イバラは、笑っていなかった。
倉庫の床に残った車輪の跡。煙玉の黒い煤。倒れた兵。運び出されたモバイルラボ。
そして、縄で縛られたまま座っているボンドルド。
すべてが、彼の支配に小さな傷をつけていた。
「逃げられた。兵は負傷。お前は何をしていた?」
イバラの杖が、ボンドルドの肩を叩く。
ボンドルドは動かない。
「観察を」
「ふざけるな」
「ふざけてはいません。千空さんは予定通り来ました。予定通りラボを重視しました。予定通り、敵兵を見捨てませんでした」
「結果、逃げられた」
「はい。あなたが彼の倫理を過小評価したためです」
兵たちが凍った。
イバラの顔が歪む。
「私のせいだと?」
「あなたは、彼が仲間を優先して動けなくなると考えた。ですが、彼は敵兵の治療すら作戦に組み込む。切り捨てないことを弱点ではなく、手順に変える」
ボンドルドの声は、静かだった。
「そこを読み違えました」
イバラは杖を振り上げた。
今度は仮面ではなく、石化の残る胸部へ打ちつける。
鈍い音。
ボンドルドの身体がわずかに傾く。
「お前、誰に物を言っている」
「この島の実質的支配者に」
「だったら黙れ」
「黙れば、あなたは次も負けます」
イバラの手が止まった。
怒りより先に、恐怖があった。
この男は、腹立たしい。
だが、外れていない。
「では、どうする」
イバラは低く言った。
ボンドルドは、石化した船員たちが並ぶ浜辺を見た。
「石像を移動してください」
「どこへ」
「海へ」
兵たちがざわめいた。
イバラの目が細くなる。
「海だと?」
「はい。陸上に置けば、千空さんたちは奪還に来ます。倉庫、浜辺、船内。どこに置いても足跡が残る。ですが、海中なら痕跡が消えます」
「沈めろと言うのか」
「石化状態なら、呼吸は不要です。適切に沈めれば、保存にもなる」
兵の一人が青ざめた。
「人を海に……」
ボンドルドは、その兵を見た。
「石化した方々は、現時点では腐敗しません。砕かれなければ復活可能です。海底は、あなた方にとって牢であり、千空さんたちにとって救出対象になります」
イバラの口元が上がる。
「なるほど。取り返したければ、海へ潜らねばならない」
「はい。潜水技術を持つかどうかも測れます」
「また観察か」
「もちろんです」
イバラは笑った。
「お前は本当に、ろくでもないな」
「よく言われます」
ボンドルドは静かに続けた。
「ただし、砕かないこと。縄でまとめないこと。石像同士をぶつけないこと。深すぎる場所も避けるべきです。回収不能になれば、交渉材料としての価値が落ちます」
「交渉材料」
「はい。人質です」
その言葉には、ためらいがなかった。
イバラは満足げに頷いた。
「やれ」
*
石像たちは、海へ運ばれた。
大樹。
龍水。
クロム。
フランソワ。
律。
船員たち。
一体ずつ、布で包まれる。
乱暴に扱おうとした兵を、ボンドルドが止めた。
「その持ち方では肩が欠けます」
「うるさい!」
「欠ければ、あなたの責任です。イバラさんの所有物を損なうことになる」
兵は黙った。
イバラは笑った。
「所有物ねえ」
「彼らを人質として扱うなら、所有物と同じ管理精度が必要です」
島の兵たちは、不快そうな顔をした。
それでも従った。
人間を物扱いする言葉に嫌悪しながら、その言葉によって石像を丁寧に運ぶ。
ボンドルドの言葉は、そこが最もむごかった。
人道を破壊する言い方で、人命を保存する。
浜辺では、モズが腕を組んで見ていた。
「お前さ、もしかしてイバラより悪いやつ?」
「比較基準によります」
「俺の基準だと、かなり悪い」
「それは残念です」
「残念そうじゃないね」
