モモンガは荒野を独りで歩く。
周囲にはアルベドやデミウルゴスがいる。万の軍団が犇めいている。
当たり前だが、辺りを見渡せば1人ではない。ただ、モモンガの心の有り様は孤独そのものだった。
モモンガは俯く。視線を足元へ落とす。
土。乾き切った大地。水面もなく、星も輝かない。
ギルドの絆。仲間達の顔を映していた暖かな心。満ちていたはずのものが、今は消え去っていた。
この荒野のように枯れ果てていく。あるのは虚しさだけだった。
残ったのは、空調の効いた部屋。
鈴木悟という、モニターを眺める独りの男。
(下らないことをしたものだ⋯⋯)
モモンガは膝をつき、地面に触れる。何となく土を握る。骸骨の手でしばらく弄ぶ。
土は脆く崩れて砂に変わりスルリと下へ落ちた。土はまた大地へ還っていく。
心底、下らないことをした。
過疎ったゲームに熱中して仲間達の残滓に縋ろうと、結局、孤独を埋められない。
(案外、現実の王様もこんなもんだったりして?)
頭を過った考えに、モモンガは噴き出しそうになる。
自分自身への嘲笑と侮蔑を込めて、己の愚かさを呪う。
何が王様だ。ゲーム内でどんな覇者になろうが、それはただのネトゲ廃人だ。
無駄な時間を過ごしただけだ。何もかも、こんなものは作り物にでしかない。
(廃人か)
正に、今の自分を表す言葉かもしれない。
いっそ狂人になれた方が良かった。現実も夢も綯い交ぜにして、狂えたら良かった。
未練を棄て切れない。だから、廃人。名残と依存。それに怠惰。
ゲームをやっていれば余計なことを考えずに済んだ。
他にやることがなかった。別の趣味を見つけるのも、何だか億劫だったし。
全部投げ出せれば楽だったんだろうか?
それを考えることすら面倒だった。誰も遊ばなくなったゲームをダラダラと独りでやり続けた。
荒野に漂う空虚感が、そのままモモンガのしてきた事の成れの果てだと、そう誰かが囁いているような、退廃的な気分が湧き上がっていく。
だが、湧き上がる所までで、張り裂けはしない。
胸に泥が溜まる。悟の体に滞る。澱みを感じながら、モモンガというアバターをコンソールで操作し、立ち上がらせる。
囁きは澱みとして、モモンガへ問いかける。
ユグドラシルプレイヤーの1人として、幸せな時間を過ごせたとは思う。
少なくとも、全プレイヤーの中でモモンガこそ、誰よりもこのゲームを遊び尽くしたと、その自負は確かにある。
大好きなゲームを楽しみ抜いた喜びが、しっかりと心に刻まれていた。そういう前向きな気持ちもあるにはあった。
だが、それが何になったんだろう?
何の為に、このゲームをやっていたんだろう?
本当の理由は? もっと大切なことは?
──ユグドラシルの世界の1つぐらい征服しようぜ!
誰が、言い出したんだったか。
ウルベルトさんがいた。ばりあぶる・たりすまんさん、るし★ふぁーさんに、ベルリバーさんもいた。
いつもの口喧嘩だった。たっちさんとウルベルトさん。今日はウルベルトさんの分が悪く、たっちさんに言い負かされて隅っこで拗ねていた。
そこにベルリバーさん達が寄っていって、チョッカイをかけていた。
押し合いへし合い、じゃれ合って、ウルベルトさんがるし★ふぁーさんの肩に腕をかけ身を乗り出して、たっちさんへ聞えよがしに騒いでいて。
たっちさんは呆れがちに鼻で溜息をつく。
タブラさんが肩をすくめ、周囲を見遣る。
やまいこさんがフフッとニッコリ笑って。
茶釜さんがアチャーと、頭を抱えていた。
モモンガは目を瞑っていた。
まるで昨日のことのように思い出す。
夢を見ていた。暗闇の中には皆がいた。
悟の心を満たしていた暖かな絆。灯されていた光。
豊かな音色が頭の奥で聞こえた気がした。それでも、ふとした瞬間に夢から覚める。
背中をドンと押される。崖から突き落とされる感覚。そこでハッと我に帰る。
今は2138年、ユグドラシルのサービス終了日で。
第八階層。最後に各層を巡回しようとしていて。
