添い寝してもらわないと眠れない女の子in百合猛獣だらけの女子寮 〜案の定美味しく食べられてしまうと思いきや、女たらしの才能に目覚めてしまいます!?〜 作:鐘楼
あたしは思い切りも良い方だし、人怖じもしない。だからバンドを組むための人集めも簡単だと思っていた。
前半は当たっていたし、後半は間違っていた。
たしかに声をかけるのは苦ではなかったが、そこからが続かなかった。あたしは他人との距離感がうまく掴めないし、意図せず言葉で人を傷つけることがある。そこまで重症じゃないと思っていたが、関係に支障をきたすくらいには、それはしっかりとあたしの欠点だったらしい。
欠点が見えたのなら、修正していくしかない。何度も声をかけて、何度も失敗して。そのたび自分を見つめ直して、嫌になって立ち往生する。そんなある時、おかしな奴が現れた。
『よっ! キミが噂の白髪ナンパ少女?』
『ナンパじゃねーから人違いだな』
『またまた。うち、芳沢巳遙っての。問題児ちゃんに釘を刺しに来ました』
『……そうか』
どうやら声をかけすぎて、すでに悪い噂になっていたらしい。無理もないことだなと思いつつ、すぐに活動拠点を別の場所に移すことを考え始めたあたしの思考に割り込むように、そのおかしな奴……巳遙があたしの瞳をのぞき込んできた。
『深白ちゃん、でいいんだよね? そんなにバンドが組みたい?』
『ああ』
推し量るように聞いてきた巳遙に、あたしは反射的に睨み返しながら言い切った。
『組みたい』
『ふーん……いいじゃん』
『は?』
『うんうん。いいよ、とりあえずうちが一人目になったげる。よろしく、深白!』
すると何を気に入ったのか、巳遙はその場であたしと組むと言い出したのだった。彼女は申し分のない実力を持つドラマーで、合わせをしてみても文句のつけようがない。それに、深く踏み込んでこない一方であたしの悪いところをハッキリと指摘してくれて、一緒にいると居心地も良かった。巳遙が二つ上で、余裕と度量があったからというのもあるかもしれないが。
そんな巳遙のおかげか、今までが嘘のようにメンバーが決まり、あたしはついにギターボーカルとしてステージに立つことができた。
……正直なところ、よく覚えてはいない。照明に照らされる熱さと、向けられた無数の視線を前に、必死になって練習を再現しようとしたのだろう。記憶に残っているのは、この身を満たすような充実感と、求めていたものを手に入れた、この場所こそが答えなんだという漠然とした確信だけ。
そう、あの時は間違いなく、あたしは満たされていた。でもそれは一瞬のこと。ライブが終われば、火照りとともに高揚感は冷めていき、麻痺していた痛みが戻ってくる。
音楽もバンドもライブも良い……が、あたしを根本から癒やしてくれるものではなかった。やはり──
そこであの女の顔が浮かんできて、あたしは考えるのをやめにした。ただライブの熱を求めて、ストイックに練習に励んだ。巳遙には苦言を呈されたが、その努力は実を結んで、あたしたちのバンドはどんどんと人気を得ていった。
『あのっ、ふぁ、ファンです!』
『あ……?』
その結果か、こういうことも増えてきた。声をかけてきた少女の顔は朱に染まっていて、瞳には熱がこもっている。巳遙が言うには、あたしの容姿とスタイルは客の受けがいいらしく、アイドル的な人気を獲得しているらしい。『このままうちを高みに連れてってくれ~』とも。
顔で売れることには、別に抵抗はない。拘りがない。母譲りの容姿だと思うと気に入らないが、そこを気にしすぎる方が癪に障る。だから拘らないし、巳遙のためならそういう人気もありがたく受け取っておくことにした。
『そうか。これからも応援、よろしくな』
『はっ、はい!』
笑みを向けると、ファンの少女は面白いように表情を綻ばせた。随分と簡単だなと思いつつ踵を返そうとすると、予想に反して少女はあたしを呼び止めてきた。
『ま、待って……! 今から時間、ありませんか!? お茶とか、どうかなって……』
『……』
勇気を振り絞った、そんな表情の少女。あたしは当然断ろうとして……どうせ今からどこかで昼食を取ろうとしていたことを思い出した。
『いいぜ。昼飯のついでなら』
『ほ、本当ですか!? やった!』
『……!』
感極まった少女は、勢いのままあたしの腕を組んできた。さすがのあたしでも分かった。客観的に、この少女はおかしい。距離感が近すぎる。おそらく、普通の枠に当てはまらないタイプの人間。対応を間違えたかと、頭の一部では考えたのだが。
少女の柔らかいからだが触れた瞬間、あたしは別のことも考えた。
果たしてあたしは、
誰であろうと、あの女でなかろうと、痛み止めにはなるのか、と。
それを確かめてみたくなったあたしは、この少女でそれを試すことに決めた。
驚くほど簡単にその試みは成功し、あたしは……ファンの女を痛み止めに使う術を知った。
『深白! 最近の貴女は目に余ります!』
『あぁ、最黒か』
