かくして、俺達はここの一室に閉じ込められてしまった。CCMもジャミングで使用出来ないままに、こんな所で立ち往生って感じだ。
「くそっ、誰か!誰かいないのかよ!出せ、誰でも良いから出しやがれ!」
未だ郷田の叫び声と鉄の扉に体を叩きつける音だけが木霊する……それが、どんなに無意味なことであろうと郷田は希望を捨てず、がむしゃらに行動を起こしている。対して俺達は――。
「ごめんなさい……私が、行こうだなんて言い出したばかりに……こんな……」
顔を隠して鼻を啜り、しゃくり上げる声を必死に抑えるように謝罪の言葉を吐き出すアミ。神谷コウスケに閉じ込められてからずっとあの様子だ。
アミだけが悪いわけじゃないのに、言い出した本人だからと後悔に苛まれかなり落ち込んでいる。やはり俺にはアミにかける言葉を見つけることができず、未だ遠巻きに眺めていることしかできなかった。
「おい川村アミ、泣いたってどうしようもない……体力が無駄になるだけだからやめておいたほうがいいぜ?」
遠くを見つめつつ、アミの側を離れようとしない仙道が。タロットカードを取り出しながらそんな言葉を口にしていた。女の子が泣いてるってのに、なんて冷酷な奴だ!言い方ってもんがあるだろ……なにも言えない俺よりは、いいかもだけど。
「ズズッ……だって――」
「あとその酷い顔は見てられないから、黙って下でも向いておけ。ほら隠しておいてやる」
ジャケットを脱ぎ、小さく蹲るアミの上に被せる。ジャケットの下から短い悲鳴が漏れたものの、すぐに静かになってまた鼻を啜る音が聞こえた。
この絶体絶命の状況でどうすればいい……俺ができることってなんだ?
郷田と一緒に声を上げること?アミを慰めること?仙道に悪態をつくこと?……どれも違う、こんな時のバンならきっとうまくリーダーシップを発揮しているのに。
「俺は……なにをすべきなんだ」
ひとり静かに頭を抱え、目線が下に落ちる。視界の端がどんどん黒ずむような気がする程に、俺の意識は暗い底に沈んでいった。
あのひとりで勝手に張り切っていた青島カズヤでさえ、今は顔を伏せてしまった。郷田は痛みで顔を歪ませながらも声を張り上げ、今の現状を変えようと必死になっている。
横にいる川村アミは、自分の行動のせいでこうなってしまったという罪悪感と絶望で伏せてしまった。
ジャケットを掛けてやったのはいいものの……これでどうにかなるとは思えない。自分がこういった状況にしてしまったという責任感で酷いもんだ、お前のせいでこうなったなんて……俺達は誰も思っていないのに。
「
川村アミに掛けていたジャケットからカードを一枚取り出し、出てきた絵柄を確認してつい呟いてしまう。
先ほどの……神谷コウスケという男との戦いでよくわかる、イノベーターは恐ろしいと。
海道ジンも相当だったが、奴の実力はそれ以上だ。LBXのスペックだけじゃない……それ以上にプレイヤー本人の腕前とスキルが神業レベル。今年のアルテミスにでも出ていれば、片手間にでも優勝を掻っ攫っていたのかも知れないな。
本人が「神に選ばれた」なんてほざいていたが、あながち嘘でもあるまい。まだ痙攣する手を無意識に見つめる。あの時、俺は確実に本気で挑んでいた……それなのにルシファーに一撃も与えることは叶わなかった。
指先が重く、今にも千切れそうになる位に痛んでいた。力を込めた影響で強く噛んだ口の中に鉄の味を感じてしまっても、あいつは涼しい顔をしたままだった。
こんな現状でなきゃ、「いつか倒してやる」と息巻いていたんだろうが……そんな余裕はない。それなら現状できることはただのひとつだ。
「『グラビティポンプ』……『ドングリ』……そして、イノベーターが掲げる『フェアリーテイル計画』とは一体なんだ?」
もう一度工場内の景色を眺め、考えをまとめあげる。どうせやることもないんだ、丁度いい暇潰しになってくれるだろう。
イノベーターがエターナルサイクラーをなぜ求めて、なにをする為にこんな大掛かりな施設を使った、その理由はなんだ?
そもそもイノベーターのゴールは海道義光が世界を支配下に入れる事、じゃあそれを叶えるのにここはなんの意味があるんだ?
この結論に辿り着くのに、俺はイノベーターという組織を理解しきれていない……しょうがないな、やりたくはないが――。
「なんだってんだよ、誰か異変に気がついて入って来ないのかよ……イッツツ」
肩を抑えつつも、扉に向かって悪態をつき続ける郷田に近寄り。嫌々ながらも口を開いた。
「どうせ無駄だ、多分神谷コウスケとかいうさっきのが人払いをしているのだろう……なのにずっとそうしているのか?」
「あぁ?んだゴラ、てめぇも黙ってないで――」
「所でだ、さっきあのナルシストの口から漏れた『グラビティポンプ』、『ドングリ』……そして『フェアリーテイル計画』。お前がシーカーに一番関わっているんだろう。どうだ、この言葉に思い当たる節はあるか?」
どうせすぐ喧嘩腰になる、だから敢えて話題をぶった切り疑問を口にした。感情で動く分、誘導は非常にやりやすい男だ。
目の前の問題にしか意識が向かない、なんとも単純なんだろうか。殴られた後に目の前に好物を出し、ひとつ前の記憶を失って無我夢中で好物を喰らう猿みたいなもんだな。さっきの苛立ちを忘れ、記憶を辿るように考えを巡らせ始めた。
「癪に障るが、お前が頼りなんだ。頼むぜ?」
俺がお世辞にも褒めたのを一瞬眉を潜めつつ疑いの目を向けたが、考える姿勢を取って腕を組んで目を瞑っていた。しばらく黙っていたが、お手上げと言いたげにため息を漏らしつつ肩を落としていた。
「……いや、知らないな。なんなのかすら見当がつかないが、あのイノベーターだ。きっとすごいマシンかなにかなんじゃないのか?」
珍しくまともな答えを返してきた、郷田の割には頭を使ってやがる。
「そうか、分かった。だがグラビティポンプなら予想はできる……神谷コウスケは製造ラインがどうこうと言っていた。ドングリがともな」
「ということは、グラビティポンプってのは……ここから見える機械の名称ってことか?」
「ポンプと名があるから、なにかの機械の心臓部なのかもな。ここ以上の大きなものを動かすエンジンかもしれないが、こればかりは予想の範疇からは出ないな」
緊張感がある、イレギュラー的だからなのか……やけに郷田の頭が冴えている、正直気に食わない。こういう時にだけ勘がいいのなら、常日頃からそうであってほしいもんだな。
「あとは……ドングリと言っていたのは、この工場で作っていた小さな部品だろうな」
助けを求める以外で出来ることを見つけた俺と郷田は、近くにあったメモ帳と俺が持っていたペンで情報を簡潔にまとめた。
「……お前、左利きだったか?道具も箸も右で持ってたよな」
余計な一言にペンを滑らせていた手が止まった、今突っ込むことか?そんな些細なことなんか。
「なんだ、知らなかったのか。直したんだよ……左利きのペンチやドライバーみたいな道具ってのはそもそも無かったり割高だったりするからな……そんなことはどうでもいいんだ。問題はこのドングリってものの正体だ」
「うーん、エターナルサイクラーなんてバカスゲー永久機関を使ってなにか作るとしたら……俺なら一家に一台が当たり前になりつつあるメタモに搭載して、もっと普及率を上げたいな。便利なんだぜ、あれ……可愛いし話し相手にもなるからな」
緊張感の欠片もない郷田の口から、随分と間抜けな答えが返ってきた。お前がイノベーターのトップだったのならば、世界はもっと平和だったろうな。
「多分エターナルサイクラーを応用した兵器なんだろうが……やはり予想が付かない。そういえば、青島カズヤが自身のLBXで拡大して、動画を撮っていたな……なにかヒントになるかもしれないな」
「なにぃ!?カズが……おいカズ!さっき撮ったっていう動画見せてくれ!」
項垂れている青島カズヤに飛びつき、肩を思い切り掴んで激しく前後に揺らし始めた。
独りの世界で沈んでいた青島カズヤが物理的な衝撃に理解が追い付かず、混乱から小さく声を上げつつ郷田を止めようと足掻いていた。大きな衝撃を受けつつ悶える青島カズヤと猪突猛進的に力を緩めない郷田のふたりを遠巻きに見守りつつ、俺は巻き込まれないよう距離を取っていた。
青島カズヤの頭上に星が回り始めた辺りでようやく解放された。それまでは待ってやった、なにかいい道筋が見えればいいんだがな。
「うぅ……なんだよ、なにがどうなってんだよぉ」
「おいカズ、仙道から聞いたぜ。お前がさっき撮ったっていう動画あんだろ?俺にも見せてくれないか?」
目を白黒させつつも、自身のCCMを操作して動画を開いた。部屋に広がるジャミングに、CCM自体をダウンさせる効果がないことが幸いし動いた。そして男三人で食い入るように小さな画面に映し出された映像を見てみる。
さっきもそうだったが、特にこれといった情報もない。ただ機械が流れていくだけの映像が映った。
「さっきフェンリルで拡大した映像だ……分かるか、ここ。なにかすごく小さいものを作っているように見えるんだけど、どうだ?」
「なんだぁ?プラチナカプセルくらい滅茶苦茶ちいせえじゃねーか、なんだ?これ」
「知ってたら苦労しねぇよ……一番拡大しての大きさがこれだから、もしかしてLBX用のパーツだったりしてな」
郷田と青島カズヤのじゃれあいには目もくれず、もう一度画面を食い入るように見る。
山野バンも言っていたプラチナカプセルが結局なんなのかは……正直分からないが、青島カズヤが言っていた通りで人が使うにしてはかなり小さい。本当にLBXに使用するように作られたもので間違いはなさそうだ……ならなんだ。
モーター、バッテリー……はたまたCPUすら詰め込まれ。あれひとつでどんなLBXでも稼働する未来のコアパーツがドングリなのか?いやまて、そんな筈がない。
そんな画期的なものを作りたいだけなら、イノベーターがアルテミスで爆破騒ぎを起こしたり、LBXで戦争まがいなことをタイニーオービット社に仕掛ける……そんな連中なんかが善良な取り組みをするもんか?
俺がもし悪の親玉ならば、弾丸が無限な銃とか巨大レーザー砲撃のような分かりやすい兵器を作って、外国に売り払うとかはするだろう……または無限にエネルギーを生み出せることを売り出して、文明を発展させたりするとかな。
「あーあ、爆弾みたいにわかりやすいもんならよかったのにな」
「んなこたぁないだろ、そんな今更なもん作るかよ」
青島カズヤのぼやきを郷田が鼻で笑い飛ばした。だが、俺はその流されそうになった単語が思考に突き刺さり。全ての考察の点が線を伸ばし、ほぼ部外者である俺ですら思いつける最低最悪の結論に辿り着いてしまった。
「そうか……それだ、青島カズヤ!爆弾、連中が言うドングリの正体は爆弾だ!LBXに搭載する用の小型爆弾なんだ!」
導き出した答えの残酷さにらしくない程の怒号を上げ、横にいる青島カズヤと郷田が目をひん剥いて驚きのあまり硬直してしまった。だがそんな様子もお構いなしに、思考の末に茹で上がった頭で持論を叩きつけた。
「なにか自動操縦で……例えば、アングラビシダスの金色のアキレスのような自動操縦型LBXが、イノベーターの技術で再現できたとして……それを!あいつらは軍事兵器として売り出すつもりなんじゃないのか!?」
「おい、せんど――」
「すごいぞ!爆弾の性能は未知数だが、これが可能ということならば、俺達はとんでもないクラスの敵と対立しているという事実が生まれてしまった!……ククッ、これが、これがイノベーターの真の恐ろしさなんだろ?なんとも……はは、こりゃ傑作だな」
自分でも理解が追い付かない思考回路をそのまま口から垂れ流し、アドレナリンで溺れそうになって視界が赤く揺らぐ。
落ち着いて話さなければ……そう冷静な警告が頭の中で反響しているのに、この閃きと今までの経験から見えてしまったこの考察に。背筋を駆け巡る悪寒と、それに矛盾するかのような興奮とで、なにも面白くないのについに笑いまで溢れて目の端から涙が溢れてきた。
「ご、郷田……仙道が密室でおかしくなっちまったよ。どうしよう」
「おい、ちょっとは落ち着けよ仙道。なにがそんなに嬉しいか分からんが、なにもまだ爆弾だって確定したわけじゃねぇだろ?すぐ作ったとしても、今は大きな戦争はそれほど起きてない。使い道がないものを量産するなんて――」
「もっと戦争を起こすつもりで……作っているのだとしたら?」
腹が捩れ、過呼吸になりつつも聞きなれた声に少しだけ冷静さを取り戻した。俺達全員が振り返れば、被せていたジャケットを頭から取ってゆっくり立ち上がる川村アミが。目の周りを赤くしつつ俺の言葉に付け足すように話し始めた。
「例えば、アサシン……ああいう総理の暗殺目的のLBXが作れる組織なんだもの。自律型LBXを製造して、その機動力と搭載された爆弾みたいなのをアピールすることが可能ならば。欲しがる大人は多いと思うわ」
呼吸を整え、一歩ずつこちらに近寄り。さっきまで情けないまま泣いていた少女とは同一人物と思えない聡明さを披露し始めた。
「思い出してみて。神谷重工が作っているLBXって、軍事目的や警備みたいな現実的に戦う目的のデザインが多い……まるで兵隊みたいだった」
「ま、まぁ……俺とバン、そしてアミでエンジェルスターや海道邸に行った時に死ぬほど戦ったけど、言われてみたらそうだったな」
「なら、やっぱイノベーターはLBXに爆弾を積んで兵器にする……そう考えられるわ。一番残酷で、一番核心に近い考察をするならね」
最後の言葉を口にするのと同時に目線を落とし、唇を強く噛んで掌に力を込めているのが見えた。いつの間にか呼吸を整え、心拍数が安定し始めたのが実感できた。まだ興奮状態だとはいえ、川村アミの熱意に冷静さを取り戻しつつあった。
「私だって確証はないわ、仙道同様にね……この補足も所詮憶測にしかならない。それでも、それこそがイノベーターのやり方だったでしょ?」
「そうだな……ずっと考えないようにしてたけど、イノベーターってそういう危ない組織だったもんな」
青島カズヤが目線を落としつつも、悔しそうに顔をしかめるのが目に入った。
こいつの表情を読み解くのなら、多分イノベーターってのはその予兆とも取れる軍事開発の陰謀があったのだろう。改めて子供なんかに前線に立たせる異常さが際立つな。
「それなら尚更、海道の野郎を止める為。まずはここから出る方法を探そうぜ!とりあえず、助けを呼ぶか!全員で騒げばなんとか――」
憤る郷田の言葉を遮るように固く施錠されていたはずの扉が起動して開いた。
一斉にその音に振り返ると、扉の向こうからふたりの人影が歩いてくるのが見えた。それが誰と誰だかわかった瞬間、青島カズヤと郷田が息を飲み。川村アミが嬉しさのあまりまた目尻に涙を溜めつつ、その名前を口にした。
「バン……おかえりなさい!」
そこから現れたのは相変わらずのすまし顔の海道ジンと、折れかけていた筈だったのに、また一段とたくましくなって帰ってきた山野バンがいた。
「ロックが掛かってたから解除してみたら……みんな!無事で何よりだよ」
郷田に肩を叩かれ、青島カズヤや川村アミからの歓迎の言葉に頬を綻ばせつつ、照れくささから頭を搔いている山野バンを。俺は少し離れて遠巻きに眺めていた。
タイニーオービットのシーカー本部で出会った時以上に……吹っ切れた顔で戻ってきやがったな、川村アミから相当堪えていたとは聞いていたが。それでもまた困難に自分の足で立ち上がったのか。
そうか、お前はやはりなにがあっても立ち上がるんだな。
「『
ポケットにたまたま入っていたカードを取り出せば、運命が誘ったかのような絵柄が出てきた。
完成、嬉しい結末、溢れる喜び……指に挟んだそれを揺らした。当の本人は頬をだらしない位に緩ませて、俺の言葉なんかに気がつく様子もないがな。
「聞いてくれみんな、僕とバン君は……とんでもない事を知ってしまった」
重い空気を思い出させたのは、海道ジンの悩み疲れたような声だった。歓迎の雰囲気を収め、皆の視線が一斉に海道ジンに注がれ、緊張の糸が張り詰める。
気が遠くなるような重苦しい沈黙の先、俺達が予想していた遥かその先の……異次元の真実を語りだした。
「今の海道義光は……アンドロイドだ、いつかはわからないが……何者かがおじい様を殺害し、全ての陰謀の手綱を握る黒幕がいる」
そう言ってCCMに保存された画像を提示し、俺達に見せてくれた。
そこに、海道義光の写真と。スキャンした結果……コアスケルトンのような鉄の骨格がしっかりと映り込んだ。確かな証拠が映し出されていた。