宮益坂学園高校野球部録   作:taitake

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 シリーズ1作目です!原作改変要素がかなり強いのでご注意ください!


【注意書き】
※本作は『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』の二次創作です。
※『宮益坂女子学園高校』が『宮益坂学園高校』として共学化した世界線です
※原作の「音楽」を「野球」に置き換えた、大幅な世界観改変を含みます。
※オリジナル主人公が物語の中心人物として登場します。
※一部キャラクターの立場・経歴・人間関係・時系列は、本作独自の設定に再構成しています。
※原作に登場しないオリジナルキャラクターが複数登場します。
※原作のキャラクター性や関係性の芯を大切にしつつ、独自解釈を多く含みます。
※作中にはシリアスな展開、重めの過去描写、原作とは異なる成長や葛藤の描写があります。
※以上の要素が苦手な方はご注意ください。


第1話 神谷迅と穏やかな日常

 

 

 

 

 

 

 

第一章           

  始動!宮益坂学園高校野球部!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七月。

 まとわりつくような湿気を含んだ風が、街路樹の青葉を大きく揺らして通り抜けていく。

 梅雨明けにはまだ数日あるらしいが、空はもうすっかり夏の色をしている。雲ひとつない青が視界の端から端まで広がっていて、アスファルトの照り返しが目に痛い。

 けたたましく鳴り響く蝉の合唱をBGMに、俺──神谷迅は、宮益坂学園へと続くゆるやかな坂道を登っていた。

「あ、ねえねえ! 今日の放課後、駅前の新しいクレープ屋さん行かない?」

「行く行くー! あそこ気になってたんだよね」

「えー、でも私今日日直だから遅くなるかも」

「じゃあ待ってるよ! 今度こそ全種類制覇しようね!」

 俺の前を歩く女子生徒の集団が、キャッキャと華やかな声を上げている。

 今年度から共学化したばかりのこの学園は、まだどこか落ち着かない空気に包まれていた。元女子校ということもあり、すれ違う生徒の割合は圧倒的に女子が多い。男子生徒たちは、その華やかな空気に気圧されて肩身を狭くしているか、あるいは露骨に浮き足立ってソワソワしているかの二択だ。

 まあ、気持ちはわからなくもない。前を歩く集団だけ見ても、花畑の中に迷い込んだみたいな心地になるのは確かだ。

 校門をくぐると、昇降口までの短い並木道に朝の陽射しが降り注いでいた。木漏れ日の隙間を縫うように、あちこちから活気に満ちた笑い声が聞こえてくる。部活の朝練に向かう者。友達と週末の予定を話し合う者。カバンからはみ出した漫画を見せ合って盛り上がっている者。

 どこを見渡しても、絵に描いたような『青い春』がそこには広がっていた。

 ──平和なこった。

 そう内心で短く毒づきながら、俺は自分の下駄箱を開けてローファーから上履きへと履き替える。

 別に嫌味で言っているわけじゃない。平和なのは良いことだ。ただ、その眩しさに自分を照らし合わせるつもりがないだけで。

 俺がこの宮益坂学園に通っている理由は、キラキラした高校生活を謳歌するためでも、共学化の恩恵にあずかるためでもない。

 理由はただ一つ──『特待生として学費を免除される』からだ。ありがたいことに、幸い学力にはある程度の余裕があった俺はこの私立高校に教育費をほぼ払わなくても進学できた。

 成績をきっちり上位で維持し、素行不良などの問題を起こさず、放課後はひたすらバイトに明け暮れて生活費を稼ぐ。華やかさのかけらもないが、それが俺に課せられた高校生活のすべてだった。

 上履きに足を入れ、つま先をトンと鳴らした時、ふと視界の隅でグラウンドの土が風に舞うのが見えた。

 朝練をしている運動部だろう。威勢のいい掛け声と、ボールの弾む乾いた音がここまで響いてくる。白い砂埃がキラキラと朝日に照らされて、一瞬だけ光のカーテンのように揺れた。

