夕方を告げる風が吹く屋上に、耳触りの良いチャイムが響く。壁側に身を寄せて、ジュースの蓋を開け喉に流しこむ。スッキリとした喉越しと心地よい甘さに力がダランと抜けていく……俺、青島カズヤはこの平穏に間違いなく戻っている。
目の前には当たり前だけど何も起こらない、そんな日常の光景が広がっている。グランドで賑わう生徒、先生達の話し声、教室の隅にある掃除道具の入ったロッカーでさえなにひとつ取っても変わらない。
平和っていいなぁ、この『当たり前』に俺は帰って来たんだな。
つい先日までタイニーオービットでリニアモーターカーが突っ込んできたり、ネットワークの世界に潜ったり、最近だとアキハバラキングダムに出場して……大変な目に遭ったりと。目まぐるしい非日常に溺れていたのが、まるで夢の中だったみたいだった。
授業中によく考えていた、「悪人が教室に現れて俺が颯爽と……」なんて妄想は現実に起こるべきじゃないな。一生分の運気を使って事件に立て続けに巻き込まれた、世界の未来を掛けた戦いってのは、妄想よりも遥かにハードで洒落にならない。だからこうして屋上でなにも考えずいられる……あーサイコーだぜ。
「で、話ってなんだリュウ」
黄昏は一旦止めにして横を向く、隣にはふくよかな同級生……大口寺リュウの姿があった。ニット帽を深く被り、恰幅の良さに似つかわしくない小心者な癖してちょっとホラ吹き。別に悪い奴じゃないし、害はないけど。たまに……いやしょっちゅう呆れることをするが俺はあんまり憎めない奴だと思ってる。人には聞かせたくない話があるから屋上に来て欲しい……と言われてついてきたってのが現状だ。
「ねぇカズ……カズはさ、最近のアミちゃんのことどう思う?」
俯いてこちらからちょっと見える顔は暗く、まるでこの世の終わりを告げるような声のトーンで捻り出した言葉がそれだった。声の重さと内容のズレに顔が強張った。
リュウがアミのことを好きだって事はみんな知っている、何を今更隠す必要がある。
「ジュース奢ってやるからってついてったらそれかよ、こんくらい教室で話せっての。アミはそういうちっせいの気にしないだろうし」
「違うんだよ。あの、最近さ……なんか変じゃないかって思うことがあってさ」
真剣に言葉を紡ぐリュウにただ事じゃない雰囲気を読み取る。気のせいだろうと一蹴してやりたいが、なんだか言い出しにくい……もう少し聞いてみるか。
「例えば?なにがあるんだよ」
「お前知らないのかよ……俺も直接見た訳じゃないけど。アミちゃんが学校や街で誰彼構わずバトルしまくってるって話だよ」
「あのアミが……ひとりで?」
リュウがコクリと頷く、衝撃のあまり手に持っていた缶が滑り落ちそうになる。
あのアミが?LBXについてはカスタマイズとかに知識は豊富かもだけど、バンのようなバトルジャンキーという訳じゃない。曲がったことが嫌いでよくトラブルに首を突っ込んでいるが、自分からなりふり構わずなんて……一体なにがあったんだ?
「いやそんな……きっと人違いだろ」
目線を遠くに向けて動揺を見せないように、自分を安心させる意味合いでも否定しておく。
「なんかあったのかな?まるで自分を追い詰めるみたいに戦ってるって……ねぇカズ、本当になにか知らないの?」
お気楽にいつも振る舞っているあのリュウが切羽詰まったように聞いてくる、俺も聞いちまった手前一応最近のアミの行動を振り返ってみた。
思えば空き時間になにかのサイトを読み漁っているが、それ以外なにかあるかと聞かれても思い当たる節はない。昨日だってキタジマ模型店にバン含め三人で行ったくらいだ。俺から見ればなにも変わらないアミだった。
「俺が知っているのは、昨日キタジマでグリスとか細々したの買ってたぐらいしか知らねーよ」
「……やっぱ人違いだよね。絶対そうだ、アミちゃんがそんな乱暴しないもんね。良かったぁ」
ほっと胸を撫で下ろすリュウを横目に、ジュースを飲み干して話は終わりと帰ろうとする。するとポケットに入れていたCCMが引き留めるかのように振動した、確認がてらリュウに一言告げ取り出して中を確認してみる。
メールだったようで内容に目を通した瞬間、あまりの衝撃に目を見開き画面を見つめたまま固まってしまった。まるで雷に撃たれたかのような衝撃が体中を駆け巡った。
