モモンガはセバスと別れ、第九階層の通路を進む。
アルベドを引き連れ、第八階層へ向かう。
と、その前に、寄っておきたい場所があった。
すれ違うメイド達と挨拶を交わしつつ、目的地を目指す。
(相変わらず第九階層って広いよな〜。何か交通手段でも考えた方が良いんじゃないか? う~ん、車や電車って訳にもいかないし。自転車とかかな?)
モモンガはアレコレと思案しながら、何度かの右折左折を繰り返して、目的地に到着。
見上げると看板があった。
『メイド喫茶 プレイアデス』。
ハートや星を散りばめたいかにもファンシーでメルヘンな装飾。
モモンガがドアノブに手を掛ける。
扉を開けると、テーブルとイスが並ぶ看板に偽りなしの喫茶店だった。
だが、喫茶店なのに挨拶などの接客がない。
よく見ると奥のテーブルに人影があった。
褐色の肌、赤毛の女性。
頭にちょこんと角が生えた帽子を被り、長い三つ編みおさげがダランと伸びていた。
メイド服だが一般メイドとは衣装が違う。
黒を基調とし、どこか猛々しさを感じるデザイン。
ロングスカートにはチャイナドレスのようにザックリとスリットが入り、足を大胆に広げている。
当の女性は随分リラックスしているようで漫画を読むのに夢中だった。
「プクク、面白いっすこの漫画。インクリちゃんが薦めてくれただけのことはあるっす。これは何かあたしの方からもオススメを⋯⋯『あくごろ』なんて良いかもしんないっすね〜。インクリちゃん喜ぶぞ〜。あ〜あ、でももう読み終わっちゃ⋯⋯って、どひゃうわ! モ、モモンガ様!! いるなら言ってくださいっす! 不可視化⁉ 忍術すか⁉ あ、あと、アルベド様ちーす!」
漫画を読み終えるや否や、モモンガ達に気付き椅子から転げ落ちる。
床に尻餅をついての推参であった。
元々は
レメゲトンという『玉座の間』の前室に当たる大広間で敵を迎え撃つ戦闘メイドとして役目を担っていたが、セバスの階層守護者昇進にあたり、プレアデスを解散。姉妹達は七姉妹として合流させ第九階層へ上げた。
第九階層での現在の任務は警備巡回、メイド達の育成やペストーニャの補佐などにそれぞれ当たっている。
とはいえ、七姉妹を結成した当時は任務を定めていなかったので、基本的には自由に過ごしてもらうことにした。
しかし、ユリやナーベラルなど、真面目なNPC達は主命がないことに動揺し、明確な働き場所をせがんできた。
姉妹達が集まれば喜ぶだろうと単純に考えていたモモンガは困り果てる。
悩んだ末、苦肉の策を打つ。設定を書き換え、自身でレベル上げなど、暇な時は自己鍛錬をするよう改めて指令を出した。
おかげで、プレイアデスは全員がレベルカンストしており、元は適当に配置されていた名ばかりの親衛隊だったのが、纏まった戦闘集団へと変貌。
ただの時間稼ぎでしかなかったが、姉妹達が自己鍛錬している間に一般メイドが段々増えていき、次はその指導を担当させるようになった。
現在は各々がやり甲斐や居場所を見つけたようで、モモンガとしてはホッと一安心。
『ナザリックホワイト企業プラン』などと題してみたものの、安易な増員や異動は現場が混乱するだけという、ゲームの中とはいえ経営の難しさを改めて感じるのだった。
このメイド喫茶は、まだ姉妹達の扱いが定まってない時に臨時で作った施設で、現在はプレイアデスの詰所兼住居だ。
奥にはキッチンがあり、姉妹達それぞれの私室がある。
