星と魔術師   作:ワンダ・プレイア

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魔術師の憂鬱

 最近、インターネットで見たくもないものが目に入るようになってきた。

 

『箱の中の魔術師、地に堕ちる』、『魔法は解けた』、『箱の中の蛙』……負け犬どもには散々な言われようだ。それもしょうがない、なにせ最近は情けない負けが続く。

 

 山野バンを始め皇帝や破壊神、はたまたあのイカれクソ鳥野郎にさえ勝てなかった。実力に恵まれ、喝采を浴びて調子に乗っていた俺は見事に足元を掬われ真っ逆さまという訳だ。情けない話、負けた事実は今後覆らない……永遠にだ。だが、奴等が俺に勝利を収めたままという事実はいつか変えることが出来る。

 

 偉大なるニーチェは唱える「それが私を殺さなかったなら、それは私を強くする」。屈辱も負けた悔しさも、この『手段』が確立され続ける限り止まらない。槌で殴られた鉄が鋼になるように、どんなに大舞台で負けようとも、どんな腹の立つ事を言われても。俺は勝利を掴む事を辞めるつもりはない。

 

 俺自身が止まらない限り刃は研がれ岩を砕き、俺の正しさをここに証明する。

 

 最後に頂に上り詰めるその人物こそ、この俺様「仙道ダイキ」であればそれでいい。精々座り心地のよい玉座でも温めておけ。必ず倒してやる。

 

 

 

 今日も一人、俺はゲームセンターで挑んできた命知らずの相手に勤しむ。本日五人目の相手はサラマンダー、ブロウラーフレームの中でもクセの強い機体だ。弾数の多いガトリングを装備し、当たればそれでいいと言わんばかりに乱射してきている。

 

「オラオラどうした、ペテン師。アルテミスでみっともなく負けたのが悔しくないのか?」

 

 郷田以上にガサツで面白みの欠片もない戦い、計画性もクソもない能無しがやりがちな初歩的な戦略。サラマンダー使いだと言っていたから肩慣らしにと思って手合わせしたが、今日の相手はどいつもこいつも想像以上に酷い。こんなのしか居ないなら帰って寝ていればよかった。

 

「ちまちま避けてんじゃね!この意気地なし!」

 

 安っぽい挑発、返す言葉もない。口を動かさなくていいから手を動かせ。

 

「当ててやる!」

 

 どこ撃ってんだ、せめて掠めろ。

 

「ハハッ!眠っちまいそうだぜ!」

 

 そうだな、今日初めて気が合った。

 

「どうだ、手も足も出ないとはこの事かぁ?アッハッハ」

 

 手も足も出ない……いや出していないのは確かだな、俺はバトルが始まってからほとんど動いていない。あいつが勝手に銃を乱射し、それを少ない動きで躱しているだけ。こちらの事を観察することもせず一人で暴れる……退屈な試合だ。

 

「おい、そろそろ倒しちまえよ!」

 

「そうだそうだ、負け続きな奴なんか余裕だろ!」

 

 仙道ダイキがいると聞いていつの間にか群れていた外野がサラマンダー使いを煽る。任せろなんてカッコつけ、こちらに銃口を向けながらブースターに火をつけ一気に向かってきた。

 

「くたばれ!死に損ないの魔術師!」

 

 サラマンダーの指がトリガーに掛かり的を射る弾が空中に放り出される。しかし、弾は的に当たらず更に奥の岩場に向かって飛び、カツンと情けない音を響かせめり込んだだけだった。

 

「あれ、あいつは……」

 

 興奮していた脳は目の前の異変で急激に冷め、消えた俺の機体を目で必死に探している。確かにさっきまで居たはず……考えろ、だって奴はほとんど移動していないのだから……という独白まで読み取れる。

 

 肉眼で確認できない程のスピードで動ける機体なんかない。きっとなにか見落としている、そうに決まってる……もはや魔術師の手中というわけか、この後どんな顔をするか想像するだけでニヤけてしまった。

 

 手に伝わる嫌な汗を感じているだろう奴は、突如CCMから警告音が鳴り始めて目線が一気に画面に釘付けになる。次の瞬間サラマンダーは左右真っ二つに割れ、数秒も経たずに爆散した。何事も起きなかったかのように佇むナイトメアを残して。

 

「うそだ……俺の、サラマンダー……」

 

 なにが起こったかさえわからず腕が力なく垂れる。プレイヤーを煽るだけ煽っていた外野もなにが起きたか理解できず、皆口を開けたまま固まっていた。

 

 コインゲームのコインが擦れ、ゲーム特有のやかましい曲がよく響く中誰も口を開こうとしない。機械音が入り乱れた静寂を俺から漏れ出した含み笑いが壊した。

 

「塔から落ちるのが随分お好きのようだな、身の程知らず」

 

 今日の戦闘で傷ひとつすらつかなかったナイトメアを回収し口を開く。

 

「ククッ、箱の中の魔術師に中途半端に手をだして、その程度で済んで良かったじゃないか」

 

「クソ……」

 

 返す言葉も見つからないようで、サラマンダー使いは力が抜けたようで膝から崩れ落ちた。彼を見下し言葉を続けた。

 

「力任せでいれば勝てると思ったか?無謀なことはするもんじゃないな、お勉強会は楽しかったか?あ?」

 

 『戦車(チャリオット)』を敢えて逆さまに持ち、ピラピラと見せびらかすように振って煽ってやっても反応はない。本当に無駄な時間だった、帰るか。

 

 荷物をまとめ、静かになったギャラリーを押しのけて店をでた。外の冷たい空気を吸い込み、伸びをすると軽く欠伸がでる。あれからどうも調子がでない。

 

 川村アミとの戦いから数日、我ながら熱くなって酷いことをいった。謝るべきなんだろうがあれから顔も合わせていない、どうしているか気になる反面、かける言葉を見つけることが出来ない。今じゃないんだろう……幸いな事にもうこの辺りに足を運ぶ用事がない。気持ちの整理が着いたらでいいか……問題は連絡手段がないこと位だが大した問題じゃないな、とりあえず帰るか。

 

「よお、 またこんなとこでコソコソやってんのか? 辛気臭せぇ奴だな」

 

 背後から聞き慣れた、そして癪に障るあの声が響く。振り返り名を吐き捨てるように言ってやった。

 

「……郷田ァ」

 

 古い漫画でしか見たことのないカビの生えた学生服、普段履きなんて考えられない下駄を鳴らし肩で風を切るように歩く。ミソラ第二中学校の番長『郷田ハンゾウ』、俺がLBXを続けるに当たって幾度となく衝突したいけ好かない奴だ。ガサツで単調、大口叩きの暑苦しい奴。こちらとしてはもう関わり合いは御免だ、これ以上の面倒事に巻き込まれるなんてまっぴらだ。

 

「暇そうだな、ちょっと面貸せ。会わせたい人がいる」

 

 自身の背中を親指で指して言ってやったぜ感出している、その漢を気取った立ち振舞いに身の毛がよだつ。俺の神経、用いるもの全てを逆撫でる存在そのものに不本意に顔をしかめてしまう。

 

「……なんだその顔、元舎弟が偉くなったな」

 

 挑発的な決まり文句を投げかけて突っかかってくるものの、内心を悟られないよう平静を装った。

 

「今日は誰かとつるむ気分じゃなくてね。安い挑発なら他所で売れ……じゃあな」

 

 郷田の横を通り過ぎようとすると、肩をがっちりつかまれ逃がすまいと力が入っている。

 

「おいおい、人の話は最後まで聞けよ。きっと驚くぜ?それ相応の人物がお待ちだ」

 

「……誰なんだ?」

 

「着いてからのお楽しみって奴さ。ほら、行くぞ」

 

 肩をぽんと叩き、郷田は歩き始める。それ相応で、俺に会いたがる人物……一体誰か……見当がつかない。面倒だが、ここで帰れば後がうるさいのは目に見えている。俺は重い足を引きずるように郷田の後に続いた。

 

 

 

 

 

 カロンカロンと商店街内に似つかわしくない下駄が鳴る、その後ろを距離を開けながら歩く、浮かない顔をしているのが自分でもわかる。こいつなんかと一緒にいることも今後起こることも不安だ……話とやらが早く終わればいいんだが。

 

「ここだ」

 

 とある店の前で下駄の音が止まった。店の看板を見ると見覚えの名前、そこは俺自身にも馴染みのある場所だった。郷田は先に入っていく、その会いたがっている人物とやらを俺は察した。

 

 そいつが俺になんの用があるか……考えても仕方がない、思考を止め意を決し重い扉を開く。

 

 落ち着いたジャズの音色が響き、レトロ調のアンティークな家具。挽きたてのコーヒーの匂いが漂う空間。その中心に立つ人物は制服を着こなし、サングラスをかけたダンディーな雰囲気の男性が慣れた手つきでコーヒーを淹れていた。

 

「紹介するまでもないが、ここブルーキャッツの店長でお前もよく知る――」

 

「檜山蓮だ……いや、君の場合はレックスと名乗るべきかな。宜しく、仙道ダイキ君」

 

 大人の余裕を見せながら、優しい微笑みを向けるレックスがいた。彼を知らないLBXプレイヤーなどいないだろう、伝説と謳われるその名に息を飲んだ。予想は見事外れた、正直首刈りガトーのような厳つい人物を想像していたからだ。

 

「レックス……本物……」

 

「会えて嬉しいよ。さあこちらに、長い話になるものでね」

 

 カウンター席に案内され、郷田と横並びに座る。レックスは俺達の前にコーヒーカップとミルクをそれぞれ、角砂糖の入った瓶を真ん中に置いた。

 

「あの、金は……」

 

「お代は結構。私が招待しているからね。満足するまで飲んでくれて構わないよ」

 

「うっす、そんじゃいただきます」

 

 郷田は慣れているようで、自身のカップにミルクと角砂糖をたっぷりいれティースプーンで白く濁るまでかき混ぜたそれを口に運んでいる。品格もなにもない、コーヒーの飲み方に好き嫌いはあれど砂糖で埋め尽くすなんて外道がやることだ。本当無神経な奴、不愉快極まりない。

 

 なにを話し出すのか知ったこっちゃないが、タダでコーヒーが飲めるのはありがたい……早速頂こう。

 

 カップを持ち上げコーヒーに口をつける、舌の上にまず酸味がきたかと思えばすぐに深い苦味に変わる。喉の奥に流し込んだとしても独特のエグみは一切感じない。さっぱりとして飲みやすい、口を離しあまりの美味しさにため息を漏らすと鼻から香ばしい豆の匂いが抜けていく。

 

 店の奥に向かう度、学生では手が出しにくいコーヒーらしからぬ金額。さすがの値段に手が出せず、遠巻きに眺めるしかできなかったあのコーヒーはやはり美味かった……知るには随分と時間がかかってしまった事が、今は惜しいくらいの美味さだ。

 

「さて、何から話すべきだろうか……」

 

 あまりの美味しさに本来の目的を忘れかけていたが正気に戻る。そうだ、俺は何かの用でここに居るんだ。コーヒーの味の感想を聞きたいのなら俺じゃなくても良いはずだ。

 

「まずはイノベーターの事から知ってもらった方が話の流れが分かりやすいかと思います、本人は何も知らないだろうから」

 

「ふむ……」

 

 郷田から聞き慣れない単語が飛び出し、レックスはそれに眉を寄せる。イノベーター?大昔の卓上ゲームの話で呼ばれたのか?

 

 事を理解していない俺の空になったカップにコーヒーが注がれる。お礼を言おうと顔を上げると、難しい顔をしたレックスと目があった。

 

「仙道ダイキ君、今から言う事は他言無用でお願いしたい。全ての話を聞いてからの判断で構わないが、出来れば君にも協力を仰ぎたい」

 

 その真剣な目と声色にカップを握る手に嫌な汗が滲む、コーヒーは温かい筈なのにすこし悪寒を感じた。レックスが俺を見る目は値踏みをするように、性能を物差しで測られているような居心地の悪さがある。俺はあまり好きではない人間の目だ、人の心をどこまで見ているかわからない……レックスはそれに該当する。

 

「え、あ……はい……わかり……ました」

 

 サービスだとサブレやチョコレートが乗った皿を差し出し、言葉を断片的に選びながらゆっくりと話し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 レックスの話を要約するとこうだ。

 

 今世間を騒がす一連のテロ行為。それは政治家の海道義光を筆頭とする秘密組織『イノベーター』の仕業だという。

 

 奴等の狙いは、山野バンの父親でありLBXの生みの親でもある山野博士が開発した、無限稼働機関『エターナルサイクラー』の確保。それを阻止するために結成されたのが、レックスや山野バン達『シーカー』だという。

 

 現状、エターナルサイクラーの設計図は山野バンが、それを解く鍵はイノベーターが握っている……その拮抗した戦況を打破するためにオタクロスを訪ねた……それが事の顛末らしい。後は俺が見て来た通りの説明がされた。 

 

「と、こんな所か……以上が今まで我々が行なってきた戦いだ」

 

 長話を終えたレックスはすっかり冷え切ったコーヒーを流し込む。レックスからの大まかな説明に郷田からの更に細かな付け足しや解説が入りながら説明は成され、特に口を挟むこともなく会話を聞いていた。話のスケールのせいでコーヒーの味が薄まった気がした、少々勿体ない。

 

「おい仙道、ちゃんと聞いてたか?」

 

 郷田の野次に乗ることもなく、情報量の多さに頭をパンク一歩手前にさせつつ言葉を発する。

 

「出来のいいSF小説でも読んでいるみたいで、正直現実味がないな。永久機関みたいなものがこの世に存在すること自体が信じられない」

 

「だよな、俺も初めて聞いた時似たようなもんだったぜ」

 

 最後のサブレを口に放り込みながら郷田が相槌を打った。俺が手を伸ばす暇も無く、一人で皿を綺麗に出来る無神経なお前と一緒にされても安心できない。

 

「さて、仙道……と呼んでも大丈夫かな?返事を急かすつもりはないが、君はこの戦いに乗るつもりないだろうか」

 

 何度目かわからないおかわりを注いでもらいつつ、レックスは質問を投げてきた。口調は柔らかく思えるが視線は冷たい、断ってもいいと言ったが本当に断るのか?お前ほど実力者がと言いたげだ。穏やかな顔には似つかわしくない強いプレッシャーを感じる。

 

「どちらにせよ今の話。家族にも話すなよ、俺ションベン行ってきます」

 

 砂糖の砂利が残ったカップを置き、郷田は奥にあるお手洗いに入っていった。何処までも緊張感のない奴だな。

 

「まぁその、ちょうど郷田が居なくなった所だ。言い出しづらかったことがあれば今のうちになんでも聞いてくれ」

 

 わざわざ気遣ってくれた所申し訳ないが、夢の中の出来事なんですと言われても信じられそうだ。

 

 餅は餅屋になんて言葉があるが、LBXが子供のほうが得意だからと未成年を事件に巻き込んでるのか。俺ならよっぽどがない限り絶対関わり合いたくない。

 

 父親が直接関わっている山野バン、正義感だけが強い猪突猛進型の郷田が戦いに身を投じるのはわかる。だがなにも関係ない奴らだっているだろう……ん?なにも関係ない……いやまさか。

 

「その中に、川村アミも居るのですか?」

 

 予想外の人物の名前が出てきたからか、レックスはすこし戸惑いながら答えた。

 

「彼女の事をどうして?」

 

「いや、その……」

 

 ずっと引っかかっていたことがあった、アングラビシダスの時からずっとだ。今年の優勝者にはアルテミスの出場枠が与えられることになっていた。だから出場者は通常より増え、普段見ない顔が多かったのは確かだった。あの日、よく見る面々の中で悪目立ちをしていたから印象深い。あまりにも場違いな華奢な少女が連中に混じっていたからだ、アルテミスという誰もが夢見る舞台に立てるチャンスが貰えるとはいえ謎だった。

 

 そもそも何処でアングラビシダスを知り、どうしてここに居るのかが不思議だった。戦い方も実力もこことは無縁だし、大した戦績を残せず皇帝にすぐ倒されたから珍しい程度しか記憶にない。それ以上のことは無く、当日は見向きもしなかったが……疑問の点と点が繋がる。

 

「アミは総理暗殺の時からずっとバン達と前線で戦っている。とても頭の良い子で、機転の効いた発想が多いから大人顔負けだよ」

 

「そうだったのか……」

 

 この前無邪気にケーキを頬張っていたあいつは俺が考えつかない敵と戦っていたのか、戦いの最前列に身を置く理由はこれといって持ち合わせて居ないはずなのに。それに対して俺は……。

 

「アミと仲が良かったんだな。君を呼ぶ口実に郷田を選んだが、人選ミスだったかな」

 

「いえ、あいつとは特に……」

 

 大人の余裕からくる優しい問いかけに、先日のキタジマ模型店での出来事が頭をよぎりつつ質問を躱す。

 

「とにかくだ、君が協力してくれれば非常に心強い。危険なことをさせてしまう事には変わりないが、それ以上の危険から人々を守るため。君の力を貸して欲しい」

 

 情に訴えるような演説を披露するレックス。丁寧に並べられた言葉は右から左に流れていく、入れる必要など今更無い。

 

 レックスに顔を向け、自分の答えを伝える。

 

「提案には乗ってやる、指揮系統はそっちで決めてくれて構わない」

 

「そうか、それは――」

 

「ただし、俺に要らん事を抜かすようなら即座に手を引かせて貰う……それでいいか?」

 

「そう来たか……ああ、構わないよ。君がそれを望むならね」

 

 対等にあることを強調するために虚勢を張っては見たが、レックスは全てお見通しのようで済まし顔で返事をした。レックスと話していると自分の全てを見透かされている感覚になる、こういう俺は全部お見通しだという態度……やはり苦手だ。

 

「すんません、なんか親父から電話かかって来ちゃっ……あれ、なんかありましたか?」

 

 トイレから戻ってきて席についた郷田は、レックスと俺の間に流れる異様な空気に疑問を口にする。

 

「いや何も、仙道にコーヒーの感想を貰ってただけさ」

 

「そっすか……で、ちゃんと答え出せたんだろうな?」

 

 コーヒーカップを静かに置き、憎たらしい程ぶっきらぼうに応えてやった。

 

「味は良いが、値段が高いので学生割引とか実装してくださいって言っておいた」

 

「は?なんの話だ」

 

「さすが仙道、貴重な意見をありがとう」

 

 レックスはコーヒーサーバーに残ったコーヒーを郷田のカップに入れ、とっとと飲めと言いたげに郷田の事をじっと見ていた。

 

「あ、俺。腹いっぱいで……あ仙道、お前飲めよ」

 

 顔を青くし冷や汗を滲ませながら、砂糖の砂利が沈んだコーヒーを押し付けようとしてきた。郷田め、お前絶対コーヒー苦手だろ。苦手なら苦手なりに断れよ、レックスに認められたいとかそんな下らないプライドが邪魔をしたな。ざまあみろ。

 

「今日はありがとうございました、コーヒー美味しかったです」

 

「また来てくれ、今度は新しいブレンドを試す時にでも声をかけるよ」

 

 郷田をスルーし、一足先に席を立つ。逃げる口実ができたと言いたげに郷田も席を離れようとしたが、レックスはそれを許さなかった。

 

「おい郷田、残ってるぞ。俺の淹れたコーヒーは好きなんだろ?残さず飲まなくていいのか?」 

 

「え、あ……あの……じゃあ砂糖とミルクを……」

 

「片付けてしまってもうないよ、さぁ召し上がれ」

 

 背中から助けてくれと聞こえた気がしたが、知らん顔をして店を後にした。

 

 

 

 外へ出ると夕日がビルの陰に隠れかけ、オレンジの空が紫色の幕を下ろしていた。夜が迫っているのを感じながら一人あの日の事を思い出す。

 

 勝敗に拘らない、そんな舐めた考えに怒りのままに傷つけてしまった。川村アミは彼女なりの考えでLBXを真剣に楽しみ、向き合っている……それを間違いだ、ふざけてるのかと否定するのは違う。しかも俺以上に危ない橋を渡り、自らを危険に晒し続ける……俺なんかより立派な彼女にだ。

 

「謝らなきゃいけないかもな……」

 

 今度会ったら謝ろう。何を言えばいいかわからない、そもそもそんなことはした記憶がない……上手くできるだろうか。

 

 他者に対して謝罪したいなんて思ったこともないが、なんだかこの関係を終わらせたくはない。チンケなプライドがどうでもよくなる程に決意が固まる。コーヒーを飲んだ後のように、舌に残る後味のせいで謝罪の言葉が出ない……そう言い訳ができれば、どれほど楽になるのだろうか。

 

「どうやら、相当おかしくなっているな。本当……あいつのことを考えると調子が狂う」

 

 もうかなり期間が空いた筈なのに、時間でも薬でも取れることのない胸焼けに似たなにかを感じながら、空に見え始めた星を見つめる。

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