ナザリック地下大墳墓には『階層守護者』という、各階層を支配し敵を迎撃するボスNPCが配置されている。
しかし、第九階層には階層守護者がいない。
第九階層はギルドメンバーのプライベート空間として長らく使われていた。
そのため、ここまで攻め込まれたら後は最終決戦のみ、といった雰囲気がギルド内に流れており、侵入者に対する敬意や単純に面倒臭かったりで防衛力の強化を今までしてこなかった。
だが、モモンガが第九階層を改築したことにより、事情が変わる。
エリア広げすぎ人数増えすぎで、防衛力とまで行かなくても、ある程度の規律が必要になっていた。
メイドがいて執事がいてと、NPCがざっくりと存在していたが、モモンガは第九階層のNPCを明確に組織化した。
まず約1400人いる一般メイドを100人ずつのチームに分ける。
シクスス、フォアイル、リュミエール、インクリメントといった古参のNPCメイドを百人隊長とし、更に100人を割った50人を副隊長に任せる。
その上に従来からメイド長だったペストーニャ・S・ワンコがメイド総隊長に就任。
ペストーニャが直で1400人を指揮するのは無理があるので中間管理職を設け、これで最低限の混乱は避けられる。メイド達がスムーズに動けるようにした。
10名いるNPCの男性使用人には今まで執事助手だったエクレア・エクレール・エイクレアーを執事長へ昇進させ管理を任せる。
『玉座の間』を守っていた
そして、あるNPCを、第九階層の階層守護者へ抜擢する。
1人の老紳士だった。
ピンと背筋が張った立ち姿に黒のタキシードがよく似合う。
顔には深い皺が刻まれ、髪も髭も白く染まっている。何故か右眼だけが赤く光り、鋭い視線を向けていた。
こちらも襟を正さなければならないような、粛然とした佇まい。
名をセバス・チャン。
たっち・みーさんが生み出した、執事たれを己が存在意義とするNPC。第九階層階層守護者としてギルドを代表する強者だった。
「ふむ、全く、何をしているのですか。勤務中の者は今すぐ仕事へ戻り、休暇中の者も……いつまでもモモンガ様に構わず、自分達の時間を過ごしなさい。休むことも親愛なる御方への忠義と心得なさい」
セバスが周りを見渡しながらそう言うと、あんなに集まっていたメイド達が「はい!!」と返事をするや否や、一斉に解散する。
さっきまでの優勝パレード並の人混みが、引き潮のように雲散霧消してしまう。
モモンガはやっと一息つき、セバスへ顔を向ける。
「助かった、セバス……危うく胴上げでもされるかと思ったぞ」
「はぁ、モモンガ様。メイド達を可愛がるのは結構なことですが、もう少し威厳を持って立ち振舞っていただけませんか? アルベドも、モモンガ様がいらっしゃるのなら連絡をください。一々廊下が混雑しては、こちらも迷惑なのですがね」
世界広しと言えど、NPCに溜息をつかれ更に「威厳を持て」などと説教されるギルドマスターは自分くらいだろうと、モモンガは恥ずかしくなって顔を上げられなかった。
面目なさげに細い声で、
「す、すまん。メイド達は私にとって家族のようなものでな。だ、だが、だからこそ、セバス! お前を階層守護者に選んだのだ。お前なら、私に足りない威厳を補ってくれると信じて!」
「お褒めに預かり光栄ですが、メイドの増員を決められたのはモモンガ様です。自分の手に余るものをこちらに押し付けられたのではただの無責任というもの。アルベド、さっきから何も仰られませんが、守護者統括として、モモンガ様をしっかり律してもらわねば、我々守護者としての職務遂行にも支障をきたしましょう」
何とか相手を褒めて誤魔化そうとしたが、セバスは言い逃れを許さない。
一緒に説教されているはずのアルベドはクスクス笑うだけ。
モモンガは居た堪れず、再び床に視線を移す。
この頑とした態度。まさにたっち・みーさん譲りの性格に、謹厳なセバスの姿が重なる。
(だけど、たっちさんはもうちょっと優しかったんだけどなぁ)
モモンガはやれやれと気が重くなる。
セバスのお陰で、パンク寸前だった第九階層は何とか纏まったが、こう説教が続くと……
それに──
(たっちさん)
心の中で、恩人の名を呟く。
モモンガは、セバスの顔を見ると胸が苦しくなる。
2人は似ている。顔や性格ではなく、もっと深い、真底が。
2人はよく似ていた。