ユリが「仕事が欲しい」と言い出した時に、要望に合わせ作ってみた。
しかし、後にモモンガがメイド増員でてんてこ舞いになり、姉妹達にはそのメイド達の育成を手分けして手伝ってもらうことにしたら何かと忙しくなり、結局、店舗として全く機能していない。
一応、姉妹達が暇そうにしていたら、たまにお茶や料理を提供してくれる。
今やのんびりと姉妹やメイド達が過ごす憩いの場と化していた。
ルプスのだらしない態度に、モモンガは半ば呆れ苦笑しながら、
「何を1人でワチャワチャ騒いでおるのだルプス。全く⋯⋯少し邪魔するぞ。ユリ達はどうしてる?」
「ユリ姉達なら奥で料理してるっすよ。エンちゃんとシズちゃんが料理対決でどっちが妹か対決〜みたいな。ユリ姉がレフェリーでナベちゃんとソーちゃんが審査員すね。あ、後オーちゃんは神社っす」
「ふむ、そうか。なら、待たせてもらおう」
椅子を引くモモンガ。アルベドも隣に座った。
ルプスは両手で頬杖をつき、ウキウキした表情を浮かべ、
「いや〜、久々っすね。モモンガ様〜」
「そうか? この前も戦闘訓練をしたではないか」
「こうやって二人で話すことっすよ! もう! モモンガ様は女心を分かってないっす!」
「アルベドもいるのだが⋯⋯まぁ、良い。なら、今後はこうしてお前達一人一人と話す機会も設けよう」
「それがいいっす。何ならあたし達の月例会にも参加してほしいっす! 報告したいことが山程あるっす!」
「ほう、例えば?」
「まずはこのあたし、ルプスレギナから! この前なんすけど〜インクリちゃん達とヴァナヘイムのダンジョンを攻略したっす! 低位のエリアっすけど、何と最後にレジェンド級アイテムをゲットしたっす!」
「それは凄いな。お前がメイド達の戦闘指導を担当してくれて私は助かっている。感謝しているぞ」
「いや〜、『玉座の間』の守りを外された時は皆してどうなるのオヨヨ〜って泣き崩れてましたけど、モモンガ様がメイドを増やしてくれたおかげで第九階層が賑やかになったしオーちゃんとも一緒にいれるし仕事も見つかったっす! これからもっと百万とか一億とかメイドを増やしてほしいっす! 千じゃぜんっぜん足んないっすよ!」
「そうか、検討しよう」
モモンガは頷きながら相槌を打つ。
ギルドの初期メンバー・獣王メコン川さんが生み出したルプスレギナ。
創造主と似て溌剌とした性格、喋っているだけで退屈しない。
溌剌さの反面、迂闊な部分も目立つが何故か憎めない。天然というべき愛嬌があった。
それに仕事は真面目に取り組んでおり、一般メイドからの人望が意外に厚かったりする。
メイド育成では戦闘指導を担当。
教官として中々評判が良く、ルプスの弟子達はメキメキと実力を上げていた。
ルプス自身の強さもただのレベルカンストではなく、回復支援を中心に攻撃防御と幅広く活躍できる盤石のステータスを誇る。
モモンガも初めて見た時には感心する程の、所詮はAIの自動レベリングとは侮れない、完成されたビルドが組まれていた。
ハイプリエステスやテュルパン、マルコシアスやタイラントといった、今まで聞いたこともない種族や職業もいつの間にか修めており、呆気にも取られたが。
明るい性格。職務を全うし、自己鍛錬にも余念がない。
モモンガとしては言う事のない、立派な戦闘メイドなのだが⋯⋯。
ただ、種族が人狼なだけあり、天真爛漫さの裏に、そこはかとない残忍さが滲んでいるような気がする。
(こいつ、裏でメイドを虐めたりしてないよな?)
