怪獣対巨大ロボット〜リベンジ・オブ・オールドボーイ〜   作:アイアイホイホイおさるさん

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第5話「再来」

 雪は、音を消す。

 すべてを覆い、すべてを沈める。

 人の気配も、過去の記憶も、何もかも。

 

 北海道・札幌近郊の山奥。

 人里から離れた場所に、一軒の古びた家があった。

 外壁は色褪せ、屋根には雪が積もり、窓は半ば凍りついている。

 

 その中で、男は一人、ストーブの前に座っていた。

 テレビがついている。

 だが、音は小さい。

 内容も、ほとんど頭に入っていない。

 ただ“何かが流れている”という状態を保つためだけの存在だった。

 

 男の名は――金城聖人。

 

 かつて英雄と呼ばれた少年は、今や三十四歳の中年になっていた。

 髪は伸び放題で、無精髭が顔を覆っている。

 目には光がない。

 何かを期待することも、何かに怒ることも、とうの昔にやめてしまったような目だった。

 

 画面の中で、アナウンサーが何かを読み上げている。

 

『本日未明、太平洋沖にて――』

 

 聖人は、ぼんやりとそれを見ていた。

 内容は理解していない。

 する気もない。

 どうせ、自分には関係のない話だ。

 ずっと、そうやって生きてきた。

 関わらない。

 関われば、壊される。

 それを、嫌というほど知っている。

 だが。

 その日だけは、違った。

 

『巨大生物反応を確認――』

 

 その言葉が、耳に引っかかった。

 聖人の視線が、わずかに動く。

 画面を見る。

 映像が切り替わる。

 荒れた海。

 揺れるカメラ。

 そして――

 それは、いた。

 

 黒い影。

 水面から突き出す、巨大な頭部。

 鋭い牙。

 濁った眼。

 熊のような骨格に、ワニのような口。

 それが、ゆっくりと海から這い上がってくる。

 

「……」

 

 聖人は、何も言わなかった。

 ただ見ていた。

 瞬きすら忘れたように。

 

『政府はこの生物を“オゾラ”と仮称し――』

 

 アナウンサーの声が続く。

 

『現在、専門家による分析と――』

 

 言葉は、頭に入ってこない。

 映像だけが、焼き付く。

 あの動き。

 あの重さ。

 あの圧力。

 忘れるはずがなかった。

 

「……またか」

 

 ようやく、声が出た。

 小さく。

 乾いた声。

 感情はほとんど乗っていない。

 驚きも、恐怖も、怒りも。

 何もかもが、すり減ってしまった後の声だった。

 

 オゾラは、上陸した。

 最初に被害を受けたのは、沿岸の小さな町だった。

 避難は、間に合わなかった。

 いや、正確には――

 間に合わせなかった者たちがいた。

 

『大丈夫です! 落ち着いてください!』

 

 現地からの中継。

 ヘルメットをかぶった人間たちが、怪獣の前に立っている。

 掲げられた横断幕。

 ――保護せよ。

 聖人の目が、わずかに細くなる。

 見覚えがあった。

 二十年前と、同じ光景。

 同じ言葉。

 同じ――愚かさ。

 

『オゾラは攻撃していません! 刺激しなければ――』

 

 その言葉は、最後まで続かなかった。

 オゾラが、動いた。

 

 前触れはなかった。

 警告もなかった。

 ただ、腕を振るった。

 

 人間が、消えた。

 

 潰れた。

 引き裂かれた。

 そして。

 ――食われた。

 

 画面が揺れる。

 悲鳴。

 叫び。

 混乱。

 カメラが地面に落ちる。

 そのまま、映像は途切れた。

 

 部屋の中に、静寂が落ちる。

 

「……だから言っただろ」

 

 聖人は呟いた。

 誰に向けた言葉でもない。

 だが、その声には、わずかな熱が戻っていた。

 

「怪獣は……そういうもんだ」

 

 テレビでは、スタジオが騒然としていた。

 先ほどまで“共存”を語っていたコメンテーターたちが、言葉を失っている。

 顔色が変わっている。

 だが――

 それでもなお、完全には認めない。

 

『一部の過激な行動が招いた結果であり――』

『適切な距離を保てば――』

『まだ対話の可能性は――』

 

「……まだ言うか」

 

 聖人は、笑った。

 今度は、少しだけ感情があった。

 呆れ。

 諦め。

 そして、ほんのわずかな怒り。

 

 オゾラは、進む。

 街から街へ。

 止める者はいない。

 防衛隊は出動している。

 だが、決定打がない。

 火力は通じない。

 動きは止まらない。

 ただ時間だけが過ぎていく。

 

 その間にも。

 人は、死んでいく。

 

 聖人は、テレビを見続けていた。

 何時間も。

 何もせず。

 ただ、見ているだけ。

 

 かつての自分と同じだった。

 あの時。

 何もできなかった日。

 

「……関係ない」

 

 ぽつりと呟く。

 自分に言い聞かせるように。

 

「もう、俺には関係ない」

 

 そうだ。

 自分は関係ない。

 捨てられた。

 否定された。

 必要とされなかった。

 だから――

 

 画面に、炎に包まれた街が映る。

 崩れるビル。

 逃げる人々。

 泣き叫ぶ子供。

 

 聖人の指が、わずかに動いた。

 

「……関係、ない」

 

 もう一度言う。

 だが、声は少し弱かった。

 

 テレビの音量を上げる。

 悲鳴が、はっきりと聞こえる。

 現実が、逃げ場をなくす。

 

 聖人は、目を閉じた。

 閉じても、消えなかった。

 

 あの日の光景が、蘇る。

 出撃できなかった日。

 救えなかった人々。

 責められた言葉。

 消えない記憶。

 そして、今。

 同じことが、繰り返されている。

 

「……っ」

 

 歯を食いしばる。

 拳を握る。

 震える。

 やがて。

 ゆっくりと、目を開けた。

 

 画面の中で、オゾラが咆哮する。

 

「GAOOOOOOOOO!!」

 

 その声を、聖人は静かに見つめていた。

 まだ、この時は。

 彼は動かない。

 だが。

 何かが、確実に動き始めていた。

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