怪獣対巨大ロボット〜リベンジ・オブ・オールドボーイ〜 作:アイアイホイホイおさるさん
雪は、まだ降っていた。
視界を白く閉ざすほどではない。
だが、確実に世界の輪郭を曖昧にしていくような、静かな雪だった。
辻健介は、車を降りた。
エンジンを切ると、途端に音が消える。
風の音すら遠い。
あるのは、雪を踏みしめる自分の足音だけだった。
「……ここか」
手元の資料と、目の前の家を見比べる。
間違いない。
だが、そこに“かつて英雄だった男”がいるとは、とても思えなかった。
古びた外壁。
傾いた屋根。
人の気配の薄い窓。
時間が、そのまま取り残されたような場所だった。
玄関の前に立つ。
インターホンはない。
ノックするしかない。
一度、息を吸う。
吐く。
そして、扉を叩いた。
コン、コン、と乾いた音。
返事は、ない。
もう一度叩く。
少し強く。
しばらくして。
内側から、足音がした。
ゆっくりとした、重い足取り。
鍵が外れる音。
扉が、わずかに開く。
そこに立っていたのは――
「……誰だ」
低い声。
無機質な視線。
金城聖人だった。
写真で見ていた顔とは、まるで違った。
年齢以上に老けて見える。
目に光がない。
何より――人と関わることを完全にやめた人間の顔だった。
「……初めまして。政府から来ました、辻健介と申します」
名刺を差し出す。
だが、聖人は見ようともしなかった。
「帰れ」
即答だった。
「お話だけでも――」
「帰れ」
扉が閉まりかける。
辻は、とっさに手を伸ばした。
扉を押さえる。
「待ってください!」
その瞬間。
聖人の目が、わずかに変わった。
苛立ち。
いや、それよりももっと鋭い何か。
「……触るな」
低い声。
だが、その奥にあるものは明確だった。
拒絶。
辻は、一瞬だけ手を離しかけた。
だが、踏みとどまる。
「あなたに、頼みがあります」
その言葉に、聖人は止まった。
扉は半開きのまま。
沈黙が落ちる。
「……頼み?」
ゆっくりと、繰り返す。
その声には、わずかな歪みがあった。
「……誰が」
顔を上げる。
目が、まっすぐに辻を捉える。
「誰が、俺に頼むんだよ」
その視線に、辻は一瞬だけ息を詰まらせた。
だが、逃げなかった。
「政府です」
はっきりと言う。
「オゾラを止めるために――」
言い終わる前に。
笑い声が、響いた。
「……はは」
乾いた笑い。
だが、次第に大きくなる。
「はははははは……!」
聖人は、笑っていた。
腹を抱えるように。
まるで、何か決定的におかしいものを見たかのように。
「……今さら?」
笑いながら言う。
「二十年経って、今さら俺に頼むのか?」
その声は、笑っているのに、まったく楽しそうではなかった。
「俺を何だと思ってる」
笑いが止まる。
目が、冷たく細められる。
「都合のいい道具か?」
言葉が、突き刺さる。
「捨てといて、必要になったら拾うのか?」
一歩、踏み出す。
辻は動けない。
「ふざけるなよ」
声が低くなる。
圧が、増す。
「俺が何されたか、知ってるか?」
答えを待たずに、続ける。
「守ったんだよ。人を、何度も」
一つ一つ、区切るように。
「それでどうなった?」
目が、揺れる。
怒りではない。
もっと深いもの。
「殺人者だって言われた。暴力だって言われた。出なかったら、今度は見殺しにしたって言われた」
呼吸が荒くなる。
「どっちにしても、俺は悪者だ」
笑う。
今度は小さく。
「……便利だよな」
その言葉には、完全な諦めがあった。
「何しても叩けるんだから」
沈黙。
辻は、何も言えなかった。
言えるはずがなかった。
二十年分の言葉だった。
「帰れ」
再び、その言葉。
今度は、さっきよりも静かだった。
「もう関係ない」
扉に手をかける。
「俺は、もう――」
一瞬、言葉が止まる。
そして。
「……終わった人間なんだよ」
扉が、閉まった。
音は、小さかった。
だが、それは決定的な音だった。
辻は、その場に立ち尽くした。
何もできなかった。
何も言えなかった。
「……そうですよね」
小さく呟く。
分かっていた。
こうなることは。
それでも、来た。
「……それでも」
顔を上げる。
閉ざされた扉を見る。
「それでも、頼むしかないんです」
返事はない。
雪が、降り続ける。
時間だけが、静かに流れていく。
だが。
その扉の向こうで。
金城聖人は、動けずにいた。
ストーブの前。
座り込んだまま。
拳を握っている。
震えている。
「……なんでだよ」
誰にも聞こえない声。
「なんで今さら……」
テレビは、まだついていた。
そこには、壊れていく街。
逃げる人々。
そして――
泣いている子供。
聖人は、目を逸らした。
だが。
逸らしても、消えなかった。