石の世界に祝福を   作:stein0630

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第6話 半分だけ戻る

 

 

 復活包帯は、三日で標準装備になった。

 

 壊れた石像を直す時、いきなり復活液をかけない。まず霧状の前処理で表面をゆるめ、接合部への負荷を下げる。次に杠が最終確認をし、千空が本液を使う。

 

 成功率は目に見えて上がった。

 

 割れやすかった指。

 欠けていた耳。

 細かく砕けた頬。

 

 以前なら賭けだった修復が、手順になり始めていた。

 

「これ、マジで革命だろ」

 

 クロムは作業台の前で笑った。

 

「石像直すスピードが全然違う!」

 

「調子乗んな。まだデータが少ねえ」

 

 千空はそう言いながらも、記録板から目を離さなかった。

 

 復活液使用量、約三割減。

 接合部崩壊、現時点でゼロ。

 復活後の痛み訴え、軽度。

 意識混乱、従来と大差なし。

 

 数字は良い。

 

 良すぎるほど良い。

 

 ボンドルドは、少し離れた位置でその記録を見ていた。

 

「順調ですね」

 

「順調すぎる」

 

 千空は言った。

 

「何か隠してるか?」

 

「隠しているものはあります」

 

 クロムがぎょっとする。

 

「認めるのかよ!」

 

「すべてを開示する契約ではありませんから」

 

 コハクの槍が動く。

 

 ボンドルドは、静かに続けた。

 

「ただし、この手順に危険な仕込みはしていません。あなた方の監視下で、あなた方の材料を用い、あなた方が実施している」

 

「言い方が嫌なんだよ」

 

 千空は記録板を置いた。

 

「まるで、俺らが自分で実験してるみてえじゃねえか」

 

「実験は、実際にあなた方が行っています」

 

 ボンドルドは答えた。

 

「私は、仮説を提示しただけです」

 

 ゲンが横で小さく笑った。

 

「うわぁ。責任の置き方がきれいに気持ち悪い」

 

   *

 

 その日の復活対象は、元医学生だった。

 

 名前は真鍋律。

 

 石化前の年齢は二十二歳。大病院の近くで発見された。服装と所持品から、医療知識が期待された。右腕に大きな亀裂があり、従来なら復活時に崩壊する可能性があった。

 

 だから、復活包帯を使う。

 

 杠が修復を終えると、千空が最終確認をした。

 

「接合は問題ねえ。前処理は短め。腕だけ重点。全身に霧は回すな」

 

「了解!」

 

 クロムが竹管を調整する。

 

 ボンドルドは一歩離れ、腕を組んで見ていた。

 

「何か言いたそうだな」

 

 千空が聞く。

 

「はい。前処理の範囲を、胸部にも少し広げた方がよいかもしれません」

 

「理由」

 

「覚醒直後の呼吸再開に関係する可能性があります」

 

「根拠は」

 

「これまでの記録です。復活直後、胸郭周辺の解除が早い個体ほど、呼吸の乱れが少ない」

 

 千空は記録板を見た。

 

 たしかに、そう読めなくもない。

 

 だが、データ数は少ない。

 

「仮説としては弱え」

 

「弱い仮説を検証する価値はあります」

 

「人体でか?」

 

「対象は石化状態です」

 

「そういう言い換えすんな」

 

 千空は即座に切った。

 

「腕だけだ。胸には回さねえ」

 

「承知しました」

 

 ボンドルドはあっさり引いた。

 

 それが、逆に千空の中で引っかかった。

 

 だが、作業は進む。

 

 霧の前処理。

 腕の接合部がゆっくりなじむ。

 本液投入。

 

 石が割れた。

 

 乾いた音ではない。

 

 殻が内側から解けるように、表面が崩れ、人間の皮膚が現れた。右腕の接合部も保っている。

 

 律は大きく息を吸い込んだ。

 

「――っ、は……!」

 

 目が開く。

 

 大樹が駆け寄ろうとする。

 

「待て」

 

 ボンドルドが言った。

 

 千空も同時に手を上げていた。

 

 律の呼吸がおかしい。

 