荒野があって、モモンガは独りで。
悟はそれを見つめていて。
現実が、嗚咽のように止めどなく押し寄せる。
残響と囁きが混じり合う。悟の中で鳴り続けていた。
「──世界征服か。遠かったな」
「何をおっしゃいますか、至高神にまで上り詰められた御方が。第6次侵攻は作戦責任者たるこのデミウルゴスの不明で頓挫してしまいました」
モモンガがポツリと呟いた独り言を、デミウルゴスが拾い上げた。
世界征服。外征モードならそれが可能だった。
ウルベルトさんが嘯いていた野望が、ふと現実になった。
別にランクさえ上がれば何でも良かった。
まずはヘルヘイムに点在するギルドの掃討、アインズ・ウール・ゴウンに匹敵する巨大ギルドの拠点、氷河城の攻略を目指した。
だが、即進軍とは行かない。そもそも外征とは何から始めればいいのか。
悟のゲーム歴はユグドラシルに集約されているのでストラテジーの基本も分からず、尚且つ、ユグドラシルお馴染み《未知を楽しむ》という名の説明割愛。
簡単な概要を発表されただけで後はプレイヤーへ丸投げの不親切設計により、最初は手探りでプレイするしかなかった。
何より、モモンガはソロプレイだ。指揮官に付けるべきギルメンはおらず、軍団を編成するなら階層守護者などNPCの協力が必要不可欠になる。
しかし、モモンガ最大の誤算として、いざ外征に出る為にNPC達へ掛け合ったら、これがすこぶる不評で。
ナザリックは安住かつ安全地帯だ。外敵を寄せ付けず内部が充実、完成された拠点、一つの楽園だった。
それを、何でわざわざ外の拠点を侵略したり世界を支配しなければならないのか。
その意義を問う苦情が大半だった。苦言を呈するだけならまだしも明確に反対するNPCの方がずっと多かった。
考えれば当たり前のことだ。外のことなど気にせず、楽園の中で幸せに暮らせればいい。
誰もが望む当たり前の常識をNPCが持っていただけだ。別に不思議なことではない。
ただ、モモンガはここで愕然としてしまう。NPCがここまで拒否反応を示すとは思いもしてなかった。
ランクなどに左右されず自分のギルドが住みやすければそれでいいのではないか。紛うことなき正論だった。
その時点で、モモンガは反論の余地を失っていた。
どう説得するべきか。悔しさに歯軋りし口ごもるモモンガを、最初に味方してくれたのがデミウルゴスだった。
モモンガは顔を上げ、デミウルゴスを見る。
眼鏡の奥の瞳は分からない。それでも覗きこまずにはいられなかった。
「サラトガの意見を聞かなかったのは私だ。作戦の最終決断もだ。お前が気に病むことではない。寧ろ、私が纏めた休戦協定にこそ不服はないのか、デミウルゴス?」
「不服など有り様がございません。今やモモンガ様はアインズ・ウール・ゴウンというギルドそのもの。ご自分の家を如何に潰すとしても、誰が文句を言えましょうか」
デミウルゴスの皮肉な言い様に、フンッとモモンガは鼻を鳴らし首を横に振る。
6度にわたる大戦、数百は下らない中小規模の戦闘。
それがアインズ・ウール・ゴウンが重ねてきた外征の全てであり、その大部分にデミウルゴスは主要指揮官や作戦立案者として関わってきた。
そして、アインズ・ウール・ゴウンの外征は、つい1週間前に終了した。
天下分け目、ユグドラシル完全支配を賭けた第6次侵攻。その戦いにモモンガは負けた。
今まで支配していたヘルヘイムを始め3つの世界の領有を放棄し、ナザリックへの閉塞を余儀なくされた。
否、余儀なくではない。モモンガがそう決めたのだ。
サービス終了日は事前に告知されていた。
第6次侵攻はその有終の美を飾る為に仕掛けた戦だった。
アインズ・ウール・ゴウン全部隊が方面軍として分かれ、ユグドラシル各界へと散っていく。
モモンガも《本軍》を率いて侵攻。当初は上手く行っていたものの、ガルガンチュアの敗走により戦線が崩壊。