屋敷の中で、あたしを睨みつける最黒。随分と久しぶりな気がするが、彼女の怒りの理由はなんとなく分かった。
少し前まで尖っていたのは目つきと態度くらいだったのが、今の伊咲深白は服も派手でピアスまで開けている。お嬢様が口を出したくなってもおかしくはない。
『なんですか、その格好は! 伊咲の名を背負う者としてありえません!』
『かもな~』
最黒の小言に適当な相づちを打つと、最黒は少しだけ瞳の色を変えた。
『……変わりましたわね、貴女』
それは、その通りだろう。初めて話した時とじゃ、随分と印象が違って見えるだろう。思えばあの時は、無駄に怖がらせてしまった。
『ですがそれはともかく。やはり見過ごせません! なんですか耳にジャラジャラと! 何の意味があるのです!』
『あーあー』
だがいくらあたしに多少の負い目があって、最黒の言葉が正論だろうと、あたしに態度を改める気はないし、こうして文句を言われっぱなしなのも癪だった。
『脱け出しすぎて屋敷にいることの方が珍しいという始末! まったく貴女は自覚が──』
『最黒』
『なに、を……』
だからとりあえず最黒を黙らせるため、揶揄い混じりでいつもセフレにしているような振る舞いを意識して、最黒の手首をつかんだ。
『──そんなの、お姉ちゃんの勝手、だ』
『っ……はぁっ!?』
『そんじゃあなー』
『まっ、待ちなさい!』
最黒とは、そんな風なやりとりを顔を合わせるたびにする仲になっていた。まるで本当の姉妹のように……かどうかは、あたしには判断できないものの、最黒のことは嫌いじゃないし、向こうも本気で嫌っているわけではなさそうな、ほどほどに良い関係だった。
だが、それが良くなかったのか。
それからすぐ、あたしは屋敷を追い出され、紹介された学生寮……高嶺荘に移ることになった。多分おそらく、不良のあたしを最黒から引き離すため。
とはいえ伊咲で言う端金、世間で言う大金は融通してくれるのであたしに文句はない。
最黒のことはちょっとだけ心残りだったが……それはそれとして、移り住んだ高嶺荘は見方と言える人間があまりに少ない伊咲の家よりも、ずっと居心地が良かった。
姉ヶ原甘露さん。料理が上手くて、柔和な二つ上の先輩。親身になって気遣ってくれるところがくすぐったいが、それぐらい優しい人。恥ずかしいからやらないが、いつでも甘えさせてくれそうな雰囲気に、ついつい安心してしまう。
桐峰いばら先輩。腹の中に一筋縄ではいかないものを抱えた、危険な香りを漂わせた鬼畜眼鏡。正直言って苦手なのだが……なぜだかあたしを気に入っていて、『深白はかわいいですね』なんて言って可愛がってくれる。背筋が寒くなることもあるが、嬉しくないこともない。
そしてなんと言っても、二人ともあたしの同類で、寮に女を連れ込んでも良いという。
あたしはすぐに、この寮を家だと思うようになっていた。
☆
「はぁ、終わった終わった」
猫をかぶって耳元を隠して、伊咲の家で挨拶回りという苦行を乗り越えたあたしは、窮屈な着物を脱ぎ捨てる。
「……みっともないですよ、深白」
「いーんだよ、あたしがそもそもみっともないんだから」
文句を言ってくる最黒をあしらい、あたしはさっさと私服に着替える。
今朝、最黒に見つかったあたしがどうしてこんなことをしなければならなかったのかと言えば、とどのつまり金のためである。元より度々呼び出されることはあり、基本的にそれらは無視しているのだが、暇そうにしているところを最黒に見られては言い訳ができない。行かないといよいよ仕送りを打ち切られる危険が高かったのだ。
「んじゃ、あたし帰るわ」
窮屈で凝った筋肉を解しながらそう言うと、最黒の顔にどこか陰が差した。
「帰る、ですか」
「ん? あぁ」
「……良い身分ですね、貴女は」
「んー、そうだな?」
今日みたいな多少面倒な日はあるが、今のあたしは名家の恩恵と自由の両方を享受できている。たしかにこんな良い身分はない。最黒みたいな生活なんてあたしには絶対無理だし。最黒の言うとおりだと、何の含みもなく返すと、ギリリと、そんな音がしたような気がした。
そうしてそのまま俯く最黒の顔をよく見ないまま、あたしは背を向けて伊咲の家を後にした。
すっかり夕方になってしまった街を歩きながら、一つの顔を思い浮かべる。
……希沙音。
面白いを通り越して面白がれないようなことを何度もしでかす、不思議な奴。
家に帰れば、先輩たちだけじゃなく、希沙音も待っている。別れて半日ほどしか経っていないというのに、早くあって話したいと思って……そんな自分に驚いて。
そうして希沙音のことで思考をループさせていると、寮への帰宅はあっという間だった。
「ただいまー」
心を綻ばせながら玄関の扉を開くと、そこには。
「あ、深白さん! お帰りなさい!」
「深白ちゃん、お帰り~」
風呂上がりの良い匂いを漂わせた、希沙音と甘露先輩が待っていた。
それを見て、あたしは──
あ、ヤったなこいつら。
と、そう思った。