福井県勝山市に住む高校生の少女、リクが『最近見る夢がおかしい』と感じ始めたのは5月の今から遡って1ヶ月ほど前のことだった。
眠りに就いては同じ勝山市の街で、操られるように対峙する人に殴りかかる夢。そしてクリーンヒットさせた一撃で相手は大抵吹っ飛ぶのだ。そして睡眠時間分タコ殴りにしたところで目を覚ます。
優しげな眼差しに可愛らしい黒髪のツインテール。それに細身で臆病なリクにとって現実では到底できっこない芸当だ。
そして何より、鮮明すぎるとリクは感じていた。立つ感覚、走り出す感覚、相手を殴り飛ばす感覚。どれもこれもはっきりしすぎて、どちらが現実なのか見紛うほどであった。
初めのうちはつけていた夢日記も、いまはキリがなさすぎて書くのが億劫でサボってしまっている。
リクは自室で椅子にもたれかかった後、勉強机に突っ伏した。
……この間見た夢では相手が外国の人で、戦闘後に住所まで教えた気がする。何回か見たことのある人で、最後にそれだけ教えてくれ、と言われて。それで──。
うとうとしかけて今度は誰をぶっ飛ばすのかと思い始めたところで──自宅のチャイムが鳴り、リクははっとして身体を起こす。
「……あ、は、はーい」
椅子から立ち上がって、少しよたよたとした足取りで玄関に向かい、ドアを開けた。
そこにいたのは、160ほどあるリクが見上げなくてはならないほどに長身で、短く整えられた金髪で、ぎっとした目力のある碧眼で。いかにも海外から来ましたといういわゆるイケメンというべきであろう青年が──。
「……見つけた」
そう、リクを見下ろすなり呟いた。
ついで、ガッと両の手でリクの肩を掴む。
「なっ! ななななんですかいきなり!?」
「信じられない! まさか本当に現実で会えるなんて! 僕はナルコレプシーっていう睡眠障害を抱えていて、最近夢を見るときに必ず君に会う、というかボコボコにされるんだけど、ついこの間は君が住所とかを教えてくれたでしょ!? そこに来てみたら本当に君がいて!」
「いいいきなり喋られても入ってきませんよ! というか日本語お上手ですね!」
「住まいはこの辺だからね! ああ、覚めてすぐ夢日記にメモしといて本当に良かった! 君は本当にかっこいいんだよ! まずね──」
そう青年が語り始めたところで、青年は突然目を閉じ、脱力し、リクにもたれかかった。
「えっ!? ちょ……!?」
青年の体重をか細いリクが支えられるはずもなく、リクの背方向へとふたり一緒に倒れ込む。
そしてリクは背中に強い衝撃を感じると同時に、その意識を手放した。
◇
今日はここからか。辺りを見回したリクはすぐさまそう勘づいた。
無数の恐竜の骨格標本たち。その中央で堂々と立つティラノサウルス・レックスの電動模型──地元の博物館だ。
開館時と同じようにライトアップされた館内だが、観覧客は誰ひとりいない。その異質さでリクは再び夢の中に来たとすぐ勘づいた。
冴える勘、自分が自分でなくなる感覚、そしてなにより夢の中専用のこのコスチューム。黒一色の半袖短パン、長袖のインナーとタイツもこれまた黒一色。動きやすさ全開のこのコスチュームはリクの今までの暴行──夢とはいえ──に大いに役立ってくれた。
その夢ならば、とリクは真正面を見据える。最近見る夢の一種なら、『相手』がいるはずだ、と。
「──探すか」
そう、現実でのリクとは全く違う低い声で呟くと──リクの背後から声がした。
「分かっただろう。君の夢は"僕も見ている"」
リクはすぐさま身を翻し、声から相手の位置を探知し、プロのバド選手が見せるラケット使いの如く拳で一撃を喰らわそうとする。
「うおお!?」
──避けられた!?
リクが一連の夢で初めて味わう、拳が空を切る感覚。次いで相手が距離をとったところで──リクは相手のことを観察する。相手によっては武器を持っていることもあった。反撃してくるならどういう戦法かを見極めるためだ。
しかし、リクは相手が誰かを見るや「──え」と拍子抜けした。
目の前の彼は、ついさっきまで玄関で話していた青年だったのだ。
そこで、ついさっきの彼の『君の夢は"僕も見ている"』という言葉を思い出す。ナルコレプシーという、本人の意思とは否応なく強い眠気に襲われる睡眠障害のことも思い出す。
「──ええと」
「良かった、この夢の中で君と冷静に話すのは初めてだよ」
……リクはそこから、お互いが見ている一連の夢についての考察を彼から聞かされた。
今回の夢は、玄関で折り重なって倒れた際にお互い気絶して見ているものだろう、ということ。
彼がリクにもたれかかったのは、やはりそのナルコレプシーのせいということ。繰り返し謝罪する彼にたまらずリクはこくこく頷いた。
そして今までリクが殴った彼もまた、リクに殴られる夢を見ていたということ。
そして今までリクが殴った"相手"もまた、リクに殴られる夢を見ていた可能性があるということ。
そして少なくとも彼は、そのひとり──。
「──その、お名前は」
これから、この人との交流は避けられないだろう。これだけ近しい距離に来てしまったのなら──。リクはそう思いながら、彼の名前を問うた。
「エンリケ・アルカス。……キケと呼んでくれ」
◇
「はっ!?」
「うう……。す、すまない。女の子相手にこんな真似……。すぐ退くよ。起きられるか?」
「は、はい。大丈夫です……けど! こんな真似って、こっちのセリフですよ! 今までぶん殴っちゃった人のこと探して謝りに行かなくちゃいけないんじゃ!?」
「落ち着けよ……。夢と現実じゃ立ち振る舞いがまるで違うな、君は。……今まで君が倒してきた相手と現実で会う可能性はかなり低い。安心してくれ。それより──」
キケは一拍置いて、リクに続ける。
「夢と現実の次元を超えて、こんな経験をできたことが嬉しいんだ。だからどうか……これからもよろしく、は可笑しいかな。少なくともいきなり尋ねたことを警察に通報するのはよしてくれ。ははは……」
そう溢しながら後ろ髪をかくキケの様子に、リクは思わず笑みが溢れる。
そしてリクもまた、夢の中で教わった名前を、ここ現実で呼ぶのだった。
「い、いえ。"これからよろしくお願いします"。キケ、さん──」
読んでいただきありがとうございます。
これから自分のペースでやっていけたらと思います。