』
傾いた陽光を浴びて二人の影が伸びる。伸びた影は連れ添いながら車へと向かっていった。
「やっと来たね。もう結構いい時間だよ?」
二人を待っていた詩が少しだけ不満そうに言う。本気で不満に思っているわけではない。ちょっとした揶揄いのつもりなのだろう。そんな詩を少し困った顔で見ながら、美冬は陣へ頼み事をする。
「陣くん、帰りにスーパーへ寄ってもらえるかしら。夕食の買い物がしたくて」
「いいですよ」
美冬と詩が後部座席に乗り込むのを見てから、クオンも助手席に乗り込んだ。陣は全員が乗り込んだことを確認してから、運転席に乗り込みエンジンを回す。その陣の隣でクオンは自身の小指を少しの間、見つめ続けていた。
ミア「最後までお読みいただき、ありがとうございます」
クノート「また会えることを楽しみにしている」
ミア「感想もお待ちしています」