お隣さんは吸血鬼(仮)   作:石城 群場

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クノート「一つ越えたな」
ミア「クノート様は心配しすぎです」


第5話「烏天狗、杞憂に終わる」

 しばらくの間、ペンの音が響き続けたがそれもようやく終わる。

「できた~!!」

「はい。確認させていただきますね」

 

 クオンはようやく書き終えた申請用の書類を彩夢に渡すと、ぐてっと背もたれに体を預けた。彩夢は問題がないか一枚一枚丁寧に目を通していく。

 

「……問題ありませんね。お疲れ様でした。陣さんも」

「彩夢さんもお疲れ様です」

 

 クオン以上に疲れているのは、説明していた彩夢とクオンの傍らで手伝っていた陣である。クオンの頭が悪いわけではないが、アニメや漫画で日本語を覚えたクオンには行政で使用される書類の文言は理解が難しく、彩夢と陣が内容を噛み砕きながら進めていったのだ。そもそもルーマニア出身であるクオンが当然のように日本語で会話できている時点で地頭の良さが窺える。

 

「次回の日程は……まぁ、少し先で大丈夫ですかね。すぐに状況が変わるわけでもありませんし、まずはこっちでの生活に慣れてもらうのがいいでしょう」

「そうですね」

「何かあれば、すぐに連絡お願いしますね。陣さん」

「オレですか? クオン本人からさせればいいじゃないですか」

「この様子を見てもそう言えます?」

 

 彩夢に言われクオンへと視線を向ける陣。……クオンは完全にだらけきっていた。彩夢が心配するのも無理はない。そもそもクオンは報連相とは縁がない古城育ちの箱入り吸血鬼である。

 

「できる限り目を離さないようにしておきます」

「美冬さんにもお願いはしておきますが、拾ったのは陣さんですから。責任取ってくださいね」

「ペットじゃあるまいし……まぁ、放っておいてトラブルを起こされると洒落になりませんから」

「ややや、素直じゃないですね~。もう少しクオンさんを見習ったらどうです?」

「余計なお世話です」

 

 にやにやと笑う彩夢とは対称的に陣は少しだけ眉をひそめた。

 

「さて、クオンさんもいつまでもだれてないで帰り支度してくださいね~」

「は~い……」

「……もうちょっとシャキっとしろよ」

「慣れないことして疲れてるのよ。もっと慮りなさいよ」

「なんでそんな表現知ってんだよ。普段使いしないだろうが」

「漫画で覚えたわ!」

「あっそ」

「もっと興味持ちなさいよ!」

「夫婦漫才もほどほどにしてくださいね~」

『夫婦じゃない!』

「ややや、息ピッタリじゃないですか。お似合いですよ?」

 

 にやにやと人の悪い笑みを浮かべた彩夢のからかいに異を唱える二人だったが、かえって相性の良さをアピールすることになってしまった。出会って一日も経っていないが、やはりどことなく馬が合うのだろう。陣だって作家として創作をする身であり、多少ではあるもののオタク気質である。そういう意味ではクオンと陣は似た者同士なのかもしれない。

 

「ほら、いつまでもだらけてないで帰るぞ」

「もう! わかったから、あんまり急かさないで」

「お気をつけて」

 

 陣はクオンの手続きが終わると足早に退室する。そんな陣をクオンも慌てて追いかけていった。

 

「さて、桜ちゃん。クオンさんはどうでした?」

 

 彩夢は陣とクオンを見送ったあと、室内に入ってきた女性に尋ねる。茶色と呼ぶにはやや暗い色をした髪を編み込みハーフアップにし、桜の髪留めでまとめたやや目つきの鋭い女性、巫桜(かんなぎさくら)はケロッとした顔で答えた。

 

「そんなに心配しなくてもいいんじゃない?」

「ですが、太陽の光を克服した吸血鬼なんて聞いたことありませんよ。クオンさんの特異体質なのか、はたまた自覚のない特殊な能力なのか。警戒はしておくべきかと思いますが……」

「あー、あんた風の術を使うわりに感知はザルだったわね」

「ややや、誰だって得意不得意はあるじゃないですか。そういう桜ちゃんだって、戦闘は苦手なくせに」

「序列七位のあんたと比べたら大概のやつは苦手扱いになるでしょうが!」

「序列七位といってもあくまでトッキョの日本支部に所属するものだけじゃないですか。それこそ『剣鬼』は入ってないわけですし。純粋な戦闘力だけでの評価ってわけでもありませんしね」

「そりゃ、そうだけどね? 日本でってところがまたね」

「日本はまぁお国柄、怪異脅威度は高いですからね。ってそれよりもクオンさんのことですよ」

「あー、だってあの子が天才なだけだもの。特異体質とか特殊能力じゃなくて」

 

 桜の言葉に彩夢は首を傾げた。

 

