石の世界に祝福を   作:stein0630

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第12話 裏切りの標準手順

 

 

 モバイルラボは、浜辺の倉庫へ運ばれていた。

 

 島の兵たちは、それを戦車だと思っていた。ある者は、外の世界の棺だと言った。別の者は、頭首様への献上品だと言った。

 

 だが、イバラだけは違った。

 

 あれは箱ではない。

 

 武器でもない。

 

 工房だ。

 

 中にあるものの意味はわからない。瓶、管、金属、粉、紙、車輪、炉。だが、それらが一つの目的のために並んでいることだけはわかる。

 

 そして、ボンドルドはそれを見て言った。

 

「壊してはいけません」

 

 まだ拘束されたままの姿だった。

 

 両腕は縄で縛られ、脚にも重い枷がある。復活液で解除されたのは、首、右手、胸の一部。残りの身体には石化の痕がまだ残っていた。

 

 それでも、彼は平然としていた。

 

 まるで自分自身を、動く実験器具の一部として扱っているように。

 

 イバラは杖を突きながら言った。

 

「壊してはいけない、ばかりだな。お前は何でも惜しがる」

 

「有用なものを破壊するのは、支配者として損です」

 

「支配者、ねえ」

 

 イバラは笑った。

 

「お前、私に取り入ろうとしてるのかい?」

 

「いいえ。あなたが最も予測しやすいから、情報を置いているだけです」

 

 兵がざわつく。

 

 イバラの顔から笑みが一瞬消えた。

 

「予測しやすい?」

 

「はい。あなたは権力を欲し、秘密を恐れ、有用なものを壊したがらない。交渉しやすい」

 

 イバラは杖を振った。

 

 鈍い音がして、ボンドルドの仮面の側面に当たる。

 

 ボンドルドは揺れただけだった。

 

「口の利き方を考えな」

 

「失礼しました」

 

 声は穏やかだった。

 

 謝罪ではなく、単なる調整のように聞こえた。

 

「では、言い換えましょう。あなたは賢い支配者です。だからこそ、このラボを餌にすれば、千空さんは必ず来る」

 

 イバラは、また笑った。

 

「それでいい」

 

 彼は兵へ命じた。

 

「倉庫の周りに兵を置け。中身は触るな。ただし、あの科学者が来たら捕らえる」

 

「殺さないのですか」

 

 ボンドルドが聞いた。

 

 イバラは振り返る。

 

「殺した方がいいかい?」

 

「殺せば復活液の製法が失われる可能性があります。捕らえるべきです。ただし、逃走能力が高い。四肢の拘束だけでは不十分でしょう」

 

「ほう。どうする」

 

「仲間を使います」

 

 イバラの目が細くなる。

 

 ボンドルドは、甲板に並べられた石像たちを見た。

 

 大樹。

 龍水。

 クロム。

 フランソワ。

 律。

 その他の船員たち。

 

「千空さんは仲間を捨てません。石化した仲間を人質として配置すれば、彼の動きは大きく制限できます」

 

 兵の一人が顔を引きつらせた。

 

 イバラは、ゆっくりと笑った。

 

「お前、本当に仲間だったのかい?」

 

「協力関係でした」

 

「今は?」

 

 ボンドルドは少し黙った。

 

「観察関係です」

 

 イバラは声を上げて笑った。

 

   *

 

 森の中で、千空は黒い装甲片を見ていた。

 

 刻まれた図。

 

 船。

 モバイルラボ。

 倉庫。

 罠。

 石化装置。

 

 そして、もう一つ。

 

 石像を示す小さな印。

 

 ゲンが苦い顔をする。

 

「これ、仲間を人質にするって意味だよね」

 

「だろうな」

 

 千空は短く答えた。

 

 コハクの声は冷たい。

 

「ボンドルドが教えたのか」

 

「百億パーな」

 

「なら、完全な裏切りだ」

 

「そうだ」

 

 千空は否定しなかった。

 

 アマリリスが震えながら聞く。

 

「その人、本当にあなたたちの仲間なの?」

 

「違う」

 

 千空は即答した。

 

「だが、敵でもねえ」

 

 ゲンが顔をしかめる。

 

「いやぁ、今の状況だと敵寄りだよ?」

 

「敵ならもっと単純だ」

 

 千空は装甲片を指で弾いた。

 

「こいつは、俺らに情報を渡してる。同時にイバラにも情報を渡してる。両方を動かして、石化装置の観測機会を増やしてる」

 

