星と魔術師   作:ワンダ・プレイア

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 暗い道を足がすくむ間もなく足を踏みこんでいく、この先になにが待ち構えているか分からないまま、この永遠に続くサターンの中に潜っていく。

 

 本当は心強くて、正直とても不安だから側に一番いて欲しかった仙道が少しだけ先を歩いている。それがどれほど心強くて、それでいて辛い事なんだろうか。

 

 前を向かなきゃ、戦わなきゃ、そんな結論はもう出ている。だけど、だからこそ……仙道との心の乖離、そう呼んでいいのかもしれない。あのいつも見てきた横顔も、どこかひしゃげて乾いた笑い声も、遥かに遠い場所に置いてきてしまったように思えて仕方がなかった。

 

 それに、さっきの出来事があって。仙道の優しさも私に向けた視線も全て勘違いだった、浮かれていた私の気持ちに失恋と名前を付けて決着をつけた。

 

 だけど私は、仙道になんと思われようと隣を歩いて手を引くと誓った……なのにあの約束を破ってしまいそうになる事実が、今どうしようもなく悔しくなる。

 

「最悪……本当、私は最低ね」

 

 郷田のように上手く割り切ることも、バンのようにもう一度立ち上がることも出来ないまま。名称さえ思いつかない、諦めの悪いこの異物が黒く、燻ぶって溜まって、正常な感情の全てを飲み込んで肥大化している。

 

 言葉にすれば弾けて、散らばって、取り返しがつかなくなりそうで……酷いな、みんな真剣に世界の為に戦っているっていうのに。私は自分のことばかり考えて。

 

「この辺りだ、俺達のLBXの信号があった近くの通気口は」

 

 仙道が指を差した場所に俯いた顔が自然と上がった、CCMを操作した仙道は安堵の溜息を漏らしていた。私の方に振り返って画面に見えた映像を私にも見せてくれた。

 

「どうやらトロイはいない……おまけにフェアリーも倒していったようだ。お前のパンドラもなんとか無事のようだ、よかったな……まだ戦えそうだ」

 

 映し出された通気口の中の景色は、フェアリーと思われる残骸の山が壁側に出来上がり。他の警備用LBXを巻き込んでまで暴れた跡だった。

 

 嵐が通った……そんな感じ、でもパンドラは無傷ではないにせよまだ動きそう。ナイトメアも動けている時点でそれなりに無事だったのかもしれない。

 

「う、うん……ほんと、よかった」

 

 適当な愛想笑いを浮かべ、気まずさからすぐ目を逸らしてしまった。私の態度に困惑しているかのように、仙道の左手が伸びた気がしたけど、すぐに引っ込んだのが見えてしまった。

 

「……なぜ俺達のLBXが無事だったか、トロイの目的はなんだったかは分からないままだが。ちゃんと動くようでなによりだ、一旦メンテナンスをしておいた方がいいだろう」

 

「そうね……さっき、休憩所みたいな部屋があったでしょ?ちょっと戻るけどどうかしら」

 

「やむを得ないな、時間がないから簡易的に済ませるぞ」

 

 ボタンを押してパンドラを起動する、CCM越しに映る映像を見ながら通気口まで誘導するよう動かしていく。その中で、仙道がトロイと呼んだLBXの脅威がより鮮明に目についた。

 

 武器を変えただけで倒せた、たしかに工夫すれば脅威ではなかった……それでも、あのフェアリーを何体も葬っている。もはやなんのパーツだったのかわからない塊が山になって積み上がっている、壁には無数の風穴が開いて戦場の過激さが嫌でも分かってしまう。

 

 サターンの通気口の中とはいえ、作りが甘いなんてことはないだろうし、至近距離だったからか。かなり大きなクレーターが数カ所見つけられた……もう遭遇しなければいいと、叶うはずもない期待を夢見てしまう位、トロイは恐ろしかったから。

 

「お帰りなさい……今直してあげるからね」

 

 無事に通気口を抜け、戻ってきたパンドラを回収する。真っ赤なパンドラは酷く埃を被って若干白っぽくなってしまった、細かい傷も多く見つけた。降下作戦でよっぽど無理をしたのかも知れないな、無事に帰ってきてくれて本当によかった。

