添い寝してもらわないと眠れない女の子in百合猛獣だらけの女子寮 〜案の定美味しく食べられてしまうと思いきや、女たらしの才能に目覚めてしまいます!?〜 作:鐘楼
深白さんの名前を出されて、最後に見た彼女が今朝、親族に捕まって暗い顔をしていた姿だということを思い出す。その後の衝撃の展開で頭から抜け落ちていたことを恥じながら、甘露先輩の話に耳を澄ます。
「うん。心配なんだ……深白ちゃんは、わたしたちとは少し違うから」
「違う……ですか?」
違う……具体的に何がどう違うのか分からないまま聞き返すと、甘露先輩はただ首肯する。
「……希沙音ちゃん。わたしはわるいお姉さんです」
「えっ? わ、悪い人だったんですか?」
「そうです。なので今から、内緒の話をします」
「内緒の話……?」
「うん。深白ちゃんの境遇と、家族の話」
「……!」
一段声のトーンを落として告げられたその言葉に、私は合点がいった。その後の私の悩みの話で流れてしまったけど、甘露先輩もいばら先輩も、深白さんが連れて行かれたことを私が話したとき、心当たりのある顔をしていた。
甘露先輩は、深白さんとその家族についての情報を、私に伝えようとしてくれている。それで、内緒の話だと強調しているのは、深白さんの個人的かつデリケートな情報だから。
「もちろん、この話を聞いた希沙音ちゃんは、知ってしまったことを深白ちゃんに悟られてはいけないし、わるいお姉さんみたいに人の事情を勝手に話すような子になってはいけません」
「は、はい」
「それでも。……わたしは希沙音ちゃんに話しておくべきだと思ったの」
「……」
本当は、断るべきなのかもしれない。
甘露先輩も、私が拒めばこの話をなかったことにしてくれると思う。あるいは、私がどれだけ信用できるか試しているのかもしれない。でも……。
「深白さん……」
あの時の、深白さんの表情を思い返す。急に現実へと引き戻されたみたいな、あの表情。あれを見てしまった後から思えば、私や由衣ちゃん、この寮で先輩たちといる時の深白さんの表情はとても楽しそうで……できるなら、深白さんにはずっとそんな顔をしていてほしい。
そして、私はまだ深白さんほとんど何もお返しができていない。色んなことを、何より本当の私を教えてくれた深白さんには、何かを報いたい。そのために……甘露先輩の話は、きっと役に立つ。
「甘露先輩! 深白さんのこと、教えてください!」
「うん。……秘密だよ?」
たとえここで甘露先輩の信用を損なったとしても、深白さんの笑顔を取り戻す糸口が欲しい……そんな覚悟を胸に振り返って甘露先輩を見ると、先輩は深く頷いてくれた。
甘露先輩は一度離れた私の身体を再び捕まえると、話の端を開いた。
「まず……深白ちゃんの家、伊咲家について。古くからある名家なんだけど……知ってた?」
「いえ、知らなかったです」
名家……深白さんの妹を名乗っていたあの子の立ち居振る舞いからして、高貴っぽい感じはしていたけど、やっぱりそうだったんだ。伊咲家……お母さんたちなら知っているかもしれないけど、私とお姉ちゃんは家の付き合いから遠ざけられていたから、残念ながら聞いたことがない。
「深白ちゃんはね、六年くらい前にその伊咲家に引き取られたんだ」
「引き取られた……ですか?」
「うん。亡くなった深白ちゃんのお母様が、駆け落ちしてお家と縁を切った伊咲家のご令嬢だったから」
「……っ」
胸の中に、
「……深白ちゃん自身、ご両親についてはあんまり気にしてないみたいなんだけどね」
「そう……なんですか?」
「そんなに仲の良い親子じゃなかったみたいだから」
家族と険悪になった覚えのない私にとっては、信じられない話だ。深白さんの心境と、家族仲がそうなってしまうような境遇を想像して、やはり胸が痛む。
「問題はむしろ、引き取られた後でね。深白ちゃん、名家の教育とかしきたりとか、そういうのが本当に合わなかったみたいで……窮屈で居場所がなくて、伊咲家では孤立しているみたい」
「……なるほど」
十歳から、いきなり今までと全然違う環境に置かれたら、なじめなくて当然だ。それで居場所がなくなるのも……残念だけど、理解できる。あの時車から深白さんに声をかけた美しい和服の子みたいな所作を、深白さんがしている姿は……正直、想像がつかないし……。
「……そういえば今朝、深白さんに声をかけた女の子、深白さんのことを姉だって……」
「多分、その子は元から伊咲家にいた子ね。深白ちゃんの方が年上だったから、義理の妹……ってことになってるんだと思う」
そっか……彼女の『姉』という言葉に含みがあったのは、義理の姉妹だからで……でも血縁はあるということになるから、顔立ちが似ているのも納得だ。
「つまり……偶然家の人に見つかった深白さんは、苦手な伊咲家に顔を出さなきゃいけなくなって、それで憂鬱な気分になったってことですか」
「……今日の件に関しては、そうだね。深白ちゃん、普段は家の呼び出しも突っぱねてるみたいだけど、直接見つかっちゃったら顔を出すしかないんだと思う」
「そうだったんですか……」
今回の件の謎が解けて、何か深白さんのためにできないかという方向に思考を切り替え始めた、その時だった。
「……でも、それだけじゃなくて……」
「? それだけじゃ……?」
「……ううん。やっぱり、内緒話はここまでかな」
「そう、ですか」
まだ何かありそうな口ぶりだったけど、甘露先輩にこれ以上を話す気はないようだった。気にはなるけれど、追及はしない。甘露先輩が話すべきじゃないと判断したことなら、きっと私が知る必要がないこと……もしくは、直接深白さんから聞くべきこと……なんだと、不思議とそう思う。
「だからね、深白ちゃん疲れて帰ってくると思うんだ。気を遣ってあげて。前は……わたしがその役目をしてたんだけど、今は……きっと希沙音ちゃんが一番だから」
「一番……ですか?」
「うん。最近の深白ちゃん、本当に楽しそうだったから」
そう言って思いを馳せる甘露先輩の笑みが、この瞬間の私には……誰よりも優しく見えた。
「きっとわたしより、深白ちゃんの素を引き出せてる。いばらちゃんは……いばらちゃんも深白ちゃんのことを気にかけてはいるんだけど、当の深白ちゃんに怖がられてるみたいだから……」
「あ、そんな気はします。いばら先輩、すごく優しいのに……」
「……わたしもそう思うけど……うーん、やっぱり希沙音ちゃんは希沙音ちゃんでちょっと心配ね……」
「え、なんでですか?」
急に私へと話が移って困惑すると、甘露先輩は曖昧な笑みを浮かべた。つまり、誤魔化されてしまった。そのまま、浴槽から甘露先輩は立ち上がる。
「……深白ちゃんのこと、よろしくね。あ、この話を聞いたことはもちろん内緒。そもそも深白ちゃん、わたしが事情を知っていることも知らないから」
「えっ? 深白さんに聞いたんじゃないんですか?」
「ううん。深白ちゃんが寮に入ってきてすぐ、わたしが心配だなぁって言ったら、いばらちゃんがその日のうちに調べ上げてくれたの」
「……え? ど、どうやって……?」
「うーん……悪いこと、じゃないかな?」
私は初めて、いばら先輩を普通に怖いと思うのだった。