 コハクが低く言う。

 

「つまり、私たちもイバラも実験材料か」

 

「そういうこった」

 

 アマリリスの顔が青くなる。

 

「イバラよりひどいんじゃ……」

 

「ひどい方向が違う」

 

 ゲンが言った。

 

「イバラは支配したい。ボンドルドちゃんは知りたい。支配者より、研究者の方が止まらない時がある」

 

 千空は立ち上がった。

 

「だから先に取る」

 

「何を?」

 

「モバイルラボじゃねえ」

 

 千空は、倉庫の位置を示した。

 

「ボンドルドの主導権だ」

 

   *

 

 倉庫前。

 

 イバラは石像を並べさせた。

 

 乱暴には扱わない。

 

 ボンドルドがそう進言したからだ。

 

「砕けば価値を失います。脅しは、壊す直前が最も有効です」

 

 その一言で、石像たちは丁寧に運ばれた。

 

 大樹は倉庫入口の正面。

 龍水は脇。

 クロムはモバイルラボの横。

 フランソワは食料箱の前。

 

 それを見た島の兵たちは、気味悪がった。

 

 人を石にして並べることには慣れている。

 

 だが、この配置には別の意図がある。

 

 まるで、まだ生きている人間を盾として置いているようだった。

 

 実際、そうだった。

 

 イバラは満足げに言った。

 

「これなら、千空とやらも手を出しづらいねえ」

 

「はい」

 

 ボンドルドは静かに頷く。

 

 その姿を見て、島の戦士モズが口笛を吹いた。

 

「ひっでえこと考えるな、お前」

 

 初めて近くで見るモズは、笑っていた。

 

 軽薄そうで、目がまるで笑っていない。動きに無駄がない。コハクと同じ側の人間だ。戦いの才能を、自分の皮膚のように身につけている。

 

 ボンドルドはモズを見た。

 

「あなたは強いですね」

 

「見りゃわかる?」

 

「はい。ですが、鍛えた強さというより、才能に大きく依存している」

 

 モズの眉が動く。

 

「へえ。初対面でずいぶん言うじゃん」

 

「だからこそ、あなたは自分より弱い者を正確には測れますが、自分と同等以上の未知には一度遅れる可能性がある」

 

 モズの笑みが深くなった。

 

「面白いね。俺に喧嘩売ってる?」

 

「いいえ。あなたに必要な情報を渡しています」

 

「何のために」

 

「千空さんの仲間に、あなたを驚かせる者がいる」

 

「コハクって女?」

 

「はい」

 

 モズは笑った。

 

「見てみたいねえ」

 

「見ることになるでしょう」

 

 イバラが割って入る。

 

「余計なことを吹き込むんじゃないよ」

 

「戦力評価です」

 

「私に黙って、勝手に戦力を動かすな」

 

 ボンドルドは頭を下げた。

 

「承知しました」

 

 モズは、そのやり取りを見て笑った。

 

「お前、イバラの味方でもないだろ」

 

「はい」

 

「やっぱり」

 

 ボンドルドはモズを見た。

 

「あなたも、イバラさんの味方ではありませんね」

 

 空気が止まった。

 

 イバラの目が、ゆっくりモズへ向く。

 

 モズは笑ったままだった。

 

「どうかな」

 

 ボンドルドは続けない。

 

 ただ、種を置いた。

 

 疑い。

 

 それだけで十分だった。

 

   *

 

 千空たちは、夜を待たなかった。

 

 昼の方が兵の視界は広い。

 

 だが、昼の方が人の油断も見える。

 

 アマリリスは島の女たちの列に紛れ、倉庫へ近づいた。

 

 ゲンは島民の服を着て、荷運びのふりをする。

 

 コハクは木の上から配置を見た。

 

 千空は、泥と草で顔を隠し、倉庫の裏へ回った。

 

 問題は石像だ。

 

 大樹たちが入口に並んでいる。

 

 もし強行すれば、イバラは壊す。

 

 あるいは、石化装置を使う。

 

 ゲンが小声で言う。

 

「きっついね。ボンドルドちゃん、嫌な配置考えるなぁ」

 

「そうだな」

 

 千空は言った。

 

「だが、あいつは一つだけミスった」

 

「何?」

 

「大樹を正面に置いた」

 

「盾としては最高じゃない?」

 

「だからだ」

 

 千空は笑った。

 