モズは石化したコハクの仲間たちを見た。
その中にコハクはいない。
彼は少し笑う。
「あの女は残ってるんだろ」
「はい」
「なら面白くなる」
「あなたは、彼女と戦いたい」
「もちろん」
「それは、イバラさんの目的とはズレています」
モズの笑みが止まった。
「またそうやって種を撒く」
「事実を置いているだけです」
「種っていうんだよ、そういうのは」
ボンドルドは何も返さなかった。
石像が、一体ずつ海へ沈められていく。
大樹が沈む時、兵の一人が手を滑らせた。
石の肩が岩に当たりかける。
ボンドルドが動いた。
拘束された脚では間に合わない。
だから、彼は近くの兵を突き飛ばした。
兵は岩へ頭を打った。
鈍い音。
その身体が、砂の上に崩れた。
大樹の石像は守られた。
兵は、動かない。
浜辺が静まり返った。
モズが目を細める。
「死んだかもね」
ボンドルドは、倒れた兵の呼吸を一度だけ見た。
「可能性があります」
「助けないの?」
「大樹さんの破損防止が優先でした」
イバラすら、一瞬黙った。
ボンドルドは続けた。
「今から処置すれば助かる可能性はあります。ですが、石像の搬送を止めれば千空さん側の襲撃機会が増えます」
モズが笑みを消す。
「お前、本当に人間か?」
「分類上は」
イバラは、倒れた兵を見た。
そして言った。
「続けろ」
兵たちは震えた。
この瞬間、彼らは理解した。
イバラは恐ろしい。
だが、イバラは権力で人を殺す。
ボンドルドは違う。
もっと大きな目的の中で、人の命を位置だけで決める。
*
森の隠れ場で、アマリリスが駆け込んできた。
顔が真っ青だった。
「船の人たちが……海に沈められてる」
千空は目を閉じなかった。
「やりやがったか」
ゲンが呻く。
「イバラの案?」
「いや」
千空は低く言った。
「ボンドルドだ」
コハクの拳が震える。
「あいつ……!」
「砕かれるよりはマシだ」
千空は言った。
その声は冷静だった。
冷静にしていなければ、立っていられなかった。
「石化状態なら呼吸はいらねえ。海底なら隠し場所にもなる。救出には潜水技術が必要。全部、あいつの考えそうなことだ」
ゲンが苦い顔で言う。
「しかも、俺たちに酸素ボンベ作らせる流れになる」
「ああ」
千空は笑った。
苛立ちと興奮が混じった、科学者の笑みだった。
「作るぞ。水中救出用の酸素ボンベ」
アマリリスが目を見開く。
「そんなもの、作れるの?」
「作るんだよ」
ゲンが肩をすくめる。
「ボンドルドちゃんの罠に乗るわけ?」
「違う」
千空は即答した。
「仲間を助けに行く。ついでに、あいつの想定を超える」
コハクが顔を上げた。
「私は潜る」
「お前は島内潜入だ。潜水は別に回す」
「だが――」
「コハク」
千空の声が硬くなる。
「ボンドルドは、俺らが焦って役割を崩すことまで見てる。お前が怒りで動けば、あいつの計算通りだ」
コハクは歯を食いしばった。
ゲンが静かに言う。
「きついね。怒って当然なのに、怒ったら負け」
「だから勝つ」
千空はモバイルラボへ入った。
「材料確認。竹、革、油、金属、漆、空気を詰める容器。短時間でいい。十分钟潜れりゃ十分だ」
「十分なの?」
アマリリスが聞く。
「十分じゃねえ」
千空は笑った。
「だから十分にする」
*
酸素ボンベ作りは、時間との勝負だった。
密閉容器。
空気圧。
漏れ止め。
口元の弁。
浮力調整。
水中での視界。
島にある材料では、完璧なものはできない。
だが、完璧でなくていい。
沈められた仲間を、海底から引き上げるだけなら。
千空が設計し、ゲンがアマリリス経由で材料を集め、コハクが見張りを避ける。ソユーズは海岸の地形を思い出そうとし続ける。
