お隣さんは吸血鬼(仮)   作:石城 群場

4 / 6
クノート「ようやくか」
ミア「えぇ、ここまで時間がかかりましたが……」


第3話「吸血鬼、トッキョへ赴く」

 クオンが部屋の外に出て階段を下りると、駐車場で軽自動車に乗り込みエンジンをかけて待っている陣の姿があった。

 

「意外と早かったな」

「待たせると何言われるかわかんないからね」

「人を小姑みたいに言うんじゃねぇよ」

 

 軽口を叩きながら陣は運転席から降りて、助手席のドアを開けてクオンをエスコートする。その姿は様になっており手慣れていることがわかる。それがなんとなく気に入らないクオンであった。

 

「なんでそんなむくれてんだ? 車苦手?」

「別に。行くんじゃないの?」

「苦手なら無理すんなよ」

 

 どことなく不機嫌なクオンを助手席に乗せ、陣はゆっくりとトッキョへ向かうためにアクセルを踏んだ。

 

 

 陣の住む町のトッキョ支部まではアパートから車で20分程度の道のりである。陣たちを乗せた車が走る街道には桜が咲き誇り、無機質な道路を鮮やかに染め上げていた。歩道には入学したばかりであろう子どもたちが、はしゃぎながら学校へ向かって走っていく姿が見える。少し気まずい空気が流れる車内とは違い世界はすっかり春模様だ。

 

「この町って意外と自然が多いのね」

「都会ってほどでもないけどド田舎ってわけでもないからな。ほどほどで住みやすいぞ」

「ふーん」

 

 車窓から景色を眺めていたクオンが口を開く。流れていく風景が珍しいのか、出発したときよりも機嫌はよくなっているようだ。古城育ちからすれば日本の何気ない風景も新鮮なのであろう。

 

「さっきも言ったがトッキョで申請をすれば生活のサポートもしてもらえる。まぁ、法的に『亜人』として認められるからな」

「詳しいことはよくわかんないけど、とりあえず衣食住は保証されるってこと?」

「ざっくり言うとそういうことだな」

「……もしかして、トッキョへ行くことが前提だったのかな」

 

 クオンは改めて追い出されたときのことを考える。荷物は準備されていたが大荷物なわけではなかった。それに自分を溺愛している父のことだ。ある程度、保険をかけていても不思議ではない。

 ……実際クオンの想像しているとおりであり、クノートとミアはクオンがトッキョへ行くことを前提に準備をしていた。最もクオン本人はトッキョについての授業を全て聞き流していたのだが……それだけが二人の唯一の誤算であり、古城にいる二人はまだ知る由もないことである。

 

「おそらくそうなんじゃないか? まぁ、本人たちに確認しないとわからねぇけど」

 

 運転をしながら陣は思考を回す。少なくともクオンの様子を見る限り家族との仲は良好なようだし、トッキョへ行くことが前提であるとすれば納得できるのだ。そうやって考えを巡らせていると、ふと気づく。

 

「そういえば真祖の吸血鬼って名乗ってたけど、トッキョへ申請をしていない今のクオンは法的には吸血鬼(仮)ってとこだな」

「(仮)をつけるな!」

 

 陣の一言に身を乗り出して反論しようとするクオンだったが、当然のごとくシートベルトに遮られるのである。穏やかな春の陽気に似つかわしくない騒がしさを纏って、車はトッキョへと向かっていくのだった。

 

 

「……うっ、はぁ~」

 

 車を駐車場に止めた陣は車から降りると大きく伸びをした。陣につられるようにクオンも車から降りて伸びをする。慣れない車移動でクオンは少しばかり疲れているようだ。

 

「ここがトッキョ。……普通の建物ね」

「当たり前だろ。行政の施設なんだ。そんな奇抜なデザインにはしねぇよ」

「もっと……こう……冒険者のギルドみたいなのを想像してた」

「頭ファンタジーかよ」

「うっさい! 作家を生業にしているやつに言われたくないわよ! あんたの方がよっぽど頭ファンタジーでしょうが!!」

「……ふっ、くっ、確かにな」

 