 ──グラウンド、か。

 足が、ほんの一瞬だけ止まった。

 昔は俺も、あんな風に泥だらけになって、夢中で何かを追いかけていた気がする。太陽の下で息を切らして、ただ無条件に熱くなれるものがあった。

 だが、それはもう過去の話だ。振り返る意味もなければ、立ち止まる余裕もない。

 今の俺には、今の俺のやるべきことがある。

 俺はグラウンドから視線を外し、喧騒に包まれた校舎の中へと足を踏み入れた。

 

 

    *

 

 

「じんくんはっけーん!」

 昼休み。教室の自分の席で、購買で買った安くて量の多いコッペパンの袋を開けようとした瞬間、ひときわ明るい声が鼓膜を揺らした。

 声の方向なんて確認するまでもない。この学園で──いや、おそらくこの世界で、俺のことを「じんくん」と呼ぶ人間は一人しかいない。

 顔を上げると、案の定、満面の笑みを浮かべた天馬咲希が、俺の机の前にバンッと両手をついて陣取っていた。

「お前な、少しは静かに──」

「もー、じんくん!またそんな適当なお昼ご飯食べてる!育ち盛りなんだから、もっと栄養あるもの食べなきゃ駄目だよ!はい、アタシのおかず分けてあげる!」

 俺の言葉が終わるのを待ちもしない。咲希は自分の弁当箱から色鮮やかな卵焼きを、箸で器用につまみ上げ、俺のタッパー(昨晩の残り物をただ詰めただけのもの)へと強引に移し替えてくる。

 いや、人の弁当に勝手に追加するな。これはこれで俺なりの完璧な栄養バランス……とは到底言えないが、量は足りている。

「咲希ちゃんの言う通りだよ。迅くん、ちゃんと野菜も食べないと駄目だよ? はい、これお裾分け」

 咲希の後ろから、ふわりと穏やかな空気をまとった望月穂波が現れた。困ったような、けれど母親のように優しい微笑みを浮かべて、プチトマトとほうれん草の胡麻和えをタッパーに追加してくる。

 ……俺のタッパーが他人のおかずで侵食されていく。もはや原形を留めていない。

「いや、俺は別にコッペパンだけで──」

「……あんた、特待生だからって無理しすぎじゃない?栄養失調で倒れられても迷惑なんだけど」

 さらにその後ろから、腕を組んでそっぽを向いた日野森志歩が、呆れたような低い声で言葉を投げつけてきた。

 口調こそぶっきらぼうで刺々しいが、こちらを横目で窺う視線には隠しきれない心配の色が滲んでいるのが、長い付き合いの俺には丸わかりだった。素直になれないお前のそういうところ、そろそろ周りにもバレてるぞ。

「迅、お茶飲む?」

 そして最後に、星乃一歌が静かに水筒を差し出してきた。一見するとクールそうに見えるが、こいつは誰よりも友達想いのいい奴だ。…………焼きそばパン狂信者であることには触れないでおこう。

「いや、お茶は自分で持ってきてるから大丈夫だ。──つーか、お前ら自分の席で食えよ」

「えーっ、いいじゃん! みんなで食べた方が絶対美味しいよ!」

 咲希が屈託なく笑い、周囲の空いている椅子を勝手に引き寄せて座り始める。それに釣られるように、一歌、穂波、志歩の三人も俺の机を囲むように陣取った。拒否権は最初からなかったらしい。

 こうして幼馴染四人に囲まれて昼飯を食うのは、高校に入ってからすっかり日常の風景になっていた。

 教室の他の男子生徒たちが、羨望と嫉妬の入り混じった目でチラチラとこちらを見ているのがわかる。──わかるが、知らん。こっちだって別に望んでこうなっているわけではない。

