百鬼夜行・桃色録   作:ウサギの化身

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お待たせしました……!


調査記録:イズナ

 

 

─────なーんて、気軽に受けおったのはいいけどぉ……。

 

百鬼夜行自治区の端の端、黄昏時のとある川の畔。私は引き受けてしまった先生の頼み事のことを思いながら歩いていた。

 

「彼の身辺調査かぁ」

 

当然、そんなことはしたことが無い。はてさて一体どうしたものかと焦る思いに、足元に落ちていた小石をひとつ、勢いよく蹴飛ばす。

 

「シスコンの矯正だって、できるのかなぁ……」

 

最悪、そっちは本当に無理かもしれない。そんな苦い考えが脳裏を過ぎる。彼に好意を寄せていると有名な副部長さんが未だに振り向かせられていない事実があるからだ。

 

そんな中、ころころ、ころころ。思ったよりも勢いのついた小石は、その丸みもあってどんどんと勢いづき、微かに砕ける欠片を散らして転がっていき。

 

「─────ん?」

「あっ」

 

やがて小石は橙色に染まる空をバックに佇む、ひとりの人の足に当たって止まる。

 

靴は百鬼夜行では珍しい洋風のもの。よく磨かれた黒いハイカットのブーツだ。段々と顔をあげるごとに、夕日に照らされるのは書生風の服装と私たちとは違ったがっしりとした身体つき。そして、彼の姉と同じ癖のあるダークレッドの髪。

 

「やぁ、シズコさん。奇遇だね、こんなところで」

「……イクサくん」

 

不破イクサ。百鬼夜行連合学院1年。修行部所属。胸中に渦巻き頭を悩ます悩みの原因。ぶらりとさげた右手に本を持った彼が、こちらを見てはへにゃりと笑っていた。

 

「そ、そっちこそ何してるの?」

 

こちらの焦りは隠しつつ、しかし慌てて飛び出た問いかけに、彼は至っていつも通りに語り出す。

 

「読書をしていたんだ、河原でね。さっきまで一緒だったんだけどね、イズナとさ」

「イズナと?」

「うん、そう。まだこの近くにいるんじゃないかな。駆けて行ったけど、そう遠くは離れていないはずさ」

 

相も変わらず癖のある話口調。しかしそこに、確かな違和感。だが、これはいいことを聞いたと心で思う。

 

久田イズナ。彼と同級生で、尚且つ仲のいい忍術研究部の彼女からなら、なにか話が聞けるはず。彼のことを聞き出すチャンスじゃないか。

 

「そっかぁ。よしっ。じゃあ、私もういくね!ちなみに、イズナってどっち向かった?」

「西の方へ、ずーっと。校舎の方じゃないかな、方角的に」

「ありがとね!」

「気を付けてくださいね、この河原。どうにも、よく滑るんです」

「ご忠告どうも。百夜堂にも、また顔だして欲しいにゃん♡」

「もちろんだよ、そのうちにね」

 

ばいばいと手を振る彼に愛想を振りまき、もちろん忘れずお店にも顔を出してね、なんてねだってみてから走り出す。目指すは校舎、イズナのところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────おーい、イズナー!」

 

 

 

 

遠くに見える人の影、本を読み河原を歩くその姿。間違いなく、彼だった。

 

「イクサ殿ー!」

「ん?」

 

─────久田イズナにとって、“彼”は大切な人であった。

 

彼はいつも私をみかけると、おおいと手を振ってくれる。私の指より大きくてするりと長くて、でも触ってみると意外と固くて少し力強い、そんな手だ。

 

そんな彼の姿につい昂って駆け寄ると、彼はふわりと笑う。お姉さんとは違う優しそうなタレ目をずっと細め、少し尖り気味の歯を見せて笑うのだ。

 

そして必ず挨拶とともにイズナと名を呼ぶ。彼特有の、他の誰よりもうんと低い声。今日はどうした。楽しそうだ。こうしてその後に続く彼の一言一句が、人一倍優れていると自負する耳をくすぐり、胸の内をもどかしくなぞっていく。

 

「やぁ、こんにちは。イズナ」

「こんにちは!奇遇ですね、イクサ殿はお散歩ですか?」

「少し、ね。気分転換だよ、ちょっとしたさ」

 

ぶるり、としっぽが震えて根元から一気に毛羽立つ。とくんとお腹が熱を持つ。あぁ、彼と一緒にいる時にだけ感じる、なんとも言えないこの腹持ち。どう表現したものか。

 

─────それにしても、暇、してるのかなぁ。

 

続けて一言、二言。平常をよそおうその内心は荒れていた。もし暇ならば、お時間頂戴してもいいのではなかろうか。幸いここに人気はない。ならば─────。

 

「─────っ」

「ん、どうかしたかい?」

「い、いえっ。なにも……」

「……ふふっ、変なイズナだね」

「たはは……」

「それで─────」

 

なんとか取り繕って、口から飛び出る話題はいつも通り。忍術研究部での活動や、クラスであった面白いお話。当たり障りのない、言い換えればなんてことのない日常のこと。だが、彼はそれを面白そうに聞いていて。時に頷き、笑ってくれる。

 

「─────そっか、賑やかで楽しそうだ、相変わらずね」

「イズナもそう思います!」

 

─────あぁ、この笑顔だ。

 

関わりの薄い子達に見せるいつもの張り付いた笑いではない。これは、この笑顔は私にだけ向けてくれている笑顔。

 

笑う度にぷるりとみずみずしい唇が揺れる。もう、目が離せない。できることならば今すぐにでもあの無防備な口元を奪ってみたい。

 

─────そうしたら、彼は一体どんな顔をするのだろうか。

 

