星と魔術師   作:ワンダ・プレイア

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第一部
特異点①


 アキハバラの街は、今日も変わらず賑やかだった。

 

 人混みをかき分けた風が優しく頬をなでる午後、私『川村アミ』はひとり、ため息をつきながら重い足を進めた。手にはチラシ、それはビュッフェ形式での世界各国スイーツ食べ比べフェアのチラシだ。元々はミカと一緒に来るはずだったのに、当の本人が朝になって急な体調不良を訴え、泣く泣く断念。いつもはクールな彼女が目を輝かせて、当日を楽しみにしていたのは知っていた分余計にショックだった。

 

 せっかくのフェア、行かないのももったいないし。割引券もゲットしていたしと、意を決してひとりで向かったものの……どこか心細さが募るばかりだった。

 

「はあ……ミカ、早く良くなればいいけど。スイーツひとりじゃ、やっぱ味気ないわね……」

 

 オタクロスたちは今、インフィニティネットに散らばってしまった解読コードを、ハッカー軍団と共に協力して取り掛かっている回収作業をしている……だけどまだ終わったという連絡もまだ来ないらしい。

 

 今のうちに好きなことをして、英気を養っておこうと思ったのになぁ……せっかくの自由な時間なのに、すごく残念。

 

 行き場のないため息を零しながら交差点を渡ろうとした瞬間、近くに見覚えのある人物が目に入った。

 

 特徴的な髪型と髪色、紫のパーカーにジャケットを羽織り、不機嫌そうな表情でCCMをいじっている青年『仙道ダイキ』だ。ミソラ第一中学校の番長であり「箱の中の魔術師」と通り名がつくほどの凄腕LBXプレイヤー。バンたちを通して何度か顔を合わせたことはあるけど……ほとんど話したことはない。自分と同じストライダーフレームの使い手として、仙道の腕前は密かに尊敬してる。ただそれだけの相手。

 

「おーい、仙道!」

 

 殆ど会話らしい会話をしたことは無かったけど探し物が向こうから現れたかのように、知り合いに会えた嬉しさに思わず声を上げて駆け寄る。仙道は顔を上げ、わずかに眉を寄せたかと思えば、ポケットからタロットカードを一枚取り出して少し見てからしまった。

 

「川村アミ……わざわざ挨拶に来たのか。ご苦労なこった」

 

「偶然ね仙道……あら、私の名前覚えててくれたのね。すごく嬉しい」

 

「お前はあの中だと明らかな異分子だからな……話はそれだけか?」

 

 面倒くさいのに出会ってしまったとでも言いたげな人を見下したような目線と言葉選び、相変わらずの嫌な性格にイラッとくるが話しかけたのは私、ここはクレバーに行こう。

 

「え……えへへ、仙道は何してるの?」

 

「お前には関係ない」

 

「じゃあなにかやましい事する予定なのね」

 

 しかめっ面を披露しながら、仙道はCCMの画面をこちらに向けた。LBX用のモーターの情報がまとめサイトに載っているページのようだ。私が読むのを遮るように、仙道は淡々と答える。

 

「サイバーランス製の新作モーターが発売していてね。アキハバラにはあるだろうから、ショップに寄るつもりなのさ」

 

 鼻を鳴らしながらちょっとだけ誇らしそうに語っている。パーツか……流石、LBXのことになると行動が早い。流石『箱の中の魔術師』と感心しつつ、ひとつあることを閃いてぱっと顔を輝かせる。これは又とないチャンスかもしれない!

 

 もしかしたら仙道を誘えるのでは? ひとりより、誰かと一緒に行けば量を捌ける。おまけにひとりで食べるよりも楽しめる。しかも今の仙道はすごい暇そう……でもなさそうだけどそこは強引に誘えば大丈夫そう、これ以上ないほどの幸運。逃すわけには行かない。精一杯に愛想がよいと思われるように、笑顔を作りちょっとだけ声を高くして提案をしてみた。

 

「じゃあ一応寄り道できるってことね、それなら一緒に世界各国スイーツ食べ比べできるビュッフェ行かない? 訳あってひとりで行こうとしてたんだけど、仙道も良かったらどうかしら?」

 

「は?なんでお前と――」

 

「騙されたと思ってスイーツビュッフェ一緒に来て!今なら割引券で安く食べられるから……ね?」

 