 クオンからの思わぬ反撃に陣は笑みをこぼした。まるで少年のような無邪気な顔で。今まで見ることがなかった陣の表情にクオンの視線は自然と吸い寄せられる。

 

「どうした?」

「……別に。……あんたもそういう顔するんだ」

 

 クオンのつぶやきは春風にさらわれて陣の耳には届かない。――今はまだ。

 陣がクオンを先導しトッキョの入口へと進んでいく。ウィーンと機械音をたてて自動ドアが開いた。建物内へと歩みを進めると受付に座っている一人の女性と目が合う。その女性はにやりと意味ありげに口を歪めると陣たちに声をかけてきた。

 

「おやおや、陣さんじゃないですか。なんです? ま~た亜人を拾ってきたんですかぁ? あなたも好きですねぇ~」

「誤解を招くような言い方やめてもらえますか、彩夢さん」

「…………」

「クオンもそんな……またかよこいつみたいな目で見んな」

 

 陣に彩夢と呼ばれた黒髪で外はねショートボブの女性はニヤニヤとしながら陣の後ろに隠れるようにいるクオンへと視線を向ける。クオンはジト目で陣を睨んでおり、彩夢の視線には気づいていないようだ。

 

「なんで隠れてんだよ」

「言ったでしょ、私はコミュ障陰キャなのよ」

「……はぁ。この人は風祭彩夢(かざまつりあやめ)さん。トッキョの職員だ」

「よろしくお願いしますね」

 

 彩夢はひらひらと手を振った。クオンはまだ警戒しているようで彩夢と距離を詰めようとせず、陣の服の裾を摘まんでいる。まるで兄妹のようだ。

 

「ややや、ずいぶん懐かれてるじゃないですか。さすが陣さんというべきか……」

「含みのある言い方しますね」

「私の癖みたいのものですから。それより、そちらのお嬢さんのお名前と種族は?」

「クオン・アカキア。吸血鬼です」

 

 彩夢からの問いに陣からやんわりと背中を押され、おずおずと答えるクオン。クオンの家名を聞いた彩夢は一瞬だけ鋭く目を細めた。

 

「アカキア……ですか。陣さん、これまたとんでもないビックネームを拾ってきましたね」

「クオンの家って、そんなに有名なんですか?」

 

 彩夢の一言に首を傾げた陣。その後ろでクオンは当然よと言わんばかりにドヤ顔を披露していた。その二人の様子に彩夢は少し悩んだそぶりを見せる。

 

「その件について、ここで話すのはあんまりよくないんですよね。すぐに別室を用意させます。ちょっと待っていてもらえますか。」

「……わかりました」

 

 彩夢はすぐに同僚へと指示を出す。彼女の対応で陣はクオンがただならぬ存在であることをひしひしと実感させられた。そう、まるであのときのように。一方クオンはそんな二人の緊迫した空気など察することができないまま、ただドヤっていた。……鈍感にもほどがある。

 

 

 数分待たされたあと、別室へと案内された陣とクオンは真剣な表情をした彩夢と対することになる。彩夢に促され席へ座った二人、特にクオンはようやく彩夢と陣の間で流れる緊張感に気づいたようだ。居心地が悪いのかもぞもぞと動いており落ち着きがない。

 

「さて、本題へ入る前にお聞きしたいんですけど……陣さん」

「はい」

「なんで昼間に吸血鬼を連れ歩いてるんですか? 太陽の光は吸血鬼の天敵ですよね?」

 

 彩夢の言葉に陣とクオンは顔を見合わせた。

 

『そうなんですか!?』

「なんでクオンさんも驚いているんですか……」

「えっと……太陽の光を浴びても特に異常はなかったから……?」

 