その間、ボンドルドは浜辺でイバラに拘束されたまま、海を見ていた。
モズが隣に立つ。
「千空たちは来るかな」
「来ます」
「潜れると思う?」
「潜れるようにします」
「作れるってこと?」
「はい」
モズは笑う。
「仲間を海に沈めたのに、ずいぶん信頼してるんだね」
「信頼ではありません。能力評価です」
「俺は、お前みたいなやつ嫌いじゃないよ」
「ありがとうございます」
「でも、近くにいたら殺したくなる」
「合理的です」
モズは声を上げて笑った。
*
夜。
最初の潜水が始まった。
海は黒い。
月明かりだけが水面を揺らしている。
千空は潜らない。酸素ボンベの調整と、岸での指示に回る。
潜るのは、島の海に慣れたアマリリスの協力者二人と、科学王国側から銀狼。
銀狼は震えていた。
「え、え、俺? 本当に俺?」
「テメーが一番、泳ぎと逃げ足のバランスがいい」
千空が言う。
「褒めてる? それ褒めてる?」
「百億パー褒めてる」
「嘘だ!」
ゲンが肩を叩く。
「大丈夫。死ななければ英雄だよ」
「死ぬ可能性を消して!」
コハクが銀狼を見る。
「頼む」
その一言で、銀狼は泣きそうな顔をしながら頷いた。
「や、やるよ……やればいいんでしょ!」
酸素ボンベを背負い、海へ入る。
冷たい水。
暗い海底。
石像の影。
最初に見つかったのは、龍水だった。
海底で、まだ笑っていた。
銀狼は泡を吐きながら縄をかける。
次に、クロム。
フランソワ。
律。
大樹は重すぎた。
海底の砂に沈み込みかけている。
銀狼が必死に縄を引く。
だが、何かが絡んでいる。
海藻ではない。
縄。
石像の足元に、別の縄が結ばれていた。
意図的に。
銀狼は目を見開いた。
その縄の先には、小さな黒い破片が結ばれている。
ボンドルドの装甲片。
標識。
いや、罠ではない。
目印だ。
大樹の位置を、最も見つけやすくしている。
同時に、外すのに時間がかかる結び方だった。
救助者の酸素を削る。
銀狼は震えた。
助けやすくしている。
だが、試している。
どちらも同時に成立している。
海面へ戻った銀狼は、泣きながら叫んだ。
「あいつ、マジでおかしい! 目印つけてた! 助かるけど、縄がめんどくさくて、死ぬかと思った!」
千空は歯を食いしばった。
「クソ仮面……救助訓練に変えやがったな」
ゲンが青い顔で言う。
「海底に沈められた仲間で?」
「ああ」
コハクの拳から血が滲んだ。
「許さん」
千空は低く言う。
「許さねえ。だが、全部引き上げる」
*
夜明け前。
石像は、全員ではないが、多くが引き上げられた。
龍水。
クロム。
フランソワ。
律。
数名の船員。
大樹は、まだ海底にいた。
重すぎる。
縄が複雑すぎる。
酸素が足りない。
千空は設計図を描き直した。
「浮き袋を作る。空気を詰めた革袋を大樹に結ぶ。浮力で上げる」
ゲンが疲れた顔で笑う。
「一晩で潜水救助から浮力装置まで行くの、科学王国らしくなってきたね」
「笑ってる暇あったら革袋持ってこい」
「はいはい」
その頃、浜辺では、ボンドルドが海を見ていた。
イバラが横に立つ。
「どうやら、いくつか引き上げられたようだね」
「はい」
「お前のせいだ」
「はい」
「人質を失った」
「全てではありません」
「大樹という大男は残っているのか」
「おそらく」
イバラは目を細める。
「わざとか」
「はい」
イバラの顔が歪む。
「お前、私を裏切っているのか」
「私は、あなたにも千空さんにも完全には属していません」
「殺すぞ」
「今殺すと、あなたは千空さんの行動予測を失います」
イバラの杖が、ボンドルドの喉元に当たる。
「口が達者だねえ」
