モモンガの惑星   作:シャンティ・ナガル

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第3話 第九階層『階層街』

 

 

 リングオブアインズウールゴウン。

 ギルドメンバーだけが持つ指輪装備。

 

 

 広大なギルド内を自由に転移することができ、ナザリックでは欠かせない装備なのだが。

 

 モモンガはあえて使わない。

 黙々と階層と階層をつなぐ通路である階段を登っていた。

 

 モモンガがログインした玉座はナザリック地下大墳墓の最下層。第十階層にある。

 

 これから第一階層までゆっくりと、思い出をなぞるように、辿るように、歩いて行きたいと思った。

 

 タブラさんなら黄泉の国の道中と表現しそうな薄暗さ。

 壁に掲げられている松明の火が幽々と、怪し気に揺れていた。

 

 何かに誘われるように、モモンガは淡々と進み続ける。

 

「長い階段を登ってますと思い出しますわね。一緒にお供しました、あのミズガルズのダンジョンを」

 

 ふんふんと鼻歌でも歌うかのように階段を軽快に上がるアルベド。

 

 指輪だけでなく転移門などの設備や、モモンガ自身も転移魔法が使えるので本来なら徒歩は無駄でしかないのだが、歩きながら無駄話をするのもたまには良い。

 

 アルベドは先の言い争いのように、こちらをヤキモキさせる態度多々だが、実の所、話していて不快に思ったことはなかった。

 

 タブラさん生まれのNPCだけあり、話し方も理知的で基本は聞き上手だ。

 

 NPCによっては階段を登らされ不機嫌になる者もおり、わざわざ付き合ってくれるアルベドへ、内心感謝しつつモモンガも相槌を打つ。

 

「バベルか、懐かしい。お前は誰のチームだったか?」

 

「ウルベルト様のチームに」

 

「なら、北門か。私が攻めた南門は大変だったぞ。やっと1000階まで到達したと思ったらシャルティアが罠にハマり500階まで叩き落とされたのだからな」

 

「全く、あの子ときたら……迂闊さは何時になったら治るのかしら」

 

「まぁ、そう言うな。そのお陰で罠で落ちないと入れないエリアへ行くことも出来たしな」

 

「そう言って下さるのは守護者統括として嬉しいのですが、モモンガ様はシャルティアに甘すぎます」

 

「ふ、ペロロンチーノさんの愛娘のようなものだから、ついな」

 

「自分の妃だからではなくて?」

 

「戯言を抜かすな!」

 

 思わず一喝してしまうモモンガ。

 しかし、臆する様子もなくカラカラと笑うアルベド。

 

 こういう冗談も言える現代のAI技術を褒めるべきか。

 

 互いに騒ぎ合い、無駄な時間が、まるでベッドの中で毛布に包まっているかのように、暖かく過ぎ去っていく。

 

 

 やがて、階段の先に巨大な扉が見えてくる。

 見るからに重そうな鉄の両扉。

 

 モモンガが扉に触れる。

 ゆっくりと、扉が開き始める。

 

 

 一筋の隙間から徐々に光が広がる。

 そして歓声。気圧されるような大勢の人の気配、活気が押し寄せる。

 

 扉の先は、巨大な廊下だった。

 質素ながら清潔感のある整った内装。

 

 しかし、天井は見上げるほど高く、奥も見通せないほどに遠い。

 

 一見、絢爛な城や荘厳な宮殿の廊下を彷彿とさせるが、違和感があるとすれば──。

 

 

「──あっ! モモンガ様よ!」

 

「はっ! わわぁ、モモンガ様! あ、アルベド様!」

 

「ようこそいらっしゃいました、モモンガ様! アルベド様!」

 

「モモンガ様!」

 

 歓声や活気の正体。NPCのメイド達が一斉にワラワラと集まり、モモンガを取り囲んだ。

 

 メイド。カチューシャにワンピースとエプロンドレスに身を包んだ、王族や貴族の世話をする、あのメイドである。

 

 

 勘違いしないでほしいのが、別にモモンガの趣味というわけではない。

 

