百鬼夜行・桃色録   作:ウサギの化身

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幕開け

 

 

「─────先生!」

 

モモトークでアポを取ってやってきた百鬼夜行連合学院の2年、河和シズコ。眉を釣り上げ、顔を真っ赤にした彼女。猫を被ったいつもの素振りの一切を見せないまま、慌ただしい様子でオフィスのドアをくぐった。

 

にゃんにゃんのひとつもないなんて、珍しいこともあるんだな。そう思いながらコーヒーを啜った私は、手にしていた連邦生徒会からの書類を置く。

 

「やぁ、シズコ。お疲れ様」

「あっ、お疲れ様です、先生♡……じゃ、なくて!」

 

詰め寄ったシズコが控えめな力でダンと机を叩く。そしてすぐさまスマホの画面を私に向けて突き出した。

 

「これ、ちょっとみてくださいよ!」

「ん、どれどれ?」

 

画面にあるのはツーショットだ。左側には頬を赤らめつつも満面の笑みを浮かべるシズコ。そして右側には、そんな彼女に腕を抱かれて少し照れくさそうに笑う男の子の姿。

 

彼女の部員たちや和装の獣人たちの慌ただしい様子が伝わる背景を見るに、何かしらのお祭りの後だろうか。私にはなかったそれを紋所のように見せつけられても、あぁ、青春だなぁ、青い春だなぁ、初々しいなぁ、なんて言葉しか出てこない。

 

少し困る私だが、シズコは鼻息を荒らげるばかりで。

 

「これ、どう思います!?ちょっとありえないと思いませんか!」

「……う、うーん。どう思うかって言われても……」

「なんですか。ハッキリ言っちゃってくださいよ」

「……か、かわいくて、いいんじゃないかな……?」

「か、……かわいくないですよ!姉弟(・・)でありながら、こんな……こんな……っ!」

 

左手で再び机を叩くシズコ。それにしても今の写真と姉弟(・・)、一体なんの関係があったのだろうか。

 

不思議に思って首を傾げていると、私の様子を見て疑問に思ったのか、眉間に皺を寄せたシズコもまた何事かとスマホの画面を覗き込み。

 

「─────」

「……シズコ?」

「─────」

「お、おーい」

「─────ま、間違えました……っ」

 

しばらく固まったかと思えばわたわたとスマホをジャグリングし、これまで以上に真っ赤になった顔を両手で隠すシズコ。なるほど、間違えていたのならば道理で話が噛み合わないわけだ。

 

しかし流石は切り替えの上手いシズコ。2回3回と深呼吸をすると、ひとつ咳払いをすれば冷静を装った顔にはや戻り。再び画面を何度かスライドしてしっかりと確認をした上で、再びそれを突き出した。

 

「これ、こっちです!さっきのは、忘れてくださぃ……」

「これは……」

 

こちらもまたツーショット。1人は先程シズコが抱きついていた男の子。ダークレッドの髪に優しそうなタレ目。そして、私からするとかなりレトロな、それでいて百鬼夜行の雰囲気はよく合う書生スタイルが特徴的だ。

 

もう1人は女の子。真っ赤な髪に勝気そうなつり目。青い羽織の下には布地をどこへやったのやら、やたらと露出の多い白と赤のセーラー服を着た女の子だ。

 

仲良く写る2人の写真は、私もよく知る2人のもの。

 

「レンゲにイクサだね」

「そうです。百鬼夜行の有名人、不破姉弟です!」

 

百鬼夜行連合学院、百花繚乱紛争調停委員会幹部、不破レンゲ。同じく百鬼夜行連合学院、修行部部員、不破イクサ。2人はそれぞれの活躍と姉弟の仲睦まじい姿に、他校にまでとは言わないが、百鬼夜行連合学院区内においてはそこそこの有名人であった。

 

だが、この写真にはどうも違和感があって。

 

「……これ、どうしたの?」

「ど、どうしたのって……」

 

盗撮に見えるけど。その一言にシズコが大きく肩を震わせる。どうやら図星のようだ。

 

写真の構図は横から2人を撮ったもの。学院の花壇だろうか、いくつかの蕾が綻び始めた所をしゃがんで観察していたであろうイクサ。そしてその後ろからいたずらっぽく笑うレンゲが覆い被さるようにしてのしかかっている。

 

「その、写真自体は確かに盗撮ですけど、イクサくんには許可を貰っているので……」

「許可は貰ってるのね。なら、私は気にしないけど」

「だってほらぁ、これ見せたら食い気味に、素敵だぁ、って喜んでて……」

「あー」

「モモトークで1枚送った時の顔と言ったら、それはもう……」

 