 吸えている。だが、意識が戻りきっていない。目は開いているのに、焦点が合わない。指先が動く。唇が震える。

 

 ゲンが顔をしかめた。

 

「パニック?」

 

「違う」

 

 千空が言った。

 

「神経系の戻りが遅れてる」

 

 律が、かすれた声を出した。

 

「……ここ……どこ……音が……遅い……」

 

 クロムが不安そうに言う。

 

「おい、大丈夫なのか?」

 

 ボンドルドが前に出た。

 

「名前を呼んでください。短く。複数人で同時に話さない」

 

「律!」

 

 大樹が叫びかける。

 

「大樹、声量落とせ」

 

 千空が止める。

 

 杠が膝をつき、優しく言った。

 

「真鍋さん。聞こえますか。ここは安全です」

 

 律の目が、ゆっくり杠へ向く。

 

「……聞こえる。でも、変だ。体が、半分寝てる」

 

 千空の目が細くなる。

 

「半分寝てる?」

 

「痛くない。寒くもない。でも、腕が……あるのに遠い」

 

 ボンドルドの声が、わずかに低くなった。

 

「たいへん興味深い」

 

 コハクが即座に睨む。

 

「今、それを言う場面か」

 

「はい」

 

 千空は律の脈、瞳孔、呼吸、皮膚温を確認した。

 

 命に危険はない。

 

 だが、通常の復活と違う。

 

 意識は戻っている。

 身体の一部が、遅れている。

 

「前処理をかけた腕だけ、感覚の戻りが遅い」

 

 千空が呟いた。

 

「霧状前処理で、解除の段階差が出たのか」

 

「おそらく」

 

 ボンドルドは答えた。

 

「石化解除は、一瞬のオンオフではない。段階があります。私たちは今、それを分けてしまった」

 

「分けてしまった、ねえ」

 

 ゲンの声が冷える。

 

「ボンドルドちゃん、驚いてる感じがしないんだけど」

 

「驚いています」

 

「嬉しそうに見えるよ」

 

「発見ですから」

 

 千空が立ち上がった。

 

「テメー、予想してたな」

 

「可能性としては」

 

「どこまでだ」

 

 ボンドルドは黙った。

 

 その沈黙だけで、全員が理解した。

 

 千空たちは、復活包帯を「修復補助」として使っていた。

 

 ボンドルドは、同じ手順を「段階的覚醒の実験」として見ていた。

 

 同じ作業。

 同じ道具。

 同じ復活。

 

 だが、見ていたものが違った。

 

「ふざけるな」

 

 大樹が低く言った。

 

「お前は、俺たちに人間で実験させたのか」

 

「手順を決めたのは千空さんです。実施したのもあなた方です。私は、危険を増やす操作はしていません」

 

「そういう話じゃない!」

 

 大樹の怒声が作業場を震わせる。

 

 律がびくりとした。

 

 千空が手を上げた。

 

「大樹、今は後だ。患者が先」

 

 大樹は歯を食いしばり、下がった。

 

 律の状態は、数十分で安定した。

 

 腕の感覚も戻った。運動機能に異常はない。痛みも少ない。むしろ、従来の復活者より混乱が少なかった。

 

 それが、さらに場を重くした。

 

 結果が、良かったのだ。

 

   *

 

 夜までに、データは揃った。

 

 律の証言は明確だった。

 

 復活直後、時間感覚が遅れた。

 前処理された腕は、痛みが薄かった。

 意識はぼんやりしていたが、恐怖は少なかった。

 完全覚醒までに段階があった。

 

 千空は記録板を睨んでいた。

 

 クロムは興奮を抑えきれない顔で言った。

 

「これさ……すげえぞ。復活のショックを減らせる。大怪我してる人を戻す時、先に痛みを抑えられるかもしれねえ」

 

「それだけじゃない」

 

 律本人が、弱い声で言った。

 

 全員が彼を見る。

 

 律は医学生だった。復活直後にもかかわらず、頭は回っている。

 

「もし、体の一部だけ解除段階を遅らせられるなら……手術に使える。麻酔が足りない世界なら、これは代替になる」

 

 千空は黙る。

 