「桜ちゃん、どういうことでしょうか?」

「彩夢、あんただってなぜ吸血鬼が太陽の光を苦手としているかは知っているでしょ?」

「それはまぁ、最低限の知識ですから。……吸血鬼は太陽の光に含まれる陽の気質に対する耐性が低いためでしたよね?」

「そうよ。だから、トッキョから吸血鬼に支給される霊具は陽の気質を軽減するための術式が編み込まれている。主に日傘だったりね」

「はい。霊具を用いて低い耐性をカバーすることで、昼間でも多少活動できるようになります。……まさか!?」

「そう。あのクオンっていう子は自分の霊力をベール上に纏って陽の気質だけを軽減させている。要はフィルターみたいにしているわけね」

「ちょっと待ってくださいよ! そんな繊細なコントロール、何十年どころか下手したら何百年単位の修行が必要ですよ! 霊具の作成だって何百年というノウハウを持った一族が総出で術式を編み込んで作るんですよ!?」

「あの子はそれを無自覚で呼吸をするように行っている。だから『天才』と称したのよ」

「それが本当ならとんでもない才能の塊じゃないですか……」

「何? あたしの言葉が信じられないとでも?」

「ややや、違いますよ。桜ちゃんがそんな嘘つくわけないですし、ただ信じがたいのも事実です」

「でも、あれはおそらく結界術に似た方法での霊力運用よ。それなら多少は納得いくんじゃない?」

「なるほど。クオンさんの父であるクノート様は結界術の名手でもある。その才能を余すことなく受け継いだということですね」

 

 彩夢は桜の言葉に理解を示し深く頷いた。

 

「最初、想像していた懸念は解決したとしておきますが、別の懸念が多少出てきてしまいましたね」

「あの子が敵になった場合かしら?」

「いいえ、そこは最初からある懸念材料ですよ。クオンさんを敵に回せば確実にアカキア家が敵に回る。それはリスクとして当然考えねばならないこと……」

「霊具の作成についてかしら」

「はい。そちらです。クオンさんの才能がどのように伸びるかはわかりませんが、場合によっては霊具の作成ができるようになる可能性がある。そうすると――」

「霊具作成だけを仕事にしている術者の仕事が減る」

「そうなんですよね~。霊具作成の担当をしている方々は戦闘を苦手としている場合が多い。そうすると怪異討伐の依頼はお願いできませんから、霊具作成の仕事が減ると収入が落ちます」

「そうすればトッキョへの風当たりが強くなるわね」

「ややや、そうなんですよ。いまだにトッキョへ対して懐疑的な方々は多いですし……」

「でも、あの子」

『そういう地味なのやらなさそう』

「……ややや、桜ちゃんも同意見ですか」

「様子を見る限りね。それに陣がうまいことやるでしょ。あいつ、女を転がすの得意そうだし」

「本人に自覚は無いですけどね」

 

 先ほどまでの重い雰囲気は若干和らいだものの、考えることは多いと彩夢は頭を抱えた。新たな懸念材料となった霊具の作成。そもそも霊具とはトッキョからの亜人支援の1つであり、亜人の特性によって生ずる生活での不都合を緩和するための道具だ。そのため、霊具の能力や形は多岐にわたる。つまり、簡単に模倣できることではない。しかし、クオンの才能はそれができるようになってしまうのではないかと思わせるだけの規格外のものなのだ。

 

「まぁ、想定していた危険性からは大幅に下がるわけですし、人となりを見る限り闇雲に争いを起こすような方でもないようですし、一安心ですかね」

「そうね。少なくとも母親であるカティーレ・アカキア様に似なくてよかったわ」

「そうですね~。カティーレ様は争い上等の脳筋フィジカルゴリラですから」

「聞かれたらそれこそ殴られるでしょうけど」

「ですね~」

 

 彩夢は大きく伸びをすると、座っていた椅子の背もたれに体を預けた。少しばかりではあるが、彩夢の表情に疲労の色が滲んでいる。

 

「彩夢」

「はいはい、なんでしょう?」

「お疲れ様」

「桜ちゃんこそ、お疲れ様でした」

「コーヒー淹れてくるわ。いつもどおりでいいわよね」

「ややや、気が利くじゃないですか。何か変なものでも食べました?」

「一言余計よ。慣れないことをして疲れてる親友を労うのに特別な理由はいらないでしょ」

「おっと、今日の桜ちゃんはデレ成分多めですね~」

「怒るわよ」

「ややや、失礼しました。お願いします」

「ったく、最初からそう言いなさいよね」

 

 桜は少し怒った様子を見せながら、コーヒーを淹れるために部屋から出ていく。これがいつもの二人のやりとりなのだ。

 

「桜ちゃんももう少し素直になればいいものを。……さて、美冬さんに連絡をして、それから――アカキア家にも報告しないとですね。ややや、もう少し踏ん張りますか。これもお仕事ですし……陣さんのためですしね」

 

 彩夢は椅子に座りなおすと気を引き締める。今日の仕事はまだまだ終わらないのだ。むしろ、ここからまた気を揉む作業が待っている。

 