と、モモンガはどこか不安を感じるが、
(まぁ、ユリ達がいるし大丈夫だろ)
と、いつも思い直すのだった。
そうこうしている内に、奥の方で何やら音がする。喋り声が近づいてくる。
どうやらユリ達が料理を終えたらしい。モモンガが奥の扉を見ると、その扉がガチャリと開きゾロゾロと人が出てきた。
先頭を行くのは髪を巻き上げ纏めている眼鏡を掛けた怜悧なメイド。
その後には、眼帯を付け首に迷彩柄のマフラーを巻いたミリタリー風メイドと甲殻類の手足のような髪型に表情のない仮面を被った和風メイドが、互いに料理の載ったトレイを掲げ何やら威嚇し合っている。
その更に後にも、綺麗な黒髪をポニーテールにし切れ長の目が印象的な、手を前に組み歩く貞淑なメイド。
金髪縦ロールというお嬢様のような派手な雰囲気、胸元がザックリ空きミニスカを履いたセクシーなメイド。
末妹であるオーレオール・オメガを除いた七姉妹の内、6人がここに集った。
ルプスは出てきた姉妹達に向かって手を振り、
「おいす〜、対決はどうだったんすか? あ、審査はこれからっすかね? それとモモンガ様達が来てるっすよ〜」
そう言ってケラケラ笑う。
5人がモモンガに気付くと、先頭に立つユリが突如、鬼の形相へと変わり、ツカツカとルプスに近づき、
「このおバカ! なんでモモンガ様が来ているのに私達を呼ばないのよ!」
と、ルプスの脳天にゲンコツを食らわした。
ルプスは悶絶し、
「あだあ〜!! な、何するんすかユリ姉!」
「せめて、お茶くらいお出ししなさいよ! ホント気が利かないんだから!⋯⋯ようこそいらっしゃいましたモモンガ様、アルベド様。何のおもてなしできずご無礼をお許しください」
怒声から一転、姿勢を正し綺麗なお辞儀をする。
ギルドメンバー・やまいこさんが生み出した長姉ユリ・アルファ。
やまいこさんの現職が教師だったからか、その影響を受け、メイド達の指導者として各種指揮官職を修めている。
種族はデュラハン。戦闘では肉弾戦を得意とし、やまいこさんの「殴ってから考えよう!」という性格が反映されたスタイル。
非常に真面目で信頼できる、正にプレイアデスの副リーダーに相応しいNPC。
妹の不始末に心底申し訳なさそうにするユリに、モモンガは頷きながら、
「ユリ、その辺にしてやってくれ。待つと言ったのは私なのだ」
「そっすよ! もっと言ってやってくださいモモンガ様! このDV姉! 家庭内暴力っす!」
涙目で訴えるルプスに「あなたは黙ってなさい!」とルプスの頭を鷲掴みにするユリ。
姉妹喧嘩にやれやれと呆れながら、モモンガは後ろの姉妹達に話を振る。
「それで? 料理対決だったのだろう? エントマ、シズ。見せてみよ」
ユリにアイアンクローをされ宙吊りで苦しんでいるルプスを余所に、エントマとシズが料理を持って近づいてくる。
「ようこそいらっしゃいましたぁモモンガ様ぁ〜。どうですかぁ? あたしの料理の方が美味しそうですよねぇ〜。実際、美味しいぃですぅ。食べてみてくださいぃ」
「モモンガ様、食べて⋯⋯ください。一生懸命作った⋯⋯です」
2人が料理を机に置く。
エントマ・ヴァシリッサ・ゼータにシズ・デルタ。
それぞれギルメンの源次郎さんとガーネットさんに生み出された七姉妹の四女。
何故、四女が2人いるのかと言うと……分からない。
モモンガは製作に一切関わってないので、どういう事情があるのか知らないのだった。
正直、どうでも良いという気持ちもある。
ただ、エントマとシズ両人には深刻な問題のようで、何かにつけどちらが妹か対決をしていた。
モモンガへもどちらが正式な妹か決めてほしいと要望は来ている。別に決めてもよいのだが何となく今の形の方が趣がある気がして、敢えて決定を避けていた。
料理が前に出され、
(あれ? これ俺が審査するの?)