「よく言われます」
「なぜ大樹だけ残した」
「彼は最も重い。最も救出が難しい。千空さんたちは、彼を助けるために新しい手段を作る必要があります」
「また観察か」
「はい」
イバラは、心底気味悪そうにボンドルドを見た。
「お前は、仲間を助けたいのか、苦しめたいのか、どっちなんだ」
ボンドルドは少しだけ黙った。
「前進してほしいのです」
その答えは、誰にとっても救いにならなかった。
*
次の夜。
千空たちは浮き袋を完成させた。
革袋。
漆の目止め。
空気を送り込む竹管。
石像に巻く帯。
水中で外れない結び。
銀狼は、また震えていた。
「また俺!?」
「一度潜ったやつが一番上手い」
千空が言う。
「それ褒めてる!?」
「今回は百億パー本当に褒めてる」
「信用できない!」
それでも、銀狼は潜った。
海底。
大樹はそこにいた。
岩のように重く、まっすぐ誰かを庇う姿勢のまま。
銀狼は浮き袋を結ぶ。
縄を切る。
黒い装甲片が外れる。
その裏側に、細い線が刻まれていた。
読めない文字ではない。
日本語だった。
――よくできました。
銀狼は水中で叫びかけ、泡を吐いた。
海面へ戻った時、彼は本気で泣いていた。
「もう嫌だ! あいつ、海底で煽ってきた!」
大樹の石像は、浮力でゆっくり上がった。
砂から抜ける。
海面へ。
月明かりの下、大樹が戻ってくる。
コハクが縄を掴み、アマリリスの仲間たちが引き、千空が手を伸ばした。
「回収成功だ」
その声は、かすかに震えていた。
ゲンが息を吐く。
「ボンドルドちゃんの思惑通り、また技術が進んだね」
「ああ」
千空は言った。
「潜水装備、浮力救助、海底回収。全部、一気に進んだ」
「怒ってる?」
「百億パーな」
「でも使う?」
「使う」
千空は、黒い装甲片を握り潰すように握った。
「そして、あいつを回収する」
*
翌朝。
浜辺に、石像がなくなったことが知れた。
イバラは激怒した。
兵たちは震え、モズは笑い、キリサメは何かがおかしいと感じ始めていた。
ボンドルドは、拘束されたまま静かに立っている。
「お前のせいだ」
イバラが言った。
「はい」
「なぜ平然としている」
「結果が出たからです」
「結果?」
「千空さんたちは、海底救助を可能にしました。これで、石化した人間を水中から回収する技術が得られた。今後、海に沈んだ石像も救える」
イバラの目が血走る。
「私の人質を失った話をしているんだよ!」
「あなたの人質は減りました。人類の救出技術は増えました」
その瞬間、イバラは杖を振った。
ボンドルドの仮面に叩きつける。
今度は、仮面の一部が欠けた。
島の兵たちが息を呑む。
ボンドルドの下顎の一部、血の滲む皮膚が少しだけ見えた。
だが、彼は声色を変えなかった。
「良い打撃です。ですが、次は首を狙うべきです」
イバラは、初めて一歩引いた。
この男は、痛みで黙らない。
恐怖で従わない。
利益で動くが、利益の基準が人間と違う。
「モズ」
イバラが言った。
「こいつを見張れ。変なことをしたら殺せ」
モズは笑った。
「いいよ」
ボンドルドはモズを見た。
「あなたは私を殺せますか」
「殺せるね」
「その場合、千空さんはどう動くと思いますか」
モズの笑みが深くなる。
「またそうやって話を面白くする」
「あなたは、面白い方を選ぶ傾向があります」
「正解」
イバラが苛立った声を出す。
「余計な会話をするな!」
ボンドルドは黙った。
だが、もう十分だった。
モズの中にも、種は落ちた。
*
千空たちは、回収した石像を隠した。
復活液は少ない。
全員を一気に戻すことはできない。
誰を戻すか。
また、その問いが来た。
