星と魔術師   作:ワンダ・プレイア

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星を追うのは

 午後の穏やかな風に吹かれ髪が靡く、心地よい日陰に身を置き、いつもの日常を感じながらひとりコーヒーを開ける。秘密基地のような校舎裏で、何気ない時間を過ごしている。

 

 郷田や色々な人から、ひっきりなしに電話やメールが届いている……だがしばらく人とツルむのを避けてしまう。

 

 最近じゃまた隠れるようにここに逃げてきている、今はなにも考えたくはない……ゆっくりと地平線に沈んでいく太陽を眺めながらコーヒーを口に近づけ、一口含んだ。

 

「……不味い」

 

 豆の味も香りもしない、白湯を飲んでいる気分だ……これも外れか、新しいものに手を出すもんじゃないな。まだ半分以上残ったそれを近場に置き、ナイトメアを手に取る。

 

 タイニーオービットの襲撃事件から三日経っただろうか。自分なりにやれる最大級の力を発揮して、出来る限りをなるべく形にした……筈だった。

 

 その結果があれだというのなら、正直全てが嫌になる。最近だとバトルどころかまともにLBXすら触ってない、自分で考えていた以上に心のダメージを負ってしまったのだろうな。情けなくて笑いすら出てこない。

 

 タロットカードを取り出し絵柄を確認しようにも、間違えて裏面を取り出してしまった。その小さな間違いにすら苛立ちを覚え、結局絵柄を確認することもせずポケットにしまった。

 

「こんな長い間、メンテナンスをサボることはいつぶりだろうか……」

 

 誰に向けた言葉でもなく、風に飛ばされどこかへと転がっていった。でも不思議と心は平穏なんだ、闘志や執着といった負の感情を感じない。なんと言えばいいか……そう、心が軽い。そうだ、軽いんだ。

 

 「勝たなければいけない」とか「認めたくない」とかいう、なにかでがんじがらめにされていない。本当の自由であるかのように、荒れた大地に優しい風が吹くような……敢えていうのなら、もう燃料が枯れて燃え尽きてしまったかのような。そんな気持ちだ。

 

「ニーチェよ、LBX(それ)が遂に俺を殺してしまったようだ」

 

 誰も居るはずのない場所へ向けて、謝罪にもならない謝罪を投げかけた。

 

 もう飲む気にもなれないコーヒーを近くの排水溝に流し捨て、気分が上がらないままで荷物を取りに行くために立ち上がった。最近はずっとなにも考えずに家と学校の往復で終わってしまっている……前はもっと、がむしゃらにLBXにのめり込んで楽しかったのにな。時間を忘れてカスタマイズもした……なのに。

 

 今日、家に帰ったら部屋を綺麗にしよう……ジョーカーMk-2の試作機とか、昔の古いLBXとか、捨ててしまうのもいい気がしてきた。どうせ遅かれ早かれ捨てる予定だったんだ、そうしたら少しは気分が晴れるかもしれない。

 

 学校はもうすぐ卒業、友人すらまともにできなかったから。高校からはなにを始めようか……そうだな、次は……。

 

「川村アミは、その次でも関係が続くのだろうか」

 

 不意に溢れた言葉に我に返った時、足元にハラリとタロットカードが落ちた。拾って絵柄を確認すれば死神(デス)の逆位置、再生を表す意味合いのカードだった。

 

「……なにを再生する、俺なんかが。足掻いたってなにも変わらない」

 

 カードを摘んだ指に力が入る、そう……なにも変わらない。タイニーオービットのあの戦いも、そして俺自身を大きく変えた『あの出来事』も……俺はなにひとつ救われなかった。思い返す度に自分の無様な姿に吐き気が募る。

 

「いいんだ、もう全て。信じられるのは俺だけ……元からそうだった、それでいいだろ?」

 

 ポケットから取り出したタロットカードは(スター)、そうだ。やはり俺はなにも間違っていない!俺は元々ひとりだった、それが今まで通りにただ戻るだけなんだ。思い出すな、川村アミのことなんか。

 

 アホ面で甘い物を頬張って、負けてもがむしゃらに挑んできて、もう駄目だとなればすぐ泣いたりして、自分の思うままに俺を滅茶苦茶に振り回して……ずっと、俺の酷い様を見ても、側を離れなかった。あいつのことなんて……すぐに――。

 

「こんな所にいやがった……絶対あいつらにドヤされる」

 

 声がする程の距離まで、誰かが近づいて来ていることに気が付かなかった。振り返れば少し首筋に汗を滲ませて、息が荒い森野がそこに立っていた。

 

「……なんだ?ネオアポロンの敵討ちってわけか、意識が低い上に暇そうで羨ましいなぁ?」

 

