揺れる電車の一番端に座り、今はなにも起こらない、静かに茜色に染まる街を、パノラマ映像を見ているかのような気持ちで、独り見つめる。
勢いに任せて飛び出してきた、カズやリュウの制止を振り切って。来るかもわからない未来に期待してまで……なにやってるのかと考える。あいつは絶対来る、なんて夢物語に縋ってしまう位に私はどうにかしてしまったのだろうか。
この電車が、本当にあいつに繋がっているのなら……私は最初になんて声をかけよう。あの傲慢で、我儘で、いつもひとりぼっちの魔術師なあいつに。
「大丈夫?……じゃない、元気?……とも違う。うーん……」
イメージトレーニングに浸り、第一声を考えてみる。
普通に話しかける?普通ってなによ、あいつにそんなもの通用しないわ。却下ね。
LBXの話から?水族館に行くってのにLBXのこと語ってもねぇ……ロマンがないわ、やめておこう。
じゃあ仙道の真似をしてタロットカードとか出しちゃったりして!……そもそも持ってない。しかもあったとしても意味を知らないし、そんなおちょくるようなことをしたら……流石の仙道も怒って帰るのが目に見える。
「まあ、なんだかんだいいつつ一枚だけ……仙道のがあるんだけどね」
鞄の奥に忍ばせて置いた
「大会の時は帰り道、今は向かう道……なんか変な感じね」
外を見れば期待で世界の輪郭がはっきりとして、浮き足が立つ程に焦りすら混ざってしまう。隣のがらんとした空間が、この名前のない違和感に強い恐怖を覚え始める。
嫌だ……だから一秒でも早く側に行きたいと願ってしまう。今がとっとと過ぎてしまえば、と焦りを口に出してしまいそうになる。
車内アナウンスの『まもなく』という神のようなその声に耳を立て、居ても立ってもいられず椅子から飛び上がり開かれるドアの前に立つ。隙間から覗く真っ赤な空を横目に、モニターの案内を食い入るように見つめ続けた。
「まもなく、『ミソラ水族館前』。お降りのお客様は……」
ようやく目的の駅に辿り着いた。電車が止まり、ゆっくりと開くドアを待てずに隙間をすり抜けるように体をねじ込み改札口に続く下り階段を一気に駆け降りる。
水族館からの帰りなのか、手をつなぎ楽しそうに会話をするカップルが目に入ってしまっても足は止まらない。
私と一緒に乗っていた誰よりも改札口を通って、期待と緊張で張り裂けそうになりつつミソラ水族館の入り口に辿り着いた。肩で息をしながら、周りの人の顔を見渡す。
「どこ、どこに――」
公園のような広間の向こうに大きな門が見えた、あれが水族館の入り口なのかしら?
平日なのにまばらに人がいるのを見渡しながら、呼吸を整える……いない。どこを探しても見当たらない、お目当ての人物はまだ来ていないようだった。
想定していたとはいえ、考えられる最も恐れていた結論を考えてしまい、急いでCCMで時間を確認した。なんというか、私ってこんなせっかちだったかしら?
「時間までまだ20分以上ある……はぁ、急いだ意味ないじゃない」
気持ちが前に出すぎた、肩を落とし頭を抱え込みたい程恥ずかしくなった。
近場のベンチに腰掛けて改めて周りを見渡す。さっきの駅ですれ違った時も見たけど、やはり家族よりも圧倒的にカップルが多い。
みんな楽しそうに会話をして、待ち合わせをしていた彼女っぽい人に嬉しそうに駆け寄る彼氏っぽい人……それを横目にひとりチケットを握りしめ、来るかどうかも分からない人をただ待つ私。
「私。かなり場違いよね……」
指先に少しだけ力が入る、本当に仙道は来るのかな?