「もう少し休んどきなさいよ。ほら、コーヒー。いつもどおりミルクなしの角砂糖5個入り」

「ややや、早かったですね~。ありがとうございます」

「さっさとしないとあんたがまた仕事再開すると思ってね」

「……はぁ、よくご存じで」

 

 彩夢がスマホから美冬へ連絡しようとしたところで、コーヒーカップを2つ持った桜が戻ってきた。仕事を再開しようとしていた彩夢に呆れた視線を向ける桜。彩夢も少しばかりバツが悪そうだ。

 

「彩夢は陣に関することだと無理しがちだしね」

「それは桜ちゃんだって一緒じゃないですか」

「……そうだけど、あんたは背負い過ぎなのよ」

「だって……『間に合わなかった』じゃないですか。私たちは」

 

 彩夢が苦虫を噛み潰したような顔になる。同時に桜の表情も曇った。二人の脳裏には同じ景色が過る。忘れられない18年前の記憶。相谷陣が両親を失い、陣の体質をトッキョが知ることになった怪異事件のことだ。

 

「それでも後悔したって過去は変えられない。陣だってちゃんと前を向いてる」

「わかってますよ、それは」

 

 二人の表情は変わらず室内には重い沈黙が横たわった。18年前の怪異事件は公には事故として処理されている。亜人の存在が公表されてから数年しか経っておらず、もし事件として公表されれば亜人との共存、その根底が覆されることになるからだ。トッキョも組織としては未熟で社会的な信用を落とすわけにはいかなかった。

 

「陣は強いわ」

「そうですね。はじめて美冬さんと美雪ちゃんを私たちの元に連れてきたときはびっくりしましたよ」

「懐かしいわね。覚えてる? あのとき陣がなんて言ったか」

「忘れられるわけないじゃないですか」

『誰かを憎んでも世界は優しくならないし助けてくれない。それならオレが困っている人の手を取りたい』

「……ふふっ、ずいぶんと不器用な大人に育ってしまいましたけど」

「あのときから根っこはずっと変わってない」

「ですね~」

 

 彩夢はコーヒーを一口飲むと軽く息を吐いた。砂糖の甘さが疲れた体に染み渡る。

 

「桜ちゃん、ミルク持ってきてくれませんか?」

「珍しいわね」

「いえ、自分も陣さんを見習ってと思いまして」

「胃に優しくってこと? 歳じゃない?」

「失礼ですね! 1歳しか変わらないじゃないですか、喧嘩なら買いますよ」

「冗談よ。今、持ってくるわね」

 

 再び桜は部屋をあとにする。その背中を見送った彩夢は椅子に深く腰掛けると大きく息を吐いた。

 

「桜ちゃんの言うように陣さん関係になると、つい熱くなってしまうのは私の悪い癖ですね~。ややや、周りに頼るのは案外難しいんですよ。この年になると……」

 

 彩夢は自身を落ち着かせるために背もたれへと体を預けると、上を向いて少しだけ目を閉じる。そして――

 

「っ!? 冷たい!?」

 

 戻ってきた桜の手で冷たいミルクが入ったミルクポットを額に置かれるのだった。

 

「桜ちゃん、何をするんですかぁ~」

「馬鹿天狗にお仕置き」

 

 桜は彩夢にいたずらを仕掛けたあと、彩夢のコーヒーにミルクを注ぐ。彩夢も少し不満そうな顔をしたが、静かにカップを受け取った。

 

「休息をとらないといい仕事はできないわよ」

「その休息を邪魔したのは桜ちゃんじゃないですか~」

「軽いお茶目じゃない」

 

 桜は彩夢の正面の椅子に座ると自分用に用意したブラックコーヒーを一口飲んで、彩夢を見つめた。

 

「それで? 今日のお仕事の目途はついたのかしら」

「まぁ、強制的に気分転換させられて少しリフレッシュできたので」

「よかったじゃない」

「えぇ、ありがとうございます~」

 

 彩夢はにこやかに笑顔を浮かべる桜に対して恨めし気な視線を向けたが、桜は気にすることなく再びカップへ口を付けた。

 

「美冬さんにはメッセージでいいでしょう。アカキア家にはこれから連絡を入れます。おそらくそちらの対応で――」

「わかってるわよ。あんたの分の仕事はあたしがやっておく。書類仕事ならそこそこ得意だしね」

「お願いします」

「えぇ。それじゃ、あたしはぼちぼち持ち場に戻るわよ」

「了解です。クオンさんの件、ありがとうございました」

 

 桜は椅子から立ち上がると右手にカップを持ち、左手を軽く振りながら部屋をあとにした。

 

「さて、ここからがある意味大一番ですよ。私もクオンさんも」

 

 彩夢はカップを置いて大きく伸びをすると、アカキア家へ連絡するために専用の端末を手に取る。時差の関係でルーマニアはまだ朝だが、なるべく早く現状は伝えなければならない。『間に合わない』なんてことが起こらないように。




ミア「最後までお読みいただきありがとうございます」
クノート「また会おう」
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