モモンガの惑星   作:シャンティ・ナガル

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第1章 終わりと始まり
第1話 鈴木悟


 

 PM9:00――

 

 

 

 データロガーを起動し、ユグドラシルへアクセスする。

 すぐにゲーム画面が表示され、そこで鈴木悟は一息ついた。

 

 椅子の背もたれがギシリと鳴る。

 もう10年以上、見慣れた画面。それがやけに目に染みた。

 

 DMMORPG『ユグドラシル』。

 

 ネットゲームは長年続けている日課だ。いや、もはや人生と言っていい。

 それほど価値のある大切な『絆』だった。

 

 ユグドラシルは北欧神話をテーマにした壮大な世界観を持ったネットゲーム。

 ゲーム内で職業と種族を選択、様々な遊び方が楽しめる。異常な奥深さが売りのRPG。

 

 2126年に発売されたユグドラシルも、いまや足掛け12年のロングセラー。

 結局、待望されたユグドラシル2にこそ出会えなかったが、運営の丹念なデバッグやアップデートにより、ここまでプレイヤーを虜にし続けている。

 

 自分もその1人だ。

 特に趣味というものもなかった自分が、ふとした切っ掛けでゲームを始めた。

 

 そこには多くのかけがえのない出会い。自分にとっての宝石箱。

 それは今も、自分が生きるための原動力。大切な柱になっている。

 

 

(なんて、大袈裟すぎるのかな?)

 

 やれやれと、鈴木悟は独りごちる。

 30代も半ばに入り、徐々に腹も出てきてウエストが気になるお年頃。何より最近めっきり老けたような気がする。

 

 若くして亡くなった母親は、それこそ倒れるまで働き、自分を小学校へ通わせてくれて無事に卒業することができた。

 そのおかげで巨大企業へ就職。順調に出世し、人より恵まれた環境にある。

 会社の部下には笑われるかもしれないが、ネットゲームという趣味──ユグドラシルという生き甲斐を見つけることもできた。

 

 だが、満たされない。心の中にある虚はどんどん広がっているような。

 別に無感動になったわけではなく、むしろ感傷的になっていると思う。

 

 打たれ弱くなっているのかもしれない。

 若い時には分からなかった有り難みであったり、逆に無神経だった部分が徐々に露になってるような。

 

 

(こんなこと考えてたら、また茶釜さんに叱られるな)

 

 ぶくぶく茶釜さん。

 ユグドラシルで出会った大切な仲間の一人。

 

 女スライムという奇抜なキャラデザを選択する個性もさることながら、かなり押しの強い性格で面食らったのを覚えている。

 初対面の時、人見知りな自分は困惑したが、しかし、そこから仲良くなるのも驚くほど早かった。

 

 初めて出来た女友達。

 今まで青春とは縁がなかった自分にとって、とても新鮮で衝撃的な出会いだった。

 

 そんなぶくぶく茶釜さんには、いつものこと「根暗」だの散々に罵られている。

 しかし、それが愛情だと言うことも長い付き合いで分かる。おそらく恋愛感情は一切入ってないんだろうな、という所は男として悲しい部分ではあるが。

 

 ぶくぶく茶釜さんの活達さを、いつも羨ましく感じていた。

 その弟のペロロンチーノさんも姉に負けず劣らず、明るい。

 

 猛禽の頭に翼。まさに猛々しい鳥人のキャラメイク。

 ただ中身は陽気な人で、年は離れていたが対等に付き合える大切な友人だった。

 

 毎度のエロゲ話には辟易したが、良い意味で考え知らずで、いつも自分を牽引してくれる。

 るし★ふぁーさんと双璧を為すほど、ギルドのトラブルメーカーでもあったが、それも今にすれば良い思い出だ。

 

 そうそう、ぶくぶく茶釜さんとペロロンチーノさんと言えば、二人と自分と合わせてリアルで集まり、一緒に中華料理店へ行ったことがある。

 

 映像や漫画でしか見たことがない中華料理。100年以上前の記録。

 事前に下調べをし、入念にシミュレートして挑んだ。

 

 それで、22世紀の中華はどうなったかというと、明らかにゲテモノとしか見えない不味そうな料理が並んでいたのだった。

 

