黒く傷痕を残した残響 作:リアンに殺されたい
LCB定期検診、記憶よりも長くない?
視点:シンクレア
《諸君らも知っての通り、大罪はねじれにすらなれない個体である。》
ホーエンハイムさんのアナウンスを聞いて、視線を上げる。目の前には、隔離壁越しに炎のように燃えたぎる憤怒大罪が見える。
その大罪の目を見つめると、まるで吸い込まれるようだった。燃える炎が、僕の番の時に見た故郷の風景と重なる。
人間が、このような姿に成り果てるような憤怒とは……どれほどの悲しみの中から生まれたんだろう。
「……。」
「今回も大罪と戦うことになりそうですね。」
そうだ、僕たちは今からこの大罪たちと戦う。
「あ、さっきから気になってたんですけど。理由もなく人間を殺すのと似た状況……じゃないですか?」
これは、
「隔離されてるってことは、誰かに害を及ぼしているわけじゃないってことですし……。」
《あいつなんで急に感傷的になってんだ?おい、これまでああいう連中なんて数え切れないくらい散々殺してきたじゃねえか!》
ヒースクリフさんの困惑したような声がアナウンス越しに耳を刺した。
「でもあのときはやむを得ない任務状況だったじゃないですか、それに……。」
それでも僕は、心の中にあるぐちゃぐちゃした、自分でもよくわかっていない感覚を吐き出そうと言葉を編み上げる。
そんな思考を止めたのは、隣に立っていたホンルさんだった。
「生きるために殺すことと、殺すこと自体が目的で殺すのは違うと考えているんですか?」
「……はい。」
少なくとも、僕はそう思うんだ。
視点:オルガン
隔離室越しに、囚人11番と6番のやりとりを見つめていた。私もかつて、ソレで迷ったことがあった。
でも都市では、そんな甘さは……自分を蝕む毒にしかならない。
「……理解できるさ。人の記憶というのは元来有限に作られているのだろう。ごく一部の例外を除けば、昨日の出来事すら簡単に忘却するものだ。」
「……そうだね。」
フィクサーになってから、多くの人間やねじれを殺してきた。依頼以外でも、気晴らしに宴奏する為にも。だけど、もはやそのほとんどの顔を覚えていない。覚えているのは、人数だけ。
「ダンテ、君が今率いているのは誰だと思っている?」
ホーエンハイムがダンテの方へ向き直ると、突如問いを与えた。
「意思疎通に誤謬が生じるだろうから選択肢を与えよう。1番、家族。2番、友人。3番、仲間。」
〈うーん……な、仲間が近いかな?〉
ダンテの答えは3番、仲間。無難でありながら、そこには囚人たちへの信頼が感じ取れた。
「不正解だ。」
「え、不正解とかあるんだ……」
そういうのよくないと思うよ、ホーエンハイム。
「そもそも選択肢にない答えを見つけるクイズだったからね。正解は誰どれにも当てはまらない、「囚人達」だ。」
《そんなの分かってますけど……。》
隔離室内の囚人11番が不服そうに呟いた。
「単に分かっているのと、受け入れているのとは別の問題だ。」
そう言っているホーエンハイムの中の旋律が、揺らいでいる。
「腹が満ちて余裕が生じる瞬間、人は自分の正確な立ち位置を忘れてしまうものだ。誰かしらがこうやって定期的に思い出させてやらなければならない。」
その言葉は、諸刃のように感じた。ホーエンハイムは囚人達と管理人を切りつけながら、自分もまた切り裂いている。
「リンバス・カンパニーに囚われた者達は、今も鎖と足枷に繋がれたままだ。だから当然拒否権など無い。」
ホーエンハイムの言葉は、きっと私にも向いていた。
「あるいはこう考えた方が楽かもしれぬな。これも任務の延長線上にあると受け止めるのはどうであろう。それが多少の安らぎになるだろうさ。」
