お隣さんは吸血鬼(仮)   作:石城 群場

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クノート「なんとかなりそうだな」
ミア「えぇ、お嬢様ならなんだかんだうまくやるでしょう」


第2話「吸血鬼、受け入れられる?」

 ゴミ捨て場でのクオンとの邂逅と衝撃の事実を告げられた陣たちは頭を悩ませた。このクオンという少女はあまりにも現代の常識について疎すぎる。

 

「クオンちゃん、1つ聞きたいのだけど……」

「……何?」

「学校って行ったことある?」

「学校? 行ったことないわね。漫画やアニメでしか見たことないわ。勉強はいつもミアかパパが教えてくれてたから」

「ミアってのは?」

「私の世話役。専属のメイドって言ったほうがわかりやすいかもね。ママが家を空けることが多かったから、いつもミアに面倒を見てもらっていたの。尻尾がもふもふしてるのよ!」

 

 自慢げに家族のことを語るクオンとは裏腹に、陣と美冬はなおさら頭を悩ませることになった。亜人の子どもが学校へ通わずに家で勉強することは比較的多い事例である。いくら存在が公表され、支援制度が整いはじめたとはいえ、明確に人と違う存在は奇異の視線にさらされることも多い。特に多感な子どもの時期であれば、親がわが子の安全を考えて一時的に人と距離を置くことは十分に理解できる。

 しかし、それは人との共生を目指すことを前提にした行動であり、クオンのような常識知らずを生み出すためのものではないことを明記しておく。

 

「勉強って、現代の常識とかは教えてもらわなかったのか?」

「山奥の古城に住んでいる吸血鬼が現代の常識に詳しいわけないでしょ! …………まぁ? そういう勉強もあった気がしないでもないけど……? 退屈で聞き流してたかも……だけど……?」

「ならお前が悪いんじゃねぇか!?」

 

 目を泳がせ歯切れ悪く言い訳を並べるクオンに陣が思わず声を上げる。美冬も苦笑いを浮かべ、どうしたものかしらと思案しているようだ。

 

「ねぇ、陣くん? まだ朝も早いことだし、クオンちゃんをトッキョへ連れて行ってあげたら? このまま放置するわけにもいかないでしょう?」

「そうですね……このままにして何かトラブルに巻き込まれでもしたら、目覚めも悪いですし。……まぁ、乗り掛かった舟ですからね」

「そういうことでどうかしら、クオンちゃん?」

「えっと、はい」

「美冬さんの前じゃ、本当に別人だな」

「うっさいわね!」

 

 美冬からの提案にクオンは静かに頷いた。そんな彼女を見て軽口を叩く陣とその態度を見て噛みつくクオン。出会ってからそんなに時間が経っていないにも関わらず二人は完全に打ち解けている。存外、相性がよかったようだ。

 

「でも行く前に……まずは身だしなみを整えましょう? クオンちゃんも陣くんもね?」

『はい』

 

 漫才のようなやりとりを続ける二人へ美冬から鋭い声が飛ぶ。顔はにこやかだが圧があり、まるで子どもを叱る母親のようだ。そして、美冬の一声で静かに息をそろえて返事をする二人は歳の離れた兄妹にしか見えない。もし、この場に美雪が残っていればそんな二人をくすくすと笑いながら見ていたことだろう。

 二人の様子を見ながら、何かに気がついたように視線を移す美冬。そんな美冬の視線を追った陣はゴミ捨て場に似つかわしくない小綺麗なトランクケースを見つけた。

 

「あそこにあるトランクケースって、クオンちゃんの?」

「あっ、そうです!」

 

 クオンはハッとしてトランクケースに駆け寄る。クオン自身も完全に存在を忘れていたようだ。不用心極まりないが、日本であるがゆえのことだろうとそう思いたい。

 

「荷物があるなら着替えの心配はなさそうね。シャワーならうちで浴びてもらえばいいし……そういえば吸血鬼の方って血以外にも食事をするのかしら? 陣くんは朝ごはんうちで食べるでしょう?」

「いつもありがとうございます」

「いいのよ。私がお世話したいだけだもの」

 

 クオンの様子に苦笑を浮かべながら、横に立つ陣へと話しかける美冬。この二人は随分と付き合いが長いようだ。

 

「なんなら毎日3食でもいいのよ?」

 

 美冬は陣に甘えるようにしなだれかかると上目づかいで彼の瞳を覗き込む。陣は困ったように頬をかいてから、美冬を優しく遠ざける。

 

「美冬さん……からかうのもほどほどにしてくださいよ」

「ふふっ」

 

 そんな甘い空気を出す二人へ荷物を回収したクオンが無言で近づく。そして――

 

「ったぁ!?」

 

 クオンのローキックが見事に陣の脛を捉えたのだった。

 

「いきなり何すんだてめぇ!?」

「ムカついたから」

「はぁ!?」

 

 蹴られた痛みに思わずうずくまった陣は顔を上げてクオンへ文句を言うが、彼女はぶすっとした顔で腕を組み陣を見下ろしている。詫びる気は一切ないらしい。

 