 いくら環境汚染が進み、食材が手に入らないとはいえ、これはあんまりだ。

 かなりガッカリしたが、口に入れると、これが意外に旨い。

 

 結局、下調べは意味を成さなかった。

 何の料理を食べているのか分からず、自分の舌音痴をぶくぶく茶釜さんにツッコまれたり、ペロロンチーノさんは嬉々と興奮してずっと騒いでた。

 

 おそらく化学食品や調味料マシマシであり、別の意味で食べてはいけないシロモノなのは想像に難くなかったが、そんな考えも吹き飛ぶほど旨かった。

 

 

 本当に、本当に、旨かった。

 

 3人で一緒に食べる食事が。

 

 

 

『ちょっと悟! あたしの春巻き食べたでしょ!』

 

『これ、春巻きなんですか? てっきりゴマ団子かと』

 

『肉まんって不思議な形だよな。フワフワしてさ。先も尖ってて、こうやって手で覆うように持つと……』

 

『黙れ弟』

 

『この青菜の炒め物も旨いです。パリパリした食感にスパイシーな香りが食欲をそそりますね』

 

『悟! あんたが食ってるのは炒飯よ! いい加減覚えなさい!』

 

『麻婆豆腐辛ぇー! 100年前の人間ってこんなん食べれたのか!? 姉貴! モモンガさん! ちょっと食べてみて!』

 

 

 

 家に帰り、服に油の染みがついてるのに、ふと気付いた。

 おそらく料理を食べていて跳ねたのだろう。そう思った時、体中に言い様のない痺れがジワジワと広がっていくのを感じた。

 

 心から仲間と信じられる人と一緒にご飯を食べた。そう思うと、ただの油の染みが、勲章のように感じた。

 誇らしく、優しい気持ちになる。自分という存在が収まるべき所に収まったかのような、そんな安心感。

 

 油の染みを撫でる。

 いつまでも、いつまでも眺め続けていた。

 

 

 

 楽しかったんだ、本当に──。

 

 

 

 ハッと、意識を取り戻す。

 つい追憶に身を委ねて、椅子に沈み込んでいた。

 

 やっぱり感傷的になったのか? 打たれ弱くなったのか?

 ふと昔のことを思い出し、それに耽ってしまう。

 

 だが、良い。

 

 良いと思った。自分で自分を誉めたいと思った。

 例え足を何度も止めようとも、振り返る思い出がある人生。後悔は一切ない。

 

 

 今の感傷的で打たれ弱い自分が、堪らなく好きだった。

 

 

 ゲーム画面に視線を戻す。

 目の前に広がるのは『絆』。絆としか言い様がなかった。

 

 

 ──ただのネットゲーム?

 

 

 嘲られるのは重々承知。

 だが、いくら中傷されようとその考えは揺らがない。

 

 ましてや恥などと、1ミリも思わない。

 堂々と言える。胸を張り、最後まで誇らしく。

 

 最初は自分だけの、細い糸だった。それがいつか、仲間が集まった。

 最初はこよりのように弱々しく、しかし、徐々に束になり強く結び付いていく。

 

 束になった糸は精神になり心になり、体と繋がる。

 糸の一本から始まり、合わさった。今の自分を構成する全て。

 

 ユグドラシルのゲーム画面が淡く光り続けていた。

 

 

 

 目の前にあるのは、自分と、数多の人達を結び付けてくれた、大切な『絆』。その結晶だった。

 

 

 

「行こうか」

 

 鈴木悟は呟く。

 今日は久々に有給を取った。1日中ゲームをすることができる。

 

 本当なら1週間くらい休んでゲーム浸けでも良かったが、やめた。

 

 1日で良い。1日思い残すことなく遊ぶ。

 特別な、たった1日があれば、それで良い。

 

 自分とユグドラシルの関係。12年の歳月を思えば、むしろ1日こそ相応しい。

 12年。口にすると軽いのに、心にはズッシリと重みを感じた。

 

 コントローラを握る手は震えるほど冷えていた。

 メニュー画面へ進み、ゲームへログインする。

 

 

 

 

 ──時は2138年。

 

 今日を持って、DMMORPG『ユグドラシル』はサービスを終了する。

 

 

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