ミア「わたくしどもが直接出向くには少々難しい場所ですね」
クノート「ふむ。土産話を楽しみにしておくとしよう」
大いにはしゃいだ親睦会からはや数日、日本に来てから初めての週末を迎えたクオンは自分が持ってきた荷物とにらめっこしながら頭を抱えていた。いよいよライフライン開通の目途が立ち、来週の月曜日に102号室へ引っ越すことが決まったのだ。そして、荷物をまとめようとして気づいたのである。ホテルのスイーツビュッフェに行けるような服がない。せっかく陣と約束して一緒に行くのに。実家の自室にはドレスだってある。しかし、そんな動きにくいもの、わざわざ持ってきてはいないのだ。
「どうしよ~!」
「クオンちゃん、なにかあった?」
「美雪~!」
クオンの情けない声に反応したのは、リビングで宿題をやっていた美雪である。美雪が通う学校の陸上部は決して強豪というわけではなく、土日は休みになることが多い。正直に言えば、サッカー部などの実績のある他の部活動が優先してグラウンドを使用するため練習場所がなくなってしまうのだ。今日もサッカー部が県外の強豪校と練習試合をするため、グラウンドが使用できず、休みになったのである。
「服がないの!」
「えっ? 今、整理してたよね?」
「そうじゃなくて!」
「きっと陣くんと出かける服がないってことだと思うわよ?」
クオンの声がキッチンにまで響いていたのだろうか。美雪やクオンの息抜きのためにマフィンを作っていた美冬もリビングへとやってきた。手に持ったお皿には綺麗に焼きあがったマフィンが並んでいる。
「えぇ! クオンちゃん、陣くんとお出かけするの!? いいなぁ~。この前だって私は行けなかったのに」
美雪は頬を膨らませて不満そうに言った。前回の親睦会に参加できなかったことを根に持っているのである。
「まぁまぁ、そう言わないの。お出かけが羨ましいなら、明日にでもみんなで買い物に行きましょうよ。クオンちゃんの服も見繕ってあげましょ?」
「賛成!」
美冬の提案に美雪は椅子から立ち上がりそうな勢いで賛同する。
「えっと、みんなっていうのは?」
「クオンちゃん、私、お母さん、陣くん!」
「車を出してもらうなら、陣くんが一番頼みやすいしね?」
「陣と出かけるための服を陣と買いに行くの!?」
「いや、陣くんはたぶん別行動になるし。気にする必要はほぼないと思うよ。にぶいし、クオンちゃんが言わないかぎり気づかないんじゃないかな?」
本人のいないところで散々な言われようであるが、事実なので仕方ない。陣との付き合いがあればあるほど否定できないのだ。
「服を見るなら、いろんなお店が入ってるショッピングモールのほうが都合いいけど、ちょっと遠いんだよね。やっぱり陣くんに車を出してもらうのがベスト。荷物持ってバスとかタクシーに乗るのは大変だし」
「そうね。龍さんや毅さんも免許は持ってるけど、忙しい人たちだから頼みにくいし。透香ちゃんは車じゃなくてバイクだから買い物には不向きだし」
「でも、陣も忙しいんじゃない?」
「それなら大丈夫! 陣くん、締め切り明け二週間は絶対に仕事入れないから!」
「そっ、そうなんだ……」
「だからね、陣くんと出かけたいときは締め切り明けを狙うといいよ!」
「なんでこっち見て言うのよ!」
「べっつに~?」
美雪はわざとらしくクオンへ視線を向けて、にやぁと笑っていた。確信犯である。
「善は急げって言うし、陣くんに連絡しとこ。買い物行くの何時くらいにする?」
「日曜日なら混むだろうし、開店時間に合わせて行くのがいいんじゃないかしら?」
「なら9時30分くらいには遅くても出たいよね。クオンちゃんもそれくらいで大丈夫?」
「いいけど……」
「じゃ、決定! 陣くんにもその時間で連絡しとくね」
美雪は手早くスマホを取り出すと、L○NEで陣にメッセージを入れる。陣もたまたまスマホを触っていたようで既読はすぐにつき、了解と敬礼した猫のスタンプが送られてきた。
「おっ、珍しく返信早いや。陣くんも大丈夫みたい」
「じゃあ、明日はお買い物ね。レストラン街もあるし、昼食はそっちでとりましょ」
「やったー!」
とんとん拍子に明日の予定が決まっていく。初めてのショッピングモール。初めての友人との買い物。期待に胸を膨らませるクオンなのであった。
「明日が楽しみなのはわかるけど……美雪は宿題を、クオンちゃんは引っ越しのための荷造りをちゃんとやりましょうね?」
『……はい』
美冬がにっこりと笑って、美雪とクオンに釘を刺す。二人は明日のお出かけのために、それぞれの課題へと向き合うのだった。
翌日、天気は雲一つない快晴。まさにお出かけ日和である。集合時間の5分前、陣はすでに準備を整えて駐車場で待っていた。
「陣くん~! おまたせ!」
「おはよう、美雪ちゃん」
一番最初に走って現れたのは美雪だった。水色のシンプルなシャツに白のホットパンツ、足元には黒のロングブーツを履き、被った黒のキャップからは彼女のトレードマークともいえるポニーテールが揺れている。