 両手を顔の前で合わせ、片目で仙道を見上げちょっとあざといお願いをする。この前雑誌で読んだ、これで男子はイチコロなんだって。

 

 ちらりと仙道を見ると大層面倒くさそうに目を細め、ため息を零し食い気味に答えた。

 

「他当たれ」

 

 関係ないねと私の横を抜けようとする腕を掴み、逃がすまいと力を込める。振り返って私の顔を見た仙道は、鬼の形相と思えるほど顔に皺がよっていた。

 

「もう!そんな時間ないから頼んでんじゃん!ねぇお願い、お願いお願いおねがーい!」

 

 振り払おうとする仙道に逃げられてなるものかと、力いっぱいその場に踏ん張った。

 

「くそ、邪魔だ!離せ!」

 

「ほらほら!ストライダーフレーム同士、親交を深め!一緒に甘い物食べましょうよ。ショップくらいアキハバラのどこでもある筈だからさ、ちゃんと後で寄れるから!」

 

「あ、甘いものは嫌いだ、他を当たれ――」

 

「意地悪しないで!LBXとかの話にも付き合ってあげるから!……あなた暇でしょ?ね、いいでしょ?」

 

 反撃の隙を与えてなるものかと、強引な言葉数で攻め続ける。仙道は断る口実を探し目を泳がせるも逃げる余地なしと言った感じで渋々頷いた。面倒くさく絡んだことで「俺様が仕方なく折れてやったんだからな」感が表情からでているが、なにも分からないフリをする。だってそんなこと考えてる余裕はないもの。

 

「じゃあ行きましょうか、会場はこっちね」

 

 表情を沈ませる仙道の手を引き、会場を目指し歩きだした。

 

 

 

 

 

 会場は色とりどりのショーケースが並び、見ているだけでお腹が空いてくる夢のような場所だった。チョコレートフォンデュの甘い香り、フルーツタルトの鮮やかな色合い、まるで異世界に来たと錯覚できる室内が私の心をこれ以上無いほど躍らせた。嫌々付いてきた仙道もそれは同じ、後悔と絶望で沈みきった顔は会場を見た途端ちょっとだけ浮ついた表情を見せていた。

 

 受付で事前会計やら席の案内やらの手続きを済ませ、我々はスイーツを食べ尽くせという任務遂行のための作戦会議に移行した。

 

「とりあえず目指せ全制覇って事で、どれから回ろうかしら?」

 

「何十種類あると思ってるんだ、腹壊すぞ」

 

「クレープのシステムだけは他とは違って特別だから、先に行きましょうよ」

 

「聞く耳をどこに捨てて来やがった」

 

 雑談を挟みつつ手始めとしてはまず、クレープから攻略を開始することに決めた。

 

 他のスイーツとは違い、クレープはあらかじめ注文し、店員さんが目の前で仕上げてくれるようだ。早速私はホイップ多めのいちごチョコクレープを、仙道はブルーベリーソースのチーズケーキ味クレープを注文する。目の前で焼かれるクレープの生地、ホイップやトッピングでデコレーションされるのを眺めて待つ。出来上がったものを受け取り、帰り際に飲み物と一緒に席まで戻る。

 

「キャー!美味しそう、いただきます」

 

 期待で胸が破裂する前に、早速一口。甘く幸せなチョコソースと甘酸っぱい苺の風味、優しい口当たりのホイップの渦に飲まれつつ、これ以上ないほどの幸せが押し寄せた。紅茶で口の中をさっぱりさせ、順調に食べ進める。

 

 仙道も同様に、クレープを口に運ぶ。悪くないと言わんばかりに小さく頷く、どうやら仙道の味覚にも合うものだったようだ。

 

「仙道のはどうなのよ、良かったら一口貰ってもいい?」

 

「はぁ……ほら、溢すなよ」

 

 テンションが最高値に達した私と対照的な仙道は、好きにしろとクレープを差し出した。お言葉に甘え一口貰う。自分のとは違い甘さ控えめ、さっぱりとしたチーズケーキ風クリームが美味しい。ブルーベリーも実の形が残ったソースがいいアクセントだ、好みの味に思わず口元が緩む。

 

