星と魔術師   作:ワンダ・プレイア

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塔と節制

「さて、なにから話すか……川村アミ、お前は仙道ダイキについてなにを知っている?」

 

 未だ泣き止まない風間に代わり、森野が場を仕切ってくれている。

 

 とりあえず私との情報の差を無くすこと、それから始めて貰えるようなので正直に答える……と言っても、私が知っている仙道は――。

 

「えっと……まずプライドが高い。自信家でLBX以外に興味がなくて、独りよがりで傲慢でちょっと中二病っぽい。あとコーヒーとカツサンドが好きで、甘い物きらーいとか言ってる割には結構食べてて……更に、口も悪いし態度も最悪。それと――」

 

「わかった、俺達以上に詳しいようだな……ありがとう、答えてくれて」

 

 止まらない文句を呆れた森野に制止されてしまった、まだあるのになぁ……なんて思いながら口を閉ざす。

 

「質問を変えよう、ダイキの過去については?この学校に転校してきた話とか、なにか聞いていないか?」

 

「仙道って、ずっとこの学校に居たんじゃないの!?ここの番長なんでしょ?」

 

 驚いて声を張り上げた私の様子に、森野と那須家さんは予想通りと言いたげに肩を落とした。

 

「川村様。仙道の兄貴は去年の今頃に、我が学び舎に嵐の如く現れた御方でさぁ……あん時は末恐ろしい男がおいでなすった、なんて波紋が広がりましたんですぜ」

 

「へぇ……意外ね、どこから来たの?」

 

 好奇心が疼いて、本題からそれた質問をしてみる。森野は思い出そうと記憶を辿っていたが、唸りを上げ口を開いた。

 

「俺は知らないなぁ……那須家、お前聞いてないのか?」

 

「あっしが?御冗談を森野の旦那、あっしは恐ろしくて聞いた試しは御座いやせん。魔術師の腹ん中覗いた日には、命がいくつあっても足りやしませんぜ?」

 

 ニヒルな笑みを浮かべながらも、含みのある言い方で答えている。要はみんな知らないらしい……そんな事ってある?

 

「じゃあ、なんで番長やってんのよ。まあ……番長というべきなのか、学校一のLBXプレイヤーというべきか。どちらにせよ、ちょっと不思議なのよね。目立ちたがりって性格にも見えないし」

 

「川村様は随分と遠慮が御座いませんね」

 

「だっておかしいもん、悪い?」

 

「そりゃあ……あはは」

 

 苦虫を噛み潰したような複雑な表情を浮かべながら、カラ笑いで返事をされた。だらしない那須家さんの浮ついた態度に、冷ややかな視線を送っていた森野が話を続けた。

 

「お前が言った通りだ。あいつにとっては、ここの番長なんてのは通過点でしかない」

 

 暗く重い言葉を紡ぐ森野の顔は、酷くやつれたように見えた。中学生に見えない思い詰めた表情に、つい息を飲んでしまった。

 

「思い返せば……転校してきて早々だ。目につく生徒に喧嘩吹っ掛けるようにバトルを仕掛け、俺と風間にまで殴り込んできたな……当時学校で一番強かったのは俺達だったからな」

 

「えぇ、そうでしたね。あっしが知る限りでは……あっという間に頭がすげ替えられましたね。森野の旦那は宛ら明智光秀のようで――」

 

「三日天下とでもいいたいのか?調子に乗るなよ」

 

 森野のすごい剣幕に那須家さんは小さく悲鳴を上げて、口を閉ざして縮こまる。口は災いの元って感じな人ね、生きづらそう……。

 

「話が逸れるな……その後何度も対策を練って再戦しようとも、奴はそれ以上に強くなっていた。結果この通り、この学校でダイキに敵うものは居なくなった……だからだろう、興味のない癖して番長気取って郷田に喧嘩吹っ掛けて……いい迷惑だ」

 