すっと目を伏せるシズコの様子から、そのやり取りがありありと想像できる。きっと写真を見て恍惚としていただけなのだろう。

 

「あのシスコン(・・・・)、どうにか矯正できませんか?」

「矯正って言ってもね……」

「だってレンゲさんが絡むと明らかに風紀違反な顔するんですよ、イクサくん」

 

シスコン。シズコのその言葉は、イクサの1面を表すのにこれ以上なくピッタリな表現だった。

 

風紀よりも倫理的にアウトだなんて言葉は、いったい誰の口から聞いたのだろうか。周囲の人が微笑ましく見守る一方で、彼に身近な生徒はそんな彼の姿に何か(・・)を感じてしまう程なのである。

 

「そもそも、何なんですかこの距離感!先生もおかしいとおもいますよね!」

「……うーん」

 

怒り再燃、シズコが吠えた。

 

私個人としては姉弟ならば大したことではないのではと思う。しかし、教職に就く人間としてはいただけない距離感ではあるのかもしれない。

 

確かに私の見ている限りでも、あのふたりの身体接触は少し度を超えていると感じる時がある。ただ、それがイクサからではなくレンゲからのものばかり。尚且つ姉弟としては当たり前なのかもしれないが、お互いそこに性的ななにかを意識している様子は欠けらも無い。

 

いかにイクサがドがつくほどのシスコンで、レンゲを崇拝してことある事に流石は姉様と呟いて恍惚としているとはいえども、私がふたりの関係を注意するには弱すぎる。

 

「っもう。先生も煮え切らないですねぇ」

「そうは言ってもね……」

「1度ズバッと言っちゃってくださいよ。流石のイクサくんでも、先生からの言葉なら聞くはずですし」

「……シズコ」

「はい?」

「聞いてくれるなら、彼もう少し自重してるというか……」

「……あぁ、なるほど……」

 

思わず重たくなった言葉尻に、シズコは察してくれたようだ。

 

─────と言うのも、こうしてレンゲとイクサに関して相談を受けるのは初めてではないのである。

 

身体接触の激しいふたり。これが仲良し姉妹ならそこまで問題にならないが、キヴォトスで他に見た事のない男子生徒がやっているとなると話は変わってくる。

 

それに。

 

「シズコ、ちょっとこれを見てくれる?」

「?」

 

積み上がる書類の束の中、机の端に避けていた1枚を取り出してシズコへ渡す。受け取った書類の上から下までじっくり目を通し、そして。

 

「─────え、マジですか?」

「マジマジ。大マジだよ」

 

いつもの笑顔はなりを潜め、あまり見たことの無い複雑そうな表情を作るシズコ。少しシワの着いた書類を震える手から受け取った。

 

「百鬼夜行連合学院自治区内において匿名の通報や相談が複数寄せられた、ですか……」

「連邦生徒会、ヴァルキューレ警察学校、気になって聞いてみたら、陰陽部や百花繚乱紛争調整委員会にまで来てるんだって」

「そ、そこまでですか……?」

「うん。それも全て彼や彼に該当するものに関することばかりなんだって」

 

リンちゃんも頭抱えてたよ。そう零すとそれは先生のせいもあるのでは、なんてジト目のシズコに茶化される。

 

だが実際、いかに匿名と言えども通報や相談は無視することは出来ない。故に連邦生徒会はうちを、連邦捜査部“S.A.C.H.L.E”を頼ってその概要を書類に認めたのだろう。

 

「でもこんなものまで出てきて、どうしてなんの対応もないんですか?」

「それがね」

 

何故私が動けないのか。それは、内容のそのほとんどが事実かわからないものばかりだと言うのがミソなのである。

 

確かにシズコの相談のように、姉弟間とはいえ身体接触が多すぎるという内容ならばまだ理解はできる。しかしその実態は、殆どがとても事実とは信じ難い内容ばかりなのである

 

「“彼が女子生徒を組み伏せているのを見た”って聞いて、どう思う?」

「無理じゃないですか?あの子レンゲさんみたいな戦闘系でもなければ、割と普通に貧弱ですし」

「それに、そもそもそんなことをするタイプじゃないと思うだよね」

「むしろ組み伏せられてますしね」

「……だれに?」

「ミモリさんとか、ツバキさんとか」

「……あぁ、なるほど」

 

上背はあっても力はシズコたち非戦闘系の生徒とそこまで変わらない彼が、その性格からしても女子生徒を組み伏せていたと言われても、イマイチピンと来ない。それはシズコも同様なようで、これまたなんとも言えない顔で首をかしげた。

 