 ギルドメンバー・ホワイトブリムさんの性癖である。

 

 

 ドレスには意匠が施され、顔や髪色髪型も違う、それぞれの可愛らしい個性。そこらのコンパチNPCとは一線を画す。

 

 ホワイトブリムさん、その性癖の粋を尽くして生み出された、ナザリックが誇るNPCメイド軍団であった。

 

 

 他にもク・ドゥ・グラースさんやヘロヘロさんも加わり、メイド愛において一家言持ち自信ありというメンバーが集結し、生み出した芸術だ。

 

 特にホワイトブリムさんとグラースさんの熱意は相当で、よく2人で議論し合っていた。

 

(フレンチだのヴィクトリアンだの、俺にはさっぱり理解できなかったけど)

 

 モモンガは2人の思い出を回想する。

 とはいえ、議論を傍で見ていたものの途中で思考を停止していたので、よくは覚えていないのであった。

 

 

「お帰りなさいませ〜、モモンガ様〜、アルベド様〜」

 

「モモンガ様、相変わらず立派なご勇姿です! アルベド様も一段とお美しい!」

 

「ようおこしやす、モモンガ様。もう、たまにしか来いひんのやさかい。もっと私達を構うてほしおす。いけずなお方……」

 

「アルベドしゃま〜、ぷわぷわです〜。だっこしてわおわおです〜」

 

「我が深淵なる主よ……くっ、邪眼がっ! 主の大いなる魔力が、我が波動と呼応しているというのか⁉」

 

「ちょっとセグメント! うるさいわよ! モモンガ様が困ってるじゃない!」

 

「ええい! うるさいのは貴様だプランタン! モモンガ様と私の混沌のパルスが──」

 

「3.14159265358979323846264338327950288419!」

 

「アルベド様〜、今年もナザリックMGよろしくお願いします〜。セキュバスの漫才には負けませんよ〜。お姉さん頑張っちゃう♡」

 

「Mein Meister. Mein geliebter Meister, schwarz gekleidet. Oh, wie bedauerlich. Bitte schenke mir einen süßen Tod」

 

 

 そうこうしている内に、更にメイド達が増えてくる。

 モモンガとアルベドは挨拶をしたり手を振ったりと、対応に大忙しだ。

 

 

 ……いや、多い。多すぎる。

 

 

 巨大な廊下が一気に、数え切れないほどのNPCメイドで埋まってしまう。

 少しでも油断すると人の津波に呑まれ込みそうな勢いだった。

 

 仕事中のメイドだけでなく。

 私服姿のメイド──シャツにズボンやミニスカート、様々なファッションに身を包む休暇中のメイドなども押し寄せてきた。

 

 メイド服を着ないメイドとは?

 何やらアイデンティティやらゲシュタルトやら色々崩壊しそうな状況の中。

 

 モモンガは内心で冷や汗をかく。頭も抱えたくなった。

 この異様な人だかり。これは全て、モモンガが行なった失策が原因だった。

 

 『ナザリックホワイト企業プラン』。

 モモンガが題し、ギルメンに内緒で、勝手に進めた計画。

 

 発端は、単なる思いつきだった。

 

 

(ヘロヘロさん、いつも大変そうだな〜)

 

 

 ヘロヘロさん。ギルドを立ち上げしばらくして入ってきたメンバー。

 スライム種で、ぶくぶく茶釜さんと似たキャラデザだが、趣や纏う雰囲気は全く違う。

 

 おっとり穏やかな性格で、ギルド全体で広く付き合いやすい人だった。

 しかし、その反面、特徴と言うべきか、ブラック企業勤めという重い十字架を背負っていた。

 

 現実ではプログラマーに就き、上司の無茶な注文で酷使される日々。残業続きでギルドの集合時間に遅れることもしばしば。

 それは仕方ないにしても「今日で18連勤ですよ〜」などサラリと言ってきたり、正直、引く。

 

 本人はネタにしていたが、周囲が心配するほどのブラック具合だった。

 モモンガ自身も社会人として、ヘロヘロさんの姿に感銘を受け、次第に、ある決意が芽生える。

 