ナーベとソリュシャンが審査するのでは、と話がすり替わって困惑するモモンガ。
顎に手をやり暫し悩むが、とりあえず料理の説明を求める。
「まずは料理名や材料を説明せよ。では、シズから」
「はい、モモンガ様。私が作ったのは野菜たっぷりエビとタコのアヒージョ⋯⋯です。ボルケーノシュリンプとシグネチャーオクトパス。ノーアトゥーンで獲った⋯⋯です。漁師メイドが手伝ってくれた⋯⋯です。野菜はにんにく、じゃがいも、マッシュルーム、パプリカ、ズッキーニ、ナス、トマト。それとオリーブオイル。第六階層の採れたて⋯⋯です。バケットはパン屋メイドに頼んだ⋯⋯です」
シズが手で指す料理。
具材が沢山入っており、色鮮やかで食欲を唆る。
バケットが添えられ見ているだけで香ばしい。見た目から完成された一品。
シズの種族は自動人形。
本来なら料理を作るのも食べるのも不要なはずだが、シズは他人へ料理を振る舞うのが好きなようだった。
メイド達からアイドルのように可愛がられているだけあり、優しい性格が料理に表れている気がする。
モモンガがシズの料理を眺めていると、エントマがシズの前へ割り込む。
「次はあたしぃ。あたしはぁ〜シズみたいにゴチャってしてなぁい、シンプルイズベストォ。じゃ~ん、人の腿肉焼きぃですぅ。人肉はぁエリューズニルの闇市で買いましたぁ。香草とぉ塩コショウの味付けでぇ素材の味を引き立ててますぅ。付け合せに臓物の唐揚げぇ。後、脳みそのトロトロスープですぅ。お召し上がりくださ〜いぃ」
「お、おう⋯⋯」
モモンガは思わず仰け反る。
切断されたであろう、人間の腿肉がドンと皿に載っていた。
湯気が立ち昇りこんがりと焼けている。見た目だけで言えば、誤解を恐れず言えば、美味しそうではある。
唐揚げはカラリと狐色、スープも赤みがかって光沢あるトロみを持つ。
説明さえなければ普通に食えそうではある。説明を聞いてしまったのでドン引きでもある。
エントマの種族は蜘蛛人。
人肉を好むだけあり、捕食者ならではの一品だった。
ユグドラシルでは人間や亜人が食材として売買されている。
基本はモンスターの餌用アイテムなのだが、実は料理にも使える。モモンガもエントマのおかげで初めて知った。
メイド達のAI形成、レベル上げのためにプレイアデスには手分けして冒険へ付き添ってもらっていた。
その過程で、シズとエントマが「コックの職業が欲しい」と言い出したのだ。
メイドらしい仕事がしたくなったのかと、ほのぼのした気持ちで許可を出したら、シズはともかく、エントマは嬉々として人間を料理していた。
更にびっくりなのが、この行為によりレア職業・ハンニバルの取得に成功する。
ユグドラシルには種族と職業の掛け合わせや特殊な行為で発現するレア種族や職業が存在する。
ハンニバルは人肉限定だが、人肉を食べることで強力なパッシブ効果を得ることが出来、料理を作るにしてもバフを付与することができる。効果は落ちるが亜人肉でも代用可。
コックという非戦闘職業を取らねばならないが、人肉を好むか主食とする種族ならば取って損のない職業。
これにより、ギルド内ではハンニバル取得がちょっとしたブームになる。
恐怖公なども後に取った。人肉料理人の職業が流行るのは、恐らくナザリックぐらいなものだろう。
「モモンガ様ぁ。早く食べてくださぁい」
「モモンガ様。私のを先に食べて⋯⋯ください。それにエントマのはグロいだけ。料理じゃない」
「ムカぁ! あんたのだってぇぶつ切りにしたのを鍋に入れただけじゃないぃぃぃ! 残飯よぉ!」
「私は食材選びから拘ってるから。ノーアトゥーンでも狩りをしている。苦労が違う」
「わたしだってぇ闇市の商人と戦いましたぁ! メイドに手伝ってもらったあんたと違ってぇ。食材もほとんど第六階層のやつじゃないぃ!」