「あらあら。やっぱり陣くんは罪な男ね」

 

 美冬はクオンの様子を見て何かを悟ったようだ。クオン本人もまだ気づいていないであろう、名も付けられない淡い何かを。

 

「二人ともその辺にしたらどうかしら。そろそろお仕事へ向かう人たちも増えてくる時間よ。あまり目立つのはよくないんじゃないかしら。陣くんは締め切り明けで浮浪者みたいな風貌をしているし」

「浮浪者はちょっと辛辣じゃないですか!?」

 

 思わぬ口撃にさらされた陣はあらためて自分の格好を考える。……確かに浮浪者と言われても仕方ないかもと思い当たり少し凹んだ。

 

「クオンちゃんも荷物があるなら着替えとかは必要最低限あるんでしょう? うちでシャワーを貸してあげるからついてきて」

「あっ、はい」

 

 美冬はクオンが荷物を持ったことを確認すると先導するようにアパートへ向かって歩き始める。クオンもその美冬の後ろを静かについていくのであった。

 

「オレもシャワー浴びて着替えるか……髭も剃らねぇと」

 

 陣は二人の背中を見送ったあと、ゴミ捨て場を少しだけ片付けて整理してから自室へと向かうのだった。

 

 

 クオンが美冬に連れられて辿り着いたのは一見どこにでもあるようなアパートだった。築10年は経っているだろうか。古いとは言えないが、かといって真新しいわけでもない。周りの草木などはしっかりと手入れが行き届いており管理人の生真面目さが伝わってくる。

 

「私たちが住んでいるのは2階なの。階段、気を付けてね」

「はい」

 

 クオンは美冬に促され、トランクケースを抱えながら階段を静かに登っていく。それなりの大きさがある荷物だが、クオンは特に気にもせず持ち上げているあたり吸血鬼は力も強いのだろうか。

 

「ここが私たちの家よ。どうぞ、あがって」

「お邪魔します」

 

 美冬は階段を上った先、2階の一番端にある201号室の鍵を回し扉を開く。美冬に促されたままクオンも中に入ると、玄関は綺麗に物が整理されていた。普段から掃除を欠かしてはいないらしい。

 クオンは玄関で靴を脱ぎ美冬が並べた来客用のスリッパへと履き替えた。古城育ちのクオンに日本のアパートは新鮮なのかキョロキョロと辺りを見回している。

 

「あんまりジロジロ見られると恥ずかしいのだけど」

「あっ、すみません。その……珍しくて。アニメや漫画でしか見たことないから」

 

 クオンの視線に気づいた美冬は少し困ったように笑っていた。そんな美冬に注意されてクオンもバツが悪そうである。

 

「……馴染みがないといろいろと気になってしまうものよね。お風呂はこっちよ。荷物はあっちのリビングに置いてもらえればいいから。着替えだけ持ってきて。バスタオルはこっちで準備しておくわ。それと……これから朝ごはんの準備をするのだけど苦手なものはあるかしら」

「えっと……匂いが強いものはちょっと苦手です。ニンニクとか……」

「わかったわ」

 

 美冬はそれぞれの部屋を簡単に案内すると朝食を作るためにキッチンへ向かう。クオンは言われたとおりに荷物をリビングに置き、着替えを取り出すと浴室へ向かうのだった。

 

「ずいぶんと狭いのね」

 

 脱衣所で服を脱ぎ、浴室へ入るとクオンはぼそりとこぼした。そもそもクオンは古城生まれ古城育ちである。現代のアパートとはまるでスケール感が違う場所で生活していたため、狭いと感じるのも当然のことだった。だいぶ失礼な物言いではあるが。

 クオンは蛇口を捻りシャワーを浴びる。美しい金髪に女性らしい丸みを帯びたプロポーション、穢れを知らない白い肌。同性から見ても美しいと思うであろう肢体を雫が伝う。まるで映画のワンシーンのようだ。シャワーの暖かさが体の疲れを流していく。

 

「クオンちゃん、バスタオル置いておくわね」

「はーい」

 

 がちゃっと扉の開く音がする。美冬がバスタオルを持ってきたようだ。声をかけられたクオンもシャワーの暖かさで気持ちがほぐれたのか気の抜けた返事をする。

 

「ミア、髪を洗うの手伝って…………って、ミアはいないんだった……」

 

 クオンは髪を洗おうとして、いつもの癖でミアに声をかける。返事があるはずもなく、そこで急に心細さが顔を出した。今までは日本の目新しさや飢餓状態だったことで忘れていた寂しさが一息つけたことで襲ってきたのだ。

 

 ――パチンっ。

 

 浴室内に乾いた音が響く。クオンが自分の頬を叩いたのだ。

 

「弱気になるな。クオン・アカキア。ミアに一泡吹かせてやるんでしょ」

 

 先ほどまで俯きがちだったシルエットはどこへやら。浴室と脱衣所を隔てる扉のガラス越しに浮かぶのは堂々と胸を張った少女の姿であった。

 

「シャワーありがとうございました!」

 