驚くだろうか。それは当たり前だ。いきなり口付けをされれば誰だって驚く。なら、その次はどうだ。嫌な顔をするだろうか。好いてもいない相手からのそれは迷惑でしかないだろうし、それも当然の話だ。

 

受け入れてくれるだろうか。もし仮に、仮にの話ではあるが彼の好意が私に向いているのだとしたら。彼は、そのまま私のことを固く抱きしめてくれるのだろうか。彼の方からも、求めてくれるのだろうか。

 

─────ないとは、言いきれないのかもしれない。

 

「─────やっぱり僕、好きなんだよなぁ、君の笑顔が。楽しそうに笑うんだもん、本当に」

「イクサ殿……」

 

どんく。心臓がまたひとつ大きく鼓動をし始める。普段の彼らしくない言葉が、しかし私の心を大きく突き動かす。

 

─────やっぱりこれ、イズナのこと好きですよね。

 

早とちりかもしれない。勘違いかもしれない。そんな不安は欠けらも無い。もはや疑う余地などないとさえ思っている。間違いなく、彼は私のことが、久田イズナのことが好きなのだ。

 

なぜか、それはこれまでの行動がはっきりと物語っている。

 

人に囲まれているところをよく見る彼だが、その実ひっそりとひとりでいる時間は割と多い。

 

彼の姉上殿(・・・)を始めとした調停委員会の方がた、同じ部活の修行部のお仲間。はたまた、これまでに彼が関わったことのある女の子たちと友人の数はそれなりのもの。

 

だが、彼が大好きな読書を切り上げてこうして自分から話しかけに行くことなんて、彼の大好きな姉上殿が相手の時にしかまず見られない。

 

それに、この笑顔。きっと、これだけは私だけのものだ。

 

「そう言われると、照れてしまいます」

「恥じらうことはないよ。事実なんだからさ、僕が君の笑顔が好きなのは」

 

なんだか、今日は酷く積極的だ。

 

どんどんと力強く、そして早くなっていく胸の鼓動。呼応するように、腹の中がきゅーっと疼く。忍びとしてのイズナではなく、1人の女の子としてのイズナが、彼のことを恋い慕っているのだ。

 

平然とした顔で出てくる言葉。もはや告白と変わらぬその言葉たちに、きっと今日も、イズナは身を焦がすのだ─────。

 

「イクサ殿!」

「ん?」

「─────だーい好きです♡」

「そっか。嬉しいね、心底さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『─────イズナが?』

「ちょーっと、グレーゾーンかなぁって感じ」

 

夜、帳簿をつけながら先生との通話。ぼんやりとした先生の声にひとり頷く。

 

「なんというか、そういう時期(・・・・・・)っぽくてさ。話聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃいましたよ……」

『そういう……?』

「……察してください。言うのも恥ずかしいんですよ」

『……わかった。ごめんね』

 

やはりデリカシーに欠ける先生に向けてこれみよがしにため息をひとつ。

 

だが、本当に問題なのは彼の方で。

 

「なんか、前よりもタラシが板についたというか……」

『タラシ……』

「はい。前まで、あんな素振りなかったのになぁ……」

 

これまでの彼といえば、どちらかと言うと気弱でオドオドしていて、姉の背中に隠れているイメージが強い。

 

しかし、今日話した限りそんな印象はまるでない。

 

倒置法を多用する口調はそのまま。しかし、胸を張って背筋をただし、凛とした佇まい。その言葉運びにも淀みひとつ見られることはなく。

 

「なんだか、誰かと入れ替わってしまったみたいでした」

『そんなに……?』

「信じられないかもしれませんが……」

『……でも、例の噂とは合致するね』

「……あれですか」

 

─────卑しい笑みを浮かべ、なんぱ(・・・)をしている。

 

陰陽部に寄せられたという噂のひとつ。そう思い返すと、つーっと伸びた細めの彼がニヒルに笑うと、中々どうして卑しく、胡散臭く見えてしまった。

 

それにあの言葉運び。特にイズナへ向けられたものは、聞いている限り女を手玉に取るなんぱ男のそれで。

 

『……すこし、怪しいね』

「ですよね」

『彼は、そんなふうな子じゃなかったはずだ』

「はい。もっとおどおどしていて情けなくて姉の背中に引っ付いてばかりで、ここぞって時こそ頼りにならない、そんな子でした」

『……ちょっと言い過ぎじゃない?』

「そうですか?」

 

妥当な認識だと思ってはいたが、先生のそれとは少し違うらしい。そんな妙な差異よりも、先程から帳簿の気になる点が目について仕方がなかった。

 

「ごめんなさい先生。今夜の連絡、これで終わりでもいいですか?」

『大丈夫だよ。無理のない範囲でね』

「それは先生も一緒ですよ。まだ仕事してますよね」

『ぎくっ』

「口に出さないでくださいよぉ。それでは先生、お互いがんばりましょう!」

『うん、頑張ろうね、シズコ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────いいのかな、これで」

 

暗闇の中、ひとりごちる。誰もいない部屋で、当然誰からの返事が帰ってくる訳もなく。

 

「でも、決めたからね。強くなるって」

 

目を伏せれば、更に深い闇へ。当然、坐禅の姿勢を崩すことはなく。脳裏に浮かべるのは、最愛の姉の背中。

 

「姉様の誇れるような、弟に……!」

「─────ご飯ですよぉ!」

「……はぁい。いきまよ、いまぁ!」

 

そんなことより腹ごしらえだ。傍らに置いたリモコンで部屋に明かりをつけ、僕はみんなの声がする階下へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 





まぢお待たせしました!これからは最低月イチ更新で行きます!

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