怪獣対巨大ロボット〜リベンジ・オブ・オールドボーイ〜 作:アイアイホイホイおさるさん
警報は、止まなかった。
耳障りな電子音が、研究所の空気を震わせ続ける。
だが、それ以上に重く、息苦しいものがあった。
――沈黙。
誰も動かない。
動けない。
マサムネ1号は、目の前にあるというのに。
それを動かせる人間も、ここにいるというのに。
すべてが揃っている。
ただ一つ、“許可”を除いて。
「出せ」
聖人は言った。
低い声だった。
怒鳴るでもなく、懇願するでもない。
ただ、押し殺した感情が滲む声。
「今すぐ、出せ」
誰に向けた言葉かは明確だった。
指揮権を持つ者たち。
上層部。
その場にいる誰もが視線を逸らす。
「……命令が出ていない」
ようやく返ってきたのは、それだけだった。
「出てないなら、出せよ!!」
机を蹴る。
鈍い音が響く。
「人が死んでるんだぞ!!」
モニターには、リアルタイムの映像が映し出されていた。
街が壊れていく。
建物が崩れる。
逃げ遅れた人々が、瓦礫の中に消えていく。
そのすべてが、“今この瞬間”の出来事だった。
「出撃許可を……!」
オペレーターの一人が、震える声で言う。
「ダメだ」
即座に否定される。
「現在、政府は“非攻撃方針”を採っている」
「ですが、このままでは……!」
「繰り返す。ダメだ」
その声には、感情がなかった。
ただの“決定事項”を伝える機械のようだった。
聖人は、モニターを見つめた。
逃げる人間。
泣き叫ぶ子供。
崩れ落ちる建物。
そして、その中心で暴れる怪獣。
「……助けられるのに」
ぽつりと、呟く。
誰にも届かない声。
「助けられるのに……」
手を伸ばせば届く距離に、マサムネ1号はある。
自分が乗れば、止められる。
これまでと同じように。
拳で。
力で。
確実に。
「……行かせてください」
今度は、静かな声だった。
懇願に近い。
だが、返事は変わらない。
「ダメだ」
それだけ。
それだけで、すべてが終わる。
時間が過ぎていく。
その一秒一秒が、人の命と引き換えになっていく。
それが分かっているのに、何もできない。
ただ見ているだけ。
それが、これほどまでに苦しいものだとは思わなかった。
やがて。
映像が、途切れた。
通信が遮断されたのか、それとも――
考えたくなかった。
静寂。
警報も止まる。
すべてが、終わったことを告げるように。
その場にいた誰もが、言葉を失っていた。
何かを言えば、それは言い訳になる。
何も言わなければ、それは逃げになる。
どちらにしても、耐えられない。
だから、誰も何も言わない。
聖人は、ゆっくりとその場に座り込んだ。
力が抜ける。
視界がぼやける。
「……なんでだよ」
声が出た。
かすれた声。
「なんで、止めなかったんだよ」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。
政府か。
研究所か。
それとも――
自分か。
その日の被害は、過去最大となった。
死者多数。
行方不明者、数百人。
街は壊滅。
そして、怪獣は逃走。
だが。
それでもなお。
世間の視線は、別の方向を向いていた。
『なぜ、マサムネ1号は出撃しなかったのか』
『金城聖人は何をしていたのか』
『守れるはずの命を、見捨てたのではないか』
テレビの中で、キャスターが淡々と語る。
その口調には、責める色は薄い。
だが、それが逆に残酷だった。
あくまで“事実確認”の体裁を取りながら、結論だけを視聴者に委ねる。
そして、その委ねられた先で何が起きるかなど、分かりきっている。
ネットは、さらに直接的だった。
『結局あいつ、自分が叩かれるのが怖くて逃げたんだろ』
『英雄気取りの臆病者』
『あの時殺した怪獣の祟りだな』
言葉が、刺さる。
容赦なく。
無責任に。
際限なく。
「違う……」
聖人は呟いた。
テレビの前で。
誰もいない部屋で。
「違う……!」
声が大きくなる。
「俺は……行こうとした……!」
だが、その言葉はどこにも届かない。
証明する術もない。
信じてくれる人間も、いない。
数日後。
正式な発表があった。
マサムネ1号の永久凍結。
理由は――
“社会的混乱を招く恐れ”。
そして。
金城聖人に対する、事実上の責任追及。
「……俺が、悪いのか」
その書類を見たとき、彼は笑った。
乾いた笑いだった。
感情が、どこか遠くに行ってしまったような。
「守っても、ダメ。守らなくても、ダメ。じゃあ……どうすればよかったんだよ」
答えはない。
最初から、用意されていない。
その夜。
金城聖人は、姿を消した。
誰にも告げず。
何も残さず。
ただ静かに。
それが、“英雄の終わり”だった。