 ボンドルドが静かに言った。

 

「石化由来の段階的鎮静」

 

 律は頷いた。

 

「危険だけど、理屈としてはあり得る。痛覚伝達が戻りきる前に処置を終えられるなら……」

 

 大樹が叫ぶ。

 

「そんなの、危なすぎる!」

 

「危ない」

 

 律は即答した。

 

「でも、今の医療環境なら、麻酔なしで切るより危なくない場合がある」

 

 場に沈黙が落ちた。

 

 現代医療の知識を持つ者が、ボンドルドの発見に医学的価値を認めた。

 

 千空は、板に大きく書いた。

 

 段階的解除。

 鎮痛。

 覚醒制御。

 局所処置。

 危険:人格・同意・意識状態。

 

 ゲンが苦い顔で言う。

 

「一気にヤバい技術になったね」

 

「ヤバいどころじゃねえ」

 

 千空は言った。

 

「これは、復活液の使い道が変わる」

 

 これまで復活液は、石化を解くための鍵だった。

 

 だが、段階的解除が可能なら。

 

 復活は、ただの目覚めではない。

 麻酔にもなる。

 保存にもなる。

 治療にもなる。

 拘束にもなる。

 

 ボンドルドが欲しがる理由が、全員に見えた。

 

「お前」

 

 大樹はボンドルドを睨んだ。

 

「これを最初から狙っていたのか」

 

「最初から、ではありません」

 

 ボンドルドは答えた。

 

「霧状前処理の結果を見てからです」

 

「なぜ言わなかった」

 

「言えば、試さなかったでしょう」

 

 その場の空気が、完全に凍った。

 

 ボンドルドは続けた。

 

「そして試さなければ、この発見は得られなかった」

 

 大樹が掴みかかろうとした。

 

 コハクが止める。

 

 コハク自身も、今にも斬りかかりそうな目をしている。

 

 千空は動かなかった。

 

 ただ、低く言った。

 

「テメー、ライン越えたな」

 

「はい」

 

 ボンドルドは静かに認めた。

 

「ですが、得られた成果は大きい」

 

「それを言うから最低なんだよ」

 

「言わなくても、事実は変わりません」

 

 千空は、ボンドルドの前に立った。

 

「今日からテメーを復活処置に近づけねえ」

 

「それは困ります」

 

「困れ」

 

「段階的解除を制御できるのは、現時点で私とあなたの二人だけです」

 

「クロムにも教える」

 

「教えれば危険は増えます」

 

「テメー一人に握らせるよりマシだ」

 

「では、律さんにも加えるべきです」

 

 千空の目が動く。

 

「何?」

 

「彼は現代医学の基礎知識を持っています。段階的解除の医療応用には、私より彼の観点が必要です。あなた方が私を排除するなら、なおさら彼を育てるべきです」

 

 律が息を呑む。

 

 ゲンが小声で言う。

 

「自分の代わりを提案してきた……?」

 

「違う」

 

 千空は言った。

 

「こいつは主導権を取りに来てる」

 

 ボンドルドは否定しない。

 

「この技術は危険です。だから、管理者が必要です」

 

「その管理者にテメーがなる気か」

 

「最適であれば」

 

「最悪だな」

 

「最悪でも、有効であれば選択肢になります」

 

 龍水が割って入った。

 

「待て。感情で切るな」

 

 大樹が振り向く。

 

「龍水!」

 

「俺も腹は立っている。だが、ここでこいつを閉じ込めれば技術が止まる。技術が止まれば、救える人間が減る」

 

「だから許すのか!」

 

「許さん」

 

 龍水は断言した。

 

「許さんが、使う。俺たちは世界を取り戻す。怒りで道具を捨てるほど裕福ではない」

 

 ゲンが苦い笑みを浮かべる。

 

「龍水ちゃん、それボンドルドちゃん寄りに聞こえるよ」

 

「違う。主導権を奪われないために、こちらから枠を作る」

 

 千空は龍水を見た。

 

「案は」

 

「段階的解除研究班を作る。千空、律、クロム、杠、そしてボンドルド。ただしボンドルドには単独実験禁止。全記録公開。人間対象は本人同意と全員承認が必須」

 