 美味しさの余韻に浸りつつふと冷静になって思考が止まる……仙道の食べた場所を食べちゃった。これって間接キスじゃないかな?と思ったが別にいっか。時間がない、考えるだけ無駄ってもんよ。なんて考えと共に紅茶を口に含んだ。

 

「ありがとう、こっちも美味しい」

 

「……お気に召してよかったな」

 

 気だるそうにクレープを小さく口に含み、すぐにコーヒーが入ったコップを空にしていた。

 

「私のも、食べる?」

 

「結構だ」

 

 適度に会話を楽しみつつクレープ制覇。結構満足のいく味だったけど、まだここから。川村アミが掲げる全制覇の夢はまだ始まったばかりなのだから。

 

「ほら、次はあっちのマカロンに行くわよ! ピンクのやつ可愛いし美味しそうじゃない?」

 

「……違いが分からん」

 

「そんなわけないでしょ、ほら立って!」

 

 もうご馳走さまですと席を立とうとしない仙道を引っ張り上げ、ふたりで見慣れたスイーツからはじめましてなスイーツに手を伸ばしていく。

 

 帰りたいと不機嫌オーラ満載だった仙道も、数えきれないスイーツの誘惑には勝てなかったのか、はたまた吹っ切れたのか。口数が増えていき、互いにこれが美味しいだのあれが好きだの楽しげに解説を語らいながら。濃厚な時間を味わった。

 

「このチョコはビターで大人っぽい味、食べてみる?」

 

「カカオは苦手だ、コーヒーは好きなんだけどな……このクッキーみたいなのうまい。また貰ってくるか」

 

「タルトのサクサク感、堪らない……桃のタルトってこんなに美味しかったんだ、この味好き」

 

「タルトはママレードのほうが美味いだろう、わかってないなぁ……」

 

 会話は留まることを知らない。あまりの楽しさに手は止まらず、全制覇の目標に確実に近づく。あんなに仏頂面を惜しみなく披露していた仙道も、共に食べ続ける中で年相応の柔らかい表情を見せるようになった。一瞬フォークの手を止めてまで二度見してしまった。なんとあの仙道が笑っている、しかも驚くなかれ。普通にだ。

 

 あの悪魔みたいなニヤけた顔、性格の悪さを惜しみなく披露する言動。本心を読ませず、相手を手玉に取る……本物の魔法使いのような仙道ダイキ。それが今は微塵も感じない。どこにでも居る、普通の少年だった。

 

「普段からそうやって笑えばいいのに……」

 

 先ほどの嫌味の数々への反撃のつもりで呟いたけど、仙道には届かない。

 

 また意識を目の前の皿に戻し、カラフルなケーキを口に運んで甘さと共に蓋をした。

 

 

 

 

 

 完全制覇にあと一歩及ばずではあったものの、満足のいくまで食べ終えたふたりは会場を後にし、約束通り近場のパーツショップに寄っていた。

 

 数多くのパーツやLBXがショーケースに並ぶ中、お目当ての物を発見した。仙道が件のモーターを吟味してお財布とにらめっこしている間、特にやる事もないので隣でじっと見守る。中学生としては中々手が出しにくい値段に思わず固唾を飲み込んで、つい本音を漏らしてしまう。

 

「高い……今日のビュッフェの三回分じゃない。性能を見るとスピードやトリッキーな動きを意識するナイトメアには確かに欲しいわね……」

 

「まぁな、これであの残像に誤差がなくなるかもな」

 

 性能を確認していた仙道は、気に入ったようで購入するみたい。お金持ってるのね……これ目的で来ていたから当たり前か。

 

 店員に声をかけようとする仙道に対し、ひとつ頭に浮かんだこのモーターの欠点について質問を投げてみた。

 

「ねえ仙道、これバッテリーにすごい負荷がかかるんじゃないかしら。瞬間的に仕掛けないと厳しいんじゃない?」

 

「と、いうと?」

 

「そうねぇ……ナイトフレームには有効な戦法かもだけど、装甲が厚いブロウラーフレームにはどうなのかしら、長期戦にも向かなさそう。燃費が心配よね……」

 

 話を聞いた仙道は、呆れて言葉も出ない事を表現するかのように肩を上げ、あからさまなため息を零した。

 

