石の世界に祝福を   作:stein0630

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第18話 新大陸の科学者

 

 宝島を出る時、ペルセウスには一つ余計な部屋が増えていた。

 

 檻ではない。

 

 牢でもない。

 

 千空はそれを、あえて「保管室」と呼んだ。

 

 中には机が一つ。椅子が一つ。壁には厚い板。床には固定具。窓はない。道具はない。筆も、刃物も、紐も、金属片もない。

 

 そして中央に、ボンドルドが座っている。

 

 両腕は固定されている。仮面は外されていないが、装甲はほぼ剥がされていた。ゾアホリック断片は回収済み。スパラグモスの残骸も別保管。石化装置からは二十メートル以上離されている。

 

 扉の外には、クロムが書いた注意書き。

 

 話がうまくても信用しない。

 

 役に立っても信用しない。

 

 「なるほど」と言った時点で一度離れる。

 

 ゲンがそれを見て笑った。

 

「だいぶ実践的になってきたね」

 

 クロムは腕を組んだ。

 

「大事だろ。あいつ、気づいたらこっちが納得させられてんだよ」

 

「そうだね。俺も商売替えを考えるレベル」

 

 扉の内側から、穏やかな声がした。

 

「たいへん良い注意書きです」

 

「褒めるな!」

 

 クロムが即座に叫ぶ。

 

「褒められたらなんか負けた気になる!」

 

「負けてはいません。学習しています」

 

「それも嫌だ!」

 

   *

 

 月へ行く。

 

 そのためには、世界が必要だった。

 

 石化装置の謎を解くための旅は、いきなり宇宙へは届かない。ロケットを造るには、燃料、素材、電子部品、ゴム、アルミ、数学、時計、精密加工、そして膨大な復活液が必要になる。

 

 千空は甲板に地図を広げた。

 

「まずは北米だ」

 

 龍水が笑う。

 

「新大陸か! 欲しいぞ!」

 

「欲しいのはコーンだ」

 

 千空が指で地図を叩く。

 

「トウモロコシから大量のアルコールを作る。復活液の材料確保だ。人を戻すにも、都市を作るにも、まず復活液が足りねえ」

 

 クロムが目を輝かせる。

 

「つまり、復活液の大量生産工場か!」

 

「そうだ。コーンシティを作る」

 

 大樹が拳を握った。

 

「畑なら任せろ!」

 

 フランソワは即座に言った。

 

「食料生産と燃料生産を兼ねるのであれば、農地管理と備蓄計画も同時に必要でございます」

 

 ゲンは地図を見ながら言う。

 

「問題は、向こうに誰がいるかだね。全部石像ならいいけど、そうとも限らない」

 

 その言葉で、空気が少し変わった。

 

 宝島には人がいた。

 

 なら、アメリカにも人がいてもおかしくない。

 

 千空は保管室の方を見る。

 

「ボンドルド」

 

 扉越しに声が返る。

 

「はい」

 

「新大陸に現代科学者がいた場合、どう動くと思う」

 

「条件によります」

 

「条件は?」

 

「復活時期、資源量、保有技術、統治体制、軍事力。特に、復活した人物が科学者であり、復活液の製法に到達している場合、科学王国と競合します」

 

 龍水が笑みを深くする。

 

「競合?」

 

「はい。あなた方は復活液を人類救済の鍵として扱う。相手が同じ科学力を持つ場合、それを統治の鍵として扱う可能性があります」

 

「お前みたいにか」

 

 千空が言う。

 

「私より効率的かもしれません」

 

 場が静まる。

 

「現代科学を知る者が、復活者を選び、農地を支配し、銃器や航空技術を再建していた場合、あなた方は初めて“科学で負ける”可能性に直面します」

 

 クロムが叫ぶ。

 

「科学で負けるって、千空がか!?」

 

「知識量だけなら、あり得ます」

 

 ボンドルドは淡々と答えた。

 

「千空さんは天才ですが、全分野の専門家ではありません。現代には、彼と別方向の専門家がいた。軍事、航空、精密機械、理論物理、化学工業。相手が組織化していれば、脅威です」

 

 千空は笑った。

 

「いいじゃねえか」

 

 クロムが驚く。

 

「いいのかよ!」

 

「科学でぶつかる相手がいるなら、燃えるだろ」

 

 ボンドルドは少しだけ黙った。

 

「その反応は、危険ですね」

 

「テメーに言われたくねえ」

 

