お隣さんは吸血鬼(仮)   作:石城 群場

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クノート「クオンは無事に生活できているだろうか」
ミア「なんだかんだ図太いのでなんとかしてるでしょう」


第8話「吸血鬼、アパートの住人と交流す」

 クオンと美冬が荷物の整理を終えたころ、アパートの窓から覗く空は赤く染まりはじめていた。集中していれば時間が経つのは早いものである。

 

「あら、もうこんな時間? そろそろ美雪も帰ってくるはずなんだけど……」

 

 リビングの壁に掛けられた時計を見た美冬はポツリと漏らすとほぼ同時にガチャッと玄関扉の開く音がした。

 

「ただいまー!」

 

 元気な挨拶とともに帰ってきた美雪は、いつもより玄関の靴が多いことに気づく。誰かが遊びに来たのだろうか。大きさからすればおそらく女ものであることがわかる。いや、よく見ればその靴は美雪にとって見覚えがあるものだった。

 

「おかえり、美雪」

「お母さん、誰か来てるの?」

「誰かって、クオンちゃんよ。今朝、陣くんが拾った」

「あっ! そっか、どこかで見たことある靴だと思ったらクオンちゃんが履いてた靴だ! クオンちゃんも一緒にご飯食べるの?」

「少しの間、うちで暮らすことになったの。このアパートに住むことは決まったんだけど、空き部屋はあっても電気やガスが使えるようになるには何日かかかるでしょ?」

「そういうことね。それでクオンちゃんは?」

「荷物の整理で疲れてリビングで休んでるわ」

 

 美冬に促され美雪がリビングへ入ると、そこにはテーブルへ突っ伏したクオンがいた。美雪は軽い足取りでクオンの元へ近づき優しく声をかける。

 

「クオンちゃん、大丈夫? そんなに荷物多かったの?」

「んっ? その声は美雪?」

 

 美雪に気づいたクオンが顔を上げ、二人の視線が交差すると美雪はにこっと微笑んだ。

 

「クオンちゃん、ただいま!」

「……お、おかえり」

「これからよろしくね!」

「うっ、うん」

「もう覇気がないよ、覇気が!」

 

 学校から帰ってきたばかりだというのに美雪は元気いっぱいである。部活が休みであるからか元気が有り余っているようだ。そんな美雪とは対称的にクオンは疲れ果てている。行政の手続きはもちろんだが、普段の生活ではミアに任せてばかりで、荷物の整理や片付けも必要最低限しかしたことがなかったのだ。

 

「美雪ったら。嬉しいのはわかるけど、そのくらいにしときなさいね」

「はーい」

「それにクオンちゃんも、これから挨拶回りに行くんだからね?」

「うぇ、そうだった……」

「あー、そっか。このアパートに住むなら挨拶回りはしとかないとね。そろそろ、みんな帰ってくるだろうし」

「美雪、あなたも行くのよ」

「了解! たぶん今日は2階のみんなだけでしょ? それなら陣くんよりも私のほうが詳しいし」

「陣くんも一緒よ」

「えっ!? 珍しいね。2階は女性しか住んでないから積極的には顔出さないのに。うち以外」

「まぁ、陣くんがクオンちゃんの保護者みたいなものだから」

 

 陣もついてくることを聞き少し驚いた美雪であったが、美冬の一言で納得したようだ。陣の面倒見が良いことはこのアパートの住人であれば誰もが知っていることである。なお、本人に直接言うと否定をすることが多いが、アパートの住人のうちほぼ全員が陣に手を差し伸べられてここにいるのだ。本人が否定しようが関係ない。

 

「陣くんもそろそろ来ると思うし、私は夕食の準備もあるから。あとはお願いね、美雪」

「オッケー! この時間だと、部屋にいるのは透香ちゃんくらいかな?」

「そうね。まぁ、あの子はだいたい部屋にいるから」

「なんだか仲良くなれそうな気がする」

 

 最初に挨拶へ行く住人が自室にいることが多いと聞き、勝手に親近感がわくクオンなのであった。

 

「うーん、仲良くなれるか敵視されるかのどっちかだと思うな……」

「待って!? 敵視ってどういうこと!?」

「あの子、陣くんの大ファンだから」

「そうそう。陣くんが作家デビューすると噂を聞きつけて出版社に自分を売り込みにいった子だし」

 

 クオンはせっかく仲良くなれそうなタイプだと思ったのにと少し残念そうであるが、美冬と美雪は少し悩まし気な様子だった。204号室の住人、隠透香(なばりとうか)は現在このアパートで暮らす住人の中で唯一、陣に直接助けてもらったことがない亜人である。彼女は陣の大ファンであり、陣のことを好きすぎるあまりこのアパートへ居座るように住み始めたのだ。好きなことが絡むとブレーキが壊れるタイプなのである。

 