 彩夢は二人の反応を見て肩を竦めた。どうやらクオンは明らかに普通の吸血鬼とは異なるらしい。

 

「彩夢さん、クオンは真祖? らしいんですけど、だからとかじゃ――」

「本来ありえないんですよ。アカキアであれば真祖であることは明白ですが、太陽の光が天敵なのは吸血鬼という種族すべてに共通する性質です」

 

 彩夢は深く息を吐いたあと、椅子に座り直し真剣な表情でクオンを見つめる。

 

「クオンさん、あなた何者ですか」

 

 彩夢の目には明らかに警戒の色が滲んでいた。

 しかし、困り果てたのはその視線を向けられたクオン本人である。クオンにとっては何も特別なことなどしていないのだ。何者だと聞かれても彩夢が納得できるような答えは持っていない。

 

 少しの間、室内を沈黙が支配した。

 

「……その表情を見るに自覚は一切ないみたいですね」

 

 彩夢はクオンの表情から察するものがあったのかクオンから陣へと視線を移す。

 

「陣さん、厄介ことばっかり拾ってくるのやめてもらえません? ラノベ主人公でも目指してるんですか?」

「好きで拾ってるわけじゃないです」

「……はぁ」

 

 彩夢は大きなため息を吐くと表情を崩す。

 

「とりあえず、この話はここで終わりましょうか。このあとが本題ですし」

 

 彩夢はクオンへ再び視線を戻す。その視線を受けたクオンはピッと背筋を伸ばした。

 

「トッキョとして亜人のサポートをするのは通常業務にあたります。衣食住の保証とか」

「はい」

「そこで非常に便利な存在がいるわけですよ」

「……?」

 

 にやぁと意味ありげに笑う彩夢を見てクオンは首を傾げる。そして、彩夢の表情を見てこれからのことを察した陣は頭を抱えた。

 

「実はここにですね、亜人に対してある程度知識があり、かつ住居を提供できるお人よしがいるんですよねぇ~」

「それって、まさか……」

 

 彩夢の言葉でクオンも察したのか隣にいる陣へと視線を向ける。

 

「陣さん、アパート一部屋空いてますよね?」

「確かに空室はありますけど、一階でオレの隣ですよ? 女性が住むのは……」

「いいじゃないですか。セキュリティなら龍さんもいますし……何より『トッキョの要監視対象、相谷陣』がいるアパートを狙うなんてトッキョに捕まえてくれと言っているのと同義ですよ」

「それはまぁ、そうですけど……」

 

 クオンが置いてけぼりにされたまま、彩夢と陣の間で話が進んでいく。しかし、クオンにとって二人の話は気になることのオンパレードだった。

 

「ちょっと待って!!」

「あっと、すみませんね。話を進めてしまって」

「いや、それもそうなんだけど! えっ? あのアパートって陣の持ち物なの!? っていうか要監視対象ってなに!?」

「……陣さん、話してなかったんですね」

「まぁ、好き好んで話すことでもないんで」

 

 混乱したクオンが割って入った。当然のことである。彩夢は陣の顔をジーッと見つめるが、陣は素知らぬ顔でいつも通りだ。彩夢は一息吐くとまた話を進める。

 

「まず、陣さんのことは一度横に置きますよ」

「置くの!?」

「まぁまぁ、クオンさん。今日はあくまでクオンさんのこれからの生活基盤の話なので」

「そうだった!」

「クオンさんはリアクションが大きくて面白いですねぇ~」

「あんまり意地悪しないでくださいね」

「陣さん、なんです? その言い方。まるで私が人を揶揄うのが好きな性悪女みたいじゃないですか~」

「そこまでは言ってないです」

 

 クオンと彩夢のやりとりを尻目に陣は思考を巡らす。陣が住むアパートは『亜人受け入れ許可』の認定をトッキョから受けており、特定の種族を除いて亜人が住むことは問題ない。むしろ、陣以外に純粋な人間は住んでいない。なにしろ陣たちが住むこの町は日本国内でも人口に対する亜人の比率がトップクラスなのだ。