 シャワーを浴び服を着替え終えたクオンはキッチンで食事の準備をしている美冬に元気よくお礼を言う。寂しさに負けないように、自分を奮い立たせるように。

 

「……クオンちゃん。ちょうどよかった、今できたところなのよ。配膳手伝ってもらってもいいかしら」

「はいっ」

 

 クオンの心情に美冬もうすうす感づいてはいる。しかし、言葉に出さないこともまた優しさであろう。

 クオンと美冬によって暖かい色使いのテーブルクロスの上へ3人分の食事が並べられていく。バターロールに春野菜のポタージュ、ほうれん草とベーコンのソテー、スクランブルエッグ。どうやらクオンのことを慮って箸が使えなくても食べやすい洋食を中心としたメニューを用意してくれたようだ。

 

「美味しそう~!」

「そろそろ陣くんも来ると思うから、もうちょっと待っててね」

「はーい」

 

 並べられた料理を見てはしゃぐクオンは年相応よりも幼く見える。狭い世界で生きてきた彼女からすれば胸躍る冒険のようなものなのだろう。

 

 ――ピンポーン。

 

 チャイムが鳴った。おそらく陣が支度を整えてやってきたのであろう。クオンが席を立ち、玄関へ駆け寄って扉を開ける。そこには少しクセのある黒髪を遊ばせた好青年が立っていた。クオンはきょとんとしたあと叫んだ。

 

「あんた、誰よ!?」

「さっきまで一緒にいただろうが」

「はぁ!? 嘘っ! あんた陣なの!?」

「指をさすな指を。失礼すぎるだろうが」

「ぼさぼさだった髪も、髭も、なんだったら隈もなくなってるじゃない。まさか魔法使い!?」

「お前、サブカルに毒されすぎだろ。ただ身だしなみを整えただけだ」

「陣くんって、素材は本当にいいのよね。見た目に頓着がないだけで」

 

 女性陣からずいぶんな言われようである。しかし、陣本人も多少自覚はあるのでむきになって反論するようなことはない。彼の中で見た目に関する優先順位はとても低いのだ。もう少し身なりに気をつかえば引く手あまたではあるのだが……。

 陣はとくに臆することもなく、靴を脱ぎスリッパに履き替えて部屋へあがる。どうやら彼にとってはいつものことらしい。

 

「ふーん」

「なんだよ?」

「別に」

 

 どことなく不機嫌に見えるクオンも連れてリビングへと足を進める陣。テーブルには綺麗に盛り付けられた朝食が並んでいた。

 

「珍しいですね。朝から洋食なんて」

「今日はクオンちゃんがいるからね」

「あー」

 

 用意された料理を見て陣が首を傾げたが、美冬の一言で腑に落ちたようだ。クオンは自分の名前を出されても何も察することができなかったようだが。

 

「そろったことだし、冷める前に食べましょ?」

 

 美冬が陣とクオンに向かって席に着くよう促す。二人はいそいそと椅子に座ると両手を合わせた。アニメの影響だろうかクオンも日本式の作法を知っていたらしい。

 

『いただきます』

 

 

「美味しかったぁ~」

「ふふっ、お粗末様でした」

 

 食事を終えたクオンは満足気に椅子の背もたれに体を預けた。そんなクオンを見て美冬も柔らかい笑みを浮かべている。一方、リビングに陣の姿はない。

 

「美冬さん、食器洗い終わりましたよ」

「陣くん、ありがとね」

「いえいえ」

「……」

 

 キッチンから陣が顔を出した。慣れた二人のやりとりから関係が長く続いていることがわかる。クオンはそれがなんとなく面白くなかった。

 

「クオン、そろそろ行くぞ」

「……どこへ?」

「いや、トッキョに行くって言ったろ」

「そうだった!?」

 

 陣の言葉でくつろいでいたクオンが椅子から立ち上がる。どうやら美味しい食事に集中していたせいで頭からすっぽり抜けていたらしい。慌てたクオンの様子を見て陣がため息を吐く。

 

「別にそんな急がなくてもいいぞ。どうせ車で20分くらいの近場だし」

「そう……車?」

「あぁ、徒歩で行くには距離があるからな」

「じゃあ、何? 密室で陣と二人きりになるってこと!?」

「何を言ってんだお前は?」

「陣くんは慣れてるから大丈夫よ」

「慣れてる!?」

 

 なぜか過敏に反応するクオンに痺れを切らしたのか陣は肩をすくめて外へと出ていく。どうやら先に車のエンジンをかけに行ったようだ。

 

「クオンちゃんもいってらっしゃい。荷物は置いたままで大丈夫だから」

「……えっと、はい。…………いってきます」

 

 美冬に促されクオンも陣のあとを追いかける。少し照れくさそうに美冬に手を振って。

 

「…………あとでお話しないとね」

 

 陣とクオンを見送った美冬は一人残った部屋で呟いた。水色の瞳に凍えるような冷たさを纏わせて。




クノート「ここまでよく読んでくれた。礼を言う」
ミア「感想もお待ちしております。またお会いしましょう」
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