 深いため息をついたかと思えば頭を下げて、大きく肩を落としていた。それでいてアルテミスで……大変なのね、ちょっと同情しちゃう。

 

「だから仲悪いのね、理由がいまいち理解できないけど」

 

「戦場荒らしなんて言葉が御座います、まさしくあの御方がお好きなことでしょう……元々あったLBX研究会を根絶したり、この学び舎でLBXを持つ者を減らしたり。まるで怨念のそれのような執着でさぁ」

 

 森野の説明に那須家さんが相槌を入れてくれる。そんな悪趣味なことしてたのね、自分はLBX大好きな癖に。

 

「あれ、じゃあなんで那須家さんは仙道と仲がいいの?落語研究会に隠れてガレージみたいにしてるのも謎なんだけど」

 

「あ、ああ……あっしのメカニックの腕だけは買って頂いてましてね。その……やらしい話になりますが、かなり……ご贔屓に与っているもんで……へへへ」

 

 なにを言いたいのかちょっと理解できない、照れ笑いのせいで主語が薄まっている。要は仙道に目にかけてもらってるお気に入りだからなんだろう……だからある程度は、自由にしても問題ないってことだと思う。

 

「設計図も書けないメカニックの癖して、腕だけは一人前だからな」

 

 森野の嫌味が炸裂して潰れた玩具のような奇声と共に、被弾して悶え始めた那須家さん。それを横目に森野が続けた。

 

「本題はここからだ……この前のアルテミスの出場枠を賭けて、俺と風間はとある公式大会に出た。かなり規模が大きくてな、俺達はあれでも優勝候補……なんて言われてたんだぜ?だから――」

 

「だから?」

 

「……思い出しただけで笑っちまう。退屈そうなダイキが、暇つぶしにそこら辺の虫でも潰すように……俺達のLBXを……」

 

 格好つけたように「笑っちまう」なんて言っている筈なのに、言葉が詰まり始めて顔を伏せて震える拳を強く握りしめていた。

 

「今年こそ、どうしても出たかった……だから憎しみしかないアイツに頭を下げて、仲間としてアルテミスに出場することができたのに……あいつ、俺達を……」

 

 そこから先は声が震えていて聞き取れなかった、でも私は実際に見ていたから知っている。オタレッドと対戦した時の、仙道の振る舞いを……。

 

「さて……俺が話せるのはここまでだ。クラスも違うし、LBX以外の接点もない。強いて言えば、あいつとの間には因縁しか残ってない」

 

 一緒にアルテミスにまで出たのに、すごく寂しい関係なんだなと素直に思ってしまった。

 

 私やバン達は、参加できた喜びや色んな経験で満たされた。きっと、仙道と森野、風間……こんな悲しい思い出しか残らなかった人も多かったんだろう。私は本当に恵まれた環境で、盲目的に楽しめていたのを今更実感する。

 

 イノベーターとの戦いに翻弄されていた。それでも心からLBXを楽しめていたからか、深く考えることも無かった。なんだかそんな無知さが恥ずかしくなってスカートを無意識に握ってしまった。

 

「いいか川村アミ、もう俺達に協力しろとは言わん。だが……二度と、仙道に接触しようと考えないほうがいい……」

 

「でも、仙道は――」

 

「お前は、俺達のようになりたいのか?」

 

 今までの森野とは大きく変わって子供を諭すように優しく、そして耳障りのいい言葉で目を合わせ説得に掛かってきている。とても冷たく、全てを諦めているような目をしていた。

 

 きっとこれに頷き、仙道を諦めてしまうことが一番いいのかもしれない。

 

 私も森野も、風間も那須家さんも……なにも変わるべきじゃない。今まで通りに過ごすことがいいのかもしれない。

 

 なら、仙道は?