モモンガは孤立無援になりナザリックが急襲されるなど、危機を招きながらも何とか窮地を脱したが、混乱が収拾した頃には既に戦機は失われ、世界征服の夢も潰えた。
モモンガは1人でアルフレイムへ赴き、ティル・ナ・ノーグとの直接会談へ臨む。
休戦協定を結び、戦争を終結させた。
休戦協定は、言わばプレイヤー間での談合だ。
今まで敵対していた相手ギルドやプレイヤー達と互いの健闘を称え、ユグドラシルの最後を穏やかに迎えたいと、そう話し合った結果だった。
そんな事、デミウルゴスは知らない。
教えるつもりはないし、そもそも説明の仕様がない。
NPC達の中では今回の休戦協定に憤慨してる者が多い。
ここまで来て何故全ての領土を放棄しなければならないのか。モモンガの判断を、さぞ不信に感じたことだろう。
モモンガは当り障りのないことを言って、NPC達の糾弾をのらりくらり躱した。
一応、第7次侵攻を匂わせ、次の戦いへ向けた布石や準備なのだと、そう仄めかすことでギルドの秩序を引き締め維持していた。
デミウルゴスとしては忸怩たる思いだろう。
今までモモンガの命令に従い、外征体制を主導してきたのはデミウルゴスだ。
軍政を統括したアルベドや、比類なき活躍をしたアウラなど、全員の力が無ければ成し遂げられなかったことではあれど、NPC達が一丸となるよう説得したのもデミウルゴス。
言わば、モモンガの単なる衝動や思い付きを形にしてくれた全ての始まりであり、外征の発起人だった。
アインズ・ウール・ゴウン、今までの外征の歩みとは、モモンガとデミウルゴスによる二人三脚で進んできた。
いつも、デミウルゴスはモモンガの心強い味方であってくれた。
──ウルベルトさんがそうであったように。
ユグドラシルのサービス終了に伴い、ギルドランクの機能は停止していた。
既に外征で戦う意義を失い、そもそもゲーム自体が終わる。例えNPC達を裏切る形になったとしても、どうしようもなかった。
モモンガも自分に全責任があるなどと感じてはいない。
ただ、最後の最後に打算で外征を終わらせ、欺瞞でNPC達と対さなければならないのが後味悪いだけだ。
「それに、実に感慨深いものです。あのアースガルズでの捷報、胸が空くような心地がいたしましたよ。モモンガ様の雷名とはかくも轟くものかと、私としたことが、思わず身が震えてしまいました。良くもまぁ、あの戦下手であらせられた御方がここまで成長されました。私の苦労もついに報われたということでしょう。氷河城ではそれはもう酷い目に遭わされましたから」
「フン⋯⋯またその話か。毎度毎度ネチネチと過去のことを掘り返してくれる。大体、氷河城攻略はお前の作戦のせいで劣勢になったのだぞ」
「私はナーストレンド側からの迂回をお勧めしました。それを正面突破に拘られたのはモモンガ様でございましょう?」
「だ、だから、責任を取って殿軍を引き受けただろう! 結果的に逆転できたのだし終わり良ければ全て良しというやつだ、全く⋯⋯」
モモンガはデミウルゴスの小言に悪態をつく。
いつの間にか思い出話ができるくらいには、NPC達とも古い仲になっていた。
大体、デミウルゴスとは戦の話になるのだが。
大抵はモモンガにとって耳の痛い失敗や苦い敗戦の記憶を悪魔的に責めてくる。
思い出したくもないことではあれど、ここまでデミウルゴスが口酸っぱく言ってくれたからこそ、慎重さが身につき着実に外征が成功したとも言える。
ただ、モモンガとしてはデミウルゴスの戒めを感謝と恩着せがましさ両面に感じ、いつもゲンナリしていた。
アインズ・ウール・ゴウン、外征の初陣となった氷河城戦は酷い負け戦になった。
まだシステムの仕様も分からず、適当な目星を付け、特に見通しもなく進軍。その結果だった。
とりあえず組まれた即席軍隊とはいえ、モモンガがその陣容を眺めた時にはワクワクしたものだ。
自分が歴史の中の偉人や英雄になった気がして、今までのユグドラシルでは味わえない未知の興奮に浸っていた。
