怪獣対巨大ロボット〜リベンジ・オブ・オールドボーイ〜 作:アイアイホイホイおさるさん
雪を踏みしめる音が、やけに大きく聞こえた。
山道を下りる。
足場は悪い。滑りやすい。
だが、聖人の足は止まらなかった。
どこへ向かっているのか。
自分でも、はっきりとは考えていなかった。
ただ一つだけ、分かっていることがある。
――戻る。
二十年前、自分がいた場所へ。
「……今さらだろ」
歩きながら、呟く。
分かっている。
都合がいい話だ。
散々否定されて、捨てられて、それでもまた戻る。
「……笑えるな」
自嘲気味に笑う。
だが、その足は止まらない。
「それでも――」
言葉は、最後まで出なかった。
代わりに、思い出す。
さっきの映像。
泣いていた子供。
震えていた声。
それでも伝えようとしていた、あの女の言葉。
――助けられた人がいた。
「……ああ」
短く息を吐く。
「いたよ」
それは事実だ。
否定しようのない事実だ。
そして。
「……今も、いる」
だから、行く。
理由は、それで十分だった。
山を下りきる頃には、空が白み始めていた。
その先に、一台の車が止まっている。
辻健介だった。
ドアに寄りかかり、腕を組んでいる。
だが、その姿勢には落ち着きがない。
何度も足を動かし、遠くを見ては、また視線を落とす。
そして。
聖人の姿を見つけた瞬間。
「……!」
目を見開いた。
「……来ると思ってました」
ゆっくりと歩み寄る。
「嘘つけ」
聖人は、短く返した。
「半分くらいは、本気で思ってました」
「半分かよ」
小さく笑う。
ほんのわずかだが、空気が和らいだ。
「……行くぞ」
それだけ言う。
「……いいんですか」
辻が、確認するように問う。
「もう決めた」
視線は前。
「どうせ、見てられねえ」
その言葉に、辻は何も言わなかった。
ただ、深くうなずいた。
車が走り出す。
雪道を抜け、舗装路へ。
そして高速へ。
ラジオから、断続的にニュースが流れる。
『オゾラは現在、首都圏外縁部へ――』
『被害はさらに拡大しており――』
『防衛隊は総力を挙げて――』
聖人は、窓の外を見ていた。
「……あれは、どうなった」
不意に口を開く。
「マサムネ1号ですか」
「ああ」
辻は、少しだけ間を置いた。
「……博物館にありました」
「……は?」
「展示されてました。“負の遺産”として」
沈黙。
聖人の眉が、わずかに歪む。
「……そうかよ」
それだけ言った。
怒りは、なかった。
あるいは、もう通り過ぎた後だった。
「ですが」
辻が続ける。
「現在、回収して改修中です」
聖人の視線が、わずかに動く。
「間に合うのか」
「間に合わせます」
即答だった。
「現場は、必死です」
その言葉に、嘘はなかった。
車は、さらに速度を上げる。
そして。
数時間後。
巨大な格納庫が、視界に入った。
仮設の施設。
急造の設備。
だが、その中にあるものは――
「……」
聖人は、言葉を失った。
そこに立っていたのは。
マサムネ1号だった。
かつての無骨な姿。
ドラム缶のような胴体。
無骨な腕。
だが、変わっている部分もあった。
装甲が補強されている。
関節部が強化されている。
全体に、新しい鋼の色が混じっている。
そして何より。
“まだ戦える”という存在感。
「……勝手に、いじりやがって」
聖人は、小さく呟いた。
だが、その声には、わずかな熱があった。
「すみません」
辻が言う。
「でも、必要だったんです」
「分かってる」
短く返す。
ゆっくりと、機体に近づく。
手を伸ばす。
装甲に触れる。
冷たい。
だが、その奥にあるものは、知っている。
「……久しぶりだな」
誰に向けた言葉でもない。
だが、それは確かに“再会”だった。
「……乗れますか」
辻が問う。
聖人は、少しだけ考えた。
そして。
「……やるしかねえだろ」
振り返る。
「ここまで来といて、やっぱやめた、なんて言えるかよ」
口元が、わずかに上がる。
それは、かつての少年に近い表情だった。
サイレンが鳴る。
『オゾラ、都心部に侵入――』
空気が、一変する。
「時間がない」
辻が言う。
聖人は、うなずいた。
「分かってる」
コックピットへ向かう。
一歩一歩、踏みしめる。
二十年分の時間を、越えるように。
ハッチが開く。
中に入る。
座席に座る。
手を、操縦桿に置く。
その瞬間。
すべてが、繋がった。
感覚が戻る。
記憶が蘇る。
体が、思い出す。
「……いける」
小さく呟く。
電源が入る。
低い駆動音。
モニターが点灯する。
外の世界が、映る。
「マサムネ1号、起動確認!」
オペレーターの声。
「出るぞ」
聖人は言った。
迷いは、もうなかった。
「マサムネ1号、出撃する」
巨大な機体が、ゆっくりと立ち上がる。
その一歩が。
再び、世界を動かす。