 

「予想以上にボロボロになっちまったな、戻るぞ」

 

「わかった」

 

 ふたりきりの行動は正直息が詰まりそうになる。それでも今は見て見ぬふり……いや、思い切り分厚い蓋をして閉じ込めて、なにかブツブツ考え事をしている仙道の後ろをついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 イノベーターの戦闘員の休憩の部屋なのか、机の上に散らばったトランプと色んな種類の缶ジュースが置いてある。壁には銃が置いてあったり、大きなモニターもある……作戦会議室や娯楽室も兼ねた使い方をしているようだった。

 

 適当にトランプを片付けて、缶をまとめてスペースを開けた机の上にパンドラを乗せて改めて観察してみる。

 

 小さい傷も見える、でもパンドラが所々焦げている箇所も多い。やはり降下作戦の時に……本当に無茶をさせてしまった、ごめんね……辛かったね。

 

 ここではちゃんと直してあげられないかもだけど、それでも綺麗にしなきゃ。何があるかわからない戦いに備えて。

 

「強化ダンボールの外で使えば、こんなにも脆いもんだよな……LBXって」

 

 早速ナイトメアの拭き上げ作業に取り掛かっていた仙道が呟いた。独り言なのか私に話しかけているか微妙な音量だった、部屋に備えられていたタオルを勝手に使い、我が物顔で埃まみれのナイトメアを綺麗にしている。

 

「細かい傷はスルーしろよ、メンテナンスグリスが足りなければ言ってくれ。やる」

 

「うん……ありがと」

 

 前に見せてくれたナイトメアの薄いアーマーフレームを剥がし、裏側の傷を舐め回すように観察しつつメンテナンスを続けている。

 

 こんな状況でも迅速で丁寧なメンテナンスの腕に見惚れそうになる、だけどお腹の底に溜まったものの不快感で目線を逸らし、強制的に意識をパンドラに戻した。

 

 アーマーフレームを剥がしつつ、関節部にグリスを塗って傷を確認し、酷いものはパテでなんとか埋めていく。

 

 単純だけど重要な作業を会話もなく黙々と進めていく……今は、仙道と話すことが少なくてよかった。下手に喋ればボロが出て、仙道を困らせてしまいそうだと思ったから。

 

 先にメンテナンスを終えた仙道はナイトメアを片付け、まだ手をつけていないジュースを勝手に拾い上げて封を開けて飲み始めた。

 

 一口飲んだと思ったら小さく独り言で「マズッ」と呟いたのが聞こえた、不意に口角が上がってしまいすぐ元に戻した。

 

「どこのメーカーのだよ、何味だ?……説明文が全部英語だ。なぁ川村アミ、お前もいるか?かなり不味いぞ」

 

「いらない、変なもの飲んでお腹壊しちゃうわよ」

 

「……そうだな」

 

 仙道の癖に図星を突かれて語尾が弱くなっていき、次の言葉を探すのを諦めて不味いと感想を零したジュースを一気に流し込んでいた。

 

 ポケットからタロットカードを取り出して、仙道らしくない大げさな顔をしてなにか話そうとして口を閉ざした。なんだかカズと一緒にいるような騒々しさを感じてメンテナンスの手が滑りそうになる……余計な力を加えてしまいそう、だから黙ってて欲しいんだけど。

 

 仙道がなにかする度に、私の態度が悪くなっていく気がする。それが向こうにも伝わってしまったのか、仙道は腫れ物に触るかのような態度で私を観察している。

 

 いつも人の顔色なんか伺わず、図々しいまでに言いたいことを言って相手を滅茶苦茶にかき混ぜていた仙道ダイキが。女の子ひとりの顔色を伺ってオドオドしている……さっきのことは気にしてないって振る舞っていた癖に、なんかもう全部にイライラする。

 

 握っていたドライバーに力が伝わりすぎてしまった、ネジ穴から先端が逸れてパンドラのコアスケルトンに傷をつけてしまった。

 

 慌てて手を止め、パンドラにできた傷を確認する。コアパーツの蓋のすぐ横を引っ掛けてしまった、つい小さく「ごめんね」と謝ってしまう。

 