モモンガはセバスの中に、たっちさんを見る──
たっちさんはセバスを創造する際、細かい設定を決めなかった。
キャラメイクは自動生成、AI設定も執事、家令など。文章どころか単語の羅列のみ。
ギルドメンバー全員で最低1体はNPCを作るという決め事を守っただけで、たっちさん本人はNPC製作にあまり興味を持っていないようだった。
タブラさんやホワイトブリムさん、後のモモンガのように熱中するギルメンがいた中、たっちさんはどちらかというと、そういう作業より冒険や戦闘をというタイプの人だった。
だからと言って、NPCに対する愛着がなかったわけではなく、たっちさんは背中で語るタイプの人でもあった。
最初こそセバスは、たっちさんの後ろに控える、いかにも執事っぽい立ち振舞いしかしなかったが。
というか設定にそれしか書かれていないのだから、それ以外行動を取りようもない。
それが次第に、自然に。
たっちさんはNPCと会話を楽しんだりはしないが、セバスのレベル上げ、強化にはかなりの拘りを見せていた。
自身がPVPの名手にして戦士系最強と謳われるほどのステータスやスキルを有し、ユグドラシルの個人ランク3位に入る凄まじいプレイヤーなのが相まってか、セバスの実力にも、その影響が反映されていた。
騎士、剣士としての徹底的な育成を施され、正にたっちさんの従者に相応しい構成。
普段着はタキシードを纏う紳士だが、戦闘時には鎧を着けて戦う。勇壮な老騎士と言った渋さを感じるNPCへと成長。
ちなみに執事という、名称ではなくちゃんとした公式の職業もあるにはあるのだが、たっちさんは見向きもしなかった。
では、なぜAIの設定に執事などと書いたのか、思えば意味不明である。
今やそれはたっちさんのみぞ知る永遠の謎になってしまった。
とはいえ、非戦闘職業を入れるような遊び心なし、混じり気なしの純仕様。
兎にも角にも、たっちさんならではの戦闘民族ビルドがここに完成した。
たっちさんはセバスをよく冒険へも帯同させていた。
普段はちっとも仲良くないのに戦闘では何故か息ぴったりで、互いに背中を預けながら戦う姿をよく覚えている。
そして、セバスの成長は、やがて一つの極みへと到達する。
たっちさんと同じ『ワールドチャンピオン』を、なんとセバスも勝ち取るという大快挙を成し遂げた。
ワールドチャンピオンはユグドラシル9つの世界それぞれで行われる公式バトル大会。そこで貰える優勝賞品の一つである。
特別な職業で固有の強力スキルを付与。何より大会を制した者しか持てないので、最高の名誉と言えた。
大会にはプレイヤーだけでなくNPCも参加できる。たっちさんが何気なしにセバスをエントリーさせていたのだった。
当時どういう目的でセバスを参加させたのか、たっちさんの考えは知らないが、恐らくPVNを想定したデモンストレーションのつもりだったんだと思う。
しかし、予選のグループステージならともかく、どこかで一流のプレイヤーに必ず当たり、NPCはまず敵わない。
AIの自動戦闘とプレイヤーの操作技術。どうしても差が出る。
モモンガも観戦していたが、3回戦くらいまで勝てれば御の字かぐらいで、全く期待していなかった。
しかし、セバスは奇跡を起こす。
予選は難なくクリア。その後のトーナメントも抽選による運要素が絡んで弱い相手と当たり、セバスはスルスルとコマを進めていく。
目を疑ったのは第5回戦。モモンガも知っている有名プレイヤーに、セバスが勝ってしまう。
試合中、相手はかなり油断してる様子で、セバスが見事にその油断を突いて足を掬い取った。
その試合が分岐点となり大会の流れや勢いのようなものがセバスを後押しし、死闘の末に決勝をも制し、見事ワールドチャンピオンに輝いた。
この勝利はネットニュースになり、ユグドラシル内が騒然となった。
一時は違法だの操作だの、不正を疑い叩く者が多かったが、セバスの創造主がたっちさんと知れると、その騒ぎも収まった。
たっちさん自身が他のプレイヤーに「チート野郎」と忌み嫌われ、本当に同じゲームをやってるのか疑問なほど化け物染みたプレイヤーだったからか。
化け物の子は化け物という、妙な納得感がプレイヤー全体に広がったのだった。
とはいえ、世間は冷やかでも、アインズ・ウール・ゴウンの中では大盛り上がり。
決勝もめちゃくちゃ興奮しながら見ていたし、ギルドからワールドチャンピオンを2人輩出するなど、モモンガもギルドマスターとして鼻が高い。