〈……囚人というのは事実だけど、そんな言い方──〉
ダンテは、ホーエンハイムの言葉に対して不快感を滲ませながら時計の針を鳴らした。
「通訳は必要ない。雰囲気を見れば大体察しは付く。ダンテ、君もいかなる条件もなしにここと契約したわけではなかろう?」
ホーエンハイムはダンテに対して、諌めるように言葉を続ける。
「君の記憶、頭、過去。見つけたいものが沢山ある。だからこそ管理人という職責に耐えているのであろう。」
〈……。〉
ダンテは黙り込んだ。図星とは少し違った、それでも確信を一部言い当てられたかのような感覚だろう。
「結論として、ここにいる誰にも文句を言う権利や拒否する権利は無いということだ。」
私はダンテの胸元を見た。そこには「10」という数字がある。
〈ファウスト、もしかして……。〉
「はい、元からああでした。」
ダンテの当惑と、ファウストさんの肯定。ホーエンハイムへの人間性に対して、管理人と囚人達から確実な疑義が生じた瞬間だった。
「あの。私が言うのもなんですが、周りに嫌われてますよね?」
「優秀な者ほど敵を多く作るものだよ。」
ホーエンハイムは囚人8番の声を切り捨て、隔離室へと再び向き直った。
「さて、テストを始めるとしようか。溜まったタスクが1つや2つどころではないな。」
それから、手元で端末を操作する。
「戦闘が進行している間、他の囚人たちはこのガラスに映し出される大罪に関するプレゼンテーションを見ていればよい。大多数の平均的知識レベルに合わせて用意してあるから、退屈だとか難しいと感じるものは自分のレベルが平均以下だと思えばよいであろう。」
「ぜんっぜん難しくねえし?全部分かるし?」
「まだ始まってすらいないですよ。」
それから、ホーエンハイムの口頭での説明も併せたプレゼンテーションが始まった。
「……ともあれ、最初の大罪は赤色の憤怒である。火というものは、一旦燃えだすと燃やし尽くす対象がなくなるまで燃やそうとする性質を持つ。」
《怒りに燃えているということですね。文字通り。》
隔離室内の囚人6番がその言葉を噛み砕く。
《そういえば、シンクレアさんも時々似た感情を表に出してらっしゃいましたよね?あのとき、身体が動かなくなるくらいの声を出しながらです。》
《……うっ。逆にホンルさんは…怒ってるところをみたことがない気がしますね。》
《あはぁ……。意味がないってことが分かれば、火が付くこともないんですよ。》
囚人6番はなんでもないかのように答えた。しかし、その声には押し殺された感情が悲鳴をあげていた。
「……そうだね。この都市には苦痛しかないのだから。全てを受け入れることこそが、一つの答えだ。」
〈オルガン……?〉
私の意識が、過去へと回帰していく。
9区の裏路地。阿鼻叫喚の中、私は震えていた。
「──兄様、逃げよう。」
武器を手に走り出そうとする兄様の裾を掴んだ。
「ダメだ、オルガン……俺はフィクサーなんだ。それに、この裏路地は俺たちの故郷、大切な場所だ。」
兄様はメイスとハンマーを強く握り締め、少し離れたところにいるソレを見据えた。
多くの腕を持ち、空にピアノを演奏する怪物。人々を音符に変えていく異形。
「ダメ、兄様死んじゃうよ…あんな、悍ましい化け物……」
兄様は、7級フィクサーだった。それも、戦闘専門のフィクサーではなく、情報を武器に戦うフィクサーだった。あんな化け物に勝てるわけがない。
「オルガン。」
兄様は私の手を、ゆっくりと裾から離させた。
「俺は必ず戻る。セラフはもうすでに戦っているんだ、夫の俺が戦わないでどうする?」
「……私のそばにいてよ。兄様。」
