ベルリバーさんが、死んだ。
何が起きたのか、最初は分からなかった。
だが、ギルドメンバーが騒ぎ出して、ネットニュースを見ろと誰かが怒鳴った。そこまでは覚えている。
特に珍しくもない交通事故。
ボンネットがひしゃげ火を上げる車。死亡者1名。
映像の中に、被害者の顔写真と名前が表示される。
ありふれたホテル内のレストランだった。
高級店ではないものの内装は綺麗で、料理も培養種とはいえ、ちゃんとした物が食べられる。
ぶくぶく茶釜さんがよく友達とビュッフェを食べに行くとのことで紹介され、悟が予約をした。
そのレストランに、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーが一堂に会す。
初めて開いたオフ会だった。
開催の前にメンバー1人1人が自己紹介をする。
たっち・みーさんやゲーム内でお世話になった仲間達のリアルな姿に、悟は何とも言えない興奮と感激で中々目を合わせられず、浮き足立っていた。
その中に、ベルリバーさんがいた。本名は鈴川で、ハンドルネームはただの英語読みだと知って驚いた。
外見は素朴で大人しそうで。でも、自己紹介の声は聞き馴染みがあって。プレイ中に何度も聞いた、あのベルリバーさんの声だ。
ゲーム内では《大喰らい》の異名を取り、ブドウ粒のような肉塊に口が幾つもある魔人という奇抜なキャラデザ。魔法戦士という扱いの難しいビルド。
ギルドではニ線級の強さながら、ぷにっと萌えさんやタブラさんと並ぶ策士で、縁の下の力持ち。サポート役として手堅い活躍をしていた。
ベルリバーさんとは不思議な縁があった。
ギルド結成時、ギルドマスター就任を打診され、渋るモモンガを説得した1人がベルリバーさんだった。
曰く、
モモンガがギルマスにならなければ、ギルドは割れる。
だから、自分と一緒に抜けて新しいギルドを作ろう。
でも、だからこそギルマスを引き受けてほしい、と。
そう、モモンガを励ましてくれた。
正直、ベルリバーさんと仲が良かったかと言えば嘘になる。
勿論、仲間内で話ぐらいしたし、ベルリバーさんの理知的な性格を尊敬してたものの、特別親しかった実感はない。
メールを受けた時、内心驚いた。
モモンガをどこで評価してくれたのか、接点は思い浮かばないし分からない。
でも、だからこそ響いた。
ベルリバーさんの一言が無ければ、モモンガはギルマスになる決心が付かなかったように思う。
ベルリバーさんの中でどれくらい本気で言ってくれたのか定かではないにしても。
モモンガにとってこんなに誰かから思いやりを持たれ、力づける激励を受けて、リーダーになってほしいと引き立てられた経験はこれが初めてだった。
ぶくぶく茶釜さんやペロロンチーノさんに感じる友情とは違う。
だが、確かに分かった。背中をそっと押してくれるような。肩にポンと触れて優しく元気づけてくれるような、そんな感触。
鈴川さんが悟に笑いかける。悟も小さく頷く。
目に見えないが確かにある。2人の間に流れる信頼が。それだけが心に満ちる。言葉はいらなかった。
キャラやビルド、ゲーム内での佇まいと、今現実で会う鈴川さんとの乖離に衝撃を受ける。
でも、やはりベルリバーさんはベルリバーさんだとも感じる。
何だかこそばゆい、変な感覚だった。
しかし、何よりも、暖かい。
家族などと、甘ったるい言葉は流石に恥ずかし過ぎて言えなかった。
でも、仲間だ。仲間にはなれた。本当の、絆で繋がれた人々。その光景が目の前に広がっていた。
仲間だ──。
悟は心の中で、何度も何度も唱えた。
口の中で、舌だけを動かして、まるで呪文のように。
仲間と、絆の光景。
たっちさんは警察官らしいリアルでも毅然とした姿で、ペロロンチーノさんは今風の青年でゲーム内の態度とちっとも変わらずオチャラケていて、ぶくぶく茶釜さんはただただ可愛かった。
仕事以外で滅多に異性と話すことのない悟はプライベートで女子と会話すること自体、照れに照れた。
茶釜さんがニッコリと笑う。まるで太陽のように光り輝いて見えた。
照れて猫背になる悟をタブラさんが冷やかしに来る。ぷにっと萌えさんも、鈴川さんも。
まるでさざなみのように人が集まってくる。
静かな浜辺に砂が打ち上がっては水に溶けていく。悟の中に優しく、人の暖かさが満ちていく。
静かな波と一緒に、仲間達が寄ってくる。
皆の顔が水面に映る。ただ優しく暖かい、それだけの1日だった。
──鈴川さんが、こちらを見ている。
被害者の写真、燃える車をバックに、あの日見た絆の光景。
その中にいた、鈴川さんの顔が表示されている。モモンガを射抜くように見つめていた。