「それでねっ、昨日お兄ちゃんが急に大きな声で歌い出しちゃってさー! もうほんとびっくりしたんだから!」

「ふふっ。司さん、相変わらず元気だね」

「元気っていうか、ただの近所迷惑でしょ」

「でも咲希は楽しそうだし、いいんじゃないかな」

 咲希のハイテンションな話題振りに、穂波が柔らかく相槌を打ち、志歩が呆れ半分でツッコミを入れ、一歌が静かにまとめる。

 完璧なバランスで回っていく四人の会話。俺はそれに適度な相槌を打ちながら、押し付けられた卵焼きを口に運んだ。──甘めの味付け。咲希が作ったのか、司さんが作ったのか。どちらにせよ、悪くない。

 中学時代、病室のベッドの上で一人ぼっちで満足に学校にも通えなかった咲希。その咲希が今、こうして当たり前のように教室にいて、友達と笑い合っている。

 この光景は嫌いじゃない。むしろ、ずっと見ていたいとすら思う。俺のバイト漬けの生活に少しだけ潤いを与えてくれる、ひだまりのような時間だった。

「ねぇねぇ、聞いてよみんな!」

 ふと、弁当を食べ終えた咲希が、キラキラした目で身を乗り出した。

「アタシね、高校生活、もっとみんなで青春しよっ! って思ってるんだ!」

「青春……?」

 穂波が小首を傾げる。

「そう! 中学の時、あんまりみんなと遊べなかった分、高校ではいーっぱい思い出作りたいの! 放課後みんなでどっか行ったり、何か一緒に始めたり! これぞ青春って感じのこと、したいんだよね!」

 咲希の瞳が、窓から差し込む午後の陽射しを跳ね返すみたいに輝いている。

「咲希がそう言うなら、私は何でも付き合うよ」

 一歌が、少しだけ口元を緩めて頷いた。

「わたしも。みんなで一緒にいられるなら、なんでも楽しいと思うな」

 穂波も優しく微笑む。

「……はぁ、咲希は言い出したら聞かないんだから。……別に、付き合ってあげないこともないけど」

 志歩はそっぽを向きながらも、唇の端がわずかに上がっていた。隠す気あるのか、それ。

 四人の間に、温かくて眩しい空気が流れる。

 俺の席を中心に広がっているはずなのに、彼女たちだけで完結している──そんな、小さな太陽みたいな円がそこにあった。

「じんくんも! じんくんも一緒に青春しよっ!」

 咲希が、その円の中に俺を引っ張り込もうとするみたいに、真っ直ぐに俺を見て笑いかけてくる。

 その純粋な笑顔に、俺はほんの少しだけ視線を逸らした。

「……そうだな。お前らは存分に楽しめ。俺はバイトがあるからな」

「えーっ、じんくんは一緒にやらないの?」

 咲希が少しだけ唇を尖らせる。

「物理的に無理だろ。放課後は毎日シフトが入ってるんだ」

 これは事実だ。決して嘘ではない、のだが。

 一歌だけが、そのまっすぐな瞳で俺の顔をじっと見つめていた。何かを探るような、それでいて問い詰めるわけでもない、静かな眼差し。

 その視線に少しだけ居心地の悪さを覚えて、俺は食べ終えたタッパーを鞄に押し込んだ。

「悪い、そろそろ昼休み終わるな。俺は図書室で次の時間の予習してくるよ」

「あ、じんくん!」

 廊下に出ると、窓の外から部活の掛け声がうっすらと聞こえてきた。

 彼女たちの時間は、確実に前へ進んでいる。だが、俺の日常は今のままで十分だ。あの真っ白な円の中に入ることは──今の俺には、想像もつかなかった。

 

 

     *

 

 