 虚勢を張り、いつも通りに嫌みを口にする。こうでもしないとこいつのような輩に舐められる……今の弱音が聞かれていなければいいのだが。

 

「違う、今日はお前に喧嘩を売りに来たわけじゃない。叶うことならお前なんかの顔なんか見たくないんだよ」

 

「だったら黙って失せろ、俺だって同じだ」

 

 ボソッと「だろうな」と吐き捨て、懐からなにかを取り出そうと動く。一瞬身構えたが、なにがトチ狂ったか可愛らしいデザインの封筒を取り出し、それを俺に差し出しやがった。

 

「……は?」

 

「その……あれだ……受け取ってくれ」

 

 なぜか意味深に頬を赤らめ、少し湿度のある目線を下に落とし恥じらいながらそう言った。

 

 まるで青春の一ページのような……渡されるこちらが小っ恥ずかしくなるような少女漫画のような展開。こいつ――。

 

「森野お前……悪いが、俺にそういった趣味はない」

 

 目にも留まらぬ速さで顔をあげ、徐々にその間抜け面が赤く染め上がっていく。口元をワナワナと震わせ、汗が滝のように溢れ出ている。

 

「いや待て、なにか勘違いしている。俺じゃな――」

 

「流石に憐れだから言いふらすことはしないでおいてやる……その、いい人見つけろよ。俺の圧倒的なこの実力に、男としても惚れ込む気持ちもわからなくないがな」

 

「と、とりあえず。ほらこれ!見ろって!」

 

 封筒を俺に押し付け、森野は服の袖で噴き出た汗を拭っている。なにがしたいかはわからんが、言われるがまま封筒を開けて中身を確認すれば水族館のチケットだった。しかもカップルチケット……本当にこいつはなにがしたいんだ?

 

「デートのお誘いにしちゃあ、随分と――」

 

「だから俺からじゃねぇんだって!差出人みてみろ!」

 

「というと?」

 

「裏!封筒の裏だよ!……畜生、あの時のじゃんけんに負けたばっかりに。なんで俺が……」

 

 遂には顔を両手で隠し、その場に蹲るように小さくなっていく森野を放っておく、とりあえず封筒の裏面を見ればなにかわかるらしい。

 

 ひっくり返して差出人とやらの人物の名前を目にした一瞬、心臓が大きく跳ね上がり全身に血が巡るような感覚に見舞われた。そして思考の全てが停止したような、体の奥になにか熱を帯びた感覚が同時に溢れてきた。

 

「なんで……よりによってお前なんかが」

 

「はぁ、ようやく気がついたか……昨日、うちの学校に訪ねてきたんだ。「これを仙道にお願いします」って、見た目通り律儀な女の子なんだな。川村アミって」

 

 封筒の裏には少女らしい文字で「川村アミ」とだけ書かれていた、再度封筒を開けてみるが手紙は入っていないようだった。

 

「ちゃんと信頼できる仲間が出来てよかったな、ダイキ」

 

 森野の慰めにも聞こえる言葉を遮るように、チケットを封筒に戻した。

 

 逆立つ気持ちを抑えつつ奴の顔を見る。それは、風間や他の生徒にいつも向けている……憐れみにも慰めにも近い腹の立つ顔があった。不快感に奥歯を強く噛んで睨みを利かせた。敗者のお前が俺にその顔を向けるな、偽善者もどきが。

 

「仲間?なにを言っている、あいつは利用しがいのあるただの駒だ。それをなにを勘違いしたか勝手に懐いて付きまとって、俺の領域に踏み込んで……」

 

 口から出てくる言葉が、自分ですら嘘だとわかってしまう。それでも、なにも知らずに俺の上辺だけ見て憐れむこいつの言い分に、素直に乗るなんて……と全身で拒否してしまっている。

 

「ただ群れて底辺を這いずり回るお前とは違う、いい迷惑だった。どうせこれもただの慰めの一環だろ?下らない……」

 

 封筒を森野に押し付けるように返し、少しでも早くこの空間から逃げたくなって森野の横を通り抜けようとした。だが、森野に肩をがっちり掴まれてしまった。

 

 この前の郷田の時も似たようなことがあった……だが、あの時以上に今は虫の居所が悪い。威圧的に森野を睨みつけ、無言で目を合わせる。

 

「俺を引き留めるとは、てめぇ如きが調子に乗るなよ」

 

「行かないのならそう言えばいい、だが一応伝えておく。お前が来なかったなら、俺が川村アミと水族館で……そうなっている」

 

 眉をひそめて気まずそうにそう伝えた森野の言葉で、興奮状態に陥っていた俺の思考が急激に停止した。呆気に取られている俺に森野は聞く気が起きたかと勘違いしたのか、会話を続けた。

 

「正直、行く気にはならない。ああいうのは彼女とかが出来たら行きたいからな……でも、あの子が勇気を出して見知らぬ場所の門を叩いた。その事実を無駄にすべきじゃない」

 

 先ほどの勘違いからの恥じらいで、間抜けを晒していたのと同一人物とは思えない程に、凛々しい顔つきで恥ずかしげもない気取った言葉を吐きやがった。

 

 俺がこの番長という地位に収まるまで、こいつはミソラ一中(ここ)で相当の人望があったらしい……それは今も尚衰えることも無く、生徒が皆口にする。「仙道ダイキさえ居なければ」と……。

 

 目の前の聖人を気取ったこいつの顔を、憐れみの眼差しを向けられるだけで吐き気を覚える。静寂だった心に強い風が吹く、熱が籠ったそれに怒りが火を灯し、激しく燃え上がったのを感じた。

 

「……黙れ」

 

「行ってやれダイキ、お前……あの子のことが――」

 

「黙れって言ってんだよ!川村アミも!お前ら全員、なんで俺に関わろうとするんだよ!なにも知らない癖して、薄っぺらで安っぽい慈悲を掲げて土足で踏み込んで来やがって!」

 

 不思議と頭で理解はできる、冷静じゃない……頭ではそう分かっているのに。目の前の侵略者に敵意を剥き出しにして、自分を守らなければと思って仕方がなかった。

 

 気がつけば、Dキューブを投げてキシキシと音を立てる程の力でCCMを握っていた。展開されたDキューブの中に、指示を待つナイトメアが目に入るまで、一切の思考が止まる位に。

 

「ダイキ、お前……」

 

「二度と、俺様に関わろうと思わない程に叩き潰してやる!そして、お前のその下らない慈悲も後悔も全て!地獄に落としてやる!」

 

 震える指先でタロットカードを引き、森野に見せつけるように掲げる。出たのは吊るし人(ハングドマン)の逆位置だった。

 

「逆境に砕け散れ、魔術師に首を落とされながら。その意地汚い言葉で懺悔してろ」

 

 息が上がり、体中が震える程に高ぶっている。不思議と冷静な頭で自分がなにがしたいのかがわからなくなってきた……。

 

 俺は一体なにをしている、なんでここまでしてムキになっている。こんな奴の戯言など、今までいくらでも無視できていたのに。

 

 森野はため息を零し、自身のオルテガをDキューブに投入する。両手銃系統の武器を愛用する、森野の今日の武器はスナイパーライフル……どうやら元からやる気だったようだ。

 

「わかった、良いだろう……もしお前が負けたら、ちゃんと行ってやれよ?」

 

「俺が?誰にそんな事言ってやがる……いいだろう、万が一にでもあればの話だがなぁ!」

 

 CCMから流れた『バトルスタート』の音声とほぼ同時に、ナイトメアは強く大地を蹴ってオルテガに向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりにCCMを握ったから、ナイトメアのメンテナンスをしていなかったから。そう言い訳をしたいほどに、森野とのバトルは幼稚で酷いものだった。

 

「てめぇ森野、さっきから舐めた射撃ばかりやりやがって!ご自慢の鷹の目が霞んだか?」

 

「だったらとっとと踏み込んで来い!下らない遅延行為ばかりしてるのはお前だろう、魔術師なら魔法でも打ちやがれってんだ!」

 

 Dキューブはシンプルなジオラマの『草原』、これといった障害もない、その筈なのに互いに本気で挑んでいないのが明らかだった。

 

 森野はきっと、俺に勝とうとは思っていない。だから敢えて射撃を外すように足元や肩を狙い、俺の苛立ちを加速させる。

 

 腹が立つ、まるで「彼女の元へ行きたいんだろう?なら背中を押してやる」。そう言いたげな見え透いた偽善に虫唾が走る。

 

 だから本当はとっとと終わらせたい、それで帰って要らないものを片付けて。すべて忘れたかのように眠りたい……そうだ、俺が何をしたって無意味なんだ。

 

 なにをしても人が離れる、どうせ信頼なんてされていない。ミソラ一中(ここ)のトップになったって、郷田にだって勝ったって。俺はいつだって、いつまでも空っぽなんだ。

 

 陽炎のように歪んだ考えが押し寄せる、まるで濃い霧のように俺の視野を狭め、森野の攻撃すら避け切れない程に思考を鈍らせていた。

 

「もらった!」

 

 オルテガから放たれた一発の弾丸が、遂にナイトメアの右腕に直撃して武器諸共吹っ飛ばした。空中で弧を描いた杖と共に、遠くの岩山に突き刺さった。

 

「勝負あり……だな」

 

 固まって動かない指をCCMから離し、ナイトメアが射抜かれたというのになにも操作できず。ただ画面を見つめる俺に、あたかも決着はついたかのように森野はため息を漏らした。

 

「ほんとダイキは素直じゃねぇな、たまには本音くらい話せよ」

 

 いつも風間に向けているような柔らかい表情をした、人の懐に滑り込み、内側から蹂躙する森野のお得意の手段。

 

 俺は敵じゃない、と口には出さずともその下側から持ち上げるような言葉選び……本当に人から好かれる術を弁えているのが嫌でも分からされる。

 

「ほら、チケットだ……ちゃんと彼女の思いに答えてやるんだぞ?」

 

 上着のポケットにしまっていた封筒を取り出すため森野がCCMから目を離した、嗚呼……本当にお前という奴は――。

 

「……ない」

 

「ん?どうした、ダイキ」

 

「負けてないつってんだ!中途半端に勝負しているお前なんかに、俺様が負けるかよ!」

 

 一瞬で頭に血が巡り、指先に熱が戻るよりも先にボタンを押していた。

 

 その場で後方に跳ね、一気に杖の近くまで辿り着き引き抜く。引っ付いていた右腕を払いのけ、ぐっと脚に力を入れて一気にオルテガのいる岩場の天辺まで飛び上がった。瞬きの間に全てが起こった、油断しきっていた森野が気付く間もなくナイトメアが宙を舞う。

 

 片腕だけ杖を振り上げ、停止していたオルテガの脳天目掛けて強烈な一撃をお見舞いした。金属がひしゃげる音がジオラマに響き渡った、突如起こった逆転劇に目を見開いて、その場で大口を開けて馬鹿を晒す森野が固まっている。

 

「いつの間に取りに行ったんだよ!?腐っても魔術師ということか」

 

「なにを川村アミを知った風を抜かしていやがる、あいつはな!俺に慈悲なんか向けてない!共に地獄を歩くと本気で口にする命知らずなんだよ!」

 

「まだやる気か……守れオルテガ!」

 

「チンタラ動いてんじゃねぇ!」

 

 防御の体制に入ったオルテガに浴びせるように攻撃を続ける、片腕でパワーが十分に出せないナイトメアの攻撃を受け止めきるものの、手数に押されオルテガが膝をつき始める。

 

「お前の甘ったれた言動にいい加減反吐が出る、どうせお前らのことだ。なにか那須家も含めて企んでいたんだろう。雑魚が下手な知恵つけて俺に指図しやがって!」

 

 ナイトメアの大きく振り降ろされた一撃によって、オルテガのスナイパーライフルがついに破壊されてしまった。

 

 文字通り丸腰になったオルテガが、頭部を守るように両腕でガードする。だがナイトメアの手が緩むことはない、無防備になった敵に対して攻撃を辞めなかった。

 

「わかったダイキ!俺の負けだ!だから――」

 

「お前も!郷田も!山野バンも海道ジンも!お前らの好き勝手に生きやがって、ムカつくんだよ!しがらみがあろうが好き勝手に楽しみやがって!」

 

 もはやただの八つ当たりだ、目の前にただ殴れる存在がある。それだけで杖を振り上げる理由にしている。

 

 この姿を見ても、彼女は俺の隣を離れないのだろうか……。

 

「ぶっ殺してやる!俺がどれだけの思いでLBXに縋っているか、知りもできないお前らなんか――」

 

 オルテガに最後の一撃が当たる寸前で杖が止まった。宥める言葉すら浮かばずに、CCMを握ったまま恐怖で固まる森野が目に入る。

 

 なにかの糸が切れたようにCCMから指が離れた、画面を見ると『Error』の文字が……なにが原因かわからないが、LBXの機能が停止している。もうどのボタンを押しても、ナイトメアは事切れたように動かない。

 

「ダイキ……どうした、なぜトドメを刺さない」

 

 困惑からなのか、森野が爆発物を取り扱うような慎重さで声を掛けてきた。不思議と悔しさがない、諦めがついたようにCCMを閉じてナイトメアをDキューブから取り出す。

 

「まだ勝負の最中だろ、どうして勝負を放棄した?お前――」

 

「……寄越せ」

 

「は?……なにをだよ」

 

 伏せた顔を上げ森野を見る、俺の顔は相当酷いらしく。困惑で強張った表情が更に酷く軋む……今の俺はどんな顔をしているのか、是非とも鏡を見たい所だ。

 

「お前らの下らない茶番に付き合ってやる……だからとっととそれを寄越せ」

 

「お、おう……18時に入り口で待ち合わせになっている、気が変わらないうちに……とっとと行けよ」

 

 震える手で差し出されたチケットを掠め取るように奪い、森野に背を向け何も言わずにその場を去った。

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