ベルリバーさんの死。それからは阿鼻叫喚だった。
泣き叫ぶ者、何度もメールや電話を掛ける者、ベルリバーさんの家に行くと言う者もいた。
その内、1人が叫んだ。
「ベルリバーは殺されたんだ!」
ギルドの初期メンバー、ウルベルト・アレイン・オードルさんの、天を裂く絶叫に、皆が振り返り注目する。
山羊頭の悪魔という、たった今、魔法陣から召喚されたかのような典型的な魔人のキャラデザ。
ロールプレイも悪魔そのものでビルドから言動まで、悪役に徹する美学や哲学を持つ。アインズ・ウール・ゴウンが誇る指折りの実力者だった。
そのウルベルトさんが本物の悪魔かのように、胸を掻き毟りながら慟哭する。
ベルリバーは殺された。
とある巨大複合企業のマズい情報を掴み、口封じに殺されたんだ、と。
ウルベルトさんは身ぶり手ぶりで、そう主張する。
その情報は、ベルリバーさんからウルベルトさんへ託されたのだと、声高に周囲のギルドメンバーへ訴えた。
その話を聞いたモモンガは、ただただ唖然とする。
だって、そうだろう?
いきなりそんな話を聞かされて、どう飲み込めばいい?
モモンガは言葉を失い、思考が硬直してしまう。
一瞬の間が、永遠のように感じた。
あの時、何と言えば良かったのか──
思えば、その時の迷いが、モモンガを現在の孤独へと苛む、分岐点だったかもしれない。
「アンタ、こんな時に何フザケたこと言ってんのよ!!」
静寂を、ぶくぶく茶釜さんの怒鳴り声が切り裂いた。
泣いていた餡ころもっちもちさんに優しく寄り添っていた茶釜さんが決然と立ち上がり、ウルベルトさんへ迫った。
ウルベルトさんも負けじと言い返す。2人の言い争いは喧嘩の域を越え、逆上し、殺伐とした雰囲気へと激化する。
たっちさんとやまいこさんが割って入るも、互いに掴み掛からんと暴れ回った。
当のモモンガは立ち尽くしたまま。
2人のどちらかを擁護する訳でも非難するでもない。ましてや仲裁へ入るでもない。
見て見ぬふりをしているも同然だった。2人の言い争いの怒号に呆然とし、嵐のように早く過ぎ去ってしまえばいいと、何より怯えていた。
モモンガはその一瞬の迷いと恐怖で、ギルドマスターとしての責務を投げ捨ててしまった。
絆を結ぶ。人は言う。
そして、その絆が無くなる時、人は千切れるとか割れると表現する。
しかし、悟の場合は違った。
少なくとも、アインズ・ウール・ゴウンの絆が崩れた時は。
それは波紋だった。
ベルリバーさんの死という石が投げ込まれ、水面がさざめく。
ぶくぶく茶釜さんとウルベルトさんの口論で、更に波立たせては乱れていく。
絆は千切れたり壊れたりするものではない。
悟は何も出来ず、波に呑まれる。気付いた時には周りに誰もいなくなった。
波は、ただ遠ざかっていくのみ。
「仲間だと、思ってたのによ」
フーフーと息を吐くウルベルトさん。
叫び疲れ、嗄れた喉から金切り声が響く。
山羊の目。四角い瞳孔が周囲を威圧する。
ゲームのグラフィックのはずのキャラクターの目に、憎悪だけを残して。
その日、ウルベルトさんはギルドを去り、ユグドラシルを辞めた。
──────
一面の荒野だった。
汎ゆる命も、死すら停止しているような静謐な空間。
見上げる空には太陽も月もない。
汚れた布を広げたような鈍色の雲が天を覆っている。
風は吹かない。足元は白茶けた大地。
地面はひび割れ、湿り気すら存在せず枯れ果てている。
延々と続く荒野。モモンガは立ち尽くし、ふと視線を遠くへ向けた。
灰色の空に突如、黒い靄が立ち昇る。揺らめき、静止した空間を包み隠す。
靄が形を成す。よく見れば、それは異形の群れだった。
無数の瞳が冷たく煌めいていた。曲がりくねった角、蝙蝠や猛禽の翼、魚のヒレや獅子の尾。
空一面に展開する、悪魔の軍勢が迫ってくる。
まるでこの世の終わりのような光景を、モモンガは悠然と眺める。
「空軍は完成したようだな」
「はい、本人はまだ8割ほどと言っていましたが、謙遜でしょう」
隣のアルベドが手で庇を作りながら答えた。
悪魔の軍勢は広がって集まり、散っては流れ、花が咲くように優雅に、激流のように天を衝く。
実に滑らかな空中機動だった。ただ命じただけで、ここまでものを仕上げてくるとは。モモンガは感嘆に、思わず拍手する。
やがて、軍勢から一団が抜け出し、降りてくる。
先頭を行くのは、ストライプの入った派手な赤スーツを華麗に着こなす男だった。
髪はオールバック、尖った耳に丸眼鏡。
優しげながら同時に不敵な笑みを浮かべる。
一見、怪しげなビジネスマンや弁護士を彷彿とさせる姿だが。
