怪獣対巨大ロボット〜リベンジ・オブ・オールドボーイ〜 作:アイアイホイホイおさるさん
雪は、音を消す。
すべてを覆い、すべてを沈める。
人の気配も、過去の記憶も、何もかも。
北海道・札幌近郊の山奥。
人里から離れた場所に、一軒の古びた家があった。
外壁は色褪せ、屋根には雪が積もり、窓は半ば凍りついている。
その中で、男は一人、ストーブの前に座っていた。
テレビがついている。
だが、音は小さい。
内容も、ほとんど頭に入っていない。
ただ“何かが流れている”という状態を保つためだけの存在だった。
男の名は――金城聖人。
かつて英雄と呼ばれた少年は、今や三十四歳の中年になっていた。
髪は伸び放題で、無精髭が顔を覆っている。
目には光がない。
何かを期待することも、何かに怒ることも、とうの昔にやめてしまったような目だった。
画面の中で、アナウンサーが何かを読み上げている。
『本日未明、太平洋沖にて――』
聖人は、ぼんやりとそれを見ていた。
内容は理解していない。
する気もない。
どうせ、自分には関係のない話だ。
ずっと、そうやって生きてきた。
関わらない。
関われば、壊される。
それを、嫌というほど知っている。
だが。
その日だけは、違った。
『巨大生物反応を確認――』
その言葉が、耳に引っかかった。
聖人の視線が、わずかに動く。
画面を見る。
映像が切り替わる。
荒れた海。
揺れるカメラ。
そして――
それは、いた。
黒い影。
水面から突き出す、巨大な頭部。
鋭い牙。
濁った眼。
熊のような骨格に、ワニのような口。
それが、ゆっくりと海から這い上がってくる。
「……」
聖人は、何も言わなかった。
ただ見ていた。
瞬きすら忘れたように。
『政府はこの生物を“オゾラ”と仮称し――』
アナウンサーの声が続く。
『現在、専門家による分析と――』
言葉は、頭に入ってこない。
映像だけが、焼き付く。
あの動き。
あの重さ。
あの圧力。
忘れるはずがなかった。
「……またか」
ようやく、声が出た。
小さく。
乾いた声。
感情はほとんど乗っていない。
驚きも、恐怖も、怒りも。
何もかもが、すり減ってしまった後の声だった。
オゾラは、上陸した。
最初に被害を受けたのは、沿岸の小さな町だった。
避難は、間に合わなかった。
いや、正確には――
間に合わせなかった者たちがいた。
『大丈夫です! 落ち着いてください!』
現地からの中継。
ヘルメットをかぶった人間たちが、怪獣の前に立っている。
掲げられた横断幕。
――保護せよ。
聖人の目が、わずかに細くなる。
見覚えがあった。
二十年前と、同じ光景。
同じ言葉。
同じ――愚かさ。
『オゾラは攻撃していません! 刺激しなければ――』
その言葉は、最後まで続かなかった。
オゾラが、動いた。
前触れはなかった。
警告もなかった。
ただ、腕を振るった。
人間が、消えた。
潰れた。
引き裂かれた。
そして。
――食われた。
画面が揺れる。
悲鳴。
叫び。
混乱。
カメラが地面に落ちる。
そのまま、映像は途切れた。
部屋の中に、静寂が落ちる。
「……だから言っただろ」
聖人は呟いた。
誰に向けた言葉でもない。
だが、その声には、わずかな熱が戻っていた。
「怪獣は……そういうもんだ」
テレビでは、スタジオが騒然としていた。
先ほどまで“共存”を語っていたコメンテーターたちが、言葉を失っている。
顔色が変わっている。
だが――
それでもなお、完全には認めない。
『一部の過激な行動が招いた結果であり――』
『適切な距離を保てば――』
『まだ対話の可能性は――』
「……まだ言うか」
聖人は、笑った。
今度は、少しだけ感情があった。
呆れ。
諦め。
そして、ほんのわずかな怒り。
オゾラは、進む。
街から街へ。
止める者はいない。
防衛隊は出動している。
だが、決定打がない。
火力は通じない。
動きは止まらない。
ただ時間だけが過ぎていく。
その間にも。
人は、死んでいく。
聖人は、テレビを見続けていた。
何時間も。
何もせず。
ただ、見ているだけ。
かつての自分と同じだった。
あの時。
何もできなかった日。
「……関係ない」
ぽつりと呟く。
自分に言い聞かせるように。
「もう、俺には関係ない」
そうだ。
自分は関係ない。
捨てられた。
否定された。
必要とされなかった。
だから――
画面に、炎に包まれた街が映る。
崩れるビル。
逃げる人々。
泣き叫ぶ子供。
聖人の指が、わずかに動いた。
「……関係、ない」
もう一度言う。
だが、声は少し弱かった。
テレビの音量を上げる。
悲鳴が、はっきりと聞こえる。
現実が、逃げ場をなくす。
聖人は、目を閉じた。
閉じても、消えなかった。
あの日の光景が、蘇る。
出撃できなかった日。
救えなかった人々。
責められた言葉。
消えない記憶。
そして、今。
同じことが、繰り返されている。
「……っ」
歯を食いしばる。
拳を握る。
震える。
やがて。
ゆっくりと、目を開けた。
画面の中で、オゾラが咆哮する。
「GAOOOOOOOOO!!」
その声を、聖人は静かに見つめていた。
まだ、この時は。
彼は動かない。
だが。
何かが、確実に動き始めていた。