「“夜な夜な雑木林に小さな女の子を連れて入っていく”っていうのは?」

「雑木林……?」

「うん。しかもときどき悲鳴が聞こえてくるって」

「……ってそれ、カエデとイクサの悲鳴じゃないですか。悲鳴ならまぁ、女の子っぽく聞こえなくないですし」

「そういうこと。つまり連れ込まれてる側だよね」

「あー、そういえば、イクサは虫は嫌いだって言ってるのに、克服できるってカエデが連れ回してるって聞いたことある気が……」

 

カエデ、彼と同じ修行部の部員である彼女は趣味としてカブトムシを始めとした甲虫を捕獲している。恐らくその一場面をみたいものが勘違いしたか、もしくは悪意を持って作り出した内容だろう。

 

「え、まさか殆どそんな内容なんですか?」

「そうなんだよね」

 

彼がなにかをしていたらしい(・・・)。怪しいかもしれない(・・・・・・)。そんな内容ばかりなのだ。

 

「だからアタマが痛くなるばっかりでねぇ」

「それは、そうかもですね……」

「本当は私が直に見に行って調査するのが1番なんだけど……」

 

この仕事量だしね。私の机の上に積まれ、そしてオフィスを見渡せば、ほかのデスクの上にまで積まれた書類の摩天楼に辟易とする。この調子じゃ、まだまだゆっくりと百鬼夜行に向かうことはできそうにない。

 

どうしたものか。あまり先生(・・)という立場の人間としてこの不確定な事実を決めつけるのはいただけないが、私個人としてはこれらの行為は何かしらの悪意を持って行われていると、そう考えている。

 

それに、このままではイクサのあまり良くない噂が百鬼夜行に、それどころかキヴォトス全域に広まってしまう可能性も無くはない。

 

ふと、シズコが手を叩いた。

 

「それなら、私が様子を報告するのはどうですか?」

「……え?」

「ほら、私とイクサくんって何気に接点多いですから。……まぁ、ウミカとフィーナには口が裂けても言えませんけどね」

「それは、まぁ、ね」

 

だが、シズコもまた忙しい身のはず。百鬼夜行連合学院において大きな存在感を放つ“お祭り運営委員会”の委員長であり、百鬼夜行の人気店“百夜堂”の看板娘兼オーナーまで務めている。

 

確かに彼女のネームバリューを考えれば、調査結果の信ぴょう性はそれなりに通じるものがある。とはいえ、私と同じくその立場から日や頭を悩ませている彼女にそこまでお願いしてしまってもよいのだろうか。

 

そんな私の内心を気遣ってか、どんと胸を張ったシズコがニヤリと笑い。

 

「まかせてくださいよぉ。たかが彼ひとり見るなんて、そこまで疲れませんから」

 

ピーク時にお店のお客様全員を見るのに比べれば、なんておちょける彼女の姿に、自然と私の頬も緩む。

 

「なら、シズコにお任せしようかな」

「この河和シズコ、最善を尽くしましょう!」

「ふふっ、無理のない範囲で大丈夫だからね」

「それはもちろんですよぉ。先生よりかは、その辺心得ている自信がありますので」

「そうかな……そうかも……」

「そんなにひどいくま(・・)作って……。お化粧でも誤魔化せてないですよ」

「……そっか。恥ずかしいなぁ」

「恥ずかしがる暇があるならもっとしっかり寝てください」

 

愛くるしいお茶目な笑顔で、なかなかに痛いところをついてくる。少しの悪戯心をもって反撃した。

 

「なんだったら、これを口実に彼とお出かけしてもいいんじゃないかな」

「お出かけ、ですか」

「デートだよ。言わせないでよ、恥ずかしい」

「デッ、デートとか言わないでもらっていいですか!?」

 

パタパタと手で顔を仰ぐシズコ。流石にこれは仮面を被ったそれではなく、()でやっているのだろうか。

 

「とにかく、それじゃあシズコにお願いするよ」

「急に真剣になりますね……。はい、お任せください!」

「ふふっ、よろしくね」

 

きゅるんとポーズを決めたシズコに私はうなづいた。

 

ついでにシスコンも矯正してやります!なんて張り切る彼女を横目に、私は別の書類を手に取った。

 

「─────それじゃあ私は書類仕事に戻ろうかな。まだたーんまりと残ってるんだ」

「……す、少しお手伝いしますね」

「ありがとう、シズコ」

 

 

 

 

─────こうして、河和シズコによる“不破イクサ身辺調査”及び“シスコン矯正作戦”の幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 





性懲りも無く書いていくぅ。

あっ、高評価とか感想とか待ってます♡
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