 抉れてしまってはいるが致命傷とは言い難い深さでほっとする、つい仙道に話しかけようと顔を上げた。でも当の本人は気まずそうにそっぽを向いて、テーブルに散らばっていたトランプを触っていた。慣れた手つきでカードをシャッフルしているけど、視線はどこか遠くを見つめていた。

 

 落ち着かない様子を隠そうともせず、なにか悪いことでも企んでいるのかもしれない。そのいつも通りのはずの無関心な態度にまた苛立ちが砂時計のように積もっていく……なにやってんのよ、私……こんなことで意地ばっか張って、下らない。

 

 もうこんな小競り合いみたいな真似はしたくない、ちゃんと話さなきゃ。私が迷惑ならそう言ってって……。

 

「ねぇ、仙ど――」

 

「あ、すまない。電話掛かってきた……ちょっと出てくるから待っててくれ」

 

 私の話を遮ってCCMを握り、トランプを投げ捨てて目も合わせないまま部屋を出ていってしまった。

 

 声を掛けて引き留めようと喉元まで言葉が形になった、でもそれを抑えたのは積もって固まった色々な負の感情と、自分で作った重い蓋だった。

 

 手を伸ばしていたものを下ろし、扉の奥に消えていった仙道を何も言わずに見送った。扉が閉まりきった音でようやく捻り出した言葉がこれだった。

 

「なんで……そんな、私と一緒なのが嫌なのかしら」

 

 絶対にそんな事はない、そう現実から目を逸らしたかった。それに反して言葉として出来上がってしまった結果が、独りになった空間で糸を伸ばしてしまい、重いなにかに縛り付けられたように呼吸がしにくくなった。

 

 今、仙道が戻ってきたら分厚い蓋という結論で無理矢理に塗り固めて隠したつもりだった本心が、熱で溶け出したフォンダンショコラのように溢れだしてしまいそう……顔を合わせられない。どうしよう、こんなこと考えちゃいけないのに。

 

「電話……どうせ、彼女からなんだろうな。仙道の彼女は綺麗で素直で、どんなあいつでも受け止める、私なんかと全然違う人なんだろうな」

 

 止めていたパンドラのメンテナンスの手が自然と進む、傷をできる限り直して、脚部の動きを滑らかにするためにグリスを差し込み、調整ネジを締めていく。

 

「きっと「ダイキ君の声聞きたかった」とかそんなしょうもない理由で甘えられて……自分から「次のデートここ行こう」とか誘えて。ちゃんと……ちゃんと顔を見て……好きって言えて……」

 

 胸部にアーマーフレームを装着してパンドラは綺麗になった、なのに……。

 

 大きな水滴がパンドラを濡らしていく。せっかく綺麗になった、また戦えるパンドラに、どこからか流れたものが落ちている。

 

「いいなぁ……私も……言いたかったなぁ……」

 

 居るかどうかもわからない存在に、嫉妬なのか後悔なのか、その全てが詰まったものが溢れて止まらなくなってしまった。服の袖でいくら拭っても溢れて、机の上にどんどん溜まっていく。しゃくりあげるように息を吸い、外に聞こえないよう、ただ声だけを殺した。

 

「わた……私……なんで……ないて……早く、忘れなきゃ……じゃないと……おかしくなりそう」

 

 まだ抑えきれない感情が止まらないのに、扉が開く音が聞こえた。滅茶苦茶になった顔を隠すべく、近くのティッシュを引っ掴んで鼻を思い切りかんで、目元を拭いて姿勢を正した。真っ赤であろう目元だけはみられないように、背中は向けたまま。

 

「なによ……電話終わったの?」

 

 どうせ適当なことを言って煽ってくるんだろうな、だから反応しちゃ駄目。絶対辛くなるから……呼吸を整えて身構えた私にゆっくり歩み寄ってきた人物が声を掛けてくれた。

 

「電話?おいアミ、ここは空の上だぜ。電話なんか繋がんねーよ……それより無事でよかったな」

 

 背中から聞こえてきたのは明らかに仙道の声じゃない、私の名前を呼ぶいつもの声に別の意味で心臓が締め付けられ、恐る恐る振り返ってしまった。

 

 そしたら、ちょっと驚きと呆れの真ん中くらいの顔をしたいつも見ていた顔が立っていた。

 