その男の背中からは百足を思わせる、節立った金属プレートの尻尾が、風圧でたなびいていた。
異形の魔人は颯爽と降り立ち、モモンガの目の前で跪いた。
「モモンガ様、ようこそお越しくださいました。ご命令されていた空軍の創設、練度はいかがでございましょう? ぜひ検分していただきたく」
低頭に、慇懃な口調で言う。
モモンガは「うむ、見事だ」、そう短く呟いた。
第八階層守護者・デミウルゴス。
アインズ・ウール・ゴウン、現在の外征軍団、その主力たる最大規模の軍勢『
そして、ウルベルトさんが「悪魔たれ」と、己のロマンを詰め込んで生み出した至極のNPCであった。
モモンガに跪くデミウルゴス。ギルドを代表する指折りの戦術家、その背後に更に控えるは七魔将、黄道十二将。十万以上ともなる万魔殿の各隊を指揮する将軍達。
将軍達も言わずと知れた強者揃いであり、軍勢自体の数と質。間違いなくギルド内でも屈指。
ここまで軍団を練り上げているのはユグドラシル広しと言えど、恐らくデミウルゴスぐらいだろう。
「これにてモモンガ様が命じられた軍令の手筈は整ったと自負しております。コキュートス、ガルガンチュア両軍共に、いつでも出撃可能。休戦協定によって失った領土は必ず奪還してみせます。万事、このデミウルゴスにお任せください」
「うむ、まぁ、そう急くな」と、モモンガはデミウルゴスの横を通り過ぎて歩き出す。
デミウルゴスも立ち上がり後へ続いてくる。アルベドも付き従う。
いつの間にか、陸上部隊も勢揃いしていた。
集結した軍勢が海を割るモーセの如く、モモンガの行く先で綺麗に道を開ける。
腐食に包まれた巨人や血に塗れた4足の獣。重厚な鎧を纏う者や不定形の火の玉。
同じ魔族とはいえ体格や形状、兵装も何もかも違う。
如何にもモンスターの群れと言った烏合の衆にしか見えないが、デミウルゴス麾下、万魔殿の波状攻撃は正に津波のように敵を粉砕する。
古代や中世で軍隊を指揮する英雄もかくやという、凄まじい用兵だった。
モモンガはその戦ぶりにいつも息を呑む。
こんな精強な軍団が自分の味方で良いのかと、戦記や物語の中へ迷い込んだような錯覚に、いつも陥るのだった。
プレイヤーがNPCやモンスターなど、自由に軍団を編成。敵ギルドへの侵攻や、ユグドラシル内のエリアを占領し自分の物にできる。
ストラテジーやタクティクス要素を組み合わせた新システム。
アインズ・ウール・ゴウンが1500人のプレイヤー連合に攻め立てられた時も空前絶後の戦いだったが、外征モードの規模はそれを遥かに凌駕。
レギオンというパーティ編成の最大単位も撤廃され、基本的な兵数上限は無限。
それこそ万の軍団同士が現実の戦争のような進軍や会戦を己で指揮しプレイできる。
単に戦争をするだけでなく、エリア内にある街や名所などのランドマークを制圧することで、その周辺地域をギルドの領地として併呑。原理上、世界征服も可能。
併呑したエリア内では内政を取り仕切り、税金を徴収したり市場を支配する事も出来る。途方もない億万長者にも、他を寄せ付けぬ絶対者だろうと、何にでもなれる。
ユグドラシルは元から自由度の高いゲームだったのが、更にその限界を突破したと言える、ぶっ壊れかつ壮大、画期的なシステムだった。
しかし、外征モードはユグドラシル後期に実装されたのもあり、特に注目もされず盛り上がりに欠けた。
運営からすれば新要素追加により、マンネリを打破する乾坤一擲の勝負のつもりだったかもしれないが、既に過疎が進むゲーム内では白けた雰囲気が流れていた。
ただ、外征モード実装の発表を見たモモンガは狂喜乱舞。
渡りに船。正に青天の霹靂と言える、モモンガが待ち望んでいた神アプデであった。
ギルドランク第1位、アインズ・ウール・ゴウン。
ユグドラシル内を肩で風切る、威風堂々の最大勢力を誇ったギルド、その栄光にも陰りが見えていた。
ギルドメンバーはいつしかログインしなくなり、モモンガは独りで何とかギルドの維持に奔走しようにも凋落は食い止められない。
ランクは徐々に下がり始め、一時は48位まで落ち込むという惨憺たる有様を晒していた。
仕方のない事だった。ギルドはほぼ停止状態。
ランクの算出要素は様々ながら、やはりギルド自体の活動歴が基礎評価になる。
巨額の資産や充実した設備はそのままにしても、独りしかいないギルドのランクが下がる。当然の結果だ。
納得はしている。諦めもしている。
だが、それら理屈を超えて、モモンガの頭の中を支配したのは猛烈な怒りだった。
(俺の、俺達の作り上げたナザリックが、何で他所のギルドの下につかなきゃならないんだ!!!!!!)