セラフ。私から兄様を奪った3級フィクサー。その女がどうなろうがどうでもいい。私には兄様だけいれば、それで良かったのだ。
「……俺は家族を守る。お前も、セラフも……これから生まれてくる子供も。だから、隠れていてくれ。安全な場所に。」
「あ……。」
兄様はそうして私の元を去り、永遠に去ってしまった。
兄様が、耳障りなピアノの音に変わった時。
私に怒りはなかった。
ただ、巨大な喪失。全てがどうでもよくなり、白く色が抜けていった。
怒りは、無意味だと悟ったんだ。
この世には苦痛しかないのだと。
そんな苦痛さえも愛することができたら、もっと息がしやすいのかな──
いや、そんなことはないんじゃないかな。
私に必要なのは、慰めだから。
それがなんなのか、私にはまだわからないけれど。
「──オルガン。」
「……ああ、悪かったね。」
ホーエンハイムに小突かれて私の意識は現世に戻ってきた。
「オルガン、君がこんな簡単なプレゼンテーションで思考停止に陥るほど知識レベルが低かったとは思わなかった。」
「違うさ、物思いに耽っていたんだよ。」
私がそのように弁明している裏で、ヒースクリフ君が新たに3人を隔離室へ案内していた。
「次の大罪は、怠惰である。岩というのは堅いが、それだけの存在だ。どんな方向性もなく、ただそこにあるだけ。私はそれを慣性と呼ぶ。」
ホーエンハイムの解説が再び始まる。
「誰かが転がしてやらない限り、その場所から動かないもの。これほどまでに怠惰なものはないであろう?」
《毎日を規則的かつ反復的に生きるのが効率的だ。》
《ぐぅ……この間に挟まってると、なんか凄い怠け者かつ無能になった気がしてくるんだけど。》
《ファウストを比較対象にするのは適切ではありません。グレゴールさんだけでなく、都市の大多数の人間がファウストより無能でしょうから。》
《うむ。》
……ファウストさんは怠惰大罪というより、傲慢大罪を相手するべきでは?
《……怠け者っていうのはさておき、無能ってのは撤回してもらうぞ。》
「君が言い出したのではなかったかい?囚人13番。」
《言葉のあやって奴だ!みんな、よく見といてくれよ。俺だってまだ腕が錆びちゃいないからな。》
そうして駆け出した囚人13番に、ダンテが人格を被せる。それは、T社の富豪が着ているような服装だった。それでいて、顔は憂鬱に染まり、レイピアだけがギラリと光っていた。
《先に突っ込むのは危険。だが、もう行ってしまったか。》
《……予想以上に手こずる戦闘になりそうですね。助けにいきましょうか。》
その言葉を皮切りに、2人にも人格が被せられた。あれは……センク協会と、義体のフィクサーだろうか。
「……グレゴール。旧G社の英雄か。」
私は初めて、囚人13番の名前を口にした。
「──嫌なものだったよ。戦争は。」
「シロフォン、オルガン。もしも将来、再び大きな戦争が起きたなら関わってはいけないよ。」
「共に戦ったG社の人たちも、L社の人たちも……生き残ったのに、みんな裁かれて、全てを失ってしまったからね。負けたというだけで。」
「勝ち馬に乗れなければ、参戦しただけで罪になるのが戦争なんだ。」
「無能なんかじゃないさ、囚人13番。君は、大きな流れに取り込まれただけなのだから。」
母の言葉を思い出しながら、戦闘を眺めた。
「それにしても、怠惰大罪かぁ。私、アレ嫌いなんだよね。」
〈……ありえないほど堅いね。〉
「うん、そうなんだよ。面倒くさいんだ。」
LCEにおいて、大罪が脱走することはそう珍しいことでもない。そうなれば、近場の職員と私が駆り出されるわけだが……。
過去、LCEにて。
アリサの紅炎殺が弾かれた。目の前には、怠惰大罪。