「あいつは大樹を“俺の弱点”として配置した。だが、大樹は弱点じゃねえ。目印だ」

 

 ゲンの目が動く。

 

 大樹は誰より目立つ。

 

 入口正面。

 つまり、敵が最も重要だと考えた場所。

 

 そこに、罠の中心がある。

 

 千空は倉庫の裏壁を叩いた。

 

「モバイルラボは入口から見える位置に置いてある。だが、本当に守りたいなら奥に置く。入口に置いたのは、俺に見せるためだ」

 

「誘導されてるね」

 

「ああ」

 

「行くの?」

 

「行く。ただし、正面じゃねえ」

 

 千空は、地面の湿りを見た。

 

 倉庫裏には、水路が通っている。

 

 荷物の冷却用か、排水か。

 

 小さい。

 

 人は通れない。

 

 だが、道具は通せる。

 

「ゲン、アマリリスに伝えろ。騒ぎを起こすな。笑わせろ」

 

「笑わせる?」

 

「兵の視線を上げる。足元を見せねえ」

 

「了解。無茶ぶり慣れてきたよ」

 

   *

 

 倉庫の前で、アマリリスが転んだ。

 

 わざとらしくない。

 

 むしろ、完璧に自然だった。

 

 荷物が落ち、果物が転がる。

 

 兵たちの視線が一斉にそちらへ向く。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 アマリリスは泣きそうな顔で謝った。

 

 兵の一人が鼻の下を伸ばす。

 

 ゲンが横から加わる。

 

「いやぁ、大変だねえ。こんな可愛い子に重い荷物持たせるなんて、イバラ様も人使いが荒いなあ」

 

「何だお前」

 

「ただの荷運びだよー」

 

 軽口。

 

 笑い。

 

 怒り。

 

 視線が上がる。

 

 その足元。

 

 水路の中を、小さな竹筒が滑っていた。

 

 千空が作った即席の導線。

 

 中には、短い紐と、小さな火種ではない。

 

 煙玉。

 

 ただし、ただの煙ではない。

 

 刺激は弱い。だが、色が濃い。

 

 倉庫内の床下へ届く。

 

 千空は息を止め、紐を引いた。

 

 黒い煙が、倉庫の隙間から上がる。

 

「火だ!」

 

 兵が叫ぶ。

 

 イバラが顔をしかめる。

 

「何をしてる!」

 

 兵たちが慌てる。

 

 モバイルラボを守る者が、反射的に中へ入る。

 

 大樹たちの石像を壊す余裕が消える。

 

 その瞬間、コハクが動いた。

 

 木の上から飛び、屋根へ着地。

 

 屋根板を一枚外す。

 

 中へ落ちる。

 

 兵の首筋へ手刀。

 

 一人、二人。

 

 音もなく倒す。

 

 ゲンが叫ぶ。

 

「火じゃない! 煙だけだ! でも水持ってきて!」

 

 混乱が広がる。

 

 千空は倉庫裏から入り込んだ。

 

 モバイルラボ。

 

 無事。

 

 中身も大部分残っている。

 

「よし」

 

 千空が笑う。

 

 その時、背後で拍手が鳴った。

 

 ゆっくり。

 

 乾いた音。

 

 ボンドルドだった。

 

 拘束されたまま、兵に支えられて倉庫の奥へ連れてこられていた。

 

 イバラもいる。

 

 罠の内側に、さらに罠があった。

 

「素晴らしい」

 

 ボンドルドは言った。

 

「水路からの煙。兵の視線誘導。大樹さんを目印に罠の中心を読む。実にあなたらしい」

 

 千空は振り向く。

 

「テメー」

 

 イバラが笑った。

 

「来たねえ、千空」

 

 コハクが構える。

 

 だが、倉庫の外から声が上がる。

 

 石像の前に兵が戻っている。

 

 大樹の首に、石斧が当てられていた。

 

 石像でも、首を砕かれれば終わる。

 

 ゲンの顔が青ざめる。

 

「まずいね」

 

 イバラは杖を突いた。

 

「動くな。動けば、まず一体砕く」

 

 千空は動かない。

 

 ボンドルドは静かに見ていた。

 

 千空は、彼を睨む。

 

「ここまで読んでたのか」

 

「はい」

 

「俺が水路を使うことも?」

 

「可能性の一つとして」

 

「イバラに教えたのか」

 

「一部だけ」

 

「どこまでだ」

 