「み、美雪~、はっ、早いってば」
そんな美雪から少しばかり遅れてクオンもやってくる。もはや見慣れたと言っても過言ではない、いつものパーカー姿だ。
「えぇ~? そんなことないよ?」
「美雪は自分の体力に自覚を持って!」
こてんと首を傾げる美雪に追いついたクオンはむすっとして文句を言う。一週間というわずかな時間ではあるが、打ち解けるには十分だったようだ。
「二人とも楽しみなのはわかるけど、あんまり騒ぐとご近所迷惑になるわよ?」
そんな声をかけながらゆったりと駐車場に向かってきたのは美冬だ。リボンがあしらわれた淡い桜色のブラウスに白のキャロットスカート。細い黒のベルトを巻いて、足元は歩きやすいようにローヒールの白いパンプスを履いている。
「楽しみにしているのはお母さんもじゃん!」
「せっかくのお出かけですもの」
「それだけじゃないでしょ~?」
「どうかしら?」
「またそうやってー!」
美雪がじゃれつくように言葉を並べ、美冬は微笑みながらやんわりと受け流す。とりとめのない会話から郡親子の仲の良さがよくわかる。そんな二人をクオンは少し羨ましそうに見ていた。
「全員揃ったし、さくっと出発しましょうよ。のんびりしてると混みますよ? 道もお店も」
「そうね」
「よーし、レッツゴー!」
「朝からテンション高いわね」
「クオンちゃんだって、そわそわしてたじゃん!」
「そっ、そんなことないけど!?」
「早く乗れって」
駐車場で再びはしゃぎはじめるクオンと美雪に呆れながら、陣は運転席に乗り込む。その隣の助手席にはしれっと美冬が乗っていた。クオンと美雪の二人はそのまま後部座席に乗り込む。四人を乗せた車は軽やかにエンジン音を響かせながら、ショッピングモールに向かうのだった。
車に揺られて30分。午前10時、開店したばかりだというのにショッピングモールの駐車場は店舗入口に近い所からかなり埋まっていた。
「いひゃー、やっぱり混んでるね」
「開店時間に合わせて正解だったわね」
「車がいっぱい……」
「やっぱ近いとこは空いてないな」
陣は仕方なく店舗入口から少し離れたところに車を止めた。
「……すごい! 実家くらいある!」
「……クオンちゃんの実家どれだけ広いの!? えっ、さすがに建物の大きさだけだよね? 駐車場までは含めてないよね?」
車から降りたクオンは、ショッピングモールの全体を一望し目を輝かせた。
「いつまでも騒いでないで、さっさと行くぞ」
『はーい!』
呆れ顔の陣に急かされ、美雪とクオンを先頭に陣たちはショッピングモールの入口へと向かう。入口は複数あり、陣たちは中央ゲートから店内に入っていった。入ってすぐに案内図があり、今回の目的である衣服類のお店は二階に多く、一階には飲食店が多く入っている。
「本当にたくさんのお店があるのね……」
「そりゃね! この辺では一番大きい複合商業施設だもん!」
「車がないと来づらいのがちょっとネックなのよね」
案内図の前ではしゃぐ三人を尻目に陣はスマホで何かをチェックしている。
「美冬さん、クオンたちのことお願いしますね」
「あら、陣くんはどこに行ってくるのかしら」
「買い物には時間かかるでしょうし、映画見てきます。帰りの荷物持ちはするので」
「了解。お昼は一緒に食べるんでしょ?」
「お店決めたら連絡ください。合流するんで」
「わかった。午後はクオンちゃんの新生活に必要なものとかもみたいから、よろしくね?」
「了解です。それじゃ」
陣は美冬に一声かけてから、片手をあげてその場をあとにした。
「およ? やっぱり陣くんは別行動?」
「映画見てくるって」
「あぁ、いつものインプットね」
「インプット?」
「ほら、陣くんって作家だからさ。本を読んだり、映画を見たり、美術館に行ったり、そういう『人の作品』に触れることを大切にしてるんだよね」
「へぇ~。そうなんだ。でも、一緒じゃないのね」
「ほ~ん? 陣くんに選んで欲しかった?」
「そっ、そうは言ってないでしょ!!」
案内図に集中していた二人も陣が離れたことに気づいたようだ。陣が一緒ではないことにクオンは少し複雑そうである。そんなクオンを見逃さなかったのは美雪だ。さすが現役JK。恋の匂いには敏感である。
「デートのときにお披露目できるじゃん! 陣くんもドキってするかもよ~」
「デートじゃないってば!」
「二人とも騒いでないで。そろそろ行くわよ~」
『は~い!』
先導する美冬の後ろをクオンと美雪は仲良く二人で追いかける。初めてのショッピングモール。胸を弾ませるクオンだったが、服選びは決して楽なものではなかった。
ミア「最後までお読みいただき、ありがとうございます」
クノート「また会えることを楽しみにしている」
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