「やっぱり相性が悪いですね。E.G.Oが全然通りません。」
「本当に頭に来るね……この堅さ。」
「ですが、堅いだけです。俺が攻撃を惹きつけますので、その間にオルガンさんは集中的に攻撃をよろしくお願いします。オルガンさんの攻撃が、最も効果的ですから。」
マートンがE.G.Oの感応度を上げて奴の視線を集めているうちに、私とアリサで挟み込んで集中攻撃を叩き込む。
他の大罪なら、10秒もいらずに鎮圧できるのにこれだけは別だ。その3倍は要してしまう。
「……鎮圧完了、お疲れ!二人とも!」
「ええ、疲れまし──」
《諸君、残念なお知らせだ。別の隔離室に収容していた怠惰大罪Ⅲ型がまたしても脱走した。鎮圧を頼む。》
「……私、怠惰大罪嫌い。」
「──と、話しているうちに鎮圧が完了したね。お疲れ様。」
〈3人とも本当にお疲れ……。〉
「……片方の言葉がわからない会話を聞くのも疲れるな。」
私とダンテの会話に対して、ホーエンハイムがため息をついた。
オマケ
シロフォン
レベル:25
オルガンの兄であり、7級フィクサー。
既に故人の為、この物語に回想以外で出てくることはない。
黒い髪で、ややくたびれた印象のある糸目の成人男性。
体力:590
スキル
【マレット】1コイン:打撃怠惰:沈潜・振動
【トレモロ】3コイン:打撃憂鬱:沈潜・振動
【グリッサンド】6コイン:打撃色欲:沈潜・振動
【回避】1コイン:暴食:回避
パッシブ
【情報フィクサー】そのウェーブ中、経過ターン×3攻撃レベル増加。ウェーブ移行でリセット。[兄様は情報を集めるのが得意だったんだ。戦闘は得意じゃなかったらしいけど、情報のおかげで毎回死線をくぐり抜けることができたんだって。]
【穏やかな木琴】スキル的中時、自身を含む味方全員の精神力を2回復。[兄様の扱うメイスとハンマーは、穏やかな木琴のような音がした。]
バフ・デバフ
【妻と妹、そしてこれから生まれてくる我が子の為に】ピアニストとの戦闘開始時獲得。攻撃レベル+35。 セラフ死亡時、このバフが消失し、【守れなかった……】に変化。
【守れなかった……】精神力がマイナス44に固定。毎ターン束縛8を得る。
耐性情報
脆弱:憤怒・憂鬱・暴食・斬撃・嫉妬
普通:怠惰・貫通・打撃
耐性:色欲・傲慢
セラフ
レベル:67
オルガンの義姉であり、3級フィクサー。
既に故人の為、この物語に回想以外で出てくることはない。
黒いストレートな長髪の女性。武器は大太刀が一振り。
体力:1027
スキル
【二連】2コイン:斬撃怠惰:沈潜・呼吸
【三連】3コイン:斬撃傲慢:沈潜・呼吸
【空間斬・未踏】1コイン:斬撃憤怒:沈潜・呼吸
【阿鼻叫喚】5コイン:斬撃憤怒:沈潜・呼吸・振動爆発・沈潜殺到
【守】1コイン:傲慢:強化防御:援護防御獲得
【仁義に従い】3コイン:斬撃傲慢:マッチ可能反撃:援護防御専用・沈潜・呼吸
パッシブ
【道半ばの修行】戦闘中、呼吸威力が25を超過したなら【宴奏声刀】を獲得。[星の名を得るまで、私の相棒はこの刀さ。]
【胎動】戦闘開始時、【お腹の子】を獲得。[ふふっ、今蹴った。]
【凄惨な泣き声】デバフ【お腹の子】消失時、精神力を45減少してスキルスロットに【阿鼻叫喚】をセットする。
バフ・デバフ
【宴奏声刀】数値によって【空間斬・未踏】の加重値及びダメージが増加。
【お腹の子】攻撃レベル・防御レベル-32。毎ターン束縛2を得る。
耐性情報
脆弱:憤怒・暴食・怠惰・打撃
普通:嫉妬・色欲・貫通
耐性:傲慢・憂鬱・斬撃
ということでオルガンの兄とその奥さんでした。
……奥さん、何そのスキルとパッシブ?