怪獣対巨大ロボット〜リベンジ・オブ・オールドボーイ〜 作:アイアイホイホイおさるさん
最初にそれが現れたとき、人々はただ呆然と空を見上げるしかなかった。
雲を割って姿を現した巨体。
地響きを伴って降り立つその存在は、あまりにも現実離れしていて、誰もがそれを“現実”として認識するのに数秒の遅れを要した。
やがて、その数秒が取り返しのつかない時間であったことを、人類は知る。
――ホグラン。
後にそう名付けられるその怪獣は、豚に似た醜悪な顔を持ち、全長六十メートル近い体躯を誇っていた。丸太のような四肢で地面を踏みしめるたび、舗装は砕け、建物は基礎から軋んだ。
そして、何より。
「――――ブォオオオオオ!!」
その鳴き声は、恐怖そのものだった。
低く、重く、鼓膜ではなく内臓を揺らすような振動。人々はそれだけで逃げ出した。逃げるという本能が、理性を完全に凌駕した。
街は、瞬く間に崩壊した。
車は放置され、信号は意味を失い、人々は押し合いへし合いながら出口を求める。だが出口などない。巨大な存在の前では、都市という構造物はただの障害物に過ぎなかった。
踏み潰されるビル。
押し潰される人間。
それでも、誰も止めることはできなかった。
――その時までは。
空気を裂くような音が響いた。
それはヘリでも戦闘機でもない。もっと鈍重で、しかし確かな質量を持った音。
巨大な影が、煙の向こうに立ち上がる。
ドラム缶のような胴体。
そこから無骨に突き出した腕と脚。
あまりにも無骨で、あまりにも機械的なその姿は、洗練とは無縁だった。だが、その不格好さこそが、人々に奇妙な安心感を与えた。
人間が作ったものだ、と。
対抗できる存在だ、と。
それが――マサムネ1号だった。
コックピットの中で、金城聖人は深く息を吸った。
まだ14歳。
だが、その手は震えていなかった。
「……行くぞ」
短く呟く。
モニターに映るのは、街を破壊する怪獣の姿。そして、その向こうに広がる避難しきれていない人々の群れ。
逃げ遅れた人間がいる。
その事実だけで、彼の中の迷いは消えていた。
操縦桿を握る。
機体が応答する。油圧のうなり。関節の駆動音。すべてが彼の意志に従って動く。
父が作った機械。
自分のために作られた機械。
そして――人を守るための機械。
「マサムネ1号、出る!」
巨体が前進する。
一歩踏み出すごとに地面が揺れ、瓦礫が跳ねる。その重さは三千トン。しかし、聖人の感覚ではそれは自分の身体の延長に過ぎなかった。
ホグランが振り向く。
小さな目が、機械を捉える。
そして――咆哮。
「ブォオオオオオ!!」
「来いよ……!」
聖人は叫んだ。
恐怖はあった。だが、それ以上に強いものがあった。
――守る。
その意思だけが、彼を動かしていた。
ホグランが突進する。
大地を抉りながら迫る巨体。質量の暴力。その一撃をまともに受ければ、マサムネ1号とて無事では済まない。
だが。
「――遅い!」
聖人は操縦桿を引いた。
マサムネ1号が横へとステップする。巨体とは思えない動きだった。だがそれは、聖人の反応速度と機体の単純構造が生み出す“無理の効く動き”だった。
すれ違いざま。
拳を叩き込む。
鈍い音が響いた。
ホグランの顔面が歪む。肉が波打ち、牙が砕ける。
「効いてる……!」
手応えがあった。
機械の拳が、生身の怪獣に通じている。
その事実は、聖人にさらなる確信を与えた。
「もう一発だ!」
連打。
右、左、右。
無骨な拳が、ただひたすらに叩き込まれる。洗練された技術などない。ただの暴力。しかしそれは、怪獣と戦うには十分だった。
ホグランが反撃する。
太い腕が振り下ろされる。
直撃。
マサムネ1号の肩が大きく揺れた。警告音が鳴る。
「っ……!」
だが、倒れない。
踏みとどまる。
「まだだ……!」
聖人は歯を食いしばった。
痛みはない。だが衝撃はある。機体越しに伝わる振動が、骨の奥まで響く。
それでも、彼は前に出た。
守るために。
戦うために。
「終わりだああああ!!」
全身の力を込めた一撃。
マサムネ1号の拳が、ホグランの喉元にめり込む。
鈍い破裂音。
そして。
ホグランの動きが止まった。
ゆっくりと、崩れ落ちる巨体。
地面が揺れ、粉塵が舞い上がる。
静寂。
ほんの数秒の、完全な静寂。
その後――
歓声が、爆発した。
人々が叫ぶ。
泣きながら、笑いながら、互いを抱きしめながら。
助かった、と。
生き延びた、と。
そして、その中心にいたのは――
マサムネ1号。
そして、その中にいる少年だった。
金城聖人。
彼はその日、英雄になった。
だが。
英雄という存在は、長く続かない。
それを聖人が知るのは、そう遠くない未来のことだった。