 

(俺は絶対に、ヘロヘロさんみたいな人を生まない)

 

 

 現実で、何の権限もないモモンガにそれは無理だ。

 しかし、ゲームなら。せめてゲーム内だけでも。

 

 ギルドマスターとして、ナザリックにブラックな世界を作るわけにはいかない。

 そこで最初に目に付いたのが、NPCのメイド達だった。

 

 主に第九、第十階層での清掃など。

 たまに他階層で雑務を任されてるメイド達。それを不眠不休、無給で働く。

 

 無論、ただの設定である。

 一応、各メイドには疲労回復や無効化の装備を持たせているし、メイド達本人からも苦情が出ているわけでもない。そういう設定は付けられてはいない。

 

 仕事中は黙々と働いている。

 しかし、そういう姿を見ていると、モモンガの胸中が疼く。

 

(ナザリックはただでさえ広いのに大変そうだ)

 

 何とかならないのか。

 少しくらい、ゆとりがあっても良いのではないか。

 

 まず思いついたのが休暇だった。

 メイド達は不眠不休で働いている。それをシフト制へ変更。

 

 メイド達は全員で41人。何人働かせ何人休ませるか。

 仕事中にも休憩が必要だ。休憩を回すために余剰人員がいる。

 

 『至高の四十一人』にメイドの人数も合わせていたが、思い切って人数を増やすか。

 

 待て。一口に休日と言ってもギルド内でどうリフレッシュするのか。

 ナザリックの外へ出るにしてもLV.1でほっつき歩けるほど、ユグドラシルは甘い世界ではない。

 

 そもそもメイドには自分の部屋がなかった。

 1人でゆっくりも出来ないし、かと言って出かける先もない。休日なのにメイド服のままというのもおかしい。

 

 

 

 NPCの新規作成と既存のメイド達の設定変更。

 第九階層の増築と改築。

 

 

 

 文字で書けば簡単だが、それぞれ手間と労力がいる。

 まずNPC作成とギルド拠点の拡張はギルドポイントやギルドレベルやランク、課金額など様々な要素に左右される。

 

 現在、アインズ・ウール・ゴウンのギルドポイントは300万以上。他ギルドを寄せ付けぬ高水準なので、NPCの増産に問題はない。

 が、それもギルドレベルやランクが、アインズ・ウール・ゴウンの全盛期以上に維持されてるからに他ならず、プレイ時間や課金額など破格かつ地道、ネトゲに全てを費やす狂乱的な努力が必要だった。

 

 NPCにしてもギルドにしても、製作ツールがあり、自動生成などの機能を使えば、ある程度は簡易的に作れるが、自分の思った通りの物を作ろうとすれば、プログラミングの知識が必要になる。

 

 NPCは作った後もAIに設定を書き込み、性格や行動を馴染ませる。

 要は人間の子供と同じで、経験を蓄積させ成長を促す。根気のいる作業だ。

 

 設定だけ用意したのではNPCはロボットと同じ。いかにも味気ない。

 ユグドラシルにはNPC職人なる商売が成り立っていた。NPCの理想的な性格形成をし完成品を売買。自由度と比例し、それだけAIの成長には手間がかかった。

 

 

 普通なら途中で投げ出しそうな作業。投げ出しても問題はない。所詮はゲームなのだから。

 しかし、弩級のギルド愛とユグドラシル愛を持ち、ギルドメンバーがログインせず暇を持て余していたソロプレイ中の男。

 

 モモンガは、たった1人で、この難事をやってのけてしまう。

 

 

 

 第九階層は初めロイヤルスイートと名付けられ、ギルドメンバーと守護者を始めとする上位NPCの私室を設置、高級ホテルのようなエリアだった。

 

 モモンガはそれを大改築。

 ギルメンのガーネットさんがおふざけで作った部屋を利用しつつ、第九階層を丸ごと再整備した。

 

 まずメイドそれぞれの部屋を作りプライベートを確保。

 次に福利厚生。ナザリック内で休暇を満喫できるようにする。

 

