怪獣対巨大ロボット〜リベンジ・オブ・オールドボーイ〜   作:アイアイホイホイおさるさん

1 / 10
第1話「英雄の終わり」

 最初にそれが現れたとき、人々はただ呆然と空を見上げるしかなかった。

 雲を割って姿を現した巨体。

 地響きを伴って降り立つその存在は、あまりにも現実離れしていて、誰もがそれを“現実”として認識するのに数秒の遅れを要した。

 やがて、その数秒が取り返しのつかない時間であったことを、人類は知る。

 

 ――ホグラン。

 

 後にそう名付けられるその怪獣は、豚に似た醜悪な顔を持ち、全長六十メートル近い体躯を誇っていた。丸太のような四肢で地面を踏みしめるたび、舗装は砕け、建物は基礎から軋んだ。

 そして、何より。

 

「――――ブォオオオオオ!!」

 

 その鳴き声は、恐怖そのものだった。

 低く、重く、鼓膜ではなく内臓を揺らすような振動。人々はそれだけで逃げ出した。逃げるという本能が、理性を完全に凌駕した。

 街は、瞬く間に崩壊した。

 車は放置され、信号は意味を失い、人々は押し合いへし合いながら出口を求める。だが出口などない。巨大な存在の前では、都市という構造物はただの障害物に過ぎなかった。

 踏み潰されるビル。

 押し潰される人間。

 それでも、誰も止めることはできなかった。

 

 ――その時までは。

 

 空気を裂くような音が響いた。

 それはヘリでも戦闘機でもない。もっと鈍重で、しかし確かな質量を持った音。

 

 巨大な影が、煙の向こうに立ち上がる。

 ドラム缶のような胴体。

 そこから無骨に突き出した腕と脚。

 あまりにも無骨で、あまりにも機械的なその姿は、洗練とは無縁だった。だが、その不格好さこそが、人々に奇妙な安心感を与えた。

 人間が作ったものだ、と。

 対抗できる存在だ、と。

 

 それが――マサムネ1号だった。

 

 コックピットの中で、金城聖人は深く息を吸った。

 まだ14歳。

 だが、その手は震えていなかった。

 

「……行くぞ」

 

 短く呟く。

 モニターに映るのは、街を破壊する怪獣の姿。そして、その向こうに広がる避難しきれていない人々の群れ。

 逃げ遅れた人間がいる。

 その事実だけで、彼の中の迷いは消えていた。

 操縦桿を握る。

 機体が応答する。油圧のうなり。関節の駆動音。すべてが彼の意志に従って動く。

 父が作った機械。

 自分のために作られた機械。

 そして――人を守るための機械。

 

「マサムネ1号、出る!」

 

 巨体が前進する。

 一歩踏み出すごとに地面が揺れ、瓦礫が跳ねる。その重さは三千トン。しかし、聖人の感覚ではそれは自分の身体の延長に過ぎなかった。

 ホグランが振り向く。

 小さな目が、機械を捉える。

 そして――咆哮。

 

「ブォオオオオオ!!」

「来いよ……!」

 

 聖人は叫んだ。

 恐怖はあった。だが、それ以上に強いものがあった。

 ――守る。

 その意思だけが、彼を動かしていた。

 ホグランが突進する。

 大地を抉りながら迫る巨体。質量の暴力。その一撃をまともに受ければ、マサムネ1号とて無事では済まない。

 だが。

 

「――遅い!」

 

 聖人は操縦桿を引いた。

 マサムネ1号が横へとステップする。巨体とは思えない動きだった。だがそれは、聖人の反応速度と機体の単純構造が生み出す“無理の効く動き”だった。

 すれ違いざま。

 拳を叩き込む。

 鈍い音が響いた。

 ホグランの顔面が歪む。肉が波打ち、牙が砕ける。

 

「効いてる……!」

 

 手応えがあった。

 機械の拳が、生身の怪獣に通じている。

 その事実は、聖人にさらなる確信を与えた。

 

「もう一発だ!」

 

 連打。

 右、左、右。

 無骨な拳が、ただひたすらに叩き込まれる。洗練された技術などない。ただの暴力。しかしそれは、怪獣と戦うには十分だった。

 ホグランが反撃する。

 太い腕が振り下ろされる。

 直撃。

 マサムネ1号の肩が大きく揺れた。警告音が鳴る。

 

「っ……!」

 

 だが、倒れない。

 踏みとどまる。

 

「まだだ……!」

 

 聖人は歯を食いしばった。

 痛みはない。だが衝撃はある。機体越しに伝わる振動が、骨の奥まで響く。

 それでも、彼は前に出た。

 守るために。

 戦うために。

 

「終わりだああああ!!」

 

 全身の力を込めた一撃。

 マサムネ1号の拳が、ホグランの喉元にめり込む。

 鈍い破裂音。

 そして。

 ホグランの動きが止まった。

 ゆっくりと、崩れ落ちる巨体。

 地面が揺れ、粉塵が舞い上がる。

 

 静寂。

 ほんの数秒の、完全な静寂。

 その後――

 歓声が、爆発した。

 人々が叫ぶ。

 泣きながら、笑いながら、互いを抱きしめながら。

 助かった、と。

 生き延びた、と。

 

 そして、その中心にいたのは――

 マサムネ1号。

 そして、その中にいる少年だった。

 

 金城聖人。

 彼はその日、英雄になった。

 だが。

 英雄という存在は、長く続かない。

 それを聖人が知るのは、そう遠くない未来のことだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。