ただ、それも最初の内。すぐに絶望へ変わる。
ユグドラシルは人気のピークを過ぎ、過疎が進んでいた。
氷河城はアインズ・ウール・ゴウンに匹敵する巨大ギルドだが、空き巣を襲うような感覚でモモンガは何処か高を括り、一揉みにできると勝手に考えていた。
これは完全な油断だった。いざ氷河城に攻撃したら、思ったよりプレイヤーが残っていたのだ。
最初こそ氷河城内の相手プレイヤー達は混乱していたが徐々に攻勢に出てきて、乱戦の末、モモンガの即席軍隊は叩き出されてしまう。
相手プレイヤーに追撃を仕掛けられ、無残な敗走。
モモンガ、シャルティア、紅蓮が殿になり、辛うじて敵を押し返し撤退自体は成功したものの、その後は惨憺たる有様だった。
外征はタダでは出来ない。進軍や駐屯、攻撃、軍隊への指示や軍隊そのものの維持の為、ゴールドなどの資産が常に減り続ける仕様になっており。
ナザリックへ這々の体で帰ってきた時には資産が底をついて、アインズ・ウール・ゴウンは破産寸前に陥った。
モモンガは途方に暮れる。ランク1位どころか、このままではギルドが潰れてしまう。
あまりの情けなさに項垂れる、そんな意気消沈のモモンガを叱責し、無理やり立ち上がらせてくれたのがデミウルゴスだった。
「下を向いている暇はありませんモモンガ様! 貴方が折れれば我らの存在すら無価値な瓦礫に変わるのです! 今、支配者たる覚悟を示さないでどうするのですか!」
炯々とした眼光、有無を言わさぬ冷徹な響きと差し出された悪魔の掌。
モモンガは今も骨の髄まで覚えている。決して見捨てはしないという酷烈なまでの情熱が、デミウルゴスの背後で燃えていた。
(あれからどれほどの困難を共に越えてきただろうか)
過去の残り香を、遠い日の熱を思い出すように、モモンガは深く息をつく。
「モモンガ様が結ばれた休戦協定。一見すると我々に不利益に思えるその内容の裏にどれほど布石が打たれているのか。それを理解し実行し、時に主の意図をさらに超える結果を導き出すことこそが我らナザリックの者共に課せられた真の忠義でございます」
「お前達の忠義にはいつも感謝している。だからこそ、今回の休戦協定で意に沿わぬ決断を下した己の不甲斐なさを思うのだ。デミウルゴス、すまない」
「いいえ、モモンガ様。滅相もないことです。御方の真意はしかと受け止めているつもりです」
「逸るなよ、デミウルゴス。私は決してお前達や仲間達が築き上げたこのナザリックを、今までの戦い全てを無駄にするつもりはない」
「勿体ないお言葉、痛み入ります。必ずや次の大戦では御身の期待を上回る盤面を作り上げてご覧に入れましょう」
「うむ、期待しているぞ」
モモンガは話しながらデミウルゴスの気配を注意深く窺う。
モモンガに誠意で仕えてくれた忠臣なのは確かだが、ギルド屈指の俊英であり、その対応は一筋縄にいかない。
今回の休戦協定を推し量り、モモンガの欺瞞にも当然気付いているだろう。
サービス終了など、ゲーム内のメタ的情報にまでは流石に辿り着けはしないだろうが。
ただのNPCとは侮れない底知れぬ才気に、つい身構えてしまう。今、何を考えているのか。
まぁ、大抵のNPCはモモンガより遥かに頭が良いし、モモンガのアホさ加減も見抜かれているので、今更、腹の探り合いのような遠慮は無用なのだが。
しかし、デミウルゴスの場合、忠誠の裏に刃のような冷酷さが滲んでいる。外征と言う自身の肝煎り政策を簡単に手放すとは思えない。
モモンガですら手を焼く、ただでは転ばない粘りを持つ強かな性格。
いつもならそれでいいが、今日だけは無用な突出を許すわけには行かなかった。
それに──
ウルベルトさんに『悪魔たれ』と、その美学を埋め込まれたNPCだ。何より、世界に対する執着を。
そもそも外征の目的はランク1位へ返り咲くことなのに、なぜユグドラシル征服へと話がすり替わったのか。