「メイドは友達。だから、手伝ってもらえる。ノーフレのあなたと違って」
「ムキィィィ! 腹立つぅぅぅ!」
またもや勃発した姉妹喧嘩を、モモンガは手で静止し宥める。
「そこまでだ、二人共。食べるぞ」
フォークとナイフを手に取る。
(とりあえずヤバそうなのから片付けるか⋯⋯)
と、エントマが作った焼き料理へ、ナイフを当て切る。
柔らかい。香草と胡椒がまぶしてあり、シンプルながら豪勢さもある。
ナイフで切った肉片をフォークで突き、口へ運ぶ。
(こういう時、味覚と嗅覚が封じられてて助かるな〜)
電脳法へ感謝をしつつ、咀嚼。
すると、モモンガの肩からドス黒い炎のようなオーラが立ち上る。
「すごぉ〜い! バフが迸ってますぅ〜! モモンガ様かっこいいぃ〜! さすが不死者の王ぉ〜!」
「あ、うん。ありがとう。旨いぞエントマよ」
小躍りして囃し立てるエントマに、微妙な気持ちで相槌を返すモモンガ。
ゲームの中なので、当然味など分からない。
適当にそれっぽく寸評する。
「塩味がよく効いている。胡椒のスパイシーさ、香草の豊かな香り。肉の繊維がホロっと溶け、絶妙なバランスの一品だな。エントマ、よくぞここまで腕を上げた」
「うわぁ~い、モモンガ様に褒められたぁ」
ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶエントマ。
それを見て、不服そうなシズが前へ出てくる。
「次は私」
「うむ、頂くとしよう」
モモンガはスプーンを手に取り、アヒージョからエビとじゃがいもを掬い、一口食べた。
すると、モモンガの頭上に虹の光が降り注いでくる。
「凄い⋯⋯きれい⋯⋯至高神⋯⋯」
シズが目を輝かせて呟く。
正規の料理人職を持っているだけあり、しっかりとしたバフがステータスに乗る。
モモンガは傍にあったナプキンで口を拭きながら、
「ふむ、なるほどなるほど……この勝負、ドロー!」
「「えぇ〜〜〜!!!」」
モモンガの突然の宣言に、仰天するエントマとシズ。
2人は慌てて、抗弁する。
「ちょっとぉ、モモンガ様ぁ! どうゆうことですかぁ!?」
「私のは感想すら言ってない!」
2人の必死な訴えを、モモンガは両手を上げ鎮めようとする。
「まぁ、そう言うな。シズのは当然旨いとして、エントマのも中々のものだった。本当に甲乙つけ難かったのだ」
と言うモモンガの弁に、2人は納得いかなさそうに、
「えぇ〜、ほんとぉ〜ですかぁ〜?」
「またいつもの『2人は双子なのだから』⋯⋯ですか? いくらモモンガ様とはいえ、聞き飽きましたそんな言い訳」
さっきまでの喧嘩が嘘のように、協力して食い下がってくる。
いつも寡黙なシズですら雄弁に喋り、不満を顕にする。
モモンガはさすがにバツが悪くなり、エントマとシズが目の前に迫る中、その後ろで見守っている2人へ視線を向け、
「しかし、実際に双子なのだ。姉妹の上下に固執するのではなく、もっと自然な関係を築いてほしいのだが。同じ三女でも仲良くやっている者もおるし。なあ、ナーベ。ソリュシャンよ」
と、控えていたナーベラルとソリュシャンに話を振った。
「はっ、モモンガ様。私とソリュシャンには何の問題もございません」
「ナーベとは姉妹って感じでもないし〜。モモンガ様が宜しければ、わたくしのことお姉ちゃんって呼んでくれてもいいんですわよ〜」
直立のナーベが軍人のように毅然と、頬に人差し指を当て小首を傾げながらソリュシャンが色っぽく、それぞれ返事をする。
ナーベラル・ガンマにソリュシャン・イプシロン。
ギルメンの弐式炎雷さんとヘロヘロさんに作られた七姉妹の三女。
これまた何故三女が2人いるのかはよく分からない。
そもそも皆、創造主やキャラメイクに統一性があるわけでもなく、姉妹も何もない。ただの呼称に過ぎない。
