星と魔術師   作:ワンダ・プレイア

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※原作と比べ過度な
・解釈違い
・独自解釈

が発生しています、ご注意下さい




箱庭③

 広い館内を、人混みを掻き分けるように仙道と共に探検を続けた。

 

 大きなサメの迫力に驚いたり、見慣れない魚について話したり……仙道があの魚は食用かどうかと疑問を口にしたのには驚いたりもしたけど、時間があっという間に過ぎてしまう程。仙道との時間は楽しかった。

 

「うわぁーエイがいっぱい!鰯もいっぱいいる!」

 

「魚群を成して大きな球体に見せて天敵を威嚇する……ベイト・ボールと言われる習性だ」

 

 水族館の一番のメインである大型水槽を前にして、ふたりで見上げながら巨大なミラーボールになっている鰯の群れを見ていた。

 

 海を切り取って持ってきたような大きな水槽に、本当にちっぽけな存在の私達がいる……ちょっと不思議な感じがする。

 

 ついこの前まで小さな機体で戦争のような戦いに身を置いていたのに、今は計り知れない大きな水槽の前でなにも考えずはしゃいでいる。やはりあの日々も、今も夢のような出来事に感じてしまう。

 

「このエイ、こっちに来てる。ニコニコしてるわね」

 

「そいつはマンタだ、正確には『オニイトマキエイ』……俺達がよく知る一般的なエイはあっちの座布団みたいなの。あれは『アカエイ』、尻尾に毒針のあることで有名だな」

 

 横でスラスラと解説を入れる、仙道の博識……というか海洋生物の知識が止まらない、本当に好きなのね。LBXもそうだったけど、のめり込むととことんって感じね。

 

「あんたは将来、飼育員さんとかになっているかもね」

 

「は?お断りだね、客に愛想振りまけるほど俺は出来た人間じゃない」

 

「……自覚あるなら直しなさいよ」

 

 小さく嫌味を零せば「その内な」と返事が返ってきた後、特に会話もなくエイの群れを眺めた。

 

 閉館時間に近いからなのか、あんなにいた他のお客さんは見当たらず。だだっ広い空間に、私達だけ存在している。

 

 まるで映画のワンシーンのような現状に心がざわめいてしまう、だけどどこか穏やかでもあるこの気持ちが、私には正体がなんなのか理解できなかった。

 

「……なあ、川村アミ」

 

 ふと隣から聞こえたいつもより棘のない声に顔を向ける、真っすぐ水槽を見つめているが。不安げなのを隠しきれていない仙道が、水槽から目線を逸らさずに会話を続ける。

 

「俺達は、まだ戦わないといけないんだろうか……」

 

「なによ、当たり前でしょ?他に誰ができるのよ。だって――」

 

 当然だといった風に回答したが、ハッとして口に手を当てて言葉を止める。隣から一段と大きな溜息が聞こえた……もしかしたら、あのタイニーオービット社襲撃の件をまだ引きずってるのかもしれない。

 

 そりゃそうよね、仙道は初陣であんな頑張っていたのに、結果が結果なだけに酷く傷ついた可能性だってある。それを汲めずに無神経に自分の価値観を押し付けてしまった、ちゃんと謝らなきゃ。

 

「ごめんなさい、無神経なことばっか言っちゃって……そりゃ嫌になるわよね。結果がああだったんだし」

 

「まあな、正直かなり凹んでしまった。だがお前が悪いわけじゃない、きっと……お前の言っていることは正しいんだ」

 

 珍しく本心を零し、目の前をゆったり横切った二匹のマンタを、どこか悲しそうに眺めていた。

 

「この世界は……この水槽と同じ箱庭だ。イノベーターだのなんだのをなにも知らない民衆が、自由に見える……こんな風なしがらみの中を泳いでいる。その尻ぬぐいを別の誰かに押し付けて、本人達はぬるま湯に浸かりながら。なにも知らないままで……」

 

 仙道の口から、いつもみたいに理屈を積み上げた言葉がでてくる。本人がゆっくり噛み砕いて、自分の中で消費した感情を私に聞かせてくれる。

 

「だけど、その尻ぬぐいってのは本来大人がすべきことだ。だから子供である俺達は将来その恩を返すために、未来の子供達を守らなければいけない……だが、現状はどうだろうか」

 

 どこか辛そうに、言葉を詰まらせながら独白は続く。どこかの水槽の気泡が割れる音しか聞こえない、そんな場所で心地よい声で痛いほどの強がりな思いが溢れ出している。

 