「陣くんが一緒のときは何も起きないと思うし、たぶん最初はほぼ喋ってくれないと思うけど、仲良くなれたらいっぱい喋ってくれるようになるから大丈夫!」

「仲良くなるまでのハードルが高そうなんだけど!?」

「ちなみに私は仲いいけど、お母さんは敵視されてるよ」

「そうなのよね。なんでかしら?」

「お母さん。それ、本気で言ってる?」

 

 透香に敵視されている住人の筆頭が美冬なのであるが、美冬にはなぜ敵視されているのかがいまいち把握できていない。なお、その発言に呆れた顔を見せたのは美雪だ。透香と年齢が近く、美雪の明るくフレンドリーな性格も相まって、よく透香から愚痴を聞かされているのである。

 そんな会話の最中、ピンポーンとチャイムが鳴った。ある意味、原因と言ってもいい男、陣がクオンと挨拶回りをするためにやってきたのである。チャイムの音を聞きつけた美雪がパタパタと早足で陣を迎えにいき、玄関の扉を開けた。

 

「陣くん、いらっしゃい!」

「美雪ちゃん。やっぱり帰ってきてたのか。お邪魔します」

 

 普段と変わらぬ様子で美冬宅にあがる陣。そんな陣の顔を美雪はじーっと見つめている。

 

「美雪ちゃん、どうした?」

「やっぱり陣くんはちゃんとしたほうがいいよ」

「いきなり人をダメ人間みたいに言わないで欲しいかな?」

「締め切り明けはダメ人間の代名詞といっても過言ではないと思う」

「……言いすぎじゃない?」

「陣くん、小説書いてるときは人間やめてるから」

「やめてないが!?」

 

 美雪の辛辣な物言いにたじたじな陣である。それだけ付き合いが長く遠慮のない関係であるということだ。まぁ、何度言われても改善できていない陣にも非はあるのだが。

 

「それよりクオンの様子はどうだ? 挨拶回り行けそうか?」

「話をすり替えた。クオンちゃん、ちょっとお疲れみたいだけど行った方がいいから引きずってでも行くよ」

「それは流石にやめてやれ」

「そう?」

「美雪、引きずらなくてもついていくわよ。一応……」

 

 陣と美雪の会話が続くなか、クオンがリビングからひょこっと顔を出した。明らかに疲れているものの挨拶回りに行くつもりはあるようだ。なかったとしても宣言通り美雪が引きずってでも連れていくだろうが。

 

「クオン、お疲れ。そんなに荷物の整理は大変だったのか?」

「いつもほとんどミアにやってもらってたから。自分で全部するのは慣れてなくて」

「ずいぶん甘やかされてきたんだな」

「……そうね。そうだと思う」

 

 陣の言葉にどこか含みのある返答をするクオン。それが陣には少し引っかかったが、特に追及することはなかった。無理に踏み込んでも相手を傷つけることになりかねないからである。言葉とは時に刃物よりも鋭い凶器になるのだ。

 

「陣くん。来てもらって早々で申し訳ないんだけど、挨拶回り行ってきたら? あんまり遅くなるとまたご近所さんに変な噂流されるわよ」

「あー、2階に愛人囲ってるってやつ?」

「愛人!? 陣、あんたそんなことしてたの!?」

「なわけねぇだろ。いるんだよ、そういう証拠もない噂を流すやつ。世の中にはな」

「2階の住人が女性だけなのは事実だし、美人ぞろいだからねぇ~。僻みだよ、僻み」

 

 肩を竦めて呆れる陣と正反対に美雪はけらけらと楽しそうである。年頃の女の子であれば、やはり噂話は好きなのだろうか。いや、単純に陣を揶揄っているだけかもしれない。

 

「そんなことより、二人とも挨拶回りに行くぞ。このままじゃ、日が暮れちまう」

「そうだね。ちなみに一番最初に行くのは204号室でよろしくね」

「透香のところか? あー、この時間帯だと確実にいるな」

「そういうこと! ほら、クオンちゃんも早く早く」

「急かさなくても、すぐに行くわよ」

「いってらっしゃい」

 

 美冬に見送られ三人は204号室に向かって出発するのであった。……といっても大した距離ではない。そもそも陣たちが住んでいるアパートは2階建てで各階に4部屋あるだけだ。都心のタワーマンションでもなければ、団地というわけでもない。住人達を除けばごく普通のアパートであり、目的地である204号室の前にはすぐについてしまうのである。

 

「インターホン鳴らすのは陣くんか……いや、私のがいいかな? 陣くんがインターホンに映ると、ドア壊れそうな勢いで透香ちゃん出てきそうだし」

「えっ! そんな感じなの? 自室にいることが多いって」

「透香は仕事柄、家にいることが多いんだよ」

「仕事柄、家にいることが多い。出版社へ売り込みにいった。まさか、漫画家!?」

「惜しい! 透香ちゃんはイラストレーターだね。あと、陣くんに対してはゴールデン・レトリーバーみたいだよ」

「まぁ、懐いてはくれてるか……」

「陣くんは透香ちゃんの部屋来たことあるの?」

「何回かはあるぞ。いつも綺麗に片付けてあって、偉いよな」

「あー、なるほどね。陣くんがインターホン押しちゃだめだね」

 