「わかってないな、だったら更に攻撃を増やしてスピード勝負に持ち越すまでだ。ブロウラーフレームのスピードなんざたかが知れてんだよ。海道ジンのような異常さに出会わない限り大抵はそれでいい。ナイトメアは攻撃さえ当たらないよう立ち回り、バッテリーが切れる前に力と数で押し切る。非常にシンプルかつ爽快だとは思わないか?」

 

 鼻を鳴らしつつ自分の戦略を披露して満足そうに上を向いた、別に嫌味を言いたかったわけじゃないけど。つい口が滑った。

 

「あなた、今日はよく喋るわね……」

 

「……何が言いたい?」

 

 バンたちと共に行動する時は比較的に黙り込んでいる仙道が、これまた饒舌に喋る。想像以上の言葉の圧に驚きつつも意外な答えが返ってきた。よくいがみ合っている郷田と違い、戦略を練って戦うイメージがあった仙道の口からまさか郷田同様……いやそれ以上に力技で解決することを肯定するなんて。

 

「まあいい……世の中は力技とスピード勝負なんてこともある。単純な話だろ?」

 

 懐から『魔術師(マジシャン)』と『(ストレングス)』と書かれた二枚タロットカードを私に見せながらニタリ顔で話す、でも説得力は確かにある。

 

 アングラビシダスでのジョーカー三機同時操作、アルテミスでのジョーカーMk-2……魔術師を囁かれる彼の魔術は、シンプルな仕掛けなのかもしれない。

 

「そうなのね……正直色々驚いたけど。それができる仙道らしい考えなのね」

 

 理解されたのが嬉しいのか、誇るべき話ができたのに満足したのか。口角を上げて少し胸を張っている。

 

「普段見ているだけじゃ分からないものなのね。ねぇ仙道、今度バトルしてよ。私のパンドラも中々なのよ」

 

「時間が合えばな……まぁ?お前如きが俺様に勝てるなんざ一生有り得んが、その真っ赤なパンドラがねじ伏せられる日を楽しみに首でも洗っておけ」

 

 仙道の見下した態度を隠すことのない挑発的な言葉に、私は嫌悪感を抱くことなく素直に頷いた。

 

「うん、待ってる」

 

 尊敬の眼差しと期待を込めてまっすぐに答えた。次に紡ぐ言葉が出てこなかったようで多少戸惑ったように顔を逸らした。

 

 今日一日で仙道の皮肉に対応する術を手に入れた気がする。コツを掴めばいちいち目くじら立てて反論することもない、案外素直に反応したほうが仙道はやりにくいと感じるのかもしれない。このまま皮肉ばかり言って物事を荒立てることを控えてくれればいいんだけど……。

 

 会計してくるとレジに逃げた仙道の背中を見ながら謎に勝利を確信しつつ、彼の帰りをのんびり待った。

 

 

 

 

 

 最悪な一日が終わりを迎えようとしていた。

 

 隣に歩く川村アミの存在に違和感が拭えることもなく、いつもの癖でポケットからタロットカードを取り出した。

 

「……『隠者(ハーミット)』?」

 

 選ばれたカードに眉をひそめつつ、見なかったフリするようにポケットにしまう。

 

 夕暮れ時、帰宅する人の群れに飲まれないよう。近すぎず遠すぎずの距離で歩く。夕日に照らされたビルが長く濃い影を街に落とす。少し乾いた風を感じながら、今日のことを振り返る。

 

 カスタマイズにも行き詰まり、モーターのこと以外特にこれと言った予定も決めずアキハバラに訪れたが……川村アミに遭遇してしまったせいで散々過ぎる一日になってしまった。少々堪えたがたまにならばいいだろう。毎日は御免だが。

 

 駅までの道のりは一緒なので、そこまでたどり着く間に他愛のない話をする。今日のビュッフェでなにが一番美味しかったか、アーマーフレームで最近なにが気になるか。他愛のない事を話し合い、心穏やかに歩みを進める。ふと考える、家族以外の人と話しながら歩いたのなんていつぶりだったろうか……と。

 

「今日は本当にありがとうね」

 

 不意にこぼれ落ちた言葉に歩みが遅くなる。隣の彼女がどんな表情をしているか気になってしまい、横顔を見るつもりで目線を向ける。偶然か、全く同じ事を考えていたのだろう。ふたりして目を合わせてしまい、照れくささに思わず顔を戻す。心臓が僅かに早くなり、言葉が喉に詰まった。

 