ゲンが言う。
「龍水ちゃん? クロムちゃん? フランソワちゃん? 律ちゃん? 大樹ちゃん?」
千空は即答しない。
誰もが必要だ。
船を動かす龍水。
工作のクロム。
生活管理のフランソワ。
医療の律。
力と精神の大樹。
コハクが静かに言った。
「大樹を戻したい」
千空は頷く。
「俺もだ。だが、今必要なのは作戦の駒だ」
その言い方に、全員が少しだけ表情を変えた。
ボンドルドの言葉が、脳裏をかすめる。
駒。
役割。
価値。
千空は舌打ちした。
「言い方が悪かった。必要なのは、今この状況をひっくり返す仲間だ」
ゲンが小さく笑った。
「自分で修正したね」
「あいつの言葉に汚染されてたまるか」
結論は、龍水だった。
船、指揮、交渉、欲望。
この局面で最も盤面を動かせる。
復活液が石像にかかる。
龍水が目を開けた。
最初の一言は、当然のように叫びだった。
「状況を寄越せ! 全部だ!」
ゲンが笑った。
「復活直後から通常運転」
千空は短く説明した。
船は石化。
石像は海へ沈められた。
ボンドルドがそれを提案。
潜水装備で回収。
イバラが石化装置を保持。
モバイルラボは奪還。
ボンドルドはイバラ側に拘束中だが、両陣営を操作している。
龍水は最後まで聞き、笑った。
「最悪だな!」
「笑うとこじゃねえ」
「いや、笑うところだ。最悪の男が、最悪に役立っている!」
龍水は立ち上がった。
「ならば、買うしかない」
「何を」
千空が聞く。
「ボンドルドの欲望だ」
沈黙。
龍水は続ける。
「奴は金では動かん。権力でもない。命でもない。未知で動く。ならば、石化装置の観察権を餌にする」
「もうやった」
「足りん。もっと明確に契約する」
ゲンが顔をしかめる。
「契約?」
「奴に役割を与える。裏切り者ではなく、危険物管理下の研究者として」
コハクが怒る。
「そんなことを許せるか」
「許すのではない。所有する」
龍水の目が光る。
「危険物は、捨てるか、封じるか、管理するかだ。捨てられん。封じれば敵に回る。ならば管理する」
千空は、少しだけ笑った。
「テメー、ボンドルドみてえなこと言うな」
「違う。俺は人間を欲しがる男だ。壊すためじゃない。動かすために欲しい」
ゲンが肩をすくめる。
「どっちも危ないんだけどね」
「だが、違う」
千空は言った。
「ボンドルドは人間を道具にする。龍水は道具ごと人間を欲しがる」
「褒めているな!」
「半分な」
*
その夜、ボンドルドの元へ小さな紙が届いた。
矢文ではない。
浜辺の石の下に置かれた、油紙。
モズがそれを見つけた。
「お前宛てみたいだよ」
ボンドルドは、拘束されたまま紙を受け取った。
そこには、短く書かれていた。
石化装置観察権。
千空監視下。
触れる権利はなし。
解析記録共有。
代償:イバラ打倒への全面協力。
違反時、永久石化。
署名。
石神千空。
七海龍水。
ボンドルドは、しばらく紙を見ていた。
モズが笑う。
「どうするの」
「良い契約です」
「乗るんだ」
「乗ります」
「イバラを裏切る?」
「私は、最初からイバラさんのものではありません」
モズは声を上げて笑った。
「じゃあ俺は?」
ボンドルドはモズを見た。
「あなたも、イバラさんのものではない」
モズの笑いが、少し変わった。
「いいね。お前、ほんと悪い」
「ありがとうございます」
その夜、ボンドルドは初めて、自分から明確に陣営を移した。
裏切りではない。
彼にとっては、より大きな観察機会へ移動しただけだった。
だが、イバラにとっては裏切りだった。
科学王国にとっては、悪魔との再契約だった。
そして千空にとっては、最も不快で、最も必要な一手だった。