「か、カズ?……なんでここに」

 

「仙道に出くわして言われたんだ、アミが閉じ込められたーって。自分じゃどうにもできないから任せたって言ってたぜ」

 

 やれやれと言った感じで経緯を説明しつつ、仙道が飲んでいたものと同じ種類の缶ジュースを拾い上げて口をつけ始めた。

 

 小さな声で「美味い」と言いながら更に中身を喉に流し込んで、プハーっと幸せそうに飲み干していた。

 

「ご、郷田は?」

 

「仙道と奥に行っちまった、なんか色々話していたっぽかったけど。俺はアミと合流した後に撤退する流れになったんだよ……ひとりぼっちで怖かったんだな、もう大丈夫だ」

 

 自信満々に胸を張って、鼻を鳴らしてそんなことを言っているカズの顔を、ただ無心に眺めていた。

 

 考えが、情報が渋滞して頭の中で空中分解が起こっている……軽く整理しましょう。

 

 さっき部屋を出ていった仙道が、なぜか私を置いて独りで勝手に先に行って、たまたまいた郷田とカズに遭遇。そこで郷田と一緒に奥に進んでカズだけが引き返してきた……という事実に。

 

「ふたりは……どこに向かったの?」

 

「神谷コウスケの回収だよ、プラズマ磁場が収まって仙道に会った時に拓也さんから連絡が入ったんだよ。制御室に取り残されたままなんだってさ」

 

 カズの説明によれば、バンとジンが先陣を切ってくれていたお陰でプラズマ磁場の装置が停止した。海道義光がアンドロイドだった事実を知ったイノベーターの戦闘員も軒並みエクリプスに撤退しているらしい。

 

 今はバンとジンが最もレックスを止めて、サターンを停められる可能性が高く、子供の私達には撤退命令が下っている……その説明をカズなりに言葉にして教えてくれた。

 

「てな感じだな。だから俺達も戻ろう……リュウに庇って貰ったんだって?後でお礼言ってやれよ、きっと喜ぶぜ?」

 

「わ、私達は郷田を追わないの?なにかあるかもしれないのに……これで終わりにするの?」

 

 私の焦りが言葉として出てしまった、それを聞いたカズがちょっと驚いたように動きが止まって。フッと気の抜けたため息と共に残酷な現実を突きつけてきた。

 

「だって、もう俺達にはなにもできないんだぜ?バンのようにレックスにたどり着くにも時間がない。郷田達のように神谷コウスケの回収命令も出ていない……中学生なりに十分頑張っただろ、だから邪魔にならないよう撤退するぞ」

 

 空っぽになった容器をゴミ箱に投げ入れ、缶が吸い込まれるように中に入ったことにひとりガッツポーズをするカズと対照的に。私の中でぐちゃぐちゃになっていた感情が、辺り一面に散らばった……大切だった筈のそれを、ただ無表情に眺めている事しか出来なかった。

 

 仙道は、どうして私を置いていったの?

 

 答えの出ない問いが心に詰まって目の前が大きくぐらついて、吐き気の前のような胸焼けが押し寄せる。

 

 結論と呼ぶにはあまりにも単調で簡潔な答えに、別の形を当てはめようとして、違うもので埋めようとしても……結局隙間に埋まるものはただひとつだった。

 

 だから、遂に言葉にしてしまった。

 

「私……仙道に、本当は嫌われてたんだ」

 

 悲しい、そう素直に思えるほどにシンプルな言葉が喉を通ってしまった。でも不思議と涙は出てこない、乾いた言葉と頭の中で辿り着けた結論に、今は不思議と納得してしまっている。

 

 カズが部屋を出て、行こうと手を引いてくれている……力の入っていない体は、カズの方に倒れていく。それがとても安心して、もうなにもかもがどうでも良くなっていく。

 

 もう仙道の手を引かなくていい。あの傲慢で嘘つきで、自信過剰で自尊心ばっかエベレスト級で……あんな、あんな奴の――。

 

「特別になんか、なりたいって思わなければよかった……だって――」

 

 こんな辛いだなんて、思わなかったから。




ちょっと次が面倒くさい場面なので
投稿しない期間が空きます
めんご、よしなに
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