   *

 

 北米大陸が見えた。

 

 広い。

 

 日本とも宝島とも違う。

 

 水平線の向こうに大地が横たわり、風の匂いが変わる。森、草原、泥、乾いた土。

 

 龍水は舵を握ったまま叫んだ。

 

「見えたぞ、新大陸!」

 

 大樹は甲板で拳を突き上げた。

 

「畑だ!」

 

「まだ畑じゃねえ」

 

 千空が言う。

 

「これから畑にするんだよ」

 

 上陸班は慎重に組まれた。

 

 千空、龍水、クロム、コハク、ゲン、大樹、フランソワ。

 

 そして、保管室の中のボンドルド。

 

 彼は上陸しない。

 

 千空がそう決めた。

 

「テメーは船で待機だ」

 

「妥当です」

 

「妥当って言いながら何かするなよ」

 

「観察はします」

 

「するな」

 

「窓がありません」

 

「なら、壁見てろ」

 

「壁からも情報は得られます」

 

「壁も剥がすぞ」

 

 ゲンが笑った。

 

「千空ちゃん、壁に嫉妬してるみたい」

 

「してねえ」

 

 だが、上陸から三時間後。

 

 最初の銃声が鳴った。

 

 乾いた音が、草原を裂いた。

 

 千空の帽子が吹き飛ぶ。

 

 全員が伏せる。

 

 コハクが即座に千空の前へ出る。

 

「遠距離攻撃!」

 

 クロムの顔が青ざめる。

 

「弓じゃねえ! 何だ今の音!」

 

「銃だ」

 

 千空の声は低かった。

 

「現代銃器だ」

 

 ゲンが血の気を失う。

 

「え、いきなり文明レベル跳ねた?」

 

 龍水は笑っていない。

 

「狙撃だ。こちらを殺す気で撃ってきた」

 

 二発目。

 

 木の幹が弾ける。

 

 正確だ。

 

 距離がある。

 

 相手は見えない。

 

 千空は地面へ伏せたまま呟いた。

 

「やべえな。こっちの位置、完全に取られてる」

 

 その時、通信機から声が入った。

 

 船からだ。

 

 ボンドルドの声。

 

「千空さん。銃声が二度。間隔は三・二秒。音の反射から、射点は北西の高台。単独ではなく、観測者がいる可能性が高い」

 

 クロムが叫ぶ。

 

「なんでわかんだよ!」

 

「船体に伝わる音と、外の見張りの反応を聞きました」

 

 千空は舌打ちした。

 

「壁どころか船まで観察してやがる」

 

 ボンドルドは続ける。

 

「逃げるなら南東の窪地。反撃は困難です。相手は、殺傷より誘導を狙っている可能性があります」

 

「誘導?」

 

 ゲンが小声で言う。

 

「殺せる距離なのに、帽子と木を撃った。つまり、警告?」

 

「または、こちらの反応を見る試射です」

 

 ボンドルドの声は静かだった。

 

「相手にも科学者がいます」

 

 その言葉が、全員の背筋を冷やした。

 

   *

 

 狙撃は、追い立てるように続いた。

 

 殺す一歩手前。

 

 逃げ道は残す。

 

 しかし、進める方向は限られる。

 

 千空たちは、草地の窪地へ押し込まれた。

 

 そこに、白い旗が立っていた。

 

 布ではない。

 

 紙。

 

 そして、英語で文字が書かれている。

 

 科学者へ。

 

 交渉を望む。

 

 銃を持たず、単身で来い。

 

 ゲンが青ざめた顔で笑う。

 

「うわぁ、向こうも交渉上手」

 

 龍水が怒りを含んだ声で言う。

 

「銃を撃って交渉とは、ずいぶん欲張りな男だ」

 

 千空は紙を見た。

 

「ドクター・ゼノ」

 

 その名前が、下にあった。

 

 クロムが聞く。

 

「知ってるのか?」

 

「知らねえ」

 

 千空は言った。

 

「だが、名乗り方が完全に現代科学者だ」

 

 通信機から、ボンドルドが言う。

 

「単身では行くべきではありません」

 

「当たり前だ」

 

 千空が返す。

 

「だが、行かなきゃ情報が取れねえ」

 

「では、代理を出すべきです」

 

「誰を」

 

「私を」

 

 全員が黙った。

 

 ゲンが乾いた声で言う。

 

「いやぁ、今のは予想してたけど聞きたくなかったね」

 

