添い寝してもらわないと眠れない女の子in百合猛獣だらけの女子寮 〜案の定美味しく食べられてしまうと思いきや、女たらしの才能に目覚めてしまいます!?〜   作:鐘楼

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ミシロ(中)

『それで、ミシロちゃんは……大丈夫? 帰れる?』

『あのザマからよく大人ヅラできんな……』

 

 思い出したかのようにあたしの心配をしだした女に白い目を向けるれば、女は気まずそうに目を逸らした。誰だろうと指図を受けるつもりはないが、特にこんな奴の説教なんかまっぴらごめんだった。

 

『私のことは置いておいて……ほら、やっぱり危ないよ。お家帰れる?』

『あぁ?』

 

 自分のことを棚に上げる女の心配は、余計なお世話も良いところだと思った。迷子になるほど抜けていないし、荒事を乗り切る嗅覚だってこの女よりは備えている。そんな想いを込めた反抗の眼差しは、女の目には年頃の少女の強がりにでも見えたのだろう。

 

『うーん、そうだ! じゃあ、お礼にお姉さんの家来る?』

『は? そりゃ……』

 

 犯罪だろ。という言葉が、喉元まで突っかかったのを覚えている。だけれど……この時のあたしは何を思ったのか……犯罪者に仕立ててこの馬鹿の弱みを握ろうと考えたのか、単に血迷っただけなのか。

 

『……たしかに、家には帰りたくない』

『あ、やっぱり? 素直に言えて偉いね~』

 

 再び頭を撫でようと伸びてくる手をはねのけ、あたしはノコノコと女の家へとついていった。

 

 念のため経路を記憶しながら電車で移動しながら、酔っ払いの中身のない話を聞いていると、あっという間にあたしたちは女の家へと辿り着いた。

 

『いらっしゃ~い、まぁなんにもないんだけど……』

 

 その言葉は謙遜でも何でもなく、そこはただのボロアパートの一室で、内装もひどいものだった。これでよく人を招こうという発想が出てきたな、と思うほどの。

 

『あっ……気に入らなかった? ミシロちゃん、結構良い服着てるもんね……でもほら、こういう場所を経験しておくのも社会学習? とかに……』

『……いや、むしろ落ち着くよ』

 

 でもあたしにとっては、その空気は少し懐かしくも感じられた。帰りたいと思ったことも、特に良い思い出もないはずなのに、生家に似た雰囲気というのは落ち着くものなのかと、そう思った。……今思えば、単に伊咲の家よりは慣れた雰囲気というだけだったのかもしれないが。

 

『そ、そう? 結構たくましいね』

『ボロいより前に汚いけどな』

『うぐっ……』

 

 女の部屋は、ボロい以前に清掃が行き届いていなかったのを覚えている。こんな部屋を、目立たないようほどほどに片付けてやるのが、かつての習慣だった。もっとも必要だからやっていたことで、他人の面倒を見るほどあたしは世話好きではない。

 

 だが、そんな汚部屋に唯一、よく手入れされていることが分かる一画があった。そこに置かれているのは、女が肌身離さず背負っていた楽器と同種の代物に見える。

 

『楽器……か』

『ん? あ、そうそう! さすがにそれだけは綺麗にしておかないとね』

『弾けんの?』

『それはもう! なんだったら……あ、今は深夜だった……』

 

 自分の領域である話を振られた女は、得意になって楽器……ギターを取り出して、腕前を披露しようとしたが、さすがに近所迷惑になると思い直したらしい。あの時は疑問に思わなかったが、まさかアンプに繋ぐつもりだったのだろうか。昼間でもあの薄壁じゃアウトだと思うんだが……。

 

『そうだ、動画なら……あっ、隣のWi-Fiのパスワード変わってる!』

『……』

 

 口走っている内容からして、この女は多少犯罪でも気にしないタイプの人間なんだろうな、と思った。あたしも大概だが、平気で未成年を連れ込むだけのことはある。……それとも、アホだから悪いことをしている自覚がないのだろうか。

 

『あ、保存されてるのがあった! これ見て、これ!』

 

 女が差し出してきたスマホとイヤホンを、限りなく低い期待で受け取り、あたしは彼女の渾身のライブ映像を見た。そして……あっという間に、動画は終わっていた。

 

『どうだった? どうだった?』

 

 喚く女を無視して、あたしは無言でその動画を再生しなおす。はっきり言って、感動したのだ。下手をすれば、生まれて初めてかもしれない衝撃。画面に映る彼女は別人のように輝いていて、かっこよかった。流れてくる旋律と歌声は力強く、また魅惑で、深く沈んだまま意識すらしていなかった心というものを引き上げてくれるような。

 