大会を終えたセバスをギルドメンバー全員で出迎える。W優勝を記念して祝勝会も開かれた。
単に内輪で騒ぐ理由が欲しかっただけなのだが、シホウツに料理を作らせ即席パーティーを皆で楽しんだ。
ふと、そんな賑やかさの中、モモンガはたっちさんとセバスがいなくなっていることに気付く。
どこへ行ったのか、何となく気になり会場を抜けると、廊下の端で2人が話してるのが見えた。
大会の優勝賞品は職種の他にレア装備を一つだけ貰える。
たっちさんは鎧を、セバスが剣を選んだ。その剣を、セバスはたっちさんへ渡していた。
創造主とNPCは、特に設定が無ければ主従の関係にある。
NPCが自分で得たアイテムを創造主へ渡す。ましてやセバスの設定はあくまで執事だ。
至極当然の行動だが如何にNPC相手とはいえ、たっちさんの性格からして、そんな横取りのようなことを承諾するとは思えない。
たっちさんは手で制しながら首を振る。
セバスが二言三言、何かを喋る。
こっそり遠目で覗いているので会話は聞こえないが、モモンガは思わず息を呑んでしまう。
言葉にできない、目を見開かされる感覚。
騎士と執事の立ち姿。絵になるとは少し違う、そういう形式的な、切り取れるような光景ではない。
これが、たっちさんとセバスの関係なのだ。
2人がいる、その広がりの中だけの特別な絆。
結局、たっちさんは剣を受け取った。
ウルベルトさんに「セバスから掠め取ったんじゃねーか!」と絡まれたり。
モモンガとしては何か釈明するべきだったかもしれないが、やめた。
自分の胸の中に仕舞い込んでおくべきだと。
何より、2人の中だけに留めておくべきだと。そう思った。
強さだけでなく、たっちさんの言動を少しずつ取り入れて。
ただの、AIが抽出したデータから導き出された所謂パブリックイメージの執事から、セバスの個性が芽吹く。
特に会話してる様子もなかったのに、親子が同じ雰囲気を纏うように、何か、言いようのない共鳴が、たっちさんとセバスの間に流れていた気がする。
自分が執事だという認識は今も根幹にあれど、ただの設定を超え、セバスという存在そのものになった。
それは、今の第九階層を見れば分かる。
モモンガはメイド達に懐かれてチヤホヤはされているが、威厳というには程遠い。
自分が得意なのはあくまで調和で、ギルドメンバーですら統率したことなど過去一度としてない。
それがセバスなら、メイド達は素直に言う事を聞く。
無理矢理な感じもしないし、況してや怖がってる様子もない。
セバスの発するオーラやエネルギーに、メイド達が反応している。
テレパシーか何かの力で、メイド達と意識を共有している。そのようにしか見えなかった。
単にNPC同士だから、設定の都合なのかもしれない。
だが、それはない。断言する。これがセバスの持つ力なのだと、モモンガは信じる。
まさに威厳というものなのか。
モモンガもギルドマスターとしてリーダー歴こそ長いが、セバスに比べれば所詮大した程度でしかなかったのか。
それでも、悔しいという気持ちはなかった。
ただ、懐かしい。
まだギルドがクランだった頃、PKで悔しい思いをした。
ダンジョンをクリアして皆で万歳をした。
拠点だってニヴルヘイムにある街で小さい部屋を借りていただけだった。
だが、何でもあった。次に何をするか目標があった。倒したい敵、欲しいアイテム、何よりも、共にする仲間がいた。
そして、冒険へ出ようと率先して前へ出るリーダーがいた。
(たっちさん)
その姿が、ダブる。
「──聞いていますか、モモンガ様。まだ話の途中なのですが」
ハッと顔を上げるモモンガ。
セバスはただでさえ深い皺を寄せ溜息をつき、
「人が話しているのに考え事ですか? ナザリックの支配者たるモモンガ様の御苦悩は私ごとき階層守護者に──」
「だが、楽しかったであろう?」
何やらまた説教が始まりそうなのを感じ取り、モモンガが話を遮る。
何の脈絡もないモモンガの急な問いかけに、セバスは「はあ?」とでも言いたげに口を開け固まる。
モモンガはそのまま続けて、
「ペロロンチーノさんの誕生日にお嬢様プレイと言って皆で冒険へ出掛けたな。たっちさんのドレスの着こなし、中々だったではないか。セバス、あの時ばかりはお前も執事らしかったぞ」