 そもそもこの町に住む亜人にとっては陣のアパートが最も安全地帯である。正確には陣がいるから結果として安全なのであるが……。

 

「とにかく住む場所は陣さんのアパートが最も適しています。家賃や水道代、光熱費といった生活に必要な資金は制度上6か月間無償で援助できます。6か月あればある程度生活の基盤は整えられるでしょう。ライフラインの契約に関しては、トッキョから申請を出せば最短で使えるようになりますし。それに、クオンさんも全く知らないところで生活するよりはマシではないですか?」

「……それは、まぁ……」

 

 彩夢の言葉に歯切れ悪く答え、ちらっと陣の顔を見るクオン。その様子を見て彩夢は何かに感づいたようでニヤニヤと唇を三日月のように歪めるのであった。

 

「陣さんってば、相変わらずですねぇ~」

「なんですか、その顔は」

「いえいえ~」

 

 含みのある笑みを浮かべる彩夢に対して陣は何か言いたげだったが口を噤んだ。あまり話を横道に逸らすのも良くないと考えたのだろうか。

 

「話をまとめますよ。クオンさんは陣さんのアパートに住む。電気や水道などのライフラインに関してはこちらで手を回します。とはいっても今日すぐというわけにはいかないので、ライフラインが整うまでの間は美冬さんのお世話になってください。世話好きなんで面倒見てくれると思いますよ。別に両人が良ければ陣さんの部屋でも――」

「ダメですけど」

「とのことなので、美冬さんに連絡入れておきますね」

「はっ、はい」

「1回目はまぁ、こんなものでいいでしょう」

「……1回目は?」

「クオンさん、もしかして1回で全部片が付くと思ってました?」

「……その……はい」

「ややや、そんなわけないじゃないですか~。実際の生活状況、就労に向けての注意事項や相談などなどお話することはいっぱいあるんですから。適宜トッキョには来ていただくことになりますよ?」

「……そうなんだ」

「うち行政機関なんで、そういうものですよ」

 

 これからについて、スムーズに話が進んでいく。彩夢の言うように一度で全ての問題が片付くわけではない。今回の場に関しては最低限生活を送るための対処と今後に向けての顔合わせ的な意味合いが強いのだ。法的に亜人と認められ生活するようになれば、トッキョとの縁は切っても切れないものとなる。そのため適度に複数回トッキョ職員と面談をするのが亜人にとっては通例なのである。

 

「さて、あとは届け出を書いてもらうだけなので、クオンさんだけもう少し残ってくださいね」

「えっ」

 

 彩夢の一言に少し心配そうな顔をするクオン。そんなクオンの様子に陣も気づいているのか口を開いた。

 

「残ってますよ。オレも」

「ややや、年頃の女性のパーソナルな情報を知りたいとは陣さんもスケベですねぇ~」

「えぇっ! そ、それなら――」

「待合ブースでネタ出しでもしてるわ」

 

 彩夢の言葉に顔が赤くなるクオン。陣は一言だけ残してさっさと部屋から出ていく。こういうときの行動が非常に早いのがこの男の特徴でもある。あまりの早さにクオンもぽかんと口を開けたままだ。

 

「クオンさん、ちなみに今のは『焦らなくてもいいぞ』ってことですよ」

 

 くすくすと笑いながら書類を並べ始める彩夢。クオンはこういった書類を書くのは始めてなのか、やや不安そうな顔をしている。

 

「大丈夫ですよ、クオンさん。丁寧に案内しながら書いていただくので。それに……もう少し二人だけでお話しないといけないこともありますから」

 

 一瞬、彩夢の纏う空気が変わった。部屋の空気が静かに張り詰めていき、クオンは察した。陣はわざと追い出されたのだと。




クノート「最後まで読んでくれて感謝する」
ミア「感想もお待ちしております」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。