星と魔術師   作:ワンダ・プレイア

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星に手を伸ばせば

 見上げるとそこは、どこまでも広がる星空だった。

 

 街灯の少ないこの辺りは、ただ眺めるのには随分と暗すぎる気がする。だが現実を忘れるのにはちょうどいいのだろう……胃液を抑える口実にもな。

 

「もう全く、体調悪いならとっとと言葉にしてよね……はい、拓也さんからお薬貰ってたから飲んで」

 

 隣で呆れた声と共に川村アミから粉薬を差し出された、軽く感謝を零して受け取った。封を開けて買ってきてもらった麦茶と共に無理やり口に含み、嚥下する。人工物特有の口に残る甘さに思わず顔を歪めつつ流し込んだ。

 

「どうして……文明は発展しても、薬の飲みにくさは進化しないんだろうな」

 

「なに格好つけてんのよ、作戦会議中に倒れてた癖に」

 

「はぁ……反論する気も御座いません」

 

 あの宇崎拓也の言葉に対し、誰も反対することもなくそのまま作戦会議が始まった。

 

 最初の方は覚えている……だが緊張が解けたせいか、はたまたこれからへの不安とプレッシャーなのか、気がついた時には医務室のベッドの上に寝かされていた。

 

 俺の腹に頭を乗せ、突っ伏した状態で川村アミが寝息を立てていたのを起こし事情を聞いて、気分転換に外の空気を吸い込んでいる……そういう事だ。

 

 CCMで時刻を確認すれば既に日付が変わっていた。日の出が近いのだろう、空の端が橙色に色づいているのが見えて、今この瞬間が、作戦決行まで近づいてるのがよく分かった。

 

「そういや、お前以外の連中はどこに行った」

 

「帰ったわよ、私は心配だったからずっと側にいただけ……それに……」

 

「それに?」

 

 顔を覗き込めば、夜気に触れたせいで頬が赤くなって下を向いてしまった。なにを話すか迷ってやめたのか、気まずそうに会話を終わらせていた。

 

「……やはり、お前も不安で仕方がないんだな」

 

「そんなの、当たり前よ……今日死ぬのかもしれないって状況でなにも思わない程。私は馬鹿じゃないもの」

 

 また顔を上げて、形に出来ない不安を言葉にした。今にも泣き出して逃げてしまいたい感情に背を向けつつも、覚悟を言葉にしないとまともじゃいられない……そんな矛盾に満ちた顔だ。

 

「なるほどな、どんな場所に行ったかは俺は知らない……でもお前がそこまで不安になるほど、今回のは正真正銘の命がけってことだな」

 

 タロットカードを取り出してみれば、『死神(デス)』の正位置だった。

 

「死神……悪いカードね」

 

「そうだな、あまりいいカードではない。終焉を意味するのだからな……だが同時に始まりを暗示する意味合いも込められているカードだ」

 

 なんとなく、本当に意味も無く何枚かカードを取り出して川村アミが見やすいように並べて渡してやった。

 

 不思議がりつつも受け取ったので、他愛もない話をするついでに教えてやる……昔、意味を知らないと言っていたから丁度いいのだろう。

 

「この『運命の輪(フォーチュンオブホイール)』は、回転し続ける様子から運命を印象づける意味が多くて。こっちの『女教皇(ハイプリエステス)』が高い知性と冷静さを表す意味が多い……お前がこのカードの意味を聞いてきたのが、随分と昔に思えるな」

 

「急になんなのよ、最後かもしれないのに……そんな悠長でいいの?ほんと、あんたのことは最初から最後までわからないままね」

 

 タロットカードをまとめ突っ返して、近くの階段に腰掛け遠くの空を眺め始めた。

 

 そうだったな、居心地が良くて徐々に当たり前になっていた環境で、お互いの話ができた試しがなかったな……きっと川村アミは、俺の素の顔を見たとはいえ、それを『理解した』とは考えていないのかもしれない。

 

 俺がなにをして、なにを考えて……というロジックが理解できないまま、本人にとってどうでもいいタロットカードの意味なんか話し始めるのは違うな。

 

 返されたカードを片付け、口を尖らせ星を見上げるその横に腰掛けた。目を合わせようと覗き込んだ、気がついた川村アミがまた一段と顔を赤くして俺の顔を引き剥がすように押しのけた。

 

「なんだ、急にしおらしくなって……やはり寒いんだろ。そろそろ中に戻ろう」

 

「私は……もうちょっとここに居る」

 

 震えた声を隠そうともせず、どこか強がりひとりでいようとしている。肩を抱いている手の先が赤く染まり、吐く息がどんどん小刻みになっているのに気がついた。強情な奴だな。

 

 もう何度目かわからないが、着ていたジャケットを脱いで川村アミの肩に掛けようとした。だが、その行為を予測していたかのように。さっきのタロットカードを突っ返した以上の力で押し戻してきた。

 

「……風邪引くぞ」

 

「あんたがね、また倒れちゃうわよ」

 

「それでも――」

 

「いいって!いらない……お願い、これ以上優しくしないで」

 

 激しく首を振り、強い声色から察せられる程、どうやら怒らせてしまったようだ。

 

 こちらが手を引けば蹲るように膝を抱え、完全に俺を視界に入れないようにしている。そんなにタロットカードの説明が嫌だったのか?

 

 じゃあなにを話そうか……占いは興味ある感じでもない、鼻で笑われて終わりだな。

 

 皮肉でも言おうか……更に怒らせてしまいそうだ、今はやめておこう。

 

 LBXのカスタマイズとかはどうだろうか……いや待て、そのLBXで命がけの戦いに挑むってのにそんな呑気に語り合ったとしても、この後の時間が重たくなる。駄目だな。

 

 ふと急に、素っ気なくなった川村アミと、なにかと理由をつけてまでどうにか一緒にいようとしてしまう自分がいることに気がついてしまった。

 

 意識していたわけじゃない、それでも不意に彼女に声をかけてしまった。

 

「おい……」

 

「まだ居たの、なによ」

 

「お前は、なぜLBXを好きになったんだ?」

 

 身も蓋もない、そして唐突に、ずっと聞いてみたかったことが口から漏れた。

 

 話が飛躍してあらぬ方へ行ったせいか、川村アミがばっと振り返り俺の顔を見る。そして上から下まで俺を見て、最後は固まり額から滝のような汗を流していた……話題を振っただけなのに変な間が空いた。本当に自分の事を話さなかった結果にも思えて、内心で後悔が積もった。

 

「せ、仙道……あんた、ほんとどうしちゃったのよ!?急にそんな!そんなぁ……」

 

 声が裏返りつつもそんなことを言われた。予測できないことが起こり目が回っているように、普段の賢明さを微塵も感じないような慌て具合だ。

 

「気になっただけだ。友達に誘われたとか、ロボットが好きだったとか理由はなんかあるんだろう?お前はなんだった?」

 

 少々強引なのかも知れない。本当は森野のように目線を合わせたり、郷田のようにお気楽に声を掛けるべきなのかもしれない……でも俺はそんなやり方は分からない。それでも、彼女を……川村アミを知りたいというのは本当だ、だから躊躇わず聞いてしまった。

 

「私は……みんながやっていたのもあるけど、ママとパパがね……誕生日に買ってくれたの」

 

 俺の思いが少しでも通じたのか、彼女の気まぐれなのかは分からない。過去を振り返りつつ、下を向いて呼吸を整えながらゆっくりと話してくれた。

 

「最初に手にしたのもクノイチだったわ。初めてLBXに触った時、すごく嬉しかった……色んな人とバトルもして、友達もいっぱい作れた。それがLBXのお陰だったから……大好きになったの」

 

「そうだったんだな、それであのクノイチも?」

 

「うん……自分で塗装して、カスタマイズまでしていた、ずっと一緒の相棒だったのよ?あんたには勝てたことないけど、女の子の中だと結構強かったのよ」

 

 ふふんと鼻を鳴らし、自分の誇らしさから声が上向きになっていった。自然と表情が明るくなって目を細めて、自分で仕上げたというクノイチのこだわりまで話し始めてくれた。

 

 俺からしてみれば、川村アミのカスタマイズは少々物足りないと思うこともあった。そこはもっとこうした方がスピードが出ただろう、それを取り除けばパワーが落ちてしまう……そう口を挟みたかった。

 

 それでも、彼女の口から語られる……本当にLBXが好きな思いに、横槍を入れたくなくて耳を傾け続けた。

 

「……という感じにもカスタマイズして、市販機なりに考えるのも楽しいのよ」

 

「そうか……川村アミらしい、素直な思いがあるんだな」

 

「唯一あんたに勝てることがあるならば、LBXを思う気持ちでしょうね。それくらい自信があるわ」

 

 彼女らしい無邪気な悪態をつけるほどに回復して、俺にいつも通りの笑顔を向けながらはしゃぐ、見慣れてしまった筈のその顔をじぃっと見つめてしまった。そして願ってしまった。

 

 これ以上、時間が動かなければいい……いつの日か掃き溜めに捨ててしまった感情を、もう一度拾い上げ。その異物に名前をつけてしまいそうになるくらいの、儚げな願いを。

 

「はい、次はそっちの番。仙道はどうしてLBXが好きになったの?」

 

 ふと意識が思考の外側に戻された、顔を見ればいつも通りの川村アミが質問の答えを待っている。

 

 その澄んだ目に引き寄せられる前に目を逸らし、説明するよりは見てもらったほうがいい……そう思ってCCMを取り出し、とあるサイトを開いて見せてやった。

 

「なに……これ?五年前のブログ?」

 

「ドイツのレオナルド・ダ・ヴィンチ。そう言われるほどの巨匠『ファウスト』……元はアンティーク系統の人形師だった人が、LBXをフルスクラッチして個展を出した時の記事だ」

 

 ページを巡り、展示物一覧が載っていた場所を見せてやった。

 

 現在のアーマーフレームより柔らかく加工しやすいプラスチックを削り、仮面舞踏会のようなあの派手な装飾をイメージして細かくひと彫りずつ作られた紋様。

 

 レースや服の飾り、ブローチまでもをひとつひとつ手彫りだけで作った……本物の洋服以上に手の込まれた繊細な仕事が、荒いはずの画面から見て取れる。

 

 戦う目的ではないにせよ、掌に収まるようなLBXでこんな再現ができるとは……何度見ても息をするのも忘れる美しさだ。

 

 語り尽くせない情熱に火がつく前に、川村アミに意識を戻す。普通に眺めていたのが徐々に食い入るように画面を見ていて、あまりの出来栄えに称賛の言葉を漏らした。

 

「こ、これ全部LBX!?すごい……なんて繊細なの、写真でこんな細部のディテールまでわかるなんて相当よ」

 

「やはりファウストの良さがわかるか……そうだ、当時の俺はこの記事を見てLBXの魅力に引き込まれた」

 

 自分語りは好きじゃない、弱さをひけらかす気がするから。

 

 それでも、俺が最も尊敬するファウストの魅力を、彼女は見ただけで一発で分かった。

 

 そして、もっとこの魅力を川村アミにも理解してほしいという感情が前に出てしまい、続きを話した。

 

「これを見るまでは、LBXなんてって思っていた……だが俺はファウストに出会ってしまった。実際に会ったことも個展に行ったこともない、それでも当時なにも無かった俺には十分過ぎるほど魅力的な世界だった」

 

「それで、LBXをやったの?」

 

「少し違うな……最初のうちはカスタマイズをして、自分なりにアーマーフレームをいじることのほうが楽しかった。本を読んで勉強して、それなりの物が作れるようになったが……いつしか誰かとバトルしたいと考えるようになり。バトルとカスタマイズを並行して楽しむようになった、戦っていたのは妹だけだったけどな」

 

 昔からあまり体が強くなく、ストレスに弱い神経質な性格で、外で遊ぶよりひとりで本を読んだり妹と映画を見たりする方が好きだった。

 

 なのにLBXを知ればそれも大きく変わった、母親に頼み込んで、小遣いも崩してようやく手に入れた。

 

 まだ真っ白いジョーカー、カスタマイズもまだなにもしていないただの市販機だったが。今手に握っているのは誰のものでもない、俺だけのLBXだった……その出会いが、自分の人生においての大きな分岐点になるとは思わずに。

 

「小学生の頃、クラスメイトに誘われて、妹以外の他人と初めて戦った……そん時理解した、俺のLBXの熱量ってのは他人と大きく差があったと」

 

「差って?」

 

 意味をまだ理解できない川村アミの相槌で、思い出すには随分と苦い記憶が脳裏に浮かび上がった。心臓がなにかに鷲掴みされたように呼吸が苦しくなって額に汗が滲んできた。それでも、俺なんかの話に耳を傾けてくれている……川村アミが隣りにいるという事実だけで口を開いた。

 

「圧勝だったんだよ、買ってもらったばかりのジョーカーが……友人になったかもしれなかったLBXをバラバラにしてしまった」

 

 苦い記憶を奥から引っ張り出したせいで目の端が黒ずみ、胸の奥がチクリと痛んだ。

 

「そこから、LBXの話を他人とするのも、共に楽しむのも少し嫌になった……相手に呆れられることじゃなく、自分の積み上げてきたLBXへの思いを……自分で嫌いになりたくなかったからな」

 

「仙道……」

 

「それから色々あった、あまりいい記憶じゃないが滅多にない経験もした。そして誰かと戦い、勝つことに存在意義を覚えた。だから知りたくなった……俺はどこまでLBXを極められるか、プレイヤーとしてもメカニックとしても」

 

 無意識に握り締めた掌に、生暖かいぬめりを感じる。開いてみれば爪が食い込んだ跡から、少量の出血が見られた。なぜかそれが恥ずかしくなり、川村アミに見つからないようにそっとポケットに手を隠した。

 

「……つまらない話ばかりで悪いな」

 

「ううん、大丈夫。それで?そのファウストさんがあんたのLBXの原動力ってことね」

 

「そうなるな。今は体を壊してとか……奥さんが亡くなってしまって引退したとかで、ネットでも現場でもほとんど活動はしてないがな。いつか会ってみたい、個展にも行ってみたい」

 

「行けるわよ、そんなに好きなんだから」

 

 ビルの隙間から光が差し始めた、空を見上げれば星が姿をくらまし始め、ゆっくりと俺達の影が伸び始めていた……日の出の時間だ。

 

 予定より長居したせいで体の芯から冷えた実感が湧いてくる、痺れたような指先をなんとか温めようと息を吹きかけ擦り感覚を戻していく。

 

「へくちっ!」

 

 俺以上に薄着で、さっきからずっと寒がっていた川村アミからなんとも言えないくしゃみが飛び出した。服の袖で垂れてきた鼻水を誤魔化しつつ背中を向けている……下手に強がった罰が下ったな。

 

「これから敵陣に向かうって顔か?鼻水まで垂らしやがって、だらしないな」

 

「ちょっと、見ないでよ……」

 

「下手に強がらず、最初から着ていればそんな顔しなくてもよかったのにな。ほら」

 

 また拒否されるかもしれない、それでも今の俺にできる唯一の思いやりと知って、背中にジャケットを掛けてやる。

 

 今度はなにも言わずに受け入れたようで、小さく感謝を呟いて袖を通していた。

 

「気分転換としては随分と長くなったな、戻って寝るか」

 

「じゃあ……私も」

 

 鼻の頭を真っ赤にさせた川村アミと立ち上がり、共に戻ることにした。

 

 もう少し寝ていよう、どうせ忙しくて眠る時間もないのかも知れない……なんてこと考えていると、ふと背中に温もりを感じた。

 

 振り返ろうにも背中に感じたそれがあるせいで俺の動きは一瞬にして止まり、瞬時に思考が硬直した。唯一理解できることは、俺の腹にベルトのようななにかが絡みついたということ。

 

「ありがとうね、仙道……傍にいてくれて」

 

 背中から囁くように聞こえる。雑音らしい雑音も、異物らしいものもない。この空間で一体なにが起こった?俺は夢の中に居たのか?なんて夢と現実の区別すらつかず、ふわりと浮き上がるような、名前すら見当もつかないように、急に訪れた感触に理解が追い付かない。

 

 気が付けば、目を合わせず俺の手を引くいつも通りの川村アミの姿があった。

 

「あれは……不味い薬の効果がやっと回っただけか」

 

 気のせいと片付けるには随分と生々しい記憶を引きずりつつ、ひとつだけ理解してしまった事実が言葉になった。

 

「次はいつだろうか……」

 

 死地に向かう……その事実は変わらない、怖いという感情にも嘘はつけない。それでも、こいつとの『次』を願う。

 

 あの日、アキハバラで照らされた心の芽生えが彗星のように強く輝き燃えている。それに今手を伸ばせている……そんなことをされたのならば、続きを願わずにはいられない。

 

「お前もそう思っているのだろ、アミ」

 

「ん、なに?」

 

 無邪気なその顔に微笑み、「なんでもない」と言ってやった。




たまに思うんすよね

カップリング小説らしい瞬間が少ないことに……
それ目当てな人は少ないでしょうが、だとしてもだな……うーん、対策考えます。
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