「全員って誰だ」

 

「最低でも、千空、律、杠、大樹、コハク、俺。感情で止める者も入れる」

 

 ボンドルドは静かに聞いていた。

 

「良い構造です」

 

「貴様のためではない」

 

「わかっています」

 

 だが、その声には満足があった。

 

 ゲンがそれを聞き逃さなかった。

 

「まずいね」

 

 千空が横目で見る。

 

「何が」

 

「ボンドルドちゃん、望み通りだよ。閉め出されるより、研究班に入る方がいい。しかも“危険だからこそ必要”って位置になった」

 

 千空は舌打ちした。

 

 その通りだった。

 

 ボンドルドは倫理を破った。

 だが、発見が大きすぎた。

 

 排除すれば、技術の理解が遅れる。

 使えば、彼が中心に近づく。

 

 どちらでも、彼の存在価値は上がる。

 

 主導権が、少し傾いた。

 

   *

 

 その夜、研究班の最初の規則が作られた。

 

 段階的解除の人体応用は禁止。

 例外は、生命危機があり、本人または代理判断者の同意があり、研究班全員が承認した場合のみ。

 

 復活包帯の使用記録は、全件公開。

 濃度、時間、部位、復活後症状を記録。

 ボンドルドは単独で薬品、石化片、復活対象に接触禁止。

 

 それでも、ボンドルドは不満を言わなかった。

 

 むしろ、整えられた規則を興味深そうに読んでいた。

 

「あなた方は、怒りを制度に変えるのが速い」

 

「怒りっぱなしじゃ科学が止まるからな」

 

 千空は言った。

 

「だが勘違いすんな。信用は地の底だ」

 

「承知しています」

 

「次やったら、科学王国から追放する」

 

「それは困ります」

 

「困らせるために言ってんだよ」

 

 ボンドルドは、規則板に視線を落とした。

 

「ですが、今日の発見で救える命は増えます」

 

「テメーがそれを言うな」

 

「誰が言っても、事実は同じです」

 

 千空は答えなかった。

 

 小屋の外では、律が杠に礼を言っていた。右腕は動く。感覚も戻った。彼は明日から医療班に入ることになる。

 

 救えた。

 

 救えたからこそ、重い。

 

 ゲンがぽつりと言った。

 

「これさ、ボンドルドちゃんの勝ち?」

 

 千空は少し黙った。

 

「一手は取られた」

 

「だよねぇ」

 

「だが、詰んでねえ」

 

 千空は新しい板を手に取った。

 

 そこには、こう書かれていた。

 

 危険技術管理表。

 

 最上段に、段階的解除。

 その下に、復活包帯。

 その横に、ボンドルド。

 

 千空はその名前を囲み、さらに外側に大きく線を引いた。

 

「こいつが主導権を取りに来るなら、その主導権ごと仕組みに閉じ込める」

 

 ゲンは笑った。

 

「檻を作るんだ」

 

「違う」

 

 千空は言った。

 

「実験室だ」

 

   *

 

 深夜。

 

 ボンドルドは小屋の中で、包帯を巻かれた手を見ていた。

 

 扉の外にはコハク。

 少し離れて大樹。

 屋根の上にスイカ。

 

 監視は厚い。

 

 だが、彼は満足していた。

 

 復活液は鍵だと思われていた。

 

 今日、それは鍵ではなくなった。

 

 麻酔。

 保存。

 段階的覚醒。

 医療処置。

 統治。

 拘束。

 教育。

 戦略。

 

 ひとつの液体から、無数の道が開いた。

 

 そしてその道の入口に、自分の名が置かれた。

 

「良い一日でした」

 

 彼は静かに呟いた。

 

 扉の外で、コハクが低く言う。

 

「こちらは最悪の一日だった」

 

「ですが、明日から救える人は増えます」

 

「だから最悪なのだ」

 

 コハクの声は冷たい。

 

「お前のしたことを、結果だけで否定しきれない」

 

「ええ」

 

 ボンドルドは穏やかに答えた。

 

「それが、進歩の厄介なところです」

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