星と魔術師   作:ワンダ・プレイア

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新月

 自室でひとり、明かりもつけず着替えもせず。ベッドに飛び込むように倒れ込んで、未だ整理できない頭の中をなんとか片付けようと必死になっていた。

 

 だって誰だってそうでしょ?あんな……あんな皮肉屋で憎たらしい奴が、私にだけ泣き言を零して、そしてその後に嬉しそうに微笑んでくれれば……この気持ちが抑えられなくなる。

 

 お腹が空いているのに、お風呂に入らなければいけないのに……この気持ちを正しい場所に戻すのに必死になっていた。

 

 どうしよう、シーカーでちゃんと顔合わせられるかな?ちゃんと声かけられるかな?今まで通りにしなくちゃ……それが私ができる、仙道の手を引くことの約束だから。だけど――。

 

「私は、仙道の特別にはなれない……」

 

 心に重く伸し掛かり、その他全ての感情にストップをかけてしまうこの呪いは、なにもかもに後戻りができないことへの証明となって、私の大事にしているものを踏み荒らし散らかす。

 

 仙道に会うことがある明日なんか来なければいい……決着がつかないこの思いに大きな蓋をして、少しだけ濡れた枕に頭を埋め目を閉じた。

 

 

 

 

 

 しっかりと眠った筈なのに頭は重く、体の節々が痛い。学校に向かういつもの道が長く感じる程、私はどうにかなってしまったようだ。

 

 朝起きて急いでシャワーを浴びて、ママの作った朝食を食べて……それでいつも通り家を出てきた筈なのに、どうにも調子が悪い。

 

「いつまで引きずっているのよ、シャキッとしなきゃ駄目よ」

 

 邪念を振り払おうにも、こびりついた泥のように綺麗さっぱりと落ちてくれない……それ以上に考える時間増える程に重さを増していっている気がする。あーあ、今日はまっすぐ帰って静かにしてよう。

 

「ようアミ!……うわ、酷い顔だな」

 

 息を上げながら走って追いついてきたカズの、第一声がそれで少しムッとしつつ返事をする。

 

「おはようカズ、朝一に出てくる感想なの?それって」

 

 当たり前だけど、昨日となにも変わらないカズが近寄って。私の顔を見ただけでたじろいだ、どんだけ酷い顔してるのよ私。もう嫌!仮病でも使って休めばよかった。

 

「……一応聞きたいんだけど、あの後仙道とは――」

 

「会えたわよ!ちゃんと話も出来たし、問題なく終わったわ!」

 

「そうならいいんだ、ならなんで怒ってるんだ?」

 

「怒ってない!……カズの無神経」

 

 反発心からカズの何気ない言葉に声を上げて目を逸らす、別にカズはなにも変なことは言っていない。昨日私が大した説明もなく飛び出したから……ただ心配してくれているだけなのに。

 

 状況を把握してないのに、なんだか逆撫でるような言葉に感情で言い返してしまった。

 

「やっぱなんかあったんだろ?……おい、先行くなよ。アミ!待てって」

 

 別に喧嘩したいわけでも、なんでもないのにカズと話がしたくなくて足を早めて学校に急ぐ。駄目だ、いつも通り振舞おうとしても上手くいかない……どうしよう、私普段はどんなこと言ってどんな風に振舞っていたのだったっけ。

 

 未だ振り切れない仙道の思いと、混乱のせいでまともじゃない思考回路の中で進み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「ゼッテー仙道の奴となんかあったんだ、じゃないとアミの態度に説明がつかない……」

 

 理解できないアミの態度に、苛立ちがピークに達してつい独り言が漏れる。

 

 毎度のことながら、アミがおかしい。いや……おかしいという言葉でまとめられない程、変わってしまったように俺の目からは見えた。

 

 授業が始まってからの様子は、帰り支度をしていたリュウをとっ捕まえて聞きだした。

 

 リュウの話を纏めれば……窓の外を眺めてぼーっとしているし、先生に当てられてもアミの口から「わかりません」と出てきてクラス中がザワついたらしい。リュウ自身も驚いてたけど、俺だってそんな姿見たことねぇよ。

 

 いつもはちゃんと考えて答えるし、間違えていても次に生かすことを心掛けている。あの向上心の塊のアミが……俺の知っているアミが、アミじゃなくなっている。

 

 それがどうしようもなく嫌で、仙道の元に向かっていた彼女を……あの時、俺はどうして止められなかったのかという後悔が、波のように俺の理性を削り始める。

 

 ずっと感じていた、俺達がいつまでも隣を歩けるように……その願いが仙道なんかに壊されてしまうことを。

 

 それが遂に現実になった気がした、悪い夢なら覚めてくれ!バンはしょうがないとしても。なんでアミまで俺の元を離れていくんだよ、そんなの嫌だ!なんとしても原因を突き止めて、仙道から離れさせないと……。

 

 リュウから話を聞き終わって、とりあえずアミを探すために学校中を探し回った。職員室、図書室、体育館……でもどれも外れだった。仲のよい先輩だと言っていた人にも声をかけたがアテが外れた、かといって学校から出た話もない。だから学校中のあちらこちらを探しているのだが……。

 

「なんでどこにもいねぇんだよ……ゼッテーなんか変だって!どうしよう……アミの身になんかあったのなら――」

 

「だからって俺んとこに来ると思ってたのか?アミが、理由もなしに」

 

 押しかけた割に、ちゃっかり飲み物をご馳走してくれてお菓子まで出してくれた。そんな郷田の優しさに感謝しながらコーラを喉に流し込む。

 

 色々探し回っていつの間にか乾いた喉に炭酸の刺激と爽やかな甘みで目が覚め、疲れが吹き飛ぶようだった。

 

 アミを探し回った結果、最後の期待を込めてスラムの奥にある郷田のアジトを訪ねていた。珍しくひとりでいる郷田に、不安から事情を全て話して今に至る。

 

 相も変わらずに散らかった室内の、座れそうな適当な箱に腰掛け貰ったスナック菓子を口に放り込む。周りに郷田三人衆はいない……なにかの用事で席を外しているようだった。正直好都合だ、恥ずかしい話だから聞かれると面倒かなって思ってたから。

 

 ソファーに退屈そうに座る郷田と共に、時間が許す限りああでもないこうでもないと言い合った。

 

 アミが心配だという俺に気にしすぎだと郷田は言うが、昨日の出来事と仙道の名前を口にした途端に顔色を変えて話を聞いていたのに……聞き終われば大きな口を開けて伸びをしている。目尻に涙を溜めながら、少し眠気を抑えつつ話し出した。

 

「大丈夫なんじゃねえの?よくわからんが……ちゃんと周りをよく見てやってんだな。カズは偉いな」

 

「そうかな、気にしすぎなのかな……アミのこと」

 

「なあカズ、アミが仙道に勝ちたいって言ってた時期あんだろ?あの時も様子がおかしかったがすぐ元に戻った……少し触れてやらないほうがいい時だってある。バンのようにな……あ、悪い。つい……はぁ」

 

 バンの名前を出してしまった郷田は、やっちまったと言いたげに自らの膝に片肘をついて目線を逸らした。

 

 名前が出てくるのは別にいいが、やっぱ郷田も郷田なりにバンを気にしているように見える。

 

 そりゃそうだよな……誰だってショックだよな、今回は特に結果が報われなかった。しかも戦い続けていれば、いつか誰かに起こったかもしれなかったこと。それが目の前で起こったんだぜ?俺ならバンと同じように凹むか、それ以上にまた立ち直れるかどうか……。

 

「ま、わかったよ。俺もアミを信頼してないわけじゃない……もう少し待ってみるよ」

 

「それがいい、なにかあれば連絡してやんよ。気を付けて帰れよ」

 

「おう、今日はありがとうな。次はシーカーが動いたときにでも会えればいいな」

 

 ここにいてもこれ以上出来ることはない、食べ終わった後のゴミを片付け。まだ残ると言った郷田に軽い挨拶をして部屋を出た。

 

 悲しいことに歩きなれた入り組んだ道を抜け、スラムを出て校門の前まで近づいた時にふとズボンに違和感を覚えた。なにかある違和感じゃなく……ない!

 

「CCMがない!……そういや郷田と話していた時、一回取り出して……あん時か!戻らなきゃ」

 

 他のものなら明日でも構わないが、CCMはさすがにまずい。急いで踵を返しスラムに向かっていった。

 

 

 

 

 

「くそっ!やっぱ埃っぽくて苦手だ……ハァックション!」

 

 走ったせいでスラムの各所に積み上げられていた埃が舞ってくしゃみが出てしまう、なんとか堪えつつも来た道を戻って郷田のいる奥の部屋まで辿り着いた……CCMがあろうとなかろうとすぐに帰ろう。こんな所にずっと居て郷田達はくしゃみとか大丈夫なのか?なんだか肌も痒くなりそうだし……俺はやっぱここが苦手だ。

 

 ノックもせず扉を開けようと手を掛けると、中から郷田と女子生徒っぽい声が聞こえてきた。

 

「なんだ?彼女かなんかか?」

 

 ちょっと衝撃だ、いや……居ないとも限らないんだけど。なんか、そんなイメージがなくて普通に驚いた。モテる奴だけど恋愛には無頓着っぽかったし、なによりそんな話一度も聞いたことなかったから。居たとしたら……どんな子なんだろ?想像出来ないや。

 

 だから好奇心が動いた、その扉の先を覗いてしまった。イギリスの諺で聞いたこともある、好奇心はなんとやら……と言葉を思い出す出来事が、待っているとは知らずに。

 

「おい、泣くなよ……なにがあった。話せるか?みんな心配してたんだぞ」

 

 隙間から見えるのは、ソファに腰掛けたままの郷田が誰かに話しかけている。向かいにいる筈の人物はこちらからは見えない、でも鼻を啜る音がよく聞こえた。

 

 郷田の話ぶりからも、その女子生徒は泣いている様子のようだ。ちょっと興味が湧いてつい続きを聞いてしまう。

 

「……ひっぐ、どうしよう……私。カズやみんなに酷い態度取っちゃった……もう嫌」

 

 鼻声で、しかもガラガラになっていても。その女の子らしい、そして聞き覚えしかない声に、姿が見えなくても誰だかわかってしまった。

 

「アミ……なんで、ここに?」

 

 ずっと居て郷田が匿っていたか、いや……あの場所にそんな隙間はない。アミのような華奢な体でも隠れるのは無理だろう、ならシンプルに行き違いだな。ずっとどこに居たんだろう?

 

「あーひでぇ顔だな、ほらティッシュ……で?どうせ仙道の野郎だろ、最近やけに絡んでるな。お前ら」

 

「そうだけど……あいつのせいじゃない……」

 

 グチャグチャになった声で仙道の弁解を口にしている、その言葉を聞いて胸の奥にまた黒い染みが広がったように感じた。

 

「んな強がり言わなくていい、俺でよければ敵討ちしてやるからよ!……あーあ、だから泣くなって。せっかく可愛く産んでもらったのに台無しにすんなって!」

 

 郷田のなにかズレた励ましに小さく唸る声が被さった、隙間から見える郷田の慌てふためく様子から。相当アミは参っているようだ。

 

 なら、朝の余裕のなさも納得できてしまう。鼻を強くかむ音が響き、小さく呟くような声だったがなんと言っているかがはっきりと俺には聞こえた。

 

「ねぇ郷田……仙道って彼女いるのかな?」

 

 アミの拍子抜けな言葉に一瞬で力が抜け、油断して扉にぶつかりそうになった、危ない危ない……盗み聞きしているのがバレる所だった。まあそんな不安は郷田がソファーから滑り落ちる大きな音が聞こえて、あんまり気にしなくて良かったのかもと思えてしまう。

 

「いてて……な、なんでそれとアミが元気ないのと関係あんだよ!?」

 

「いるの?」

 

 大事なことなんだ、尻を打った郷田を心配くらいしてもいいのに……やっぱアミじゃない?

 

「いや、いないだろう……あんな捻くれ野郎、俺が彼女だったら胃に穴が開いてすぐ別れるぜ。ぜってぇ居ない、賭けてもいい。なんなら賭けるか?ほら、俺のお気に入りの梅キャンディーでどうだ」

 

「味覚がおじいちゃん……フフッ、そこまでしなくて大丈夫よ。ありがとう」

 

 腰を摩りながら再び座り直し、正面にいるであろう彼女に向き直った。さっきの穏やかそうな顔とは打って変わってげっそりと呆れたような顔になっていた。でも郷田が飛ばした冗談のお陰で、少し元気になったらしい。笑い方までそれっぽい、やはりアミで確定か?

 

「お前らの間になにがあったんだよ……まさかだが、脅されてるとかないよな?」

 

「違う、けど……」

 

「じゃあ、言える範囲で言えそうか?ゆっくりでいいぞ……整理がついたら話せ」

 

 諭すように、慎重に言葉を選んで話しかける郷田しか見えない。しばらくふたりの声は聞こえない、多分向こうにいる筈のアミと思われる人物が口を開くのを待っているのだろう。

 

 遠くでチャイムが鳴り、誰かの話声とカラスの声が鮮明に聞こえる。自分の息を飲みこむ音と心音すら響きそうになって、抑えようと思えば思うほど高く跳ね上がるような感じがした。

 

 郷田はせかしていないが、俺は一刻でも早く答えを聞きたかった。じゃないとどうにかなってしまいそうだったから。

 

「わ、私ね……」

 

 泣き疲れて、喉が潰れた声が聞こえる。郷田も扉を挟んで聞いている俺も、一瞬だけ息を止めて耳を傾けた。

 

「仙道のこと……仙道のことが、好きになっちゃったの」

 

 俺が知っている筈の、扉の向こうに居るかも知れないアミが、また俺の知らない顔を見せて。俺が……俺だけが理解できない気持ちを吐き出してしまった。

 

 扉の向こうでなにか騒いでいる郷田の言葉も耳に入らず、俺はなるべく音を立てずにゆっくりと立ち上がり。本来の目的も忘れてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 気が付けばコンビニで軽食を買って、手にはCCMを握っていた。どうやら元々持っていたようだ……ただの勘違いで、俺は地獄に立ち会ったって事か。理不尽な思いが握っていた袋を軋ませた。

 

「なんで……なんでこんなことになった」

 

 理解が追い付かない頭の中を精一杯広げ、状況をひとつひとつ拾い上げる。

 

 バンはこの前のタイニーオービット社襲撃事件で、悠介さんが目の前で轢かれたショックから学校にすら来れていない。あの明るくてどこまでも真っすぐなバンが、俺に壁を超える楽しさを教えてくれたバンが……その壁に背を向けている。

 

 アミは……正直なにがあったかわからない。ネオアポロンで仙道と戦って、連絡が取れないからって直接会いに行って。それがどうして……よりによってあんな胡散臭いイカサマ野郎なんかに惚れるような関係になるんだよ、ずっと俺の方が――。

 

 黒く侵食する、名前のつけようもない吐き気のする感情に心の中で唾を吐き捨てるように、口から不安が漏れ出した。

 

「俺はまだ、ふたりの横に立てるのか?」

 

 あの日、バンとアミの眩しさに妬ましさを覚えた俺は誓った。俺達がいつまでも並んで歩けるように……と。負けてたまるかと、薄い三日月の夜に……。

 

「どうしよう、やっぱ俺……ヘタレで臆病だ」

 

 変化を恐れるのは悪いことじゃない、だけど……やっぱ俺だけ取り残された感覚が虚しく心の隙間に風を通す。空を見上げれば、半分になった月が欠け始めていた。いつか満ちると知っていても、今は欠け始めた辛さに耐えられそうにない。

 

「明日から、どんな顔して会えばいいんだろうか……」

 

 いつぞやの勢いを無くし、鎖に縛られ重たくなった足を引きずるように帰路に着く。

 

 こんな姿、バンが見たらなんていうんだろう?またあいつなりの励ましの言葉をくれるのだろうか?怒ってくれるか?もしかしたら慰めるのかも知れない……でも、奴はまだ戻らない。

 

「バン……早く戻って来いよ。俺達、バラバラになりたくないよ」

 

 孤独に足を上げ夜道を進む、だけどもう進みたくない……そんな絶望を噛み締めるように。引き返せないことを胸に秘めて。

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