 千空は通信機を睨んだ。

 

「却下」

 

「理由は?」

 

「テメーを新しい科学者に会わせるとか、毒と毒を混ぜるようなもんだ」

 

「爆発するか、薬になるかもしれません」

 

「爆発寄りだろ」

 

「私は、相手の科学思想を読むのに適しています」

 

「だから却下だ」

 

 ボンドルドは少し黙った。

 

「では、私を餌にしてください」

 

 千空の目が細くなる。

 

「何?」

 

「相手は科学者です。未知の装備、未知の被検体、アビス由来の技術。私を提示すれば、相手の関心は私に向く。あなたは、その反応を観察できる」

 

 コハクが吐き捨てる。

 

「自分を餌にするのが好きだな」

 

「有効なので」

 

 龍水が考える顔になった。

 

「使えるな」

 

「龍水!」

 

 コハクが睨む。

 

「いや、使える。相手が科学者なら、ボンドルドは最高の毒餌だ」

 

 千空は黙っていた。

 

 最悪の案。

 

 だが、相手が銃器を持つ科学勢力なら、情報なしに突っ込む方が危険だ。

 

 ゲンが小声で言う。

 

「千空ちゃん。毒餌、撒く?」

 

 千空は通信機を握った。

 

「ボンドルド」

 

「はい」

 

「テメーを出す。ただし、拘束したままだ。交渉権はねえ。俺の許可なしに情報を出すな」

 

「承知しました」

 

「承知しました、で裏で全部やるなよ」

 

「努力します」

 

「努力じゃ足りねえ」

 

   *

 

 ボンドルドは、草原へ出された。

 

 両腕拘束。

 

 首枷。

 

 装甲なし。

 

 仮面だけは残された。

 

 その異形は、銃口の向こうから見ても異様だった。

 

 しばらくして、草原の向こうから男が現れた。

 

 長身。

 

 落ち着いた姿勢。

 

 石の世界に不釣り合いなほど整った服装。

 

 眼差しは冷たく、知的で、支配的だった。

 

「君が科学者か」

 

 英語だった。

 

 千空は隠れた場所で通信を聞いている。

 

 ボンドルドは英語で答えた。

 

「いいえ。私は交渉対象です」

 

「交渉対象?」

 

「捕虜、危険物、研究素材。分類は相手により変わります」

 

 男――ゼノは、わずかに眉を動かした。

 

「面白い自己紹介だ」

 

「ありがとうございます」

 

「褒めていない」

 

「よく言われます」

 

 ゲンが隠れ場所で小声で言う。

 

「国際的に通用するんだ、その返し」

 

 ゼノはボンドルドの拘束具を見た。

 

「君は、彼らの仲間ではない?」

 

「協力関係です。厳密には、管理下の危険人材です」

 

「管理されている自覚がある」

 

「はい」

 

「では、なぜ彼らは君を出した」

 

「あなたの反応を見るためでしょう」

 

 ゼノは目を細めた。

 

「君は正直だな」

 

「正直である方が、嘘より有効な場合があります」

 

 ゼノの視線が、仮面の奥を探るように動く。

 

「君は、どこの科学者だ」

 

「この世界の外側、と言うと不正確でしょうか」

 

「冗談か」

 

「いいえ」

 

「では、君は何を知っている」

 

「石化、復活液、段階的解除、外科処置、未知環境適応、そして人間の限界を超えるための手段について、いくらか」

 

 ゼノの目が初めて明確に動いた。

 

「人間の限界を超える」

 

「はい」

 

「具体的には」

 

「それを聞くなら、先にあなたの目的を」

 

 ゼノは微笑した。

 

「主導権を取りに来るか。捕虜にしては強気だ」

 

「主導権ではありません。交換条件です」

 

「いいだろう。私は、文明を最短で再建する。無知な大衆に科学を委ねる気はない。科学は、理解できる者が管理すべきだ」

 

 ボンドルドは黙った。

 

 その沈黙は、拒絶ではない。

 

 観察だった。

 

 ゼノは続けた。

 

「君の管理者は、そうではないらしい」

 

「千空さんは、科学を共有しようとします」

 

「非効率だ」

 

「はい」

 

 隠れ場所で、クロムが顔をしかめる。

 

「はいって言ったぞ、あいつ」

 

 千空は黙っている。

 

 ボンドルドは続けた。

 

「ですが、その非効率が、彼の集団を強くしています」

 