 陣と会話する中で、何かを美雪は悟ったようだ。陣がインターホンに映らないように美雪は立ち位置を調整する。陣はその美雪の対応に首を傾げるが、クオンもなんとなく美雪の意図がわかったようだ。女性らしい気遣いであるとそう言えるかもしれない。

 

「とりあえず私が鳴らすから。もしかしたら時間かかるかもだけど……」

「仕方ないわよ。それは」

「何がだ?」

『陣(くん)は黙ってて』

「……おう」

 

 美雪とクオンに睨まれ、理解できないまま大人しく指示に従う陣。彼のダメなところはこういうところである。なぜ、普段は察しがいいのにこういうことに関しては鈍いのか。主な理由としては、【彼女】のせいで女性と関わる機会が少なかったからかもしれない。

 美雪はもう一度、陣がインターホンに映らないかどうか確認して、インターホンを鳴らす。するとインターホン越しに気だるげな女性の声が聞こえてきた。

 

「……あれ、美雪っちだ? 今、開けるね」

「待って、陣くんもいる!」

「ほぇ!? 先生もいるの!? うぇっ、えっ、なっ、なんで!?」

「落ち着いて。深呼吸して」

「はぁー、すぅー、はぁー」

「いける?」

「無理無理! 待ってて!」

「OK!」

 

 204号室からどたどたと慌ただしい足音が響き、ときどき悲鳴に似た声も聞こえる。おそらく、透香が大慌てで部屋を片付けているのだろう。陣が透香の部屋に来るときは主に作品に関する打ち合わせのときだけである。つまり、前もって来る日時を把握できるのだ。しかし、今回はクオンの挨拶回りの付き添いである。急なことなので透香の準備は整っていなかった。

 

「しばらくかかるかもね」

「別に私は大丈夫よ。むしろ、申し訳ないかも……」

「あははっ、まぁ、透香ちゃんにも非はあるから」

 

 少ししょげたクオンに苦笑いの美雪。そもそも透香が普段から片づけをしていれば、何も問題なかったのだ。とはいえ、急に押し掛けたことも事実なので指摘するのは憚られる。

 透香の準備が終わるのを陣たちが待っていると、後ろから鈴の音のような心地よい声が響いた。

 

「じんじんにゆっきーじゃん。もう一人は知らない子だけど、こんなところで何してるの?」

 

 突然聞こえた声に陣たちが振り返ると、そこには中世の魔女のようなとんがり帽子をかぶった女性が立っていた。紫がかった黒髪はグラデーションになっており、毛先はアメジストのような鮮やかな紫色をしている。そして、特徴的なのはその瞳の色だ。右目はエメラルド、左目はシアンのオッドアイ。さらに小柄な体躯に不釣り合いなほど豊満に実った果実が、白いノースリーブワンピースのダイヤ型にあいた胸元から主張していた。黒いケープを羽織りピンク色の大きなリボンで留め、足元は黒いニーソックスとガーターベルトで大人の色気を感じさせる。彼女は歌枕詩(かつらぎことは)。203号室の住人である。どうやら、仕事を終え帰宅してきたところのようだ。

 

「まっ、魔女っ子だぁー!!」

「おっと、すっごくいい反応ありがとう。はじめましてのお嬢ちゃん」

 

 クオンが目を輝かせ、詩のもとへ駆け寄る。詩のビジュアルがサブカル大好きオタク吸血鬼の琴線に触れたようだ。クオンの反応速度に陣と美雪は苦笑いである。

 

「それで? ゆっきーはともかく、じんじんがいるなんて珍しいね。ついに2階の住人を手籠めにする覚悟ができたのかな?」

「人聞きが悪いこと言ってんじゃねぇよ。そいつの付き添いだ」

 

 陣はクオンの方へ視線を向ける。クオンは目を輝かせながら詩の周りをぐるぐると回っていた。オタクスイッチ全開である。

 

「あー、なるほどね。このお嬢ちゃんは新しい住人か。ってことは挨拶回りの途中、たぶんとおるんの部屋に挨拶へ行こうとしたけど、まだ入れないって感じか」

「だいたいその通りだよ、詩ちゃん」

「相変わらず罪深いねぇ」

「ねー」

 

 呆れた顔で陣を見る詩とそれに同意する美雪。この場に陣の味方はいないのである。

 

「そういうことなら、うちにあがっていきなよ。コーヒーくらいしかないけど。それにこのお嬢ちゃんともお話がしたいからね」

 

 詩はわざとらしくウインクをすると、陣たちを部屋へと招き入れる。仕事帰りで疲れているはずなのだが、おそらくクオンに対する興味が抑えきれなかったのであろう。霊力をベール状にして常時纏っている亜人など詩も出会ったことがないのだから。




ミア「最後までお読みいただきありがとうございます」
クノート「また会えることを楽しみにしている。感想も待っているぞ」
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