全てはデミウルゴスに、モモンガの意志が勝手に解釈や曲解され、侵略がどんどん拡大していったのが真実だった。
モモンガも欲がなかったと言えば嘘になるが、ヘルヘイムが領有できればいいな〜と考えていただけで、デミウルゴスの独断には随分頭を悩ませた。
ただ、それもこれも恣意的な専横ではなく、ギルドやモモンガへの忠義故だというのは分かっていたので、何とも注意し難くもどかしかった。
それに、何よりも、楽しかったんだ。
デミウルゴスの外征計画は激烈だった。
それは、ウルベルトさんが現実世界へ向けていた視線と重なるものだった。
そしてモモンガと同じように、ウルベルトさんはユグドラシルを心から楽しんでいた人だった。
「ユーザーファーストを産道に置き忘れて生まれたゲームですよ?」などと散々こき下ろしていたが、そんなこと言いながら毎日ログインしてゲームに熱中していた男と。
正真正銘の悪魔として世界征服を企み、時に機敏、時に素頓狂な作戦を立てて周囲を動揺させ暗黒微笑を浮かべる男と。
この世界は生まれた段階で二極化されすぎている。不公平な社会に毒づきながらも、どこか斜に構えたニヒルな佇まいが様になっててカッコ良かった男と。
モモンガより頭が良いはずなのに、その考えを知ってか知らずか深読みと言う名の暴走や破天荒さで、ギルドをどこまでも引っ張ってくれた男と。
デミウルゴスの姿に、ウルベルトさんの面影が宿る。
モモンガはその姿が好きだった。デミウルゴスの一挙手一投足に、何だか口の中で頬を噛み笑いを堪えたくなるような、何とも言えない愛くるしさを感じた。
もし、ウルベルトさんがゲームを続けていたら、きっとモモンガの外征に賛成してくれたはずだ。
それがデミウルゴスと今まで戦ってきて分かった。痛いほどに伝わってきた。
そして、モモンガが犯した罪も顕になる──。
サービス終了により、全ては無に帰する。
思い出が残るなんて綺麗事を言うつもりはない。
ベルリバーさんの事件が無ければ、ウルベルトさんはゲームを辞めなかっただろう。
デミウルゴスの姿を見て、その姿を通して、モモンガの直感は確信へ変わっていた。
デミウルゴスは、ウルベルトさんの未来の姿だった。
ギルドの有り得たかもしれない未来、その象徴。
10年後もこうやってバカ話が出来たらいいな。
ユグドラシルの続編や別ゲーにギルドごと引っ越そう。
仲間達と言い合っていた他愛ない目標は、流石に歯の浮くような甘い夢だったとしても。
何かが違っていれば、アインズ・ウール・ゴウンにとって最良とは行かずとも、もっと穏やかな最後を迎えられたはずだ。
ベルリバーさんが亡くなり、ウルベルトさんが飛び出すようにゲームを辞めてから、ギルドは何となく纏まりを欠くようになった。
興冷めや気不味い空気が何処となく流れて、仲間達の集まりが徐々に悪くなり、繋がりは消えていく。
ウルベルトさんを怒鳴りつければ良かったんだろうか?
あるいはぶくぶく茶釜さんを窘め、ウルベルトさんを落ち着かせ、ギルドに残るよう説得すれば良かったのか?
決裂は仕方ないにしても、ウルベルトさんとちゃんと話し合い、ギルドとの別れをケジメとして、しっかりと送り出すべきだったのか?
過去を遡り、あの時に戻れたら。
何度、回想を重ねても分からなかった。
だが、そんな回想や後悔に意味はなかった。
それはそうだ。誰よりも罪深いのは、モモンガがこの分岐点に対して、何もしなかったことなのだから。
ギルメンの仲間達はウルベルトさんの脱退は仕方ないと慰めてくれたが、いずれもモモンガから離れていった。
その時点で、仲間達はモモンガに失望していた。力のないギルドマスターを見限っていたんじゃないか。
だから、皆、ゲームから離れていったんじゃないのか。
猜疑と恐怖が、戦慄となってモモンガを襲う。
戦慄は時折、怒りにも変わった。矛先はウルベルトさんへ向かう。
ウルベルトさんをぶん殴ってやれば、殺してやれば。
俺のギルドを、大切な絆を壊しやがって!