 

 偉そうに俺だけでいいって威張って、他人を傷つけてもなんとも思わない。でも、ずっと独りで色んなプレッシャーや恐怖を抱えて、誰にも相談できず苦しんでいるあいつが……あいつだけを見て見ぬふりをして当たり前に戻るべきなの?

 

 一緒に戦って、食い違いがあればぶつかって……それでも認め合って、ようやく横を歩いてくれるようになった仙道を……そんなの考えたくなかった。

 

 やはり私は諦めきれない。森野の同情も、なにも知りもしないネットや他人の評価も……私自身のノイズさえも。もう既に定まった答えの前にはなにも届かなかった。

 

「違う……」

 

「なにがだ?」

 

 中々食い下がらない私に苛立った森野が聞いてくる、眉間に皺を寄せていた。私が知る範囲の『いつも通り』のつまらないことをそれっぽく口にする、腹の立つ顔だった。

 

「違うの森野。仙道ってのはね……しつこく誘えば言い訳しながらついてくるし、真剣勝負じゃないと怒って帰っちゃうし、私が失敗したクッキーを美味しいとも言わずに頬張る……ただの馬鹿なのよ」

 

「な、なんと言われようとも。仙道ダイキという奴は――」

 

「あんたねぇ!仙道はタロットがないと喋らなくて、いっつもガバガバコーヒー飲んで、そしてここにいる誰よりも……真剣にLBXに向き合って!そして、私の大切な仲間なの!あんたみたいな上辺しか見てない、因縁とかいう寂しい繋がりしかないのと……一緒にしないで!」

 

 裏返るような大きな声で、一気に感情のままを思い切り吐き出していく。頬が急激に熱くなり、一瞬だけ視界が揺らいだ。足元に力が入らず倒れかけるも、根性だけで堪えて最後の思いすら言葉にした。

 

「だって……私が一番、仙道を……見てるんだから。隣で……これからも、ずっと……」

 

 酸欠で赤くなった頬が更に赤くなり、言葉が尻すぼみに小さくなって。謎の恥ずかしさから両手で顔を覆い隠してその場にうずくまってやっと冷静になれた。

 

 なんてこと言ったのよ私!これじゃあまるで愛の告白じゃない!仙道が今のを聞いてたら……あー考えたくない!このまま消えてしまいたい!

 

「おいまじかよ……お前悪趣味だろ」

 

「おやまぁ、こいつは随分とお甘いこって……馳走になります」

 

 ドン引きするような森野の声と、からかうようにケラケラ笑う那須家さんの声が聞こえてくる。

 

 でもそれどころじゃない、頭の中に考えがグルグルと巡って気持ち悪くなってきた。私はなんてことを……。

 

「……いって!え、なに?いつの間にかおれ……寝てた。え、どういう状況?」

 

 会話に一切入ってこなかったと思えば寝ていたらしい、そんな風間は椅子から零れ落ち。現場は更なる混沌を極めてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 森野が風間に事の展開を噛み砕きながら話している最中、那須家さんのガレージでパンドラを観てもらっていた。

 

 那須家さん曰くサービスだと言っていたけど、多分罪滅しも兼ねているんだろう……とても丁寧で、繊細な手つきで修理に取り掛かっている。導線の修理や傷のリペアまで……キタジマの店長よりも素早く直っていくパンドラ。ちょっと見惚れてしまう手際の良さを横で見せてもらっていた。

 

「川村様。お答えできる範囲で答えて頂きたいのですが……」

 

 作業スピードは緩めていないのに、私に話しかけてくる。目線はそのままで手は止まっていない、でもせっかくなので話し相手くらいはなることにした。

 

「変なことは聞かないでよね」

 

「承知致しました。仙道の兄貴から、他にはなにを教わっておいでなのでしょうか?」

 

 脚部のコアスケルトンをじっくりと観察しながら、少し意地の悪そうに質問を投げかけてきた。

 

「さっきのあの技、ハッタリじゃないかって聞きたいのね。そうよ、教えて貰ってないわ。私が聞いたのは「ストライダーフレームは脚部のメンテナンスをやれ、常識だ」って偉そうに言われたくらいよ」

 

 ネジを緩めていた手を止め、なにが面白いのか。声を殺すように蹲るように笑い始めた。

 

「あの兄貴が……川村様に……っ

 

ックック、こいつぁ愉快愉快」

 

「な、なによ……なにがおかしいのよ、変じゃないわよ!メンテナンスは大事なことなのよ!」

 

 メンテナンスのあれこれがおかしい?仙道が嘘をついた……そう言われたようでついムッとして言い返してしまった。

 

「クック……ところがどっこい、こりゃおかしな話でさぁ。ということは、兄貴は川村様の隣で……またはすぐ近くで作業なされた。そうか、そりゃあ兄貴が……へぇ……」

 

 なるべくは声を上げまいと堪えるも、閉じきれない口からアヒルのような笑い声が漏れている。そんな変なこと言ったかしら?メンテナンスすることが?……よく分からない。

 

「川村様、相当兄貴に魅入られている様子で……かの偉人はよう言ったもんですなぁ。「愛嬌とは、自分より強いものを倒す柔かい武器である」……と」

 

 ズレたメガネを直しながら、笑いすぎて目尻に涙を溜めたものを拭った。まるで面白い遊び道具を見つけた子供のように無邪気で、どこか狂気を秘めた笑顔をしながらパンドラの修理を続けている。

 

「でも御用心なされ、川村様。あの方は底が知れぬ御方ゆえに魅力的に映りやす、まるで神のように崇める輩もこの学び舎には少なくない」

 

「ほんと、あいつが?」

 

 隠れファンってやつ?ありそうけど、なんかイメージしにくいな。つい不敵な笑顔でこちらを見下す仙道の顔が脳裏によぎった。

 

「えぇそりゃもう。恐ろしい、怖いなんて心を逆から覗けば全て憧れ……なんてこともしょっちゅう。だからこそ、人は考える……「あの人を知りたい」とね」

 

 スパチュラでつなぎ目をこじ開けた音が、なぜか胸の奥にチクリと刺さった。あんなに情けない姿を見せていた那須家さんの、まるで心を溶かし、汚い本心を覗かれるような……薄気味悪い言葉選びに思わず身震いが起きてしまった。

 

「好奇心に人の心をいたずらに開こうとするならば、おやめになられたら宜しいかと……なぜ、誰も仙道ダイキを知ろうとするものが現れなかったのか。森野の旦那の話を聞いた貴女様なら、お分かり頂けるでしょう……」

 

 修復とメンテナンスを終わらせ、パンドラのアーマーフレームを元通りに戻した。どうやら全ての作業が終わったようだ。

 

 元通りに道具を片付け始めた那須家さんの放った言葉を自分なりに考える。なんだかふわっとした言い方にモヤモヤが募る、思わず反撃の意図を込めて口答えをしてしまった。

 

「私、ただの好奇心だけで仙道のことを知りたいわけじゃない。仲間だから――」

 

「そうそれ!その『仲間』という厚く、逃げ道を塞ぐ壁!それの優しさに隠された、危うき罠を!川村様は分かっていらっしゃらない。あの方があなたの無邪気さに!その無神経さに!なぜ魔術師が怯えているのかを!」

 

 急にスイッチが入った様に椅子から勢いよく立ち上がり、私を見下ろしてきた。

 

 その見上げるような巨体を天井近くまで伸ばし。興奮からか目を大きく見開き、鼻息を荒くして殴りかかるように言葉の数を浴びせる。まるで落語の締めに向かう盛り上がりの場面のような勢いで、思わず恐怖で後ずさりするほどの迫力だった。不気味な笑顔を更に不気味にし、妖怪に取り憑かれたようなおぞましさで話を続けた。

 

「あの悪魔の箱になにが入っていようとも、開けてしまえば貴女様は逃げられない……かの魔術師が誰にも見せなかった底が、希望や絶望ですらなかろうが、開けたあなたが責任を持たないといけない!人の心を暴くとはそういうことですぜ。お嬢さん」

 

「そ、そうね……その通り、かもしれない」

 

 精一杯捻り出した言葉を聞いて、小さく頷いた那須家さんは私の手にパンドラを握らせる。彼の手で綺麗になったパンドラが、なぜか別のLBXに見えてしまった。

 

「仙道の兄貴がひた隠しにしてきた心を……ただ照らすだけではいけませんぜ?あの人は逃げ腰が過ぎる御方でさぁ……ヒヒ、少々お遊びが過ぎましたな」

 

 ぼそっと「お後が宜しいようで」と呟きつつ小さく会釈をした。心臓が速くなって、まばたきすらできないほどの豹変ぶりに驚いたけど……今のでなんとなく、仙道が那須家さんを気に入ってる?理由がわかった。似てるんだろうな……のめり込み方とか、相手を手玉に取る言葉選びや態度。なにかシンパシーを感じてしまう……下っ端の仙道って感じなのかもしれない。

 

「おい那須家、デカい声が聞こえたけどなんかあったか?」

 

 扉を乱暴に開けて森野と風間が入ってきたが、那須家さんがとぼけたように肩をすくめやり過ごした。誤魔化し方まで仙道っぽく見えてきた、でも仙道の方がもっと……いや、やっぱ考えたくない。さっきの自分の言葉が頭をよぎって恥ずかしくなる。

 

「そ、そうなのか。紛らわしいな」

 

「川村アミ……あの」

 

 森野の後ろから分が悪そうに風間が顔を出して、恥ずかしそうにもたつきながら何かを言おうかと躊躇っているように見える。

 

「風間、ほら」

 

 躊躇している風間の背中を、優しく森野が押していた。こういう扱いには慣れているのか、対応が小学校の先生とかっぽい。兄弟が多そうね。

 

「川村アミ……その、煽ったり馬鹿にしたり。不快にさせて、ごめんなさい……」

 

 プライドが少しだけ邪魔をしながら、風間が頭を下げた。

 

「風間?なんで――」

 

「森野から聞いた、お前の熱意……よくわかった、お前。ホントすげぇよ……」

 

 どこか複雑そうに言葉を選びながら、風間が顔を上げてなぜか同情の視線を向けて勘違いを口にした。

 

「そんなに、ダイキに恋してたんだな……おれ、正直ドン引きしたよ」

 

 顔を青くして、心底可哀想なものを見るかのような目線を向けられている。森野は一体なにを話したんだろう……あの口ぶりから、なんか話盛ったのだろうか。

 

「風間!まだ勘違いしてんのかよ、だから川村アミは――」

 

「人間、好き嫌いがはっきりしてんだな。おれ、よくわからない世界の扉開いた気がするぜ……頑張れよ、なにかあれば頼ってくれ。その……恋愛相談以外で」

 

 俯く風間を横目に目線だけで森野に不満を伝える、こちらの威圧的な態度に気が付いた森野だったが、申し訳なさそうに顔を逸らし頭を抱えていた。

 

 多分だけど、森野は一生懸命に事情を説明したんだろう……その結果がこれなんだ、へぇー。

 

「さて、川村様。本来のご用事は兄貴に会いたいと申されておりましたね」

 

 散らかった話をまとめるように、那須家さんが私に話をふってくれた。

 

「え、えぇ……こんなことになる予定じゃなかったんだけどね」

 

「それは、悪いことをした」

 

 今日のジェットコースターのような展開に、一番振り回され疲弊した森野が謝罪を零した。あまりの苦労人っぷりに怒る気持ちすら湧いてこなくなった。 

 

「もういいわよ、責めるつもりはもうない。それにしては困ったわね、あいつどこにいるのかしら……」

 

 学校でこれだけ騒いだのなら、少なくとも仙道の耳に入って避けられるかもしれない。今も連絡は取れないまま、ここ以上に思い当たる場所もない……また闇雲に探すとなれば、やっぱお金も時間もない……もう手詰まりなのかな。

 

何処(いずこ)へ行ったら会えるか、ということを考えるより。どうすれば呼び出せるかなら、いいお知恵をお貸しできやすぜ?」

 

 意味ありげにそう言うと、机の引き出しからなにかのチケットを二枚取り出してその片方だけを私に差し出した。

 

 戸惑いつつも受け取れば、それは「ミソラ水族館」のカップルチケットだった。最近リニューアルされたデートスポットとして有名な……なんで持ってるんだろう?

 

「……なんでこれと仙道に会えることが繋がるのよ?」

 

「おやまあ随分と野暮なことを聞きなさる、なんでもかんでも開けばいいってもんじゃないですぜ?ヒヒヒ」

 

 意地の悪い言い方をし、残ったほうを可愛らしい封筒に入れて再び机にしまった。

 

「川村様、明日の18時。ご予定は」

 

「なにもないけど?」

 

「なら、その時間にミソラ水族館にお越しください……兄貴はきっと、走ってきやすぜ。汗だくになろうがお構いなしに」

 

 まるで未来を予言するかのように、事のいきさつを面白おかしく想像している那須家さんの言葉を。今の私はただ、飲み込むしかなかった……他に道はない、ならとりあえず信じてみても良いかもしれない。

 

「さぁ、狐に化かされる前に川村様はお帰りになられたほうが宜しいかと……森野の旦那、そして風間様。貴殿らは残られてあっしにお力添えを……」

 

「なんだよ、またなんかさせるのかよ」

 

「川村様に負けたのなら、なんでも言うこと聞くと仰ったじゃありませんか。あの御方の願いは仙道の兄貴に会うこと……我々男、優秀な知恵みっつが集まれば魔術師を騙すことなど――」

 

「うるせぇ!なんでてめぇが仕切ってんだ!このドクズ野郎!」

 

「風間、まて!最後まで一応話を聞こう――」

 

「イテテテテ!ちょっと服を引っ張らないで!痛い!痛いですって!」

 

 なんか騒々しくなって入る隙もなく、「お、お疲れです!」とひと言だけかけて逃げるように部屋を飛び出す。なるべく人に見つからないように、クノイチになりきってミソラ一中から脱出。

 

 

 

 

 

 

 

 駅に向かう道を歩きながら、今日一日あったことを振り返る。

 

「ものすごく、濃い一日だった……目的だった仙道には会えなかったし……ハァ」

 

 仙道に会いに来た。その目的だけで飛び出してミソラ第一中学校の生徒に、仙道の悪評聞いて、那須家さんに騙されて風間森野と戦って……なんだか最近はこんなことばっかな気がする。心が休まらない。

 

 ふと思い出したように、ポケットに入れた水族館のチケットを取り出し眺めた。那須家さんの話を信じれば、仙道は来るって言ってたけど……会えるのかな?ちゃんと話ができるのかな?

 

「不安ね……あ、流れ星」

 

 空を見上げればすっかり星の海が広がっていた、肌寒いことを一瞬だけ忘れさせてくれるような美しい空を見上げ。自分が今悩んでることや不安が少しだけ減って、なんとなく明日は大丈夫な気がしてきた。

 

「ま、駄目なら別の手段を試すまでよね。大丈夫、きっとうまくいくもの」

 

 少しだけ上を向き、ゆっくりと歩き出した。明日はどうなるかわからない、でも……もう少しだけ頑張りたい。

 

 久々のひとりきりの夜が、まるで自分の夢のように思えた。だから……その角から仙道が現れないかな、なんて妄想を零しながら。歩き慣れない場所を、星だけを頼りに足を進めた。

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