添い寝してもらわないと眠れない女の子in百合猛獣だらけの女子寮 〜案の定美味しく食べられてしまうと思いきや、女たらしの才能に目覚めてしまいます!?〜 作:鐘楼
涙を浮かべて逃げていってしまった、深白さんの知り合いらしい女の子。
「待って……!」
逃げていったその子に追いついて、その手首を捕まえる。松原由衣ちゃん。振り返った彼女の瞳は、涙に濡れながらも憎悪を滲ませ私を睨みつけていた。
「なに、なんなの!? マウントでも取りに来たの……!?」
かわいらしい腕力で私の手を振り払おうとする由衣ちゃんだったけど、私は決して離さず逆に由衣ちゃんの手を包み込んだ。どうして由衣ちゃんが私に反発しているのか分からないけど、まずは落ち着いてもらわないと。
「っ……!?」
「落ち着いて。私は花平希沙音。深白さんと同じ高嶺荘に、昨日から入寮することになった者です」
「! 入寮生……」
とにかく先手を打ってしまおう、みたいな勢いで自己紹介をしてみる。すると、不思議と由衣ちゃんの剣呑な雰囲気が和らいだ。
「じゃ、じゃあ、深白さんとは……」
「? 深白さんには、このあたりの案内をしてもらっていたんです」
「そ、そうだったの……」
由衣ちゃんは申し訳なさそうな顔を浮かべると、どうしてか私に向かって頭を下げた。
「……ごめんなさい。勘違いしてしまって……わたし、八つ当たりみたいなことをして……謝るわ」
「ううん、気にしてないよ」
詳しくは分からないけど、由衣ちゃんが私を睨んでいたのは誤解で、たった今その誤解は解けたみたいだ。それは良いんだけど……。
「それじゃあ……さようなら。わたし、もう──」
「っ、待って!」
まだ、話は終わってない。怒りは萎んでなくなったように見えるけど、悲しみの方は、未だに由衣ちゃんの中で渦巻いている。私が気になって、放っておけないと思ったのは、そちらの方だから。
「何……?」
「その、おはなし、してみたいなって! 私が奢るから……どうかな?」
☆
怪訝な顔をされてしまったけれど、由衣ちゃんは私の押しに負けてついてきてくれた。近場のファストフード店に二人で入る。
「聞いてるだろうけど……わたしは松原由衣」
「私は花平希沙音! って、もう言ったよね」
「……」
なんとか場を作ることはできたものの、由衣ちゃんの表情は暗いままだ。身勝手で、身の程知らずかもしれないけれど、私は無性に由衣ちゃんを笑わせてあげたくなった。
「……聞いてもいい? 深白さんとは、どういう関係なの?」
「カノジョ……はは、惨めね……ただの、セフレよ」
私の問いかけに、由衣ちゃんは沈痛な笑みを浮かべてそう答えた。セフレ……って、初めて高嶺荘に来たときにいた、控えめそうなあの人と同じ、深白さんの友達だよね。でも、『カノジョ』……? それって、恋人って意味……?
「由衣ちゃんって、深白さんが好きなの?」
「っ……! そう、よ……悔しいけど、どうしようもなく……! あんな遊び人、間違ってるって分かってるのに……!」
「遊び人……?」
遊び人って、深白さんのことだよね。たしかに、私の知らない遊びとかいっぱい知ってそうだけど……?
とにかく、由衣ちゃんは深白さんが好きで、でもその恋を間違いだって思っているみたいだ。恋は男女でするものだって聞いたことがあるから、それが理由なのかな……?
……もしそうだったら、それが理由で自分の気持ちを否定するのは違うと思う。
「由衣ちゃん。泣かないで」
「えっ……?」
私は持ち歩いているハンカチを取り出して、由衣ちゃんの涙を拭う。目を丸くする由衣ちゃんに、私は笑いかけた。
「好きになったなら、しょうがないことなんじゃないかな。自分の気持ちを否定しても、辛くなるだけだと思う。……由衣ちゃん、せっかくかわいいんだから、泣かないでほしいな」
「かわ……っ!?」
私の言葉に照れたのか、それともびっくりしたのか由衣ちゃんは顔を赤くして少し仰け反った。どちらにしても、少しは気を紛らわせられたみたいだ。
「とっ……というかさっきから『由衣ちゃん』って……馴れ馴れしいんだけど……」
「あっ、ごめんね! 嫌だった?」
「嫌じゃ……ない、けど……」
ちょっとだけ反発して、でも結局折れて受け入れてくれる由衣ちゃんは、なんだかとても……かわいい、と思った。いや、由衣ちゃんは最初からかわいいんだけど……なんというか、そういうのとも違っていて、私の心の深い奥底の部分が、今の由衣ちゃんをかわいいと評した……みたいな。
……とにかく、由衣ちゃんも落ち着いたみたいだし、もっと聞いてみたいことを聞いてみよう!