 ゼノの目が冷える。

 

「感情論か」

 

「いいえ。分散処理です。知識を共有することで、一人の喪失が文明の停止に直結しにくくなる。短期効率では劣るが、長期耐久性に優れます」

 

 ゼノは黙った。

 

「君は彼を評価しているのか」

 

「非常に」

 

「なら、なぜ拘束されている」

 

「評価と安全性は別です」

 

 ゼノは小さく笑った。

 

「君は、私の側に来る気はあるか」

 

 空気が止まる。

 

 隠れ場所の千空が目を細める。

 

 コハクが槍を握る。

 

 ゲンが息を殺す。

 

 ボンドルドは、すぐには答えなかった。

 

 そして、言った。

 

「条件によります」

 

 クロムが小声で叫びかけ、ゲンに口を塞がれた。

 

 ゼノは満足そうに言った。

 

「条件を言え」

 

「石化現象の研究環境。被検体の確保。復活液の製法。医学、化学、通信、軍事技術へのアクセス。そして、千空さんとの継続的な接触」

 

「最後はなぜだ」

 

「彼は、私の研究に不可欠です」

 

「友人か?」

 

「いいえ」

 

「敵か?」

 

「いいえ」

 

「では何だ」

 

 ボンドルドは静かに言った。

 

「制約です」

 

 その言葉に、ゼノは初めて本気で笑った。

 

「科学者が自分の制約を求めるのか」

 

「制約がある方が、実験は洗練されます」

 

 隠れ場所で、千空が低く呟いた。

 

「あいつ……」

 

 龍水が言う。

 

「ゼノを釣っているな」

 

「ああ」

 

 ゲンは青い顔で笑った。

 

「でも、半分本気だよね」

 

「百億パーな」

 

   *

 

 その瞬間、銃声がした。

 

 ボンドルドの肩が弾けた。

 

 血が飛ぶ。

 

 しかし彼は倒れなかった。

 

 遠距離からの狙撃。

 

 ゼノの背後に、もう一人いる。

 

 スタンリー。

 

 ゼノは驚かない。

 

「試射だ」

 

 ボンドルドは肩から流れる血を見た。

 

「見事です。骨は外している。動脈も避けた。拘束された対象への威嚇として、非常に正確」

 

 ゼノが言う。

 

「痛みには強いようだな」

 

「痛みはあります」

 

「表に出さないだけか」

 

「必要がないので」

 

 二発目。

 

 今度は足元。

 

 土が跳ねる。

 

 ゼノは言った。

 

「君を殺すのは容易だ」

 

「はい」

 

「なら、なぜ殺さないと思う」

 

「あなたが私に価値を見出したからです」

 

「正解だ」

 

 ゼノは一歩近づいた。

 

「君を引き渡せ。代わりに、千空とやらには一時停戦を提案する」

 

 通信機越しに、場が凍った。

 

 ゲンが小さく言う。

 

「ボンドルドちゃん、取引材料として成立しちゃったね」

 

 千空は歯を食いしばる。

 

「最悪だ」

 

 ボンドルドは言った。

 

「私を引き渡すかどうかは、千空さんが決めます」

 

「君自身は?」

 

「私は観察機会の多い方を選びます」

 

「では、こちらへ来い」

 

「現時点では、まだです」

 

 ゼノの目が細くなる。

 

「理由は」

 

「あなたは私を使うでしょう。千空さんは私を使いながら止めようとする。後者の方が、長期的に興味深い」

 

 ゼノの顔から笑みが消えた。

 

「君は、私を退屈だと言っているのか」

 

「いいえ。あなたは非常に優秀です」

 

「なら」

 

「ですが、完成されすぎている」

 

 風が草を揺らした。

 

「あなたは科学を支配の道具として使う。理解しやすく、強い。しかし、千空さんは科学を共有することで、予測しにくい成長を引き起こす」

 

 ボンドルドは、血を流しながら穏やかに言った。

 

「私は、その不安定性を見たい」

 

 ゼノはしばらく黙った。

 

 そして言った。

 

「交渉決裂だ」

 

 その瞬間、三発目。

 

 今度は殺す弾だった。

 

 ボンドルドの胸へ向かう。

 

 だが、コハクが飛び出した。

 

 槍ではない。

 

 盾代わりに持っていた金属板で弾を受ける。

 

 衝撃で腕が痺れる。

 

「撤退!」

 

 千空が叫ぶ。

 