湿っぽい潮風が前髪を揺らす、待ち合わせのスポットになっていた噴水周りのイルミネーションがライトアップされた。その場にいた人々が一斉に歓喜の声を上げ、足元に落としていた目線が上を向いた。
どこかのカップルの話し声が聞こえる、内容は聞き取れないのに羨ましさだけが募る。
考えが空中を漂い気持ちがどこかへ拡散していく、ひとりでいれば余計に考えてしまう。自分はなにをやっているんだろう……来るかどうかもわからないのに。
こんな所でカップルを妬んで、足を意味もなくブラブラさせて待ちぼうけ。
もし来なかったら?あいつを信じていいの?……なんて微かに侵食した不安が、肌寒さも相まって心細さが砂時計の砂のように積もっていった。
遠くのどこかの鐘が聞こえた。時刻を確認すれば、那須家さんが宣告していた18時になってしまった。
「……来ない、のね」
周りを見渡しても自分の元に向かってくる人影は見つからない。
そりゃそうよね、だって仙道だもの。他人に興味ないし、自分に利益がないと動こうとしない……私との関わりもそんな時間経ってないし。
念を入れてCCMで登録していた番号に電話をかけてみるが、コール音が鳴るだけで出てくれる様子はない。諦めず待っているも留守電に繋がっただけだった。溜息と共にCCMをしまい、ムキになったように呟く。
「あと、10分で来なかったら……帰ってやる」
不満を口にして、賑わう人々の海に沈む貝のように静かに空を見上げた。
退屈な時間と落ち着いた気持ちから、ふと体が軽くなって眠気が一気に押し寄せてきた、最近の疲労が限界に達したのかもしれない。
瞼が重たい、意志に反してゆっくりと落ちていく。必死に目を開けようとしても重たくてしょうがない、襲い来るこの睡魔は、プール後の数学のものより強敵のようだ。
「寝ちゃだめ……文句を言ってやるんだから……絶対に……」
行き交う足音すら遠ざかり、意識が深い場所へとゆっくりと沈んだ。
「……きて……起きて」
ハッとして顔を上げると、そこにいない筈のいつものふたりが立っている。
「バン?カズ?なんで……あれ私、一体なんでここに」
さっきまで、目の前には噴水と水族館があって。来るかもわからない仙道をベンチに座って待っていた。
明らかにおかしい、カズはともかく学校にすら来ていないバンがなんでここにいるのよ。
「アミ聞いてくれ、おれ達イノベーターを倒したんだ!」
「そうだぜ、海道義光も逮捕されて。俺達が勝ったんだ!」
彼らは、なにを言ってるの?
「これでみんなが平和にLBXを楽しめる!今度父さんも帰ってくるんだよ」
「ねぇ、どうしたの。なんかあんた達変よ?」
嬉しそうに、はしゃぐふたりに違和感を覚えつつ考えてみる。
本来いないふたり、いつの間にか移動していたこの場所。しかもそれまでの記憶もない……まあ明晰夢ね、でも明晰夢って自由に動き回れるって奴じゃなかったかしら?
「実は宇崎社長も無事だったんだ、後で挨拶しに行こうよ」
私の手を引き、笑顔を崩さないバンに背筋に悪寒が走り恐怖で手を振り払ってしまう。手を振りほどかれても、気味が悪くなる位に笑顔を絶やさない。本来のバンなら絶対にしない行動に、夢だとわかっていても混乱で言葉が詰まる。
「いこうぜアミ!郷田もジンもみんな待ってるんだから!」
カズも煽るような言い草で私を立たせようとする、いつも通りのカズの筈なのに。目だけが笑ってなくて、ベンチという逃げられない場所で少しでも拒絶するように小さく蹲る。呼吸が荒くなり声も上げられず震えて、早く目が覚めるのを必死に願うしかできなかった。
「アミ、なにを怖がっているの?もう恐れるものはなにもないんだよ。おれ達がもう頑張ることなんて――」
「い、嫌!私は仙道を待っているの!必ず来る筈なの!だから連れていかないで!」
必死の抵抗から、やっと声を出して拒絶する。私の言葉を聞いても一切表情を変えず、ただ吸い込まれそうな真っ暗な目を向けながら。無機質な言葉を吐き出した。
「なんであいつを気にかけるの?あんな奴、仲間でもなんでもなかったでしょ?」
仲間を信頼し、いつも前向きで真っすぐなバンの見た目をしたそれが。本人が絶対に言わない言葉を吐き出した。
目の前のそれはバンじゃない、これは夢だと分かっているものの、その発言についカッとなってしまいそうになる。
「行こうよアミ、やっと平和になったんだ。もう怖いものなんてなにも無いよ?」
「大丈夫、俺達がずっと一緒に居てやるからさ」
バンの顔だけを貼り付けたようななにかが手を差し伸べてくる、それに続くようにカズも手を伸ばす。