さすがにそれを言ったらお終いというか、興が削がれるので絶対に言わないが。
「モモンガ様、申し訳ありません。このような幼稚な争いにお付き合い頂いて。エントマ、シズ。いい加減になさい」
ルプスの折檻が終わったのか、ユリがパンパンと手を叩いて妹達を窘める。
エントマとシズは渋々、モモンガから引き下がる。
ユリは妹達を見渡し、
「どのみち、引き分けは決まってたでしょう。シズの料理をナーベラルが、エントマの料理をソリュシャンが評価して結局、平行線だったんじゃないかしら?」
と、ナーベとソリュシャンへ視線を向けて言う。
「確かに、エントマには悪いけど人肉はちょっと⋯⋯」
「わたくしは雑食だから、勝負は分かんなかったかもね〜」
人肉の味を想像したのか、ナーベが口を抑えながら眉間に皺を寄せる。
人肉を楽しみにしていたのか、ソリュシャンが口を歪めて嗤う。
ナーベの種族はドッペルゲンガー。
魔人の部類だが、人肉食には嫌悪感があるようだ。
ちなみに種族レベルを一切伸ばしておらず、弐式炎雷さんが初期に設定した、現在の風貌である大和撫子風の美女にしか変身できず姿を固定している。
ドッペルゲンガーは形だけだが、その代わり、レベルスロットは戦闘職で埋め尽くされ、自身を鍛えることに余念がない。
メイド達の育成では専ら魔法指導を担当し、ナーベ本人も魔法を極めたい意志が強い。
どうやらマーレを目標にしているらしく、師事もしているようだ。
マーレはシャルティアに次ぎ、ギルドNPC最強格の1人。レベルカンスト程度で追い付けはしないのだが、あくまでナーベの設定に沿うよう、その意志を尊重することにした。
自身が戦闘メイド、親衛隊として生み出されたことに使命感を持ち、実直で誇り高いNPC。
対して、ソリュシャンの種族はぶくぶく茶釜さんやヘロヘロさんと同じスライム種。
金髪縦ロールのお嬢様の姿に偽装し、他者を誘惑して捕食する殺人スライム。
得手とするのは隠密・暗殺であり、メイド育成では索敵や偵察を教えていたが、メイド達に混じり和気藹々しながら非戦闘職業の取得にも熱心だった。
編み物をしたり、バイオリンを弾くソリュシャンを見て、
(こいつにも可愛いらしい所があったのか)
と、モモンガが感心していたのも束の間。
実はこれ、レア職業である糸操師の発現条件を満たすために取得しただけだった。
糸操師はバリバリの戦闘職で敵を糸で切り裂いたり操ったりする、アニメや漫画でよく見る、あの糸使いである。
他にも鞍馬天狗やアドゥムブラリなどレア種族の取得にも成功し、ソツのない唯一無二のビルド。
何だか殺しのバリエーションを増やそうとしているようにしか見えないのは、モモンガの気のせいだろうか。
苦しむ人間の断末魔や阿鼻叫喚を聴くのが大好きというエゲつない設定を持つ、ヘロヘロさんの闇が垣間見えるNPC。
「ナーベラルぅぅぅ、モモンガ様が美味しいと言ったものをぉ食べられないなんてぇ不敬にも程があるんじゃなぁいぃ?」
「なっ⁉ わっ、私は何もそんなつもりで言ったわけでは!」
「人肉なんて好みが分かれるに決まってる。モモンガ様は優しいから食べてくれただけなのに、それを偉そうに言う方が不敬」
「あぁ〜ん、シズぅ〜? 何か言ったぁ〜?」
「聞こえないほど小さい声で言ってない。耳が遠いの?」
「まあまあ、せっかくエントマとシズが作ってくれたんだから、料理が冷める前にさっさと食べちゃいましょ。じゃあ、わたくしはこの脳みそスープから頂こうかしら〜?」
エントマがナーベラルに絡み、シズが冷静な指摘、ソリュシャンが楽しみにしてたであろう人肉料理をそそくさと食べだす。
姉妹達の団欒とした光景。
それを微笑ましく眺めているユリに、モモンガは話しかける。