「あなたが必ず来ること。正面では来ないこと。モバイルラボを最優先で確認すること」

 

「十分だな」

 

「はい」

 

 コハクの声が低くなる。

 

「裏切り者」

 

 ボンドルドは、その言葉を受け止めた。

 

「そう呼ばれることは、理解しています」

 

「なぜだ」

 

 コハクの目には怒りがあった。

 

「なぜ、ここまでして石化装置を見る」

 

「この力は、人類の終わりであり、保存であり、治療であり、統治であり、進化の可能性です」

 

「人を石にする力だ!」

 

「はい」

 

 ボンドルドは静かに答える。

 

「だからこそ、理解しなければならない」

 

 イバラが笑う。

 

「いいねえ。お前たちの仲間割れは実に楽しい」

 

 その瞬間、千空は言った。

 

「ボンドルド」

 

「はい」

 

「テメー、まだイバラ側にいるつもりか」

 

 ボンドルドは沈黙した。

 

 イバラの目が細くなる。

 

「おい」

 

 千空は続ける。

 

「イバラは石化装置を見せねえ。触らせねえ。原理を理解する気もねえ。ただ使って支配するだけだ」

 

 イバラが杖を握る。

 

「黙れ」

 

「俺なら見せる」

 

 倉庫の空気が止まった。

 

 ゲンが息を呑む。

 

 コハクが千空を見る。

 

 千空は笑っていた。

 

「石化装置を奪ったら、分解はしねえ。壊しもしねえ。だが、観察はさせてやる。俺の監視下でな」

 

 ボンドルドの声が、わずかに変わった。

 

「本気ですか」

 

「本気だ」

 

「危険です」

 

「テメーが言うな」

 

「私は、触れればもっと知りたくなります」

 

「知ってる」

 

「制御できないかもしれません」

 

「制御する」

 

 ボンドルドは、初めて答えに詰まった。

 

 イバラは叫んだ。

 

「何を勝手に交渉している!」

 

 千空はイバラを見た。

 

「簡単な話だ。テメーはボンドルドを使って俺を釣ったつもりだろ」

 

 千空の目が鋭くなる。

 

「俺は、石化装置を餌にボンドルドを釣る」

 

 その瞬間、ボンドルドの右手が動いた。

 

 拘束されているはずの手。

 

 石化が残っているはずの指。

 

 だが、彼はすでに復活液で関節だけを戻していた。

 

 兵の腰から短い刃を抜く。

 

 速かった。

 

 隣にいた兵が反応するより早く、ボンドルドはその刃を兵の首元へ滑らせた。

 

 血はほとんど飛ばない。

 

 だが、兵は膝から崩れた。

 

 倉庫が凍りついた。

 

 大樹が石像でなければ叫んでいただろう。

 

 コハクが目を見開く。

 

 千空の顔も変わった。

 

 ボンドルドは、倒れた兵を支えながら言った。

 

「急所は外しました。数分以内に圧迫すれば生存します」

 

 律はいない。

 

 フランソワも石。

 

 千空が歯を食いしばる。

 

「テメー……!」

 

「選んでください」

 

 ボンドルドは言った。

 

「彼を助けるなら、今です。イバラさんを追うなら、彼は失血で死にます」

 

 イバラが硬直した。

 

 コハクが怒りで震える。

 

「貴様、わざと……!」

 

「はい」

 

 ボンドルドは即答した。

 

「千空さんの倫理を試すため。そして、イバラさんの指揮を乱すためです」

 

 兵たちが混乱した。

 

 仲間が倒れた。

 敵が治療を求めている。

 イバラの命令を待つべきか、助けるべきか。

 

 その数秒。

 

 千空は叫んだ。

 

「ゲン、圧迫! コハク、イバラを逃がすな!」

 

「了解!」

 

 ゲンが倒れた兵へ飛びつく。

 

 コハクがイバラへ突っ込む。

 

 イバラは舌打ちして後退した。

 

 だが、ボンドルドはすでに別の方向を見ていた。

 

 石化装置。

 

 イバラの手元ではない。

 

 倉庫の奥、護衛が持っている。

 

 キリサメへ渡す前の一瞬。

 

 ボンドルドは倒れた兵の体を盾にするように滑らせ、兵の動線を塞いだ。

 

 むごいほど合理的だった。

 

 生きている人間を、死なない角度で障害物にする。

 

 殺さない。

 

 だが、人間扱いでもない。

 