子供の駄々に等しい、哀れなほど無力な葛藤だった。
だが、分かっていても抑えきれない。そして、何もできないのが分かっているから、やり場のない未練が、ただただ積もっていく。
怒りと絶望がモモンガの全身を駆け巡る。
煩悶で押し潰されそうな無為の日々、そこへふと舞い込んできたのが外征モード実装の発表だった。
天啓だと思った。雷に撃たれたかのような衝撃、モモンガの頭の中へ、使命というべき意志力が漲ってくる。
48位。ギルドの活動は停止状態、ランクを上げる術はない。ならば、どうしたら良いか?
そんなの簡単だ。
自分達の上位にあるギルドを尽く滅ぼせばいい──
ユグドラシルにはギルド戦という概念がある。
エリアやダンジョンでの遭遇戦やギルド拠点での攻防、ギルド同士、多対多の戦いがゲーム内の要素として成立していた。
そして、ギルド戦にはルールがある。特にギルドの扱いについて複雑な規定があった。
例えば敵ギルド拠点を攻略・制圧したとする。その場合、拠点自体の占有権と、拠点内の資産の所有権は別個の扱いになる。
要は、敵ギルド拠点を制圧したとしても、拠点内の資産の略奪や押収はできないということ。
拠点は自由に使えるものの、内部で保管されているアイテムなどにはロックが掛かり、資産の持ち出し・引き出しはゲームの仕様上、不可能だった。
また、敵ギルドそのものを崩壊や消滅させるとしても、単純な話ではない。
ギルドにはその象徴たるギルド武器というアイテムがある。ギルド結成時に作成でき、これが破壊されるとギルドが崩壊、強制的に解散させられてしまう。
ただ、このギルド武器の破壊は至難の業と言える。
プレイヤーも阿呆ではない。ギルド武器が破壊される危険性は誰もが熟知しているし、拠点を構えるとなればイザという時の為に脱出路ぐらいは作る。
拠点を制圧されるのは恥辱ではあれど、ギルド武器さえ運び出し逃亡できれば後はどうとでもなる。
拠点の占有権を得ても資産を横取りできず、せいぜいが拠点へ居座り敵ギルドへ嫌がらせ、それが関の山だった。
拠点の占有権を引き換えにした交渉も大概は泥沼化してしまう。
なので、殆どのプレイヤーは途中で飽き、拠点制圧を解いて撤収するのがギルド拠点における攻防戦の最終的な決着と言えた。
元々が普通のダンジョン攻略と別の刺激を求める遊びなので、徹底的なギルドの殲滅など、ただの徒労でしかない。
そもそもギルド武器を破壊しギルドを崩壊させる事自体に、これと言った旨味やメリットがなかった。
ギルド拠点は権利が消滅し元の無所属のダンジョンやエリアへ戻るだけだし、資産も消滅か、希少価値の高いアイテムなどはユグドラシル内をランダムで転送、再配置される。
ギルドを崩壊させられたプレイヤーには敗者の烙印という不名誉なエフェクトが付けられ晒し者になるが、やる気やモチベーションさえ残っていれば、もう一度ギルドを再結成し直す事で烙印の解除は可能。
運営としてはPVPのゲームバランスを考え、完全勝利や一方的な全損を避けた設定にしているのだと思う。
プレイヤー間全体でもそのルールを許容し、ギルド戦が凄惨や陰湿に傾かないようなモラルや配慮が暗黙の了解として広がっていた。
しかし、外征モード実装により、このギルドの扱いが大幅に変更された。
まず今まで分かれていた占有権と所有権の一本化。敵ギルド拠点の制圧時に資産の横奪ができるようになった。
加えて、敵ギルドのNPCも説得が必要なものの、味方への引き入れが可能に。
ギルド武器を持ち出し逃亡すればギルド崩壊を避けられるのは変わらないし破壊できればそれがベストだが、拠点の安全を保障していた従来のバランス設定は完全撤廃。
例えギルドが存続しようと拠点が完全掌握されれば無一文も同然だ。