「そういえばユリよ。オーレはまだ仕事なのか?」
「はい、神社の管理を精一杯勤めております」
「⋯⋯あまり根を詰めぬようにと、いつも言っておるのだがな」
「やまいこ様をお祀りする神社とあっては気合いも入りましょう。特に、私とオーレオールにとっては」
モモンガは米神を指先でポリポリと搔く。
小さく「困ったものだ」と呟いた。
やまいこさんの実妹、あけみちゃんが生み出した末妹オーレオール・オメガ。
やまいこさんとあけみちゃんは非常に仲が良く、姉妹でユグドラシルをプレイしていた。
ただ、あけみちゃんはキャラメイクでエルフを選び、そしてアインズ・ウール・ゴウンはギルドの掟として異形種以外は入れない。
あけみちゃんをメンバーにすることは出来なかったが、特別待遇でギルドへの出入りを許可され、ちょくちょく姉に会いに来ていた。
そんな中、やまいこさんがユリを生み出したのを見て「私もやる!」と言い出し、やまいこさんを通してNPC製作をした。
基本、NPCはギルドに帰属し製作者へ服従するので、厳密にはあけみちゃん作ではないのだが、設定にはあけみちゃんについてしっかり書き込んだ。
AI形成は成功し、オーレもあけみちゃんを認識し尊重もしている。
ただ、やはり本当の製作者との接点は切れないようで、オーレオールの想いはやまいこさんへ向いていた。
だから、プレイアデスの中で、ユリとオーレだけが、やまいこさんから生まれた本当の姉妹とも言えた。
いつもしっかりしているユリもオーレと二人きりの時は砕けた会話をするらしい。ルプスがこっそり教えてくれたが、モモンガがそれを見る機会はとうとう訪れなかった。
オーレは戦闘力こそ大したことはないが、特殊な種族や職業を持ち、後衛ではギルドトップクラスの能力。
やまいこさん曰く『天才肌』と言われたあけみちゃんならではのビルド。それが大きな恩恵をもたらす。
第八階層の『あれら』の封印。
オーレと階層守護者ヴィクティムとの連携でようやく抑え込むことができた。
だが、その代償としてオーレを第八階層から引き抜くことが出来なくなり、長らく姉妹達は離れ離れだった。
しかし、後に手に入れたワールドアイテムにより『あれら』の制御が可能になり、ようやく重責から開放することができた。
第八階層をデミウルゴスに、ヴィクティムは『空中宮殿』守護者としてそれぞれ異動。
転移門の管理も空中宮殿で行えるよう、ヴィクティムに新しく種族や職業を取らせ、権限を委ねた。
そして、オーレオールは第九階層へ。プレイアデスと合流させ、普段はやまいこ神社の管理を任せた。
やまいこ神社とは元々、ガチャ運の良いやまいこさんを茶化す目的で作ったおふざけ施設。
境内を作っただけで中身のない建物だったが、第九階層を改築するにあたり、ちゃんとしたものにしようと『宝物殿』にあるやまいこさんのアヴァターラを御神体にし、本殿に祀ることとした。
モモンガとしてはとりあえず神社の体裁を整えたくて、それ以外特に何も考えず行ったことだが、ユリとオーレはえらく感激した様子で何度も頭を下げモモンガへ感謝を示していた。
神社の完成式典が執り行れ、境内の桜が咲き誇る中、ユリとオーレは胸を張り、本殿に鎮座するやまいこさんと会話をするかのように、いつまでも、いつまでも見つめていた。
そのためか、オーレは神社の管理を責務と考え、ほぼつきっきりで仕事をしている。
こういう所はやまいこさんを尊敬していたあけみちゃんそっくりで、設定の妙と言うべきか、何だか不思議な光景だった。
ただ、モモンガはその姿を見てると気が重くなる。
オーレが巫女風メイドだということで「神社が似合いそう!」と閃いただけで、こんな喜ばれるとは考えもしていなかった。
