添い寝してもらわないと眠れない女の子in百合猛獣だらけの女子寮 〜案の定美味しく食べられてしまうと思いきや、女たらしの才能に目覚めてしまいます!?〜 作:鐘楼
「おっ、深白ー! こっちこっち!」
「あぁ……」
待ち合わせ場所のファミレスで、先に着いていたらしい巳遙に手を振り返す。
一応、今日はお預けになったライブの打ち上げの代わり、という名目の会である。……希沙音は用事があるようで、来てくれなかったが。
……希沙音。花平希沙音。……ダメだ。ここのところ、あたしは気を抜けば希沙音のことばかり考えている。きっかけは考えるまでもなく、希沙音にただただ抱きしめられて眠ったこと。
余韻も倦怠感もないまま、難しいことを忘れて、安心をくれる人と一緒に眠る。そんな体験は……少なくともあたしの記憶の中では初めてだった。たったそれだけのことで……いや、それがあたしにとっては些細なことではないと、希沙音は分かっていたのだろうか。そして、そんな希沙音だからあたしは……。
「……深白? なんか悩んでる?」
「え、あっ……別に」
「めっちゃ誤魔化すじゃん」
さすがにこの場にいない希沙音のことを考えすぎたのか、気づけば巳遙があたしの顔を覗き込んでいた。咄嗟に誤魔化して見るも、それすらあっさりと見破られてしまう。あたしはそんなに分かりやすくないはずなのに、巳遙は……と考えかけたところで、今の自分が全く未知の精神状態だということを思い出す。
そうか……誰の目から見ても、今のあたしはおかしいか……。
「……まっ、それはいいけどさー」
だが、巳遙はそれ以上追及するつもりがないようで、あっさりと話題を変えようとする。
「いいのかよ」
「え~? じゃあ、よくないって言ったら深白はうちに相談してくれるの?」
「それは……しねーけど」
「ほら」
完全にあたしの思考パターンを読み切っているらしい巳遙は、鬱陶しいドヤ顔を見せつけてくる。うざいけども、たしかに巳遙の言うとおりだ。
巳遙はあたしのことを舐めている。だからこそやりやすいし、関係が長続きしてきた。そういう仲だから、今更悩みを……弱みを見せるような相手じゃない。……普段のあたしなら。
この気持ちを吐き出してみる相手として、巳遙は別に悪くないんじゃないか──なんてあたしが血迷ったところで、先に巳遙が次の話題を切り出した。
「それでさ、いつ正式に入ってくれるの? 希沙音ちゃん」
不思議なことに、その次の話題はあたしの悩みのど真ん中だったわけだが。
「……へ? あ、あぁ……希沙音な……」
巳遙が言っているのは、あたしたちのバンドに希沙音が正式に参加してくれないのか、という話だ。ビジュよしテクよし人当たりよし、巳遙から見れば、たしかにあれほど完璧な人材はいないだろう。期待するのも当然だ。
「うーん、希沙音なぁ……」
「なんでよ。あんな良い子他にいないでしょ?」
「それはそうなんだけど……あいつはな……人格に問題はないが素行には問題があるというか……」
あたしの言葉に、巳遙は全くピンときていなさそうな顔で首をかしげる。
実際に希沙音がバンドに入ってくれたらのことを考えると、それはもう人気が出るだろう。人気が出てファンガールに囲まれた希沙音がどんな行動に出るかと言えば……ちくりと胸が痛み、いずれ看過できないトラブルを起こしそうだという自分を棚に上げた理由で覆い隠す。
「……つまりどゆこと?」
「あー……」
連鎖的に悩みが再燃したあたしは……事情説明のついでとして、巳遙に現状を打ち明けてしまうことを決意する。
「すまん、一から話す。あたしと希沙音とのこと」
「ほう、聞きましょう」
「希沙音がうちの寮に来たの、二週間くらい前なんだけど……あいつ、添い寝してもらわないと眠れないらしいんだ」
「はぁ?」
「いや頼む。一旦ここは呑み込んでくれ」
初っ端から引っかかる巳遙だったが、こんな序盤で説明を挟んでいたらキリがない。
「それで、その日はあたししか寮にいなかったんだけど……あいつ、あたしに添い寝を頼んできて……」
「……まさか」
「普通に誘われたと思って……手出した……」
それを聞いた巳遙は、頭が痛そうな顔であたしに軽蔑の目線を向けてくる。巳遙はあたしのプライベートについて、黙認はしていても良くは思っていない節があるので、この反応は当然だ。
「いや……希沙音ちゃん、今まではどうしてたの?」
「多分、ずっと姉と寝てた……? 話ぶりからすると、姉ちゃんに姉離れしろって言われて寮に入れられたみたいだし」
「考え得る限り最悪の選択肢じゃん」
「言うなよそんなこと……」