いかに活動歴が優れていようとも、資産が丸々損失すればギルドランクへの影響も避けられない。
拠点を攻め、制圧。敵ギルドを有名無実化する。
現在のランクから引き摺り下ろす。相手を蹴落とす。
だから、天啓なのだ。実にシンプルでいい。
問答無用、正面から相手の胸倉を掴み上げブチのめす。
モモンガは衝動に頭を乗っ取られ、欲望と本能のまま外征へと打って出る。
後にアインズ・ウール・ゴウンはユグドラシル9つの世界の内、ヘルヘイム、ニブルヘイム、ムスペルヘイムの3つを完全征服。
点在する拠点を尽く掌握し略奪。たった独りしか活動してないギルドがランク1位へ、再び返り咲くことになる。
それが、正解なのかは分からなかった。
答案がある訳じゃない。誰かがマルやペケを付けてくれるような正誤の問題ではなく。
ただ、星に手を伸ばす。伸ばさずにはいられない。
アニメか映画かは忘れてしまったけど。
親に抱かれた赤ん坊が夜空に手を伸ばす。星を掴もうとする、そんなシーン。
嫌に、印象に残っていた。
悟の生きる世界、2138年の空はスモッグに覆われ、星を臨むべくはないはずなのに。
何故、人は手が届かないものに、その輝きに魅せられるんだろう?
スモッグの先にある光への憧憬は、星をこの目で見たことがない悟の本能へ訴えるものだった。
ただ、映像の中のワンシーンやスモッグの空よりも、アインズ・ウール・ゴウンで星を思い浮かべるのは、やはり第六階層の夜空だ。
ギルメンのブルー・プラネットさんが苦心して生み出した芸術。
ハンドルネームの通り、過去の地球が持っていた自然美をこよなく愛する、朗らかな優しさで溢れた人だった。
プラネットさんも知識を持ってはいても、実際に星など見たことはなかっただろう。
でも、何故か見たことがないはずのものを欲し、魅せられていた。
オフ会で初めて会った時、岩のような顔を赤らめて笑っていた。
皆にロマンチストだと囃し立てられていたが、星座や天体の話となると口が止まらない。皆が動揺するくらいの情熱家で。
第六階層では、プラネットさん主催、動作テストを兼ねてのプラネタリウム鑑賞をやった。
階層上空を彩る輝き。圧巻だった。プラネットさんの解説と共に、星が流れる。
たっちさんに準えて紹介されたヘルクレス座の逸話に、ウルベルトさんが煽り声でヤジる。
月の模様に嵌め込まれたり、ヒュドラとの友情の為にヘルクレスに挑んで捻り潰されたり。何かとイジられていたあまのまひとつさん。
七姉妹を宙まで追いかけるストーカーオリオンおじさん、るし★ふぁーさん。
和気藹々とした、賑やかな集い。
一方、モモンガは途中から星を見ていなかった。
周囲を窺いながら、視線は仲間達の指先に向いていた。
皆が星を指差す。星座を描こうと指を踊らせる。
プラネットさんには悪いが、モモンガにとって星の輝きより、皆の指の方がずっと綺麗だった。
星は手に入らない。そのはずなのに。
星の輝きが皆の指先に舞い降りているかのようだった。その輝きがモモンガの目に焼き付く。
ここにいていいんだと、そう思える暖かさが宿っているようだった。
空に手を掲げる。同じ目標、同じ景色を目指していた。
ベルリバーさん、ウルベルトさんも。プラネットさんもあまのまさんも。多分、るし★ふぁーさんも。
皆の手で、空を見上げるモモンガの視界が、一杯になる。
そこで、ハッと気がつく。
星なんていらない。ギルドの仲間達がいれば、他に何もいらなかったんだ、と。
仲間達と同じ空を、いつまでも見上げていたかった。いつまでも一緒にいたかった。
仲間達が愛おしかっただけなんだ。それが何もかも手遅れになった時に、ようやく身に沁みて分かった。
今は、星すらない。空ですらない闇。
また皆と繋がれる。そんな気がしたから。
今も、手を伸ばしている。