「……何のことかと思いましたが……たっち・みー様も何故あのような馬鹿な騒ぎをしたのやら」
「セバスの方こそ『爺や』と呼ばれて、乗り気だったではないか」
「執事ですので。お嬢様をエスコートするのも私の仕事です」
「ふん、その割にはお前もナザリックMGではドレスを着てウケを狙っていたではないか」
「あの時のモモンガ様の採点、未だに納得いってはおりません」
「漫才において仮装による出オチは認めん。セバス! そこがお前の浅はかな部分だ!」
「たっち・みー様は高評価をくださったのに……」
「たっちさんは親心というものだろう。未練がましいぞセバス!」
ズビシッと指を突きつけるモモンガ。
セバスが負けじと反論しようとする。
セバスはたっちさんの思い出話に弱いのだ。
説教を打ち切って話に没頭するセバスを見て、モモンガはしてやったりとほくそ笑む。
穏やかな時間だった。
周りで見ているメイド達がクスクスと笑っていた。
失敗も経験も溶け合って循環し、ギルドの隅々まで行き渡る。
空気のように形はないが、この第九階層において、メイド達の笑顔や活気として表され満たされる。
それが1人の男から。
たっちさんの流れを汲む男から始まったことを──
(たっちさんに見せてやりたかったな)
たっちさんは飢えていた。
何に、というものではなく。ただ、心の叫びだった。
その叫びがモモンガにも伝わった。
時折、鼓動するように声なき声が聞こえた。
現実で警察官に就き、家庭持ちで順風満帆。ギルメン全員に羨望されるような人だった。
だが、言葉の節々に虚無や絶望が滲んでいたように感じた。
現在の地球は環境汚染と貧富の差が極限まで達し、行き詰まっている。
そして、富裕層とテロリストによる戦争という段階へ進む。
そんな世界で、警察官として示せる正義が、果たしてあったのか。
モモンガには聞けなかった。聞かない方が良いとも聞いてどうするとも、思う。
たっちさんの傷だった。
それを友として癒やすことができない、触れてはいけないと感じることが、モモンガを鬱々と苛む。
100年前に放送されていた特撮というヒーロー番組が大好きで、ゲームでは自分がヒーローになってPKへ立ち向かい弱者を助けようと奔走する。
たっちさんの趣味趣向、ロールプレイに過ぎなかったのかもしれないが、たっちさんの一つ一つの言動が言いようのない絶望の現れだったのではないか。
そして一つ一つ、たっちさんの声を拾い上げたのがセバスだったのではないか。
甘い幻想、根拠のない妄想。
そもそもモモンガの勘違いや思い違いかもしれない。
たっちさんがセバスを鍛えたのも、単にナザリックの強化に繋がると考えただけかもしれない。
それでも、モモンガは信じたかった。
今の第九階層こそ、この穏やかな世界こそ、たっちさんが現実で追い求めていた夢だったのではと。
セバスがたっちさんから何かを託されたのだと。
セバスこそ、たっちさんの理想の現れなのだと。
「ふぅ、少し喋りすぎましたか。さて、モモンガ様。たっち・みー様の思い出話はこれくらいにして、そろそろ話を戻しますよ。僭越ながら私が支配者とは何たるかを、これから懇々とご指導いたしましょう」
セバスが咳払いをし、モモンガを再び睨みつける。
モモンガは胸を張る。
さっきまで叱られていたのが嘘のように自信が漲ってきた。
真っ直ぐセバスを見つめて、
「支配者の何たるか、そんなことはお前に言われんでも分かっている。私とてギルドマスターになる前はたっちさんのクランメンバーだったのだぞ。セバス、お前などよりずっと歴が長いのだ」
「またたっち・みー様ですか……名前さえ出せばよいとお思いではないですか? モモンガ様」
「お前も見ていると、どうしてもたっちさんを思い出してな。私にも、セバスのような鬼教官に立ち向かう勇気が湧いてくるのだ」
「全く、何を仰っているのやら……」
セバスが呆れたように肩を竦ませる。
モモンガはスッと前へ出る。
「だが、たっちさんの理想を、お前は体現しているのだぞ。確かに始まりは私の不手際だったが……セバス、お前が立派に守護者を勤めていること。私はそれを誇りに思う」
セバスの肩に手を置く。
強く、想いを込めて。
「モモンガ様?」
セバスが不思議そうに、こちらを見つめている。
──たっちさんは、セバスの中に。
セバスが見つめている。
今も、そこに、共にあるかのように。