せっかくならもっとゆっくりすれば良いのにと毎度思うが、神社で姉妹達と花見をしたり穏やかな時間も過ごしている。
本人が楽しそうなので、モモンガとしてはこれ以上言い様がなかったのだった。
オーレの話から、やまいこさんやあけみちゃんのことを染み染みと思い出し、モモンガは感傷的な気分に浸っていると、
「あ〜っ! そういえばモモンガ様が月例会に来るって言ったっすよお〜!」
ユリの仕置から息を吹き返したルプスがガバっと起き上がり、目を輝かせる。
その言葉に部屋の空気が一瞬で華やいだ。
エントマとシズが嬉しそうにハシャぎ、ナーベとソリュシャンが優しく微笑む。
ユリは驚いたように眉を上げ、
「あら? でしたら丁度良いですわね。月例会は明日開く予定ですので。ご都合はいかがでしょうか、モモンガ様?」
と、振り向きながらモモンガを見つめる。
何気ない会話だった。しかし、唐突に出た『明日』という言葉に、モモンガは身を震わせる。
愕然とし、咄嗟に俯きそうになるのを何とか堪えた。一瞬、呼吸が出来なくなり息が詰まった。
が、モモンガはフッと笑い、何事もなかったかのように即座に取り澄ます。
「ふむ、明日か。良い。お前達も武勇伝が溜まっておろう。その活躍のほど、存分に聞かせてもらおうか」
モモンガの言葉に姉妹達が歓声を上げる。
すると、ルプスが豪快にテーブルの上へ飛び乗り、
「ぃよぉーし! モモンガ様のご傾聴、一番槍はこのルプスレギナ・ベータがもらうっす! インクリちゃん達とウートガルズでリアル脱出ゲームを──」
「このおバカァ〜! いい加減にしなさい御身の前で! はしたない! 月例会は明日だって言ったでしょうが〜!」
「私の活躍も聞いてほしい⋯⋯です。グラズヘイムで、料理の品評会にシホウツと一緒に出場した⋯⋯です」
「はぁ~い、わたしもわたしもぉ! ヴィーグニーズで武器ガチャしてぇ〜、ナザリックで加工してぇ、アルベド様とソリュシャンと一緒にぃ、ダイラス=リーンで売り捌いてぇ、三角貿易の完成ぇ〜!」
「あぁ、そういえば行ったわね〜、ドリームランド。アルベド様の里帰りも兼ねてだったけど。また行きたいわぁ、カダスの腐敗した大地⋯⋯思い出すだけでゾクゾクしちゃう」
「ふん、あなた達の活動はただの観光でしょう、全く⋯⋯モモンガ様、まずは私が指揮監督をしたユーダリルでの雪山訓練の報告をお聴きください」
テーブルに上るルプスを羽交い締めにするユリ。
はにかむシズ、両手を振ってアピールするエントマ。
思い出に浸るソリュシャン、それを窘めるナーベ。
賑やかな姉妹達の姿、それを満足気に見つめるモモンガ。
まるで色とりどりの絵の具をブチまけたような喧騒。弾む声が眩しい。
モモンガは、ただ無言で流す。目が焦点を持たずに左右を彷徨う。
姉妹の言葉が、何故か心に響かなかった。賑やかであればあるほど、内側が静まり返っていく。
まるで、胸に穴でもポッカリ開いてしまったかのようだった。
その穴は深く、モモンガの存在まで吸い込まれそうな錯覚に陥る。
どれほど人が笑い、話し、喜びを分かち合っていても、その全てが、自分と無関係な遠雷のように思える。
手のひらで掴もうとしても、すり抜けていく砂。この空虚。
自分自身が透明に希薄になっていく感覚。
姉妹達の中には終わらない日常がまだ続いているのだ。
その光景は、あまりにも明るく、あまりにも純粋で、空虚さを一層際立たせた。
モモンガはただ、その光景を眺めていた。
歓声、そして心に広がる静寂。
賑やかな風景が、どこか遠く、手の届かない場所にあった。
この空虚は、どこまで続くのだろう。
いつになったら、終わるんだろうか。
モモンガは静かに目を閉じた。瞼の裏で姉妹達の姿が鮮やかに燃える。
姉妹達の声が耳の奥で響く。遠く奏でられてるかのように、まるでその時が、永遠かのように。