「ねぇ、どうして深白さんを好きになったの?」
「! それは……ちょっと待って」
由衣ちゃんは逡巡の後、スマホを取り出した。少しの間そのスマホを操作した後、見せてくれたその画面には……由衣ちゃんと、漆黒の衣装に身を包んだ深白さんが映っていた。
「この深白さんの服って……」
「……知らない? 深白さん、バンドやってるの」
「あぁ、なるほど!」
じゃあつまり、この深白さんはそのバンドのステージ衣装を着ている時のものってことなのか。
「じゃあ、由衣ちゃんが深白さんを好きになったのも……?」
私の推測に、由衣ちゃんの首が小さく縦に振られる。
「……うん。それで、声をかけてもらって……でも、同じような女はたくさんいて、わたしは、そのうちの一人でしかなくって……っ!」
だけど、話しているうちに由衣ちゃんの声はどんどん震えてきてしまった。……気になったこととはいえ、傷ついている相手にその原因らしいことを話してもらうのは、良くなかったかもしれない。
「由衣ちゃん」
「……ふぇ?」
私は由衣ちゃんを安心させようと、握りしめられていた由衣ちゃんの拳を解きほぐすように優しく崩していき、由衣ちゃんの指を私の指で挟み込むように握った。
「もっと由衣ちゃんの話、聞きたいな。こうしてたら、落ち着いて話せる?」
「え……う、あ……はい……」
すると、由衣ちゃんは顔を真っ赤にして、俯きながらも肯定してくれた。良かった、安心してくれたみたいだ。
「じゃあ、深白さんのどういうところが好き?」
「その、最初は歌ってるところが、かっこよくて、それで──」
そうして、私は由衣ちゃんの話を時間を忘れて聞いた。深白さんの方が、どう思っているのかは分からないけど……私は、由衣ちゃんのことを応援してあげたい。そうすることで、由衣ちゃんが前向きになれるなら──なんて、そんなことを思わせる時間だったんだけど、私のスマホにある通知が入ったことで、私の余裕は吹き飛んでしまった。
「あ、ごめん。スマホ……えっ……?」
「? どうしたの?」
通知の内容は、深白さんからのメッセージ。まっさらな深白さんとのメッセージ履歴の中に一つだけ表示されたのは、『今日用事で来たから寮には帰らん。悪い』というものだった。
たしかに、深白さんは寮で暮らすにあたって必要なことは全部教えてくれた。普通ならもう問題ないし、深白さんにこれ以上私に付き合う義務もない。だけど、だけど……私は、一人じゃ眠れないのに……!
「ねぇ、ねぇ、希沙音!」
「あ、ご、ごめん。深白さんから、今日は寮に帰ってこないって来て……」
由衣ちゃんに事態をそのまま伝えると、元気に話していた彼女の雰囲気が少し……冷えたような気がした。
「そう……どうせまた、どこぞの女の家ね」
「えっ、分かるの?」
「そりゃあね……それより希沙音……今度はあなたの話が聞きたいわ……」
「わ、私?」
どうしてか、由衣ちゃんは深白さんの話を早々に切り上げると、今度は私の話をせがんできた。
……しょうがない。今夜のことは問題だけど、それを顔に出したまま接するのも由衣ちゃんに失礼だ。一度忘れて、由衣ちゃんとの話に集中しよう。
「……うん、いいよ。それじゃあ──」
☆
たくさん話して、外はすっかり日が落ちていた。
由衣ちゃんとの時間はすごく楽しかったし、少しは立ち直らせることができたっぽいのは良かったけど……今度は、今夜どうするかという現実が私に降りかかってくる。やっぱり一度、お姉ちゃんのところに帰る……?
「希沙音! 今日はありがとう!」
「あ、うん。私も、由衣ちゃんと知り合えて良かったよ!」
すっかり笑顔を取り戻した由衣ちゃんに、私は笑い返す。いけない、心配させちゃうし、最後までちゃんとしないと。
「本当に、なんてお礼を言ったらいいか……今度、お礼をさせて。わたしにできることなら、なんでも……」
「……えっ、なんでも?」
視線を迷わせながら由衣ちゃんが言ったその言葉に、私の脳内には電流が走った。
「そ、それって……なんでも?」
「え、えぇ……わたしにできることなら」
由衣ちゃんは、私に感謝している。
由衣ちゃんは、私にお礼をしたがっている。
由衣ちゃんは、私になんでもしてくれる。
それが意味することは、つまり──
「それじゃあ……さ。早速お願いしたいんだけど……」
「え、今? なぁに?」
「今日……添い寝、してほしいなー、って……」