酷い頭痛がする、瞼が重い……それにどこだここは。俺はなんでこんなボロボロなんだ?
思い出した、俺はトロイと戦ってナイトメアが最後の攻撃を当てたら爆発した。しかもただの爆発じゃない、LBX同士にしてはやけにデカい爆発……中々の傑作だったな。帰ったらキヨカにでも、事の顛末を教えてやろう。
たまの贅沢で秘蔵のコーヒーを淹れてカツサンドでも食べて、映画を一本観てからゆっくり眠りたいな。LBXの事すら久々に考えず、深い海に潜るように……穏やかな気持ちで。
「そうだ……川村アミにも教えてやらなきゃな」
きっと腹を抱えて笑い転げるかもしれない、涙を流しながら続きをせがんでくるだろうな……無邪気で、強引で、わがままで愛おしくてたまらない。
「俺が好きな――」
はっとすれば目の前が冴えわたった、今俺の視界には白い天井にプロペラが回っている……サターンにこんな場所があったか?
しんと静まり返った部屋で横にされていたらしい、なにがどうしてこうなった。いつから俺は眠っていたんだ?
現状を確認しようとして上半身を起こそうとしたが、全身に激痛が走ってすぐに頭を元の位置に戻した。体中が鉛みたいに重たい、特に右肩に強い痛みを感じる。
恐る恐る触れると頑丈に包帯が巻き付いている、それに上半身になにも着ていない……本当に何があった。
たしか……記憶が正しければ俺はあの時爆発に巻き込まれた、でもそれからの記憶がなにもない。一体全体どうなってんだ、ここは何処だ?地獄か?地獄にしては……随分と小綺麗だな。まるで病院の一室だ、装飾に気を回す金は地獄にはないらしい。不景気なんだな。
「う……うぅ……」
ふと隣から呻き声が聞こえた、目線だけ向けると俺以上に悲惨な姿の神谷コウスケが寝かされていたのが見えた。頭や体にガーゼや包帯を当てられ、腕から点滴と思われるチューブが伸びている。
それに面白い光景がもうひとつ……神谷コウスケの奥のソファーに布団に包まって、持ったカップを落としそうになりつつ船を漕いでいた山野バンまでいる……こっちも結果は分からんがここに居ることは理解できる。少なからず地獄でないな、地獄なら山野バンがいることはないだろう。じゃあまだ死んでないな、そうか……結局俺は死ねなかったのか。
痛みに耐えつつ上半身をなんとか起こし、ゆっくりと硬いベッドから体を起こして辺りを確認する。薬や医療器具の入った棚に壁側に病院のそれっぽい機械もある、名前は知らない。でも心音を測るとか血圧を測るとかの機械は見つけた、やはり医療関係の部屋なんだろうな。
辺りを観察してみれば、枕元にいつものパーカーが置いてあったのに気がついた……広げてみると右肩が破けて血が滲んでいる、いつかは分からないがやはり怪我を負っていたか。自分の血だけであればいいんだが……。
更に自分の持ち物を探してみるが、ジャケットもCCMも見当たらない……CCMも大事だがジャケットが無いだと!?あんなかにタロットカードが入ってるってのに、勝手に捨てられたか?一応人のもんなのに……状況整理も兼ねて犯人探しの長旅に出るか。
近くに綺麗目なTシャツがあったので拝借しつつ、まだ眠っているふたりを起こさないよう部屋を出た。
見覚えがあるような無機質な廊下に足を踏み入れる、人が居そうな場所を当たろうにも見当がつかない……まずここはどこだ?最近似たような場所ばかり巡っているせいで思い当たる節が多い。さてどうしたもんか……。
「仙道!?もう動いて大丈夫なのかよ」
なにも分からない現在に助け舟が現れた。振り返ると薬の入った籠を抱えた青島カズヤと、水の入ったペットボトルを数本持っている海道ジンが、俺の顔をまるで幽霊でも見たかのように固まっていた。
肩は確かに痛いが、別に歩き回るくらいはなんともない……だから愛想もない曖昧な返事を返しておく。
「なぁお前ら……変