 満足して、顔の紅潮にすら気づかずイヤホンを外したあたしの前に、得意げすぎてもはやウザいその女の顔があった。

 

『……双子か何かか?』

『ひどいよ!』

 

 とっさに出たその言葉は、映像の中の彼女とその女半分があまりにもかけ離れていたというのもあるけれど……半分は、照れ隠しだった。

 

 結局その日は浮かされた心持ちのまま、あたしはたった一つしかない女のうっすい布団で一緒になって眠り、翌日朝になって伊咲の家に帰るのだった。なんとか騒ぎになる前に帰宅することができたあたしは、不在を追及されてものらりくらりとやり過ごし……落ち着いたタイミングで女と同じ楽器を購入した。

 

 代金は、貯まっていたお小遣いで十分に事足りた。最黒のそれより少額なんだろうが、それでも常識外れの金額。ケチなつもりはないが無駄遣いが嫌いで趣味もないあたしは持て余していたが、役に立つのがその時だった。

 

 それからというもの、のめり込むようにあたしはギターの練習に励んだ。それまで、引き取られてからの自由時間はほとんどすべて勉強に充てていたのだが、その時間もすべて練習に使った。勉強も嫌いではなかったが、比較的、こちらの方が都合が良かった。

 

 頭だけでなく、体力も使うから。より時間を潰せる。突き詰めれば、理由はそれだけだ。

 

 残念ながら、一人で練習するだけではあの時のような感動を得ることはできなかったのだ。

 ある時、派手に音を出してみればまた違うかもと、スタジオを借りた。広い伊咲の家なら音を出しても近所迷惑にはならないかもしれないが、家の人間には何事かと注意されるに決まっている。だから、実際に音を奏でるのはそこが初めてだったが……結果は変わらず、あたしに感動はなかった。自分の上達を確認することはできたが、それだけだ。

 

 失意のままスタジオを後にしたあたしは、そこで──

 

『あっ』

『あ』

 

 再び、あの女と巡り会った。

 

 とはいえ、あたしには特に用がなかった。せいぜいこの辺りが拠点なのか? と思うくらいで、探していた相手でもない。見なかったことにして帰ろうとしたのだが、向こうの方から呼び止められる。

 

『待ってよ! それ……始めたんだ』

『あぁ……一応』

 

 この時の女は連れを……バンドメンバーを連れていて、その人たちからなんだなんだと好奇の視線が向けられる。どうにも居心地が悪くて、逃げるように去ろうとも思ったが、結局押し切られて、後ほど時間を作る約束をしてしまうのだった。

 

 そして……話をするだけなら喫茶店でも、と思ったのだが、女が金がないとか抜かしてきた。奢ってやるのも癪だったので、結局再び女の家へと上がることになった。

 

『それで、なんだよ』

『いやぁ、あの日からミシロちゃんの蔑んだ瞳がクセになっちゃって……』

『は?』

『冗談! でもその感じやっぱりイイ!』

『……』

 

 ノコノコとついてきたことを本気で後悔していると、女はふいにその瞳をまっすぐとしたものに切り替えた。少しだけ、映像の彼女の面影を感じる顔だった。

 

『悩んでるでしょ。お姉さん、放っておけないな』

『……だとして、あんたには話さないぞ』

 

 言って、あたしは自分の言葉が少し違うということに気づいた。この女に抱えたものを打ち明ける気は当然ないが、思いを打ち明けられる相手など、世界のどこにもいないのだと。

 

『そっかぁ、堅いなぁ。ミシロちゃん、私のライブを見てる時はもっと……あ!』

 

 何か名案を思いついたらしい女は、いそいそと自らの荷物を漁ると、あたしに紙切れを差し出してきた。

 

『はい、これ!』

『……これは』

『私のライブのチケット! お姉さんがプレゼントしてあげよう!』

 

 しばし、チケットとやらをじっくりと見たのを覚えている。その紙切れが随分と魅力的に見えたから。

 

 ただギターの練習をしていても心が躍らない。けれどそれ以上に熱中できることがない。そしてそもそも、居場所がどこにもない。そんなあたしの悩みを忘れさせるような体験ができる、そんな予感があった。

 

 わくわくを態度に出さないようにしながら、あたしはチケットを受け取る。すると、女は満面の笑みを浮かべた。

 

『楽しみにしてて。かっこいいお姉さんを見せてあげる』

『……調子乗んな、貧乏人』

 

 掛け値なしに、その時の彼女をかっこいいと感じて……なんだかムカついたあたしは、チケットに書かれた金額のちょうど倍額を放って、女の家を後にした。

 

『ちょ……倍も……これって、差額は私の全取りでいいよね……』

 

 最後に聞こえてきた言葉は、さすがに聞かなかったことにして。

 

 

 

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