「お疲れ、迅! 今日も手際いいねー!」

 放課後。カフェ『WEEKEND GARAGE』のカウンターで、洗い終わったグラスを布巾で拭き上げていると、背中をバンッと景気よく叩かれた。

「……痛いな。杏、少しは手加減ってものを覚えろ」

 ため息混じりに振り返ると、店の看板娘である白石杏が、腰に手を当ててニカッと笑っていた。

 おそらく、こいつの辞書に『手加減』という言葉は載っていない。

「あんたがひ弱すぎるだけでしょ!男なんだからもっとシャキッとしなさいよ!」

「俺は十分シャキッとしてる。お前が野生児すぎるだけだ」

「なっ、野生児って言った!? ちょっと父さーん! 迅がまたあたしのことバカにするんだけど!」

 厨房の奥でコーヒー豆を焙煎している謙さんに、杏が抗議の声を上げる。しかし謙さんは「ハッハッハ、仲が良くていいことだ」と笑って取り合わない。

 謙さんはこの店の店長で俺の雇い主であり、杏の父親だ。謙さんはこのカフェを経営する前、プロ野球選手だった。15年間同じ球団に三塁手として在籍し、そのカリスマ性で長い間チームの攻守を支えていたんだとか。引退後にこの『WEEKEND GARAGE』を開き、現在まで知る人ぞ知る名店の店主として、街の憩いの場を作り続けている。元プロ野球選手とは思えない穏やかさは、この店の空気そのものだった。

 学校から直行し、制服からエプロンに着替えて働くこの時間は、案外気に入っている。学校で漂う『青春を楽しまなきゃ損』みたいな無言の圧力から解放されて、ただ目の前の仕事に集中すればいい。注文を取って、コーヒーを淹れて、グラスを磨く。シンプルで、余計なことを考えなくていい。

 カラン、とドアベルが小さく鳴った。

「あ、あの……杏ちゃん、迅くん、お疲れ様……」

 入り口から、おどおどとした声が聞こえる。

 振り向くと、宮益坂の制服を着た小柄な少女──小豆沢こはねが、ドアに片手をかけたまま、不安げに店内を見回していた。同じ学校の一年生で、杏の親友だ。

「おっ、こはね! いらっしゃい!」

 杏がパッと顔を輝かせ、カウンターを飛び出してこはねの元へ駆け寄る。

「いらっしゃい。こはね、いつもの席空いてるぞ」

 俺が声をかけながら手早くグラスに水を注いでテーブルに置くと、こはねはビクッと肩を揺らして、それからペコリと頭を下げた。

「あ、ありがとう……迅くん」

「別に。仕事だからな。今日は杏に会いに来たのか?」

「うん、ちょっと……話したいことがあって……」

 こはねがもじもじと指先を絡ませる。すると杏が、こはねの隣にドカッと座り、ニッと笑ってその背中をポンと叩いた。

「ほら、こはね! もっと自信持ちなよ! こはねなら絶対やれるって!」

「ひゃっ!? 杏ちゃん、急にやめてよぉ……」

 涙目で抗議するこはねと、豪快に笑う杏。対照的な二人だが、この店でよく見るいつもの光景だ。こはねは内気で声も小さいが、杏と一緒にいると少しだけ声のトーンが上がる。相性がいいのだろう。

「迅もさー、いっつもバイトばっかしてないで、たまには遊べばいいじゃん。高校生なんだからさ」

 ふと、杏が俺の方を向いて言った。カップを洗う手を止めることなく、俺は淡々と返す。

「遊ぶ金も暇もねぇよ。俺には養わなきゃならない妹がいるんでね」

「出た出た、迅の妹バカ。あんた、ほんと妹さんのことになると目の色変わるよね」

 杏が呆れたように肩をすくめる。うるさい、過保護で結構だ。

「……迅くんって、いつもすごいね……」

 こはねが、小さな声でポツリと言った。小さくて消えそうだったけれど、静かな店内にはしっかり届いた。

「そうか? ただの労働だ」

 俺は表情を変えずに返し、再びグラスを磨き始める。

 杏のサバサバした直球も、こはねの控えめな言葉も、心地よい。学校とは少し違う、この適度な距離感が、今の俺には一番性に合っていた。

 