 かつて日本にあったという商店街やショッピングモールを参考にし、施設や店舗を導入。

 

 元々あった鍛冶屋、工房、研究室、バーはそのままだが、大食堂はデザートメニューを充実させ、大浴場もお風呂を拡張し種類を増やした。

 服や雑貨、エステ、ネイルサロン、美容院、カフェなど女性の好きそうな店舗。

 劇場、カジノ、映画館、ゲームセンター、プールなどの娯楽施設。

 水族館、動物園、植物園、庭園、美術館などの観光スポット。

 教室、体育館などの多目的施設は開放し自由使用を許可。

 忍者屋敷、裁判所、結婚式場、斎場なども、誰が使うか分からないが、自由使用を許可。

 恐らく必要ないであろう病院と交番も設置。やまいこ神社も一応参拝できるようにオーレオールを宮司とし整備と運営を任せた。

 

 

 ない物はないと言えるほど、思いついた物は片っ端から作った。

 お陰で、第九階層はもはや街と言えるほど逸脱した規模を持つ。

 

 故に、モモンガは新たに名付けた。

 第九階層『階層街』と。

 

 

 そして、次に問題になったのが、その街に住むことになったメイド達である。

 第九階層は広げた。広げすぎた。人口に見合わない建物が沢山ある。空虚なゴーストタウンの出来上がり。

 

 それに階層を広げれば、それだけメイドの仕事が増えるという本末転倒の事態に。

 

 施設の運営や維持管理にも結局、人手がいる。

 別にゴーレムなどを配置しても良いが、何だか楽すぎて味気ない。暖かみに欠けた。

 

 モモンガは焦る。

 

(なら、メイドの数をどんどん増やして、メイド達の街を作ればいいんだ。自活と共生ができるように。メイドのメイドによるメイドのための社会。うん! そうしよう!)

 

 

 そう心の中で呟き、何かから目を背けるように、プログラミングの入門書とにらめっこを始める。

 プログラミングの知識は皆無だが、ヘロヘロさんの作業を傍で見ていた。見様見真似でNPC製作を進める。

 

 製作数をこなし、何とかプログラミングを会得した頃、次はAIの性格形成へ移る。

 

 基本は会話などの交流を重ね、知識経験を蓄積させる。

 だが、このやり方はとにかく根気がいる。そして、何より飽きる。ずっと面を合わして会話などシンドいに決まっている。

 

 そこで思いついたのが、いっそ冒険に出てしまう、という方法。

 

 フィールドやダンジョンを探索して最低限の暇潰し。

 

 NPCメイドとはレベル差があるので戦闘には参加しないが、戦闘の前後でアドバイスを送れば自然と会話も生まれる。

 

 念の為、ナザリック外へのお出かけという設定を考慮すれば、レベルが上がっているに越したことはない。

 

 戦闘力だけではなく、カジュアルプレイ用の非戦闘職業も良い機会なのでメイド達に取らせる。これが意外に新鮮で楽しめた。

 

 冒険を終えた後、メイドと思い出話をする。経験を積ませ、それを反復させることで情緒が生まれ個性が出る。NPC製作を通しモモンガが掴んだAI性格形成のコツだった。

 

 

 一石五鳥といったところ。

 

 次第にNPC製作にも慣れ、段々と作業自体が楽しくなる。

 途中から目的を忘れ、熱中し始める。

 

 それが過ちだと知らずに。

 

 

 

 気付いた時には、NPCメイドの数が、1000人を超えていた。

 

 

 

(うわぁ~! どうすればいいんだ〜⁉)

 

 そして、現在。モモンガはあっぷあっぷしていた。

 メイドの洪水に溺れそうなギルドマスターの図が完成する。

 

 ホワイトブリムさんが見たら卒倒しそうな光景だが、笑い事じゃない。

 今日はユグドラシルのサービス終了日。メイド達とも名残惜しさはあれど、こんな所で時間を使っていたら1日が終わってしまう。

 

 

「──これは何の騒ぎでしょうかね」

 

 粛然と、朗々とした声が響き渡る。

 

 

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