怒りが、ウルベルトさんを引き裂く。
引き裂いて、粉々にして。ウルベルトさんが跡形もなくなるくらい。
でも、違った。引き裂いたつもりが、自分の爪が胸に食い込んでいた。それに気付いた。
ウルベルトさんへ怒りを向けるほど、自分の心を搔き毟っていた。痛みが、悲鳴が、喉を迫り上がっていく。
本当は分かっていた。
悟は被害者ではなく、加害者だということ。
絆だの仲間だと、御大層なことを言っておいて。
自分にとって大切なものを守れなかった。守ろうとしなかった。この罪。
(全部、俺のせいなんだ)
犯した罪の重さ、罪深さに、立ち尽くす。
贖いようのない慄きに、ただ身を任せる。
デミウルゴスとウルベルトさんの影が重なる。
深淵が広がり、闇が濃くなっていく。
悟はボンヤリと闇を見つめる。
自分の心の翳りに似ている。ふと、そう思っていた。
「第6次侵攻は失敗ではない。領土を失ったが、アースガルズや今回侵攻した地域の資産は根こそぎ奪い尽くしナザリックへ引き込んである。次の攻勢ではより強く、徹底的な支配を確立してみせる」
「モモンガ様も存外お人が悪い。ダルタニャンも今頃途方に暮れておりましょう。愚鈍な姿が目に浮かぶようです。今やユグドラシル各界はもぬけの殻も同然。このデミウルゴス、全身全霊を以って御身の前に世界を跪かせてみせます」
「フッ、頼もしいな。だが、慌てることはない。
「なら、敵の本拠たるアルフレイムへの奇襲も視野に?」
「奇襲は状況に応じてだ。陽動は仕掛ける。しかし、次の作戦ではニダヴェリールの占領を優先する。選択肢の多さはこちらの方が上だ。精々、ティル・ナ・ノーグの連中を引き摺り回すとしよう」
不快感を抱え、モモンガはデミウルゴスと向き合う。
話し合ってる内に、少しだけ、胸が和らぐのを感じる。
ただ、澱みは消えない。宿痾のように取り付く。
癒しには期待しない。これはモモンガが背負うべき罰なのだから。
サービス終了日、何にせよ明日には全てが終わる。
ウルベルトさんがどこかで見ている気がした。ギルドマスターをやり切る。モモンガにできる、せめてもの手向けになればと思っていた。
ウルベルトさんとの勝負だという気もした。今更張り合った所で相手はいないし、自分は能無しのギルマスだ。そんな事は分かっている。
それでも、棄て切れない。例え未練がましくとも、これだけは。
最後の意地だった。気力だけでモモンガは
「殿方はそれで良いかもしれませんが、外征はとにかく物入りです。今でこそ資産に余裕があるとはいえ、ナザリックの財政に無駄を生じさせる訳にはまいりません。出来得る限り費用を抑え、最大限の効率を以って征服を進めて頂きたいものですわね」
モモンガとデミウルゴスが後ろを振り返る。
アルベドが腰に手を当てジト目でこちらを見据えてくる。
イタズラがバレたかのようなバツの悪さに、モモンガはぎこちなく笑う。こういう時は笑って誤魔化すしかない。
デミウルゴスもそうだが、アルベドにも今や頭が上がらない。
戦争時にはナザリックに残り、後方支援と補給を担当し外征を裏で支え続けてきた。
戦いが終わった後も軍団の整備、ナザリックの軍政、占領地の統治と大車輪で働き、常にのしかかる多額の出費に対して完璧に帳尻を合わせてきた。
戦いに逸る男達へ、アルベドは冷ややかに釘を刺す。でも、どこか楽しそうに口元を緩めていた。
頭をポリポリ掻くモモンガ。横目でデミウルゴスを見遣る。
デミウルゴスはいつものいかがわしいビジネスマンのような満面の笑みを浮かべていた。
外征はモモンガの意志だったが、このデミウルゴスの平然とした大胆不敵さには見てて呆れるしかない。
ひとまずアルベドへの感謝を込めて、モモンガは申し訳なさそうに頷く。
「いつも苦労をかけてすまんな、アルベド」
「君のおかげでモモンガ様も私も戦いに集中できる。後方は全て任せるから頼むよ、ニュートラリィ?」
「デミウルゴス、あなたねぇ⋯⋯もう2度とあんな恥ずかしい真似はしないわよ。これだから戦好きは⋯⋯」
アルベドが恨みがましげにデミウルゴスを睨む。
デミウルゴスは何のその、アルベドのボヤキに高笑いを返した。
「アイドルを結成しましょう」と、デミウルゴスが進言してきた時はAIの誤作動か、マジでトチ狂ったかと思ったものだ。
外征は金がかかる。モモンガは様々な金策に奔走したが、デミウルゴスのアイディアには度肝を抜かされた。