 

     *

 

 

 夜九時過ぎ。

 バイトのシフトを終え、自宅までたどり着いたとき、隣の家の前に見慣れたシルエットが立っているのが見えた。

 俺の部屋の隣のドアの前に、ぼんやりと佇む小柄な影。夏の夜特有の生ぬるい風が、その緑色の髪を揺らしている。

「……おそい。こんな時間までバイト? バカじゃないの」

 俺の足音に気づいた草薙寧々が、腕を組んだまま、ジト目でこちらを睨みつけてきた。

「お前にバカって言われる筋合いはないんだが。夜更かししてゲームばっかやってる奴に」

「……別に、ゲームは頭の体操だし。あんたみたいに、ただ体力削って働いてるのとは訳が違うから」

 相変わらずの減らず口だ。ていうか頭の体操って言い訳になってないからな。

 草薙寧々。俺の隣に住んでいる幼馴染で、極度の人見知り。学校ではほとんど誰とも話さないくせに、俺に対してだけは妙に遠慮がないというか──毒舌に磨きがかかっている。まあ、小さい頃からの腐れ縁というやつだ。

 だが、人通りの多い場所が苦手で、基本的にインドア派の寧々が、わざわざこんな時間に外に出ている理由なんて、だいたい決まっている。

「で? 鍵でも落としたか? それとも、親が留守で締め出されたとか」

「……っ! ち、違うし! ただ、ちょっと夜風に当たりたかっただけだから!」

 声が少し裏返った。図星だったか──いや、たぶんどちらでもないのだろう。寧々の耳が、通路の蛍光灯に照らされてうっすらと赤くなっているのが見えた。

「そうかよ。まあ、夏風邪は馬鹿が引くっていうからな、気をつけろよ」

 それ以上は追及せずに、俺は自分の部屋のドアノブに手をかけた。

 その時、背後からポツリと、消え入りそうな声が聞こえた。

「……あんまり、無理しないでよね」

 振り返ると、寧々はすでに自分の家のドアを半分開けて、こちらに背を向けていた。

「……また倒れたりしたら、承知しないから」

 バタン、と遠慮のない音を立ててドアが閉まる。

 残されたのは、蒸し暑い夏の夜風と、遠くの幹線道路を走る車の微かなエンジン音だけだった。

「……はいはい。わかってるよ」

 誰にも聞こえない声で返して、俺は小さく息を吐いた。

 素直に心配してると言えばいいものを。──まあ、それを言ったら寧々は寧々じゃなくなるか。

 口元がわずかに緩むのを自覚しながら、俺は自分の部屋の扉を開けた。

 

 

     *

 

 

「お兄ちゃん、おかえりなさい!」

 玄関のドアを開けた瞬間、パタパタという軽い足音が廊下に響いて、小さな体が俺の腰元に飛び込んできた。

「ただいま、怜。退屈じゃなかったか?」

 ──自分でもわかるほどに、声が変わる。

 学校での一歩引いた特待生の顔も、バイト先での完璧な店員の顔も、寧々との軽口の顔も、全部まとめて剥がれ落ちていく。

「ううん、お兄ちゃんが帰ってくるの待ってたから」

 夏沢怜。俺の義妹だ。血は繋がっていない。親父が再婚した時に家族になった、今年中学生になった女の子。

 その事実に、何ひとつ関係なく──この世で一番大切な存在だ。

「遅くなって悪かったな。お腹空いてるだろ?すぐご飯にするから」

「やった!今日のご飯なに?」

「怜が好きなオムライスだ。冷蔵庫の余り物だけどな」

「ほんと!?お兄ちゃんのオムライス、大好き!」

 怜がぱぁっと顔を輝かせるのを見て、俺は手洗いうがいを済ませてキッチンに立った。

 昨日の残りのご飯を温め直し、鶏肉と玉ねぎを刻んでフライパンに放り込む。ケチャップで味を整えたチキンライスを丁寧に形作り、薄く焼いた卵でふわりと包み込む。仕上げにケチャップで怜の好きなウサギの顔を描いて──完成。

