怪獣対巨大ロボット〜リベンジ・オブ・オールドボーイ〜 作:アイアイホイホイおさるさん
英雄という言葉には、賞味期限がある。
少なくとも、金城聖人にとってはそうだった。
ホグラン討伐から数ヶ月。
街は復興し、メディアは“奇跡の少年パイロット”を連日取り上げていた。
テレビ番組、雑誌、特集記事。どこを見ても、聖人の顔があった。
だが、その渦中にいる本人は、どこか現実感を持てずにいた。
「すごいな、お前」
研究所の通路で、職員の一人が声をかけてくる。
軽い調子だったが、その目には本物の敬意があった。
「いや……別に」
聖人は曖昧に答えた。
褒められることに慣れていなかったし、そもそも、自分が特別なことをしたという感覚がなかった。
やったのはただ一つ。
目の前の怪獣を殴り倒しただけだ。
それがたまたま“人を救う行為”だっただけで。
「また出るかもしれないらしいぞ、怪獣」
「……そうですか」
「そしたら、また頼むぞ。ヒーローさん」
背中を叩かれる。
その言葉に、聖人は小さくうなずいた。
当然だと思った。
怪獣が出るなら、倒す。
それだけの話だ。
そして、怪獣は再び現れた。
今度は沿岸部。
魚のような外見をした怪獣が、港湾施設を破壊していた。
避難は間に合っていない。
漁師たちが取り残されているという情報が入る。
「マサムネ1号、発進準備完了!」
オペレーターの声。
聖人は迷わなかった。
「出ます」
即答だった。
その瞬間、彼の中には一切の疑問も葛藤もなかった。
ただ一つの判断基準。
――人がいる。
だから行く。
戦いは、短かった。
マサムネ1号の拳は、やはり有効だった。
怪獣の装甲は厚かったが、関節や喉元といった弱点を的確に突けば、倒せる。
聖人はそれを直感で理解していた。
「そこだ!」
拳が突き刺さる。
骨が砕ける感触。
怪獣が悲鳴を上げる。
だが――その時だった。
「……え?」
モニターの隅に、奇妙な光景が映った。
人間だ。
ヘルメットをかぶり、何かを掲げている。
旗のようなもの。
そこに書かれている文字。
――保護せよ。
「なにしてるんだ……?」
理解が追いつかなかった。
ここは戦場だ。
怪獣が暴れている場所だ。
そこに、なぜ人がいる?
しかも、逃げるでもなく、怪獣に向かって何かを訴えている。
「どけ……!」
思わず声が漏れる。
だが、届くはずもない。
怪獣が動く。
巨大な足が振り下ろされる。
その先にいるのは――
「危ない!!」
聖人は反射的に操縦桿を押し込んだ。
マサムネ1号が強引に割り込む。
衝撃。
地面が抉れる。
間一髪で、人間を踏み潰すのは防いだ。
だが。
「下がれ!! ここは危険だ!!」
通信で叫ぶ。
しかし返ってきたのは、予想外の言葉だった。
『やめてください!!』
「……は?」
『その子を傷つけないでください!!』
その子。
そう言った。
怪獣を。
「何言って……」
『怪獣にも命があるんです!!』
言葉が、理解を拒んだ。
聖人の中で何かが引っかかった。
だが、考えている時間はない。
怪獣が再び暴れる。
今度は背後の建物へ向かっている。
中にはまだ人がいる。
「くそ……!」
判断は、一瞬だった。
――倒す。
それしかない。
「ごめん……!」
誰に向けたのか、自分でも分からないまま、聖人は拳を振るった。
怪獣は、倒れた。
前と同じように。
圧倒的な力で。
完全に。
確実に。
だが。
歓声は、起きなかった。
代わりにあったのは――沈黙と、視線だった。
冷たい視線。
責めるような視線。
そして。
数日後。
それは“言葉”になった。
『怪獣は本当に倒されるべき存在なのか?』
『人間の都合で命を奪っているのではないか?』
『金城聖人の行為は、単なる暴力ではないのか?』
テレビの中で、コメンテーターたちが語る。
落ち着いた口調で。
理性的な顔で。
まるで当然の疑問であるかのように。
聖人は、それを研究所の食堂で見ていた。
箸が止まる。
喉に何かが詰まる。
「……なんでだよ」
小さく呟く。
誰にも聞こえない声。
だが、その言葉には確かな震えがあった。
守ったはずだった。
あの時も。
今回も。
人が死ぬのを防ぐために動いた。
それなのに。
「なんで俺が……」
視線が、テレビに釘付けになる。
そこには自分の映像が流れていた。
マサムネ1号が怪獣を殴り倒すシーン。
スロー再生。
何度も繰り返される。
そして、その上に重ねられるナレーション。
『この“暴力”を、我々は正義と呼んでいいのでしょうか』
暴力。
その言葉が、頭の中で反響する。
違う。
違うはずだ。
これは――
「……人を守るための……」
言葉が続かなかった。
その瞬間、食堂のざわめきが耳に入る。
ひそひそ声。
視線。
さっきまでとは違う空気。
敬意ではない。
称賛でもない。
もっと湿った、重い何か。
疑念。
あるいは――拒絶。
その日を境に、世界は少しずつ変わっていった。
怪獣は「敵」ではなく、「存在」へと意味を変え。
それを倒す行為は、「防衛」ではなく「加害」と呼ばれ始める。
そして。
金城聖人という少年は――
英雄から、疑問の対象へと変わっていった。
まだ、ほんの始まりに過ぎなかった。
本当の転落は、これからだった。