「どうしたカズ、詐欺サイト開いちゃった?」
微動だにしない俺を心配してリュウが近づいてきた、折角なので来たメールを見せる。リュウの表情も一瞬にして固まる、やはりお前にも雷が落ちたようだ。
「リュウが言ってた噂通りだ、アミが……アミが!」
メールを見た同士顔を合わせ、戸惑いが隠しきれない中、俺達は屋上からある場所に向かった。
どこか納得のいかない不快感、なぜなのかという尽きない疑問をなるべく意識しないように。
埃っぽい裏路地を抜け、校舎裏のある部屋の前で止まる。ガタが来て開けにくい扉を力いっぱい横にずらし、中に入る。何度か出入りして来たとはいえ、初めて来た時以上の緊張感が走った。
中に入ってまず目に入るのはデカデカと垂れ幕に書かれた天下無双の文字。部屋に散らばったお菓子の袋、暇つぶしの為のゲーム。ボロいソファーの向こうには突き破られて壊れた壁、そこから日の光が入ってきて部屋は全体的にちょっと明るい……だけどどこかからつんとくる刺激臭に息を止めてしまう。
郷田がアジト代わりにしている溜まり場だ、旧校舎のスラムと呼ばれる場所の奥にある。……ちょっと埃っぽくて苦手だ。
俺達に背を向けるアミと、設置されている強化ダンボールを挟んで真向かいには、かなり疲れ気味の郷田とへたり込んでいるバン。俺達に気が付いた郷田は片手をあげて、肩で息をしながらも歓迎してくれた。
「ふぅ……畜生、やっぱ連戦は疲れるぜ」
「ねぇアミ、そろそろ休憩入れようよ。十戦も連続でやったんだから休ませてよ」
「……わかった、5分休憩ね」
こちらに気づいていない様子のまま、近くの椅子に腰掛けるアミ。目線を下げ、ぐったりと前かがみになって食い入るようにCCMで録画したと思われる記録を見ていた。その表情に余裕はない、切羽詰まっているというか、かなり不機嫌そうだ……とにかくリュウの言っていた通りいつものアミじゃなさそうだ。
「呼び出しってこれだったのか、なにかトラブルに巻き込まれた訳じゃなくて良かったぜ」
「悪い、急いで打ち込んだせいで分かりにくかったな」
「『アミがヤバい、すぐアジトへこい』って言われたら誰だってビビるって……飲み物のリクエストする余裕あるならちゃんと説明して欲しかったぜ」
頼まれていたお茶とスポドリをそれぞれに渡す、軽い感謝をされてさっそく口をつけていた。
ここまで騒いでいても上の空のアミの元へ近づき、ぼんやりしている無防備な首筋にペットボトルを軽く押し付けてみた。
「きゃ!冷た……何よ、なんでカズがここに居るのよ」
結構うるさかった気がするんだが……そんな気が付かないのか?
「郷田に呼ばれたんだよ。聞いたぜ?随分余裕なさそうじゃん。なんかあったのかよ」
「……別になにもない」
感謝の言葉も口にせず受け取ってすぐ蓋を開け、喉を鳴らしながら中身を全て飲み干した。最近の様子を注意深く見ていた訳じゃないから、はっきりとした事は言えないが……これは相当参っていると見た。
アミは切羽詰まったり思い悩んだりするとがむしゃらに突っ走ることがある、勉強でいい結果が出ないとか言っていて参考書を片っ端から読み漁っていた時と似ている。
今回もきっとそれだ。長い付き合いとは言えないけど、俺もそれなりに彼女のことは理解しているつもりだ。だからきっと、俺らが知らないだけで何かあったんだな。
ひとりで抱え込んで欲しくない、だから俺のほうから切り出してみる。
「最近なりふり構わずバトルしてるって聞いたぜ、そんな態度とることは無いだろ……大丈夫か?」
「良いじゃない、悪いことなんかじゃないわ」
普段見せないような冷たい目を向け、空になったペットボトルを地面に置いて立ち上がる。リュウと話していたバンの元に歩いて腕を掴み、「ほら続き」とバンを無理やり立たせようとしている。
「わわっ、待ってって。もうちょっと休ませて」
「さっきいくらでも相手できるって言ったのはバンじゃない、ちゃんと約束は守ってよね」
「そ、そうだけど……」
抵抗しようにもアミの強気な態度に眉を八の字に寄せ、必死に言い訳を考えているバン。単純でまっすぐな奴だから何を言っても頭のいいアミに論破されて逃げられないだろう……しょうがないな、ここは俺が助け舟を出してやろう。
「じゃあ俺とバトルしようぜ、アミ」
「カズと戦ってもね、あんたじゃちょっと……」