小さく悲鳴を上げ、その手を払い退けるも手首をものすごい力で握られる。痛みに顔が引きつるも、そんなことはお構いなしにベンチから立ち上がらせようとふたり掛かりで私の手を引く。
「痛い!離して!行きたくない!そっちに行きたくない!」
必死に抵抗しているはずなのに、引っ張られる力よりも握られた手首のほうに痛みが増して、恐怖が増殖して力が入らない。怖い!助けて!といくら叫んで泣いてもバンもカズもずっと笑ったままに力を強める。
「私は、仙道に会わなきゃ。仙道の顔を見て直接言ってやらなきゃいけないことがあるの!」
私の声になど耳を傾けないなにかに向けて、心からの叫びを解き放って。必死に抵抗をした。
「だって私は!あいつのことが――」
するとベンチごと、足元に現れた穴に落とされた。バンやカズに似たなにかと共に崩れた世界を、スローモーションのように観察する。
そこで最後に見えた景色は、真っ暗な世界に線を引いた。大きなほうき星だった。
落ちた感覚が現実に呼び戻し、弾かれたように意識が覚醒する。まるでさっきまで水の中にいて、体中が酸素を求めているかのように大きく息を吸い込んだ。
心臓が早鐘を打ち、肋骨を内側から押し上げる感覚がある。全身から嫌な汗が噴き出して、夜風に冷やされたそれが体温を一気に奪っていく。それにやけに身体が重く感じる……。
「はぁ……はぁ……一体なんなのよ」
額の汗を拭おうと右腕を上げようとすると、なにかが乗っかったように動かない。まさか、幻痛!?と焦る気持ちで確認すれば、まったく違う原因がそこにあった。
「……なにしてるのよ、仙道」
まるで抱きつくように、私に覆い被さって、なぜか酷く苦しそうに呼吸をする仙道がいる。
重なり合った身体は熱く湿度を感じ、耳元近くにある顔からは私以上に小刻みに息を吸っては吐いてを繰り返している。よくわからない現状に、とりあえず声をかけた。
「ねえ、寝ちゃった私も悪いんだけど。重たい、どいて」
「……すこし、待って……俺……ずっと……走って……」
喉を通る呼吸の音が笛の音に近くなる程に、いつもより掠れたような声でぐったりとしている。なんで走って来たのよ、ミソラタウンに住んでいるならここに来るなんて大変じゃないのに、駅からすぐ降りてすぐの場所なんだし。
仙道がどうやってここまできたか、どうしてそんな疲弊しきっているかは知らない。
だけど、その切実な思いを抱きしめたくてたまらなくなって。汗で湿ったその背中に手を回して、つい愛おしさを漏らしてしまう。
「ずっと待ってたのよ、会いたかったわ」
上がりきった仙道の体温がとても心地よい、ずっとこうしてしまいたいと願ってしまう程に。
「やめろ……俺は……お前なんか……どうでも……」
とか言いつつも一向に退かない仙道の体温を盗みつつ、眠ってしまって冷えた体を温める。
ある程度して呼吸が戻った仙道が、照れくさそうにゆっくり起き上がる。そして目が合って、さっきまでのいいムードを台無しにするような仙道の顔があった。
「お前も、那須家に一杯食わされたんだろう……今度会ったら覚えとけよ
「あ、仙道……あなた――」
仙道がいつも通り眉間に皺を寄せようとして、痛みに顔を歪ませて額に手を当てた。多分道中転んだか、なにかで擦りむいたのだろう……原因はわからないけど少し出血している。あーあ、綺麗な顔が台無し。
「絆創膏あるわよ、貼ってあげる」
「いいって、これくらい唾でもつけときゃ――」
「でもかっこ悪いわ、はいしゃがんで」
嫌そうな顔をする癖に言われるがまましゃがんだ、鞄から絆創膏を取り出して貼ってあげる。メタモの可愛いデザインだけどしょうがない……ごめん仙道、それしかないの。
「はいオッケー、これで大丈夫……そもそもなんで走って来たのよ」
「……電車が無かったんだ、乗る予定のが一本運休になっただけだ。だから、ミソラ一中から……」
「ミソラ一中!?あんた二駅以上も走ってきたわけ!?そんな走らなくても――」
「そうだ、走らなくてもお前はここでおねんねしていたってわけだ。もう少し待たせておけばよかった」
悔しさから顔をしかめながら、ジャケットを脱いで私に投げつけるように渡してきた。
「汗ばんで酷いから持っててくれ」
「なによその言い方、着ちゃうわよ?」
「……好きにしろ」
仙道は今まで通りの棘のある言い方をして、ひとりで前を勝手に歩き出した。急いで袖を通してベンチから立ち上がり、その横に並ぶ。
「とりあえず、水族館いこうよ」
「はぁ……期限今日までだしな。あの野郎、本当覚えとけよ」
また隣に立ってしまった、その事実が異様に嬉しくて。小躍りしたくなる気持ちをグッと抑えてふたりで夜の水族館に向かった。
活動報告に猛省の書を上げてます、お暇なら。良ければ