アウラ、シャルティア、アルベドによるアイドルユニット《LittleMasStar》結成。通称・リトマス。
デミウルゴスはデミPと化し、アイドルプロデューサーとして芸能界へと打って出た。
ユグドラシルではNPCの品評会、可愛さや美しさを競うミスコンやアイドルフェスが実際に開催されている。
大会に優勝して賞金を稼いだり、ライブチケットやグッズを売ったりと、収益化も可能。
まさかアウラ達をアイドルとして応援する日が来ようとは。
ユグドラシルは様々なプレイや遊びができるとの定評だが、正にその奥深さの洗礼を浴び、モモンガはちょっと胸が熱くなったり。
ミズガルズ・ヤルンサクサスタジアムで開催されたアイドルフェスにも一般メイド達を連れ参加。
ミズガルズの住民NPCや他プレイヤーやら大勢のアイドルファンが集い、凄まじい熱狂ぶりだった。
正直、余りにも盛り上がりが過ぎ、モモンガは途中から引いていた。
ユグドラシルのベテランプレイヤーとして経験を積んできて、それでもまだまだ知らない世界があるんだなぁ、と他人事のように感心していた。
アイドル計画は発案者のデミウルゴスに丸投げし、報告を聞いていただけなので詳しい経過はよく知らないもののどうやら大成功だったようで、ナザリックの収支を黒字へと持っていく。
イマイチ金策としての効率の良さや本当に必要な急務なのか、ピンと来てなかったモモンガだったが、結果が出ているので文句は言えない。
リトマスにはちゃんとしたオリジナル楽曲が用意されていた。ルプスやマーレなどが作詞作曲を担当。
モモンガも当然聴いており、身内が歌っている贔屓目を抜きにしても結構良い曲に感じた。そこでふと思いつく。
悟はゲーム外でAI音楽の配信サイトへ登録。試しにリトマスの曲を販売してみたらこれが意外に大ヒットし、売上で纏った現金を手にした。
この現金を使い課金やRMTでナザリックの更なる強化も出来たので、結果としてアイドル計画は神憑り的な財政再建案となった。
アウラ達はやれ恥ずかしいだの最初こそ嫌悪感満載だったが。
しかし、いざリトマスの人気が軌道に乗ると、本人の中で吹っ切れたのか目覚めたのかは分からないが、プロ顔負け、圧巻のパフォーマンスでファンを沸かせていた。
引退した今でもちょくちょく復活ライブをするなど、アイドル稼業がかなり板に付いていた。
ちなみに3人の中で一番アイドルにノリノリだったのはアルベドのような気がするのは、恐らくモモンガの見間違いなんだろう。
「大体、あなたのその回りくどいやり方には反吐が出るのよ、デミウルゴス。今回の第6次侵攻だってモモンガ様を危険に晒したじゃない⋯⋯万が一の時にはどう責任を取るつもり?」
「クックックッ、万が一の事態を招いたのであれば私の命一つでは到底償えないだろうね。御身を案じる気持ちは理解できるが⋯⋯相変わらず短絡的だ、守護者統括殿は」
「ハァ? 私が短絡的ですって? 誰のおかげでこんな苦労してると思ってるのよ。戦いの後始末するこっちの身にもなりなさい!」
「実務の苦労は理解しているし君の手腕にも敬意を払っているよ。だが、我々は世界征服というモモンガ様の壮大な盤面を整える為の手足だ。責任と言うなら、その為に最善手を打ち続けるのが私の責任だよ。至高の御方には世界全てが額突く舞台こそ相応しい。そうは思わないかな?」
デミウルゴスとアルベドの言い合いを眺めるモモンガ。
2人とも今や将軍と宰相、ギルドを代表する重臣へと立派に成長していた。
(友人の息子や娘と話してるようなものなんだ)
モモンガはそう思い定めるようにしていた。
たっちさんがリーダーとしてクランを率いていた時代を、アインズ・ウール・ゴウンの第一次政権として。
モモンガがギルマスに就いた時を第二次政権。そして、現在の外征体制が第三次政権。
そう考えれば案外、プレイヤーとしては悪くない人生だったかもしれない。
NPC達と支え合ったり切磋琢磨しながら、ギルドを更に大きく成長させた。
ここにギルメンの仲間達がいないのを別とすれば。
悪くない。それだけでも収穫や報いと思わなければならないのかもしれない。
モモンガは荒野の空を遠く眺め、想う。
──ウルベルトさん、今あなたはどこにいるんですか?
問いかけても答えてはくれない。
問いかける権利など、モモンガにはない。
「モモンガ様?」
デミウルゴスが見つめてくる。
──あの時、何と言えば良かったのか。
「いや⋯⋯何でもない」
モモンガは、そっと目を伏せた。