気を使わせて言葉を濁した所申し訳ないが、アミの言い方だとその続きも言っているようなもんで心にダメージが入った。
「じ、じゃあ!俺とカズでどう?」
アミの不満そうな言葉に被せるようにリュウが立候補をする。アミの考えていることがイマイチ何かわからないが、とりあえずバトルが目的な事がわかった。だったらお相手願うまでだ。
「遠距離型のフェンリルと重量型のブルド改との二対一か……わかった。じゃあフィールドは高低差のある場所に変更しましょうか……じゃあ位置について、すぐ始めるわよ」
「おう、任せとけ!」
既にあるジオラマとは別の物を取り出して、Dキューブを展開する。アキハバラキングダムに備えての練習時以来か。アミとの対戦に腕がなる、リュウもブルド改を取り出し俺達はDキューブに向かってLBXを出撃させる。
「GO!フェンリル!」
「ブルド改、発進!」
スタート位置に俺のフェンリルとブルド改がセットされ、口を尖らせたままのアミもパンドラを出撃させる。連戦で傷だらけになっているのがCCM越しにでもわかった、相当無理させているんだな……こりゃ相当ご機嫌ナナメだ。
顔を上げれば、不満さを隠そうともせずにただCCMに食らいつくように見つめるアミの姿があった。何がそこまでアミを駆り立てているのか……戦って理由が掴めればいいけど。
「戦いはシンプルに行きましょう、破壊は無しね」
「オーケー、行くぞアミ!」
画面に表示された『バトルスタート』を合図に、戦いの火蓋は切って落とされた。
ブルド改のタイヤの回転音を合図に、フェンリルはレンズを覗き込んだ。
それから何戦もアミとのバトルは続いた。最初はアミに後れをとることもなく、連携はおぼつかないなりに上手く仕上がっていて勝算は俺達にあった。リュウが駄目でも俺の射撃でカバーできていた。二対一だ、最初は楽勝だとリュウと浮かれていた……アミの底しれぬ執着心を知るまでは。
どんなに疲れ、らしくない言動をしていてもやはりアミはアミだ。その場の状況で作戦を切り替え手は止まることを知らない。持ち前の俊敏さと切れる頭を武器に立ち回る。
そもそもの話、俺達ふたり合わせてほぼ互角で立ち回れる……短期間でどれだけ強くなれば気が済むんだよ。バンとはまた違うスポンジのような吸収力とカリスマ性だけには、一生俺は勝てなさそうと思ってしまった。
「ここからどうでるか……」
現在は八戦目にまで突入している、我ながらよくここまで付き合えたなと自分にもちょっと呆れている。メンテナンスもせずずっと戦っている。
タンクで頑張ってくれていたリュウは既にブレイクオーバーしてしまい、残りは満身創痍のフェンリルが岩陰に隠れている。
ほぼ無傷のパンドラは逃げた獲物を狙う捕捉者のように目を光らせている。
誰がどう見ても絶体絶命……ライフル一丁でどう凌ごうかと、ここからの形勢逆転への道を考えて頭が痛くなってきた。張り詰めたような緊張の中でつい、愚痴をこぼして白旗を上げてしまいそうになる。
もし、高岩に登れば場所がバレるだろうし、今のままじゃ攻撃ができない。幸いな事に俺もアミも相手の位置を把握出来てないだろうし、行動しない限り今の戦況は変わらない……西部劇の決闘のような。『メキシカンスタンドオフ』という言葉がよく似合う……変なこと考えてる、俺って能天気だな。
ずっと睨み合っていても終わらない、攻撃を承知の上で見晴らしのいい場所に出よう。きっとアミは向かってくるだろうから、スティンガーミサイルで狙ってみるのも手だな……どう出てみようか。
「見つけた!」
フェンリルが動こうとした瞬間、背後から飛び蹴りが炸裂した。残り少ないLPが更に削られてしまい、心臓が飛び出るくらい驚いてつい声を荒げてしまった。
「はぁ!?いつからそこに――」
「やっぱり攻撃が止まると気を抜く癖は変わらないわね、この勝負貰った!」
ライフルで照準を合わせようにもパンドラが近すぎて狙えず、ダガーの素早い攻撃をモロに喰らってみるみるダメージが蓄積されていく。防御しようにも俊敏さは相手が数枚上手、なんとかライフルで受け止めようとも隙間を縫うようにパンドラは攻撃を当て続けてくる。
ただ殴られるだけのサンドバッグのように、指を咥えたままで反撃できない。
「くそっ……このぉ!」
ライフルで薙ぎ払いを試して見てもヒラリと躱され、蹴りでカウンターを貰ってしまう。
連撃の雨に耐えられることもないままに、呆気なく華麗なアッパーによって空中に打ち上げられ、青白い光を放ってしまった。また完敗、さっきからずっとこれだ。
「あー負けた負け負け、完敗だ。すごいなアミ」
「……まあまあかしら」
ヤケクソに吐き出した言葉はお互い様のようで、アミはまた俺達から目を逸らした。顔は暗いままで眉間に皺を寄せ、バトルは終わったはずなのにCCMを見つめていた。
「勝った癖に嬉しそうにしないよな、何があったんだよ」
CCMを握ったままダランと腕を垂らした。長い時間ずっと動かしていた衝動からか、親指が痙攣を起こしているのが目に入った。
「アミ、いい加減教えてやれ。別に恥ずかしがることじゃないだろ、なにも知らされず付き合ってくれたカズ達に失礼ってもんだぜ?」
バンとお菓子を頬張って見物していた郷田が頭を掻きながら立ち上がり、不貞腐れ続けるアミを説得にかかる。口籠るアミの傍にまで近づき何かを話し始めた、ここからではよく聞こえずリュウと不思議そうに顔を合わせてしまう。
「……なんか襲われたとかじゃないのか?イノベーターに」
あまりの変わりように考えうる恐ろしい妄想をしてしまう、でもありそうなのが怖いんだよなぁ……この考えが出てくる辺り、俺達はまだ日常には戻れていない。ふと考えたことに気が滅入ってしまった、早く考えなくていい日常に戻りたい。
今日一番のため息がアミから放たれて視線を戻す、俯き暗い顔をしたアミの口がついに開いた。
「笑わないでよね……実はLBXでどうしても勝ちたい相手が居るのよ」
「えぇ!?アミちゃんがそこまで執着するLBXプレイヤーが居るんだって!?」
「珍しいじゃん、何処のどいつだよ」
照れくさそうに目を逸らして、ちょっと頬を赤らめた気がした。あのアミが……いつもの堂々としたアミの様子とは打って変わったらしからぬ態度。口をモゴモゴさせて、言葉を探すようにポツリと放たれた人物の名前はちょっと意外だった。
「仙道……」
せんどう?せんどうってあの……?
「せん……どう?ってアングラビシダスでバンと戦ってたジョーカー使ってたおっかない人でしょ。なんでその人に勝ちたいのさ」
俺と同じような疑問をもったリュウが問いかけた。やっぱそうだよな、みんな抱く疑問は同じか。
オタクロスに会いに行く道中で、郷田の舎弟になったとかでなんかついてくるようになったけど……俺はアミと仙道が話してる所なんか見たことないし、共通点といえば使ってる機体がふたりともストライダーフレームくらいってことだろう。
端から見ている限りだと、仲が良いとかそういう次元じゃない。友達の友達くらいの吹けば消えるようなうっすい繋がりだ……それがなにをどうして。よりによってあんな胡散臭い奴を。
「長くなるから詳細は省くけど、最近バトルに付き合って貰ったら手も足も出なかったの……お互い機体の性能は同じくらいな筈なのに、私ひとりだと実力がまだまだって気付いて……悔しくて」
アミが心情を話してくれる度に唇が震え、弱さを隠すように目線がどんどん合わなくなる。肩を震わせながらなんとか話し続ける彼女は、いつもの強気な姿とは違い弱く見えた。
「だからね……だから、今後のイノベーターとの戦いのことも考えて、みんなの足を引っ張りたくないから強くなりたいの。勿論、仙道にも必ず勝つつもりでいるけどね」
強張った頬を上げ、問題なさそうにぎこちない笑顔で取り繕うとしているアミに、どこか暗い影のような物を見つけてしまい。戸惑ってしまった俺は、正しい励ましの言葉を見つけることが出来なかった。
喉元まで上がってきた感情をどう吐き出すか、「頑張れ」とか「アミなら大丈夫」とか薄っぺらい言葉しか浮かんで来ない自分に呆れてくる……どうにか力にはなれないだろうか。なんて悩んでいるうちに郷田の声が部屋に響く。
「そういうこった、まだ続けたいだろがもうそろそろ学校が閉まる時間だ。撤収するから支度しろよ」
「お菓子とかのゴミ片付けちゃうね。リュウ、一緒にやろうよ」
「え?お、おう……」
郷田の掛け声と共にバンとリュウがゴミ箱を抱え、自分達が食べたものをかき集める。
結局気の利いた言葉も、優しい慰めの言葉も口にせず……なにも出来なかった俺は。アミから逃げるようにバン達と共にゴミ回収に加わった。なにか郷田と話しているようだったが、耳に蓋をし。箒でお菓子の欠片をかき集めた。
バンや郷田達と別れた帰り道、ちょっとだけ気分が下がってしまったから。気晴らしだと本屋に寄り道していた……そのせいか外はもう真っ暗、時刻を確認するとすでに門限を過ぎてしまった。ヤバい……最近ちゃんと守れた記憶がないからそろそろお袋に怒られちまう。本当はまだ寄りたい場所があったが、今日は諦めて帰るか。
「あれ?カズじゃん」
とっとと帰ろうとしていた俺に声を掛けたのは、コンビニの袋を持ったバンが居た。
「珍しいな、バンじゃん。こんな時間に出歩くなんて……お前は帰らなくていいのか?」
「母さんから連絡があったんだ、パートが長引いて晩ごはん用意してないから好きなの買ってきてって。だからハンバーグ弁当買っちゃった」
「贅沢だな」
「まぁね、今日はアミに付き合ってバトルいっぱいしたからお腹ペコペコなんだ」
あんなにお菓子頬張ってたのにまだ食うのか、育ち盛りだな。
「なあバン、ちょっと聞きたいんだけど……」
「なに、カズ」
ハンバーグ弁当にご機嫌な所悪いが、ずっと気になってた事を口にしてしまう。アミに直接聞けない俺って、本当に卑怯者だな。
「アミって……最近ずっとあんな感じだったのか?」
バンはすこし面食らったように黙ったが、コクリと小さく頷いた。
「珍しいよな、あのアミがあそこまで執着するなんて。なんか思い詰めてるっぽくて心配だぜ」
心配だ、その言葉を本人に言えればどれほど良いのか。関係のないバンに畳み掛けるように質問をしていく、さっきまで詰まっていたものがバンという言いやすい人物が現れた途端これだ……俺はどうしていつも、最初の一歩を踏み出せないのか。
「そうだよね……でも、アミはなんだか楽しそうにも見えるんだ」
思いも寄らない言葉が聞こえ、思わず眉をひそめる。なんだって?あのアミが楽しそうだと?そんな訳ないだろう、すごく辛そうで今にも逃げ出したそうだったのに。
「なんでだよ、あからさまに切羽詰まってますって感じだったろ?」
バンは言葉を選ぶようにゆっくり話し出した。
「うーん、どう言えばいいのかな……オレの場合はだよ?高くて大きな壁にぶつかった時って。これをどう登ろうか、なにで越えようかって考えて実践して失敗して……息苦しくて辛いことが多いけど。同じくらい楽しいし、ちゃんと壁を越えられれば嬉しいしもっと楽しいんだ」
「そう……なのか?」
「うん。オレがそうだからかも知れないけど、きっとアミも仙道っていう大きくて高い壁にぶつかって。どう登るか、実力が足りないからいっぱい練習しなきゃ……って沢山考えて、挑戦を楽しんでいるように見えるんだ。本当に切羽詰まってるだけならちょっと心配だけどね」
眉を八の字にしながらそう語ったバンの言葉に、また俺の言葉が詰まった。
「だからかもだけど、アミは大丈夫だよ。きっと仙道を倒せるから」
「そうか……そうだな。早く倒せればいいな」
ようやく捻り出した情けない程の軽い言葉に嫌気が差す。途中まで帰り道は同じだったのでその後何気ない会話を楽しみ、また明日と別れまたひとりになって考える。バンが見えなくなるまでその背中をみながら、不意に本心が溢れる。
「あいつらは凄いな……」
中学からつるむようになってよく考えることがある。バンやアミの理想の高さや思いやり、そして前に進む力が眩しくて妬ましい。俺にない活力と勢いで常に前のめり、こっちは隣に立っているのがやっとだってのに。
いいよな、怖気づくこともなく真っすぐで。俺はちょっとだけ息苦しいよ。
「それでも……俺も負けちゃいられないな!」
バンの言葉で少しだけ前を向けた、俺達がいつまでも並んで歩けるよう、負けてたまるかと思えた。空を見れば薄い三日月が顔を覗かせている、欠けた月もいずれ満ちる。だからきっと俺だって。
「そうと決まれば俺だって頑張るぞ!おー!」
ヘタレな俺だけど、逃げることはもう御免だぜ。臆病は臆病なりに慎重に、そして確実な一歩を踏めばいい!きっとそっちのほうが俺には合っているから。
この俺、青島カズヤはこの瞬間、確実な一歩を進んでいく。夜道を駆け出したこの足を、止めるものなど何もないことを知っているから。