たしかに、何でよりにもよって高嶺荘なんだと思わなくもないが、あたしと希沙音を巡り合わせてくれた花平姉のその選択を非難したくはなかった。
「それでその次の日、あたしは別の女のとこ行ってて、希沙音を一人にさせちゃったんだけど」
「サイテー」
「その時はまだ冗談だと思ってたんだ。連絡したときも文句は言われなかったし……」
「希沙音ちゃん、どうしたの?」
「それが……由衣って分かるか? この前出待ちしてたあいつ」
「あぁ、うん。分かるけど、なんで急に?」
「帰ってきたら希沙音、その由衣と寝てたんだよ」
「え、寝てたって……」
「ヤってた」
「……????」
投げつけられた情報を全く処理できていないのが伝わってくる表情を浮かべる巳遙。無理もない。あたしだってあの時は意味が分からなかった。
「な、なに? なにがどうなってそうなったの?」
「なんか、最初は希沙音がヘラった由衣の愚痴を聞いてたみたいなんだが……ちょうどあたしから帰らないって連絡が来て、焦って由衣に添い寝を頼んだらしい。それで由衣が誘われたと勘違いして、流れで……」
「流れって……希沙音ちゃん、初めての次の日だったんでしょ?」
「由衣に求められるまま、あたしの真似をしてみたら大成功、みたいな……実際、あれから由衣は希沙音に夢中だし」
「…………」
いつもの調子も崩れて、巳遙の顔が驚愕に染まる。おそらく今、こいつの中での希沙音のイメージがどんどんと書き換わっていることだろう。
「じゃ、じゃあ……ライブの日にうちを仲間外れにして三人で夜の街に消えたのは……」
「それはまぁ……タチの希沙音がにわかには信じられなくて、見てみたくなって」
「あ、そう……どうだった?」
「本物だった。天才すぎて怖かった」
「深白にそこまで言わせるか……」
引き気味……と見せかけて、ちょっと面白がっている巳遙はそこで息をつくと、改めてあたしの方を見た。
「なるほどね……人格は良くても素行に問題ありって意味、分かったよ」
「あっ、えっと……」
「んー?」
「その……ここからは、相談なんだけどさ……」
話を締めにかかる巳遙を引き留める。自分の気持ちを整理して、意を決して言葉に変えていく。
「この前、家に顔を出すことになって……」
「あぁ、お嬢様」
「やめろよ。それで……正直、結構参ってて。希沙音を抱いて気を紛らわせようとした、んだけど……」
「……うん」
聞かせたことのないあたしの声色に何かを感じたのか、巳遙は口を挟むことなくあたしの言葉を待ってくれる。
「それを希沙音に見透かされてさ。生まれとか、あの人とのこととか、色々打ち明けることになって……」
「……!」
「話しすぎて、嫌われるかな、って思ったんだけど……希沙音、あたしのこと抱きしめてくれてさ。『今日は、普通に添い寝しましょう』って……」
「……」
「初めてだった。そんなこと言ってくれる奴も、ただ安らかに眠るため肌に触れるのも……」
感動を。想いを。口に出していくと、実感が胸の奥へと浸透していくようだった。いつの間にか、巳遙の目は見開かれている。
「じゃあ、深白は……」
「……ん。……好き、かも……」
「ひゃあ~~」
巳遙の変な反応にもつっこめないくらいに、顔が熱い。好きだなんて、もっと簡単に言える言葉だったはずなのに。
「そっかぁ、あの深白がねぇ……」
「……どの深白だよ」
「まぁまぁ。……でも、ごめん。あんまりアドバイスとか浮かばないや」
「いや……話せて楽になった」
あたしの正直な気持ちを聞いて、やたらニマニマとする巳遙。恥ずかしくて目を逸らすと、自然と希沙音のことが脳裏に浮かんでくる。
「……でも、思うんだ」
「うん?」
「あの日……最初に会ったときに手を出さなければ、もっと……希沙音と普通に……」
希沙音が変に覚醒してしまったのは、間違いなくあたしのせいだ。それが、それさえなければ。ただあたしだけが、希沙音と毎日普通に添い寝をする──そんな生活が手に入ったのかもしれないのに。
「いや、それは自業自得じゃん」
「…………まぁそうなんだけどさ」
真顔の巳遙の耳の痛い言葉が、割としっかり心へと突き刺さる。まぁ、そうだ。あたしのせいなのは間違いない。
「ま、そういうことなら、希沙音ちゃんのことは保留だね~。好きな人が近くにいて深白が調子崩したら困るし」
「そんな心配は……いらない……と思う」
「歯切れ悪っ」
いつもの調子で笑う巳遙に、思わずあたしも笑みがこぼれる。心の内がすっかり軽くなっていることを、巳遙に感謝しなければならない。
癪だから、口には出してやらないが。