 コハクが叫ぶ。

 

「ボンドルド!」

 

「殺してはいません」

 

「そういう問題ではない!」

 

 千空は、倒れた兵の傷を押さえながら怒鳴った。

 

「ゲン、止血続けろ! クロムたちが石になってなきゃ百億倍楽だったんだがな!」

 

 ゲンは青い顔で言う。

 

「いや、ほんとにね!」

 

 イバラは倉庫の裏口へ逃げた。

 

 石化装置も、護衛ごと退いた。

 

 完全な奪取は失敗。

 

 だが、モバイルラボは確保できた。

 

 そして、島兵の一人は、千空の手で助けられた。

 

   *

 

 数分後。

 

 島兵は生きていた。

 

 千空の応急処置とゲンの圧迫で、命はつながった。

 

 アマリリスが震えていた。

 

「なんなの……あの人……」

 

 コハクは、ボンドルドの胸元に槍を突きつけていた。

 

「動けば刺す」

 

「はい」

 

 ボンドルドは素直に答えた。

 

 彼の拘束は切れている。

 

 だが、逃げない。

 

 千空は血のついた手で、ゆっくり立ち上がった。

 

「ボンドルド」

 

「はい」

 

「今のは完全にライン越えだ」

 

「承知しています」

 

「敵兵を傷つけて、俺に治療を選ばせた」

 

「はい」

 

「イバラの兵を混乱させるために、人を道具にした」

 

「はい」

 

「そして、石化装置を見た」

 

「一部ですが」

 

 コハクの槍先が皮膚に触れる。

 

 ボンドルドは動かない。

 

 千空は言った。

 

「成果は」

 

「装置は手投げ運用。発動前に距離と時間を指定している可能性が高い。使用者はキリサメさんですが、イバラさんが命令系統を握っている。兵たちは装置の原理を知らない。恐怖と信仰で統制されています」

 

「他には」

 

「モズさんはイバラさんに忠誠を持っていません。キリサメさんも、装置の使用制限に倫理的抵抗がある。ここを割れます」

 

 千空は黙った。

 

 情報は、正しい。

 

 使える。

 

 腹が立つほどに。

 

 ゲンが、疲れた顔で言った。

 

「千空ちゃん。どうする?」

 

 千空は、ゆっくり息を吐いた。

 

「拘束する」

 

 コハクが即座に縄を取る。

 

 ボンドルドは抵抗しない。

 

「ただし」

 

 千空は続けた。

 

「こいつの情報は使う」

 

 アマリリスが信じられない顔をした。

 

「使うの? こんなことした人を?」

 

「使わなきゃ負ける」

 

 千空は言った。

 

「だが、主導権は渡さねえ」

 

 ボンドルドは、縛られながら静かに言った。

 

「千空さん」

 

「何だ」

 

「あなたは、敵兵を助けました」

 

「当たり前だ」

 

「そのために、イバラさんを逃がした」

 

「そうだな」

 

「それでも、あなたは勝つつもりですか」

 

 千空は笑った。

 

「勝つんだよ」

 

「その条件で?」

 

「ああ」

 

 ボンドルドは、しばらく黙った。

 

 そして、心底興味深そうに言った。

 

「やはり、あなたは私より危険です」

 

「テメーに言われたかねえよ」

 

「いいえ。本当に」

 

 ボンドルドは、石化装置が消えた方角を見た。

 

「私は、人間を切り捨てれば進める道を知っています。あなたは、切り捨てずに同じ場所へ来ようとしている」

 

 彼の声には、敬意があった。

 

 そして、恐怖に近い喜びがあった。

 

「それが成功するなら、人類は私の想定よりも、ずっと厄介で、ずっと遠くへ進める」

 

 千空は、血のついた手を拭った。

 

「見とけ」

 

 コハクがボンドルドの縄を強く締める。

 

 アマリリスは、倒れた島兵を見つめていた。

 

 敵なのに助けられた男。

 

 助けるために傷つけられた男。

 

 その中心で、ボンドルドは静かに笑っているようだった。

 

 この男は殺すことも、助けることも、同じ実験台に載せる。

 

 そして千空は、そんな男の情報を使ってでも、人を救う道を選ぶ。

 

 島の戦いは、もう単なる石化装置の奪い合いではなくなっていた。

 

 科学をどこまで人間のために留めておけるか。

 

 その境界線そのものが、ボンドルドによって切り裂かれ始めていた。

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