 特技と呼べるかはわからないが、家事全般は完全に板についていた。というか、板につかざるを得なかった。

 リビングのテーブルに向かい合って座る。

 怜が「いただきます」と手を合わせて、嬉しそうにスプーンを動かし始めた。一口食べるたびに「おいしいっ」と顔をほころばせる怜を見ていると、バイトの疲れなんて嘘みたいに軽くなる。

「お兄ちゃん、今日学校楽しかった?」

 ケチャップを口の端につけたまま、怜がふと顔を上げた。

「……まぁ、普通だよ」

 微笑みながら、テーブルの上のティッシュを取って怜の口元を拭ってやる。

「怜はどうだった? 学校、楽しいか?」

「うん!今日ね、美術の時間に絵を描いたの!ウサギさん!」

「……そうか、それは良かったな」

 身振り手振りを交えて、今日一日の出来事を楽しそうに話す怜。友達と何をしたとか、先生が面白いことを言ったとか、給食のプリンが美味しかったとか。

 その屈託のない声を聞きながら、俺は静かに頷き続ける。

 この子が、明日も明後日も、こうやって笑っていてくれるなら。

 俺が背負っているものなんて、全部、安いものだ。

 

 ──食後、歯磨きを済ませた怜を寝室へと促す。

「お兄ちゃん、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

 怜が寝室へ入ったのを見届けると、俺は自室に戻り、窓を開けた。

 都会の夜空に、星はほとんど見えない。それでも夏の夜風はそれなりに心地よくて、火照った体を少しだけ冷ましてくれる。

 ──『じんくんも一緒に青春しよっ!』

 昼休みに見た、咲希の笑顔が脳裏に浮かんだ。

 あの眩しさ。あの、まっすぐさ。

「……青春、ね」

 小さく呟きながら窓枠に腕をかけ、頬杖をつく。

 俺にだって、ないわけじゃなかった。グラウンドで泥だらけになって声を枯らして仲間と同じゴールを目指す、そんな時間が。

 だが、それは遠い昔のことだ。遠い、昔の。

 今の俺には、この穏やかな日常がある。

 これ以上、何を望む必要があるのだろう。

 窓を閉め、カーテンを引く。

 机の上に積まれた参考書の山を横目に、俺はベッドに身を投げた。

 俺の高校生活は、きっとこのまま、何事もなく平穏に過ぎていく。

 ──そう、この時の俺は本気でそう思っていた。

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

 

オリキャラ紹介【第1弾】

 

神谷 迅(かみや じん)

PROFILE

性別:男性

年齢:15歳

誕生日:11月22日

身長:173cm

学校:宮益坂学園高校

学年:1-C

利き腕:右投両打

ポジション:???

好きなもの:オムライス、かわいい動物、義妹

特技:家事、労働

苦手なもの・こと:贅沢、休暇、ホラー

 

 本作の主人公。今年度から共学化した宮益坂学園の男子生徒。普段は気だるげでやる気がなさそうだが、成績優秀な特待生。家が貧乏なため、日々バイトに明け暮れている。

 

 

 

 

夏沢 怜(なつさわ れい)

PROFILE

性別:女性

年齢:12歳

誕生日:2月22日

立ち位置:迅の義妹

好きなもの:甘いもの、義兄

特技:人の感情の変化に気づくこと

苦手なもの・こと:ひとりぼっち

 

 中学生になったばかり迅の義妹で、迅によく懐いている。迅とは血がつながっておらず、迅が8歳、怜が5歳頃に連れてこられた。現在はわけあって迅と2人暮らしをしている。

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