 大樹が走り、ボンドルドを担ぐ。

 

「重い!」

 

「装甲は外しているはずですが」

 

「黙ってろ!」

 

 クロムが煙玉を投げる。

 

 ゲンが叫ぶ。

 

「はいはい、交渉終了! 次回またご縁があれば!」

 

 龍水が合図し、退路が動く。

 

 銃声が続く。

 

 だが、千空たちは逃げ切った。

 

   *

 

 ペルセウスへ戻った時、ボンドルドの肩から血が流れ続けていた。

 

 律が処置を始める。

 

「動かないでください」

 

「動いていません」

 

「喋らないでください」

 

「努力します」

 

「努力じゃなくて黙ってください」

 

「はい」

 

 フランソワが止血布を渡す。

 

 コハクは槍を持ったまま、怒りを隠さない。

 

「お前、ゼノにつく気だったのか」

 

「可能性としては検討しました」

 

「貴様……!」

 

「ですが、今は千空さん側に残ります」

 

「今は、か」

 

「はい」

 

 千空はボンドルドの前に立った。

 

「テメー、ゼノに何を見た」

 

「完成された支配者型科学者です」

 

「俺には」

 

「未完成の共有型科学者です」

 

「褒めてんのか」

 

「観察です」

 

 千空は笑った。

 

「ゼノは俺を殺しに来るな」

 

「はい」

 

「理由は」

 

「あなたが彼の統治構想にとって最大の不確定要素だからです」

 

「テメーは?」

 

「私は、捕獲対象になるでしょう」

 

「なぜ」

 

「ゼノさんは、私を研究対象として欲しがる。スタンリーさんは、私を危険物として排除したがる。二人の判断が割れる可能性があります」

 

 龍水が腕を組む。

 

「使えるな、その亀裂」

 

「はい」

 

 千空は言った。

 

「ボンドルド」

 

「はい」

 

「テメーを餌にする」

 

「承知しました」

 

「喜ぶな」

 

「顔は仮面で見えないはずですが」

 

「声が喜んでる」

 

 クロムがぼそっと言った。

 

「また声かよ」

 

 ゲンが肩をすくめる。

 

「この船、声で感情読む文化できてるね」

 

   *

 

 夜。

 

 ボンドルドは治療後、再び保管室へ戻された。

 

 肩に包帯。

 

 拘束具はさらに強化。

 

 壁の注意書きが一枚増えた。

 

 敵に売れそうでも売らない。

 

 クロムの字だった。

 

 ボンドルドはそれを見た。

 

「安心してください。まだ売られません」

 

 扉の外のクロムが叫ぶ。

 

「まだって言うな!」

 

 千空は通信記録を見ていた。

 

 ゼノ。

 

 スタンリー。

 

 現代科学。

 

 銃。

 

 航空技術の可能性。

 

 コーンシティどころではない。

 

 新大陸には、別の科学王国があった。

 

 しかも、支配を選ぶ科学者がいる。

 

 そこへ、ボンドルドが混ざる。

 

 最悪だった。

 

 だが、同時に使える。

 

 ゼノはボンドルドを欲しがる。

 

 ボンドルドはゼノを観察したがる。

 

 千空は、その相互欲望を利用できる。

 

 ゲンが言った。

 

「三角関係みたいだね。全然ロマンチックじゃないけど」

 

「三角関係っつーか、三つ巴の毒物反応だな」

 

 千空は地図を見た。

 

「ゼノは俺を殺しに来る。スタンリーは実行できる。こっちはコーンを取らなきゃいけねえ」

 

「ボンドルドちゃんは?」

 

「檻に入れたまま、外へ匂いだけ漏らす」

 

 ゲンは苦笑した。

 

「毒餌運用、正式採用か」

 

「そうだ」

 

 千空は言った。

 

「新大陸戦、開幕だ」

 

 その夜、保管室の中でボンドルドは静かに目を閉じていた。

 

 ゼノ。

 

 スタンリー。

 

 科学による支配。

 

 科学による共有。

 

 月。

 

 石化装置。

 

 復活液。

 

 そして、自分を欲しがる新しい科学者。

 

「実に」

 

 彼は小さく呟いた。

 

「良い環境になってきました」

 

 扉の外でクロムが叫んだ。

 

「今の記録! 絶対ヤバい意味のやつ!」

 

 ボンドルドは、静かに答えた。

 

「正解です」

 

 クロムは、本気で頭を抱えた。

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