「……気にするな、どうせお目当ての物さえ手に入れればとっとと帰る予定だったんだ。素晴らしい気分転換だったさ」

 

 無理やり捻り出せた言葉だったが、らしくない本音が漏れてしまった。

 

「そう?でも強引に誘ったから、嫌じゃなければよかったわ。クレープまた食べたいくらい美味しかったわね」

 

 もう一度横を見ると、先程スイーツを頬張り無邪気に楽しんでいた人物と同じだとは思えないほどぎこちなく、どこか大人びた顔をしていた。よほど取り繕っているのだろう、表情が硬く。言葉は歯切れが悪い。

 

「なんだ、食い足りないのか?あんだけ食べてた癖に」

 

「ふーん、そういう事いうんだ?あんたも結構食べてた割に。仙道も食べ足りないんじゃないの?」

 

「しつこいな、お前」

 

「お互い様でしょ?」

 

「……かもな」

 

 楽しかった時間は過ぎるのが早い。もう目の前には駅、今日の終わりを告げるように発車時刻を流すアナウンスが聞こえてきた。切符を買って改札を潜り、それぞれの帰路へと続く乗り場を目指す。長く短い一日はここで終わりだ。

 

「じゃあ、私はあっちだから。今日は本当にありがとう、またね!」

 

 川村アミはまた無邪気な笑顔に戻り手を振って、軽やかな足取りで階段の奥に消えていく。後ろ姿が見えなくなるまでひとり見送った。

 

「……ああ、そうだな」

 

 色々言いたいことはあったが、ようやく口にした言葉はそれだけだった。彼女には届くわけもない言葉は空中に溶けて消えてしまった。

 

 改めて時刻表を見る、自分が乗るべき電車はまだ来ないようなので気分転換にと自動販売機で缶コーヒーを購入し、近くのベンチに腰を下ろす。ポケットから先程購入したモーターを取り出し、眺めながら苦笑する。

 

「本当、今日は何から何まで――」

 

 調子が狂う。その言葉を冷たいコーヒーで流し込んだ。今日一日、甘いもので舌を肥えさせたのを覆い隠すように苦味が染みる。泥のようにへばりつき、ツンとくる酸味と心地よいコーヒーの香りを楽しんだ……やはり甘いものは好きじゃないな。缶の中身を空にし、一息ついて立ち上がる。じっと座っている気分でもないので乗り場付近をウロウロしながら頭の中を整理する。

 

 いつも通りの俺ならばLBXの次のカスタムや、戦闘イメージを固めるため空想の世界に浸るのだが……今日はなんだか様子がおかしい。

 

 ケーキやクレープを頬張る顔、LBXについて真剣に向き合う顔、ちょっと強引な子供のように楽しそうにはしゃぐ顔。そして先程の切なげで少し大人っぽい顔。考えれば考える程脳内は今日見てきた川村アミのことで埋め尽くされる……正直、悪い気はしないものの。振り切ろうとしても何処かから溢れ、漏れ出しそうになる……なんだこれは。

 

 たった一日、一緒にいただけなのに頭の中を支配しやがった……何故だ。俺は川村アミの事なんか意識していない。そもそも山野バンや郷田と『仕方なく』共に行動してやってる所に一緒にいる名前しか知らない奴なんだ。それなのに――。

 

 考えても結論らしい結論にはたどり着けない、糖分の摂りすぎで頭と体が異常事態になっているに違いない……絶対そうだ、違うわけがない、帰って胃薬飲んで寝よう。この舌の上にいつまでも残る甘ったるい不快感なんか、きっとすぐに忘れられるだろう。

 

「でも正直……楽しかったな」

 

 らしくない言葉をいつの間にか到着していた電車の音で揉み消した。ガランとした車内に乗り込み、端の方に座る。少し時間を置いて動き出す窓の外で、アキハバラの看板やビルのライトが灯る。時間が過ぎるのは早いと思っていたが、まさかパーツ探し以外でこんなにも遅くアキハバラに留まることになるなんて思いもしなかった。

 

 CCMを開き、心配している妹からのメールに返信しながら余韻に浸る。

 

「またっていつだろうか……」

 

 揺れに身を任せ、いつ来るかも分からない日々に胸を膨らませる。

 

 どこかのポケットからこぼれ落ちたタロットの星は、小さな心の芽生えを温かく照らした。

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