「なぜ、俺達は戦わないといけなくなってしまったのか。元はLBXは遊び道具だ……それが戦争だのテロだのに使われたがために。ただの子供が死に際に立たされ、大人の欲望に飲まれないよう足掻かなければいけない。こんな悲しいことあっていいのか?」

 

「仙道……」

 

「俺は強くなりたい、誰かを守りたいがためにじゃなく。俺自身がそうありたいがために戦う!その戦場がジオラマの中であろうと、大人共の勝手な争いであろうとどうでもいい!俺は……ただ、LBXがしたくて……」

 

 喉が詰まる音と共に声が掠れ、やがて隣にいた仙道が膝をついて。言葉の続きがつっかえる程に小さく肩を震わせていた。

 

 『箱の中の魔術師』と恐れられたあの仙道が。いつも見上げていた傲慢で気取った姿を欠片も見せず、等身大の姿をしたただの少年がそこにいるのを見下ろしていた。

 

「死にたくねぇよ……でもLBXも諦めたくない……なんでだよ、前までなにを言われても平気だったのに……お前の隣にいるだけで、こんなにも嘘がつけなくなる……」

 

 裏返ったような声で、背中を丸めて呼吸を乱れさせながら。仙道がひた隠しにしてきた、誰にも見せたことのない等身大の姿。

 

 仙道というパンドラの箱が、今目の前で開いてしまった。

 

「最悪だ……一番見られたくない奴に、一番情けない姿を晒している……頼む、見ないでくれ……」

 

 縋るような声の癖に、その情けないまでの姿を変えようともしない。

 

 そうだった、私達が立たされているこの現状は……本来いるべきじゃない立場だ。だってこれは大人達の問題であって、私達子供が知ろうとしても知れない深い場所の話。

 

 それがLBXというありふれた玩具(がんぐ)が関わっているせいで前に出なければいけなくなった、その疑問をみんな持っているかも知れないけど……誰も口に出すことはなかった。

 

 いや、考えてしまわないよう目すら合わせようとしなかっただけ。じゃないと、今の仙道のように辛くなるだけだから。

 

「お前はいいよな……強いから」

 

 恨めしそうに、最後の言葉を捻り出し。静けさが募る空間に鼻を啜る音だけが響いた。その言葉に返事をする前に、巨大な影が頭上を横切った。マンタは何も知らない顔で自由を謳歌するように……そこが水槽の中で脅威を誰が取り除いているか、知りもしないんだろうな。

 

 その裏側を、守らなければいけなくなった。私はその真実を見ている……目の前の仙道になんと声をかければいいか、仙道が求める答えはなにか。

 

 巻き込まれてしまった彼が救われる道を考えてもきっと今の私には、答えに辿り着けない……それならせめてできることをしたい。そう思って鞄から例の物を取り出して、私なりの思いを伝える。

 

「私も、あんたが思っている以上に強くないのよ」

 

 仙道に渡されたままだったタロットカードを差し出す、私の声に反応して後悔と絶望に撃ち伏せられた仙道が目元を赤くして顔を上げた。しかし顔を上げただけであってその目に光は宿っていない。

 

「嘘をつけ……お前はちゃんと前を向いている、それが証明だ――」

 

「違う、ここにいるのは。仙道がいたから……私は特別なんかじゃない」

 

 私からタロットカードを受け取り、ゆっくりと観察する。懐かしさからか、意味を考えているのかぼんやりと見つめるだけで皮肉すら口に出さない。

 

「覚えてる?ネオアポロンで渡してくれたものよ。これがあったからジンまで辿り着けたし、タイニーオービットでも頑張れた……それに、今日ここにいる。全部あんたが居て信じてくれたからよ……だから、私は特別なんかじゃない」

 

 私の言葉も上の空のようでぼんやりと話を聞いている、それが心に届いているかはわからないけど。

 

「今まではあんたが導いてくれた。それが怖いっていうなら背中も押すし応援もする……でも、あんたはそれが欲しいってわけじゃないのよね」

 

 いつもなら憎まれ口を叩き、タロットカードで場を荒らすこともせずただ静かに耳を傾けている。

 

「仙道……踏み出してしまったからもう戻れない、だから。それが怖いというのなら、私が手を引いてあげる」

 

「……失望しないのか?こんな情けない姿なのに」

 

 信じられないと言いたげな言葉を吐き出す、覇気の籠もってない、弱々しい声で。それでもさっきよりは、はっきりと聞こえるように答えてくれた。

 

「なによ今更、失望なんか出会ったときからずっとしているわよ。だから怖がらなくていい……私は仙道の前からいなくなったりしないから」

 

 いなくなるなんて考えてもなかった、だけどなんとなく。仙道が一番怖がっているであろう『失望』という評価をしていない……それを証明するために自然と口に出てしまった。

 

 でも嘘じゃない、今はただまっすぐ自分より情けなくなってしまった仙道が立ち上がるのを待った。

 

「なんだ……お前はずっと前から。魔術師の顔なんか見てなかったんだな」

 

 なにがそんなにおかしいのか、引きつるような掠れた笑い声をあげて自分の意思でゆっくりと起き上がった。

 

「幻影に化かされていたのは、俺の方だったな」

 

 なにに対しての言葉なのかは分からない、顔を上げて目の前の鰯の群れを真っすぐ見つめている。それがなにを意味しているかは、私には複雑過ぎて読み取れなかった。

 

「川村アミ」

 

 こちらに顔を向け、流れるように左腕を私の頬に伸ばし。仙道がぐっと顔を近づけた。

 

「な、なぁ!?」

 

 急激な展開に顔が赤くなり、反射的に目を閉じて身構えてしまった。幻想的な水族館でふたりきり……私、まだ中学一年生なのに!まさかこんなに早く――。

 

運命の輪(ホイール・オブ・フォーチュン)……運命とは逆らうことのできない。数奇で、時に強い引力を放つ」

 

 ゆっくりと目を開けると、仙道の左手には一枚のタロットカードが握られている。それをまじまじと眺めていた……なんだ、この仙道から借りたままのジャケットからタロットカードが取りたかっただけなのね。

 

 てっきりキスされるんじゃないかと思っちゃった。正直、そんなロマンチックな事を仙道なんかに期待したのが恥ずかしい。

 

「一度交われば出ることの叶わない……なら、案外恐れるべきじゃないのかもしれないな」

 

 諦めたような、それでもどこか吹っ切れたような溜息を漏らし。私から受け取った方のカードを嬉しそうに眺めていた。

 

「『(スター)』の導きに、また身を委ねてみるのも悪くないな……なんだ、なぜ顔が赤くなっている」

 

 私の異変にようやく気が付き、いつものような嫌味ではなく、ただの疑問として私に話しかけている。

 

 あの行動は仙道がわざとそうしたわけじゃないという事実に、余計恥ずかしくなって目線を逸らす……ひとりで舞い上がって馬鹿みたい、これ以上恥ずかしい思いをしたくないけど。異質な空間の中で、つい本音がほろりと漏れてしまった。

 

「だ、誰だって期待しちゃうわよ……もう」

 

 真っ赤になってしまった頬を掌で包みながら精一杯の抵抗を捻り出す、さすがになにか察したようで。仙道はいつもの調子で、正直ちょっと期待してたもの全てを打ち砕くことを言った。

 

「そういうのは、好きな人にしてもらえ……それができるのは俺じゃない」

 

 冗談っぽく茶化すようにでもなく、仙道らしい不器用な優しさで放たれた言葉が私の胸に釘のように打ち込まれた。

 

 赤かった頬から紅が抜け、早くなった鼓動が勢いを落としていく。その告げられた事実に熱が逃げていくのが痛いほどわかってしまった。

 

 そっか、仙道って私のこと女の子として見てないんだ。私はただの仲間止まりってことなんだ……当たり前よね。私は、ただの仲間のひとりだもの……勝手に期待して、勝手に盛り上がって馬鹿みたい。

 

「私は、違うのに……」

 

 その言葉を掻き消した館内アナウンスが閉館の言葉を告げた。仙道が時間を確認する横顔を、なぜか見る気にもなれずに少しだけ下を向いて、この水族館デートは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 水族館を出て、ふたりきりの時間にサヨナラをするように駅に向かう。

 

 珍しく饒舌な仙道が深海魚のラブカについての熱を語っているのに、口を挟まず耳を傾けている。それよりも、どうしてもさっきの言葉が心から取れてくれず。血が流れ続けるように痛みが引かない……。

 

「……今日、ここに来なければよかったかもしれない」

 

 するべきじゃない後悔が漏れる程に、この傷口は大きいのかもしれない。

 

 ネオアポロンの帰り道はあんなに去って戻れない時間が惜しかったのに、今はこの駅までの道が短いことが有り難い……帰って少しだけでも独りになりたい。

 

「仙道、忘れない内にジャケット返しちゃうわね」

 

「いいのか?寒くなるぞ」

 

「うん、貸してくれてありがとう」

 

 ジャケットを脱いで、仙道に返した。一枚脱いだだけで肌寒さを感じて少しブルっと身体が震えるけど、あまり仙道の物を持っていたくない気持ちが優先された。

 

 その後、すぐ下を向いてこの時間が早く終わってほしいと足を早めそうになる。でも、仙道には気づかれたくなかったから気持ちを抑えて歩幅だけを合わせた。

 

「そうだ、今日の記念にいいものをやろう」

 

「まだなにかあるの?」

 

 ポケットをまさぐって、仙道は包装されたなにかを取り出して封を開けた。

 

 中からはメンダコとマンタのそれぞれのキーホルダーが出てきた、そう言えばさっきお土産コーナーでなにか買っていたかと思えば……仙道の割に随分と可愛いものを買ったのね。

 

「お前にはマンタをくれてやる。好きな場所にでもつけろよ」

 

「メンダコじゃないの?さっきそっくりって言ってたのに」

 

「これは俺のだ、文句があるなら別日に買いに行けばいいさ……ほら」

 

 マンタのほうを私に差し出し、戸惑いながらも受け取る。デフォルメされているとはいえ、さっきの水槽で優雅に泳いでいたマンタが忠実に再現されていて可愛い。

 

「あ、ありがとう……」

 

 妙な気遣いに照れ隠しも間に合わないまま、とりあえず鞄につけてみた。ゆらゆらと揺れるマンタが、愛嬌を振りまきながら泳いでいるように見えた。

 

 仙道はそれを見届けると、自分のCCMにメンダコを括りつけていた。「JK」と作られた鉄製のキーホルダーと緩い顔のメンダコが一緒にいる……なんか似合わないな。

 

「なんでこんなの買ったのよ、変に優しくしないで」

 

 素直にありがとうとだけ言えばいいのに、つい攻撃的な言葉を口に出してしまう……ひとりで舞い上がった結果なのに、情けないったらありゃしない。

 

「気に障ったか?俺の勝手な思い出作りに巻き込んだのはあれだが……あまりお気に召さないようなら――」

 

「いい!そういうのじゃない!もう……ほんと馬鹿」

 

 いつもなら勘が鋭いのに、なんでこういう時だけ鈍るのかしら……まあ弄ばれているって筋もあるけど、どちらにせよ居心地の悪さは変わらない。ちょっと砕けた仙道に、今度は私のほうに壁を作ってしまう。

 

「女心はなんとやらか……ほら、駅だぞ」

 

 念願だった終わりが目の前に迫ってくると、やはりこの時間が惜しくなる。不意に鞄の紐を両手で強く握り、無意味な抵抗をしてしまう。

 

「私……あっちだから……じゃあ」

 

「悪い、最後にひとつだけ言わせてくれ」

 

 気持ちを悟られたくない、その思いが足を進めていたのに。仙道のたった一声で止まってしまう、ああなんとも情けない。その私を呼ぶ声に耳を傾け、わざとだと言いたい顔の赤さを隠すようにゆっくり振り返る。

 

「俺はお前に憧れてシーカーに入った、自分の意思で進んで無償で命張れる。お前だから羨ましくてなぁ……それが理由だった」

 

「だ、だからなによ!」

 

「だからこそだ!お前と一緒だと、俺はどこまでも行ける気がする……だから――」

 

 仙道が、まるで憑き物が落ちて。壁の中からドロリと溶け出したその先にある……心からの言葉を叫んだ。

 

「またな、川村アミ!お前がいるから、俺はもう怖くない!」

 

 髪を下ろして、今日は心からはしゃいで、泣いていた仙道が、私に最後に見せた希望の熱に触れてしまった。

 

 どうして、どうして今そんな事を言い出すの?そんな顔されたら、諦めようとしても諦めきれなくなる。友達だとか、仲間だとか、そういう類で満足できなくなってしまう。

 

 なんとか誤魔化すように手を振り、電車が到着する合図の『まもなく』に急かされるようにホームに駆け足で向かった。

 

 タイミングよく到着していた電車に駆け足で乗車し、誰もいない座席に隠れるように座る。

 

 荒くなる呼吸を整えようにも心臓が早く動いて落ち着かない、顔どころか耳まで熱くなっているのがわかる。だけど不思議と頭はどこか冷静で、考えが滝のように流れ溢れる。

 

「ダメ!ダメダメ!考えないの!仙道はそうじゃないって言ってたじゃない!だから……きっと、別のなにかよ!……だから違う……違うんだ……」

 

 座席に蹲るように前のめりになり、この気持ちに整理させようと逃げ回る。電車の発車する合図がまだかと考えつつも、私の拙い言葉でこの気持ちに別の名前をつけるのに必死だった。

 

 やがて電車が発車して、流れる景色に気がついたのは。たったひとつだけの答えにしか辿り着けないのを理解してしまった時だった。

 

 だから、この溢れる期待と不安を。口に出してしまったのだろう。

 

「私、仙道が好き……」

 

 

 

 

 

 第二部、完





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