怪獣対巨大ロボット〜リベンジ・オブ・オールドボーイ〜 作:アイアイホイホイおさるさん
それは、ゆっくりと、しかし確実に広がっていった。
最初は一部の意見だった。
怪獣にも命がある。
人間だけが優先されるのはおかしい。
共存の道を探るべきではないか。
それ自体は、否定しきれない言葉だった。
聖人自身も、最初にそれを聞いたとき、完全に否定することはできなかった。
命がある、というのは事実だ。
怪獣も生きている。
だが――
「……じゃあ、どうすればいいんだよ」
研究所の片隅で、聖人は独り呟いた。
誰もいない整備ドック。
マサムネ1号の巨大な影が、静かに横たわっている。
その装甲には、戦いの痕が残っていた。
凹み。擦り傷。補修跡。
それらはすべて、“守った結果”だった。
「放っておけば、人が死ぬだろ……」
誰に言うでもない言葉。
だが、その言葉はどこにも届かない。
外の世界では、すでに別の“正しさ”が形を持ち始めていた。
街ではデモが行われるようになった。
最初は小規模だったものが、やがて大きな流れになる。
プラカードを掲げる人々。
拡声器で訴える声。
『怪獣を殺すな!』
『共存を!』
『国家による暴力を許すな!』
その中心にいるのは、かつて戦場にいた“彼ら”だった。
あの時、怪獣の前に立っていた人間たち。
命を危険に晒しながら、怪獣を守ろうとしていた者たち。
彼らは英雄のように扱われ始めていた。
メディアは彼らを取り上げる。
勇気ある行動。信念ある市民。命を守る活動家。
そして、その対比として語られる存在。
――金城聖人。
テレビの中で、女性が涙ながらに語る。
『あの子は……怖がっていただけなんです』
“あの子”。
怪獣のことだった。
『ただ、生きようとしていただけなのに……』
画面には、マサムネ1号の拳が振り下ろされる映像。
何度も、何度も。
繰り返し流される。
『どうして、あんな酷いことができるんでしょうか……』
その言葉に、スタジオが静まり返る。
誰も反論しない。
できないのではない。
しないのだ。
それが“空気”だった。
研究所でも、それは同じだった。
視線が変わった。
言葉が減った。
以前のように気軽に声をかけてくる者はいない。
代わりにあるのは、距離だった。
「……おはようございます」
聖人が挨拶する。
「ああ……」
返事はある。だが、それだけだ。
それ以上、何も続かない。
沈黙。
気まずさ。
居心地の悪さ。
それらが、日常になっていく。
「気にするな」
唯一、変わらず接してくれるのは、父だった。
白衣姿のまま、マサムネ1号の足元で工具を握る。
「お前は間違ったことはしていない」
「……でも」
「“でも”じゃない」
きっぱりと言い切る。
その声には、迷いがなかった。
「人を守った。それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
聖人は黙った。
その言葉は、確かに正しい。
だが――
「……みんなは、そう思ってない」
絞り出すように言う。
父は一瞬だけ黙った。
そして、小さく息を吐く。
「人間はな、聖人」
ゆっくりとした口調。
「見たいものしか見ない」
「……」
「今は、“怪獣がかわいそう”という物語の方が、都合がいいんだろう」
その言葉は、どこか疲れていた。
諦めにも似た響きがあった。
やがて、その“空気”は制度になる。
政府内でも議論が始まった。
怪獣への対応方針。
これまでの“即時排除”から、“観察・保護”へ。
理由は明確だった。
世論だ。
支持率だ。
選挙だ。
誰も口には出さないが、全員が理解している。
だからこそ、誰も逆らわない。
そして、決定的な通達が下る。
マサムネ1号の運用停止。
理由は――
“過剰な武力行使の懸念”。
「ふざけるなよ……」
その書類を見たとき、聖人の中で何かが切れた。
机を叩く。
紙が揺れる。
「じゃあどうするんだよ!!」
声が、研究所に響いた。
「次に出たら!! また人が死ぬぞ!!」
誰も答えない。
いや、答えられない。
それが分かっているからこそ、聖人は余計に苛立った。
「俺が行かなきゃ……!」
「ダメだ」
父の声だった。
「……なんでだよ」
「命令だ」
短い言葉。
だが、それは絶対だった。
「今、お前が動けば……完全に“悪”にされる」
「もうなってるだろ!!」
叫ぶ。
息が荒い。
胸が苦しい。
「何もしてないのに!! なんで俺が!!」
声が震える。
怒りと、悔しさと、どうしようもない無力感が混ざり合っていた。
その時、サイレンが鳴った。
研究所全体に響く警報。
全員が凍りつく。
そして、アナウンスが流れる。
『新たな怪獣反応を確認――』
聖人は顔を上げた。
父を見る。
父もまた、彼を見ていた。
何も言わない。
だが、その沈黙がすべてを語っていた。
――行けない。
――行かせられない。
モニターに映るのは、崩れていく街。
逃げ惑う人々。
そして。
それを、ただ見ているしかない自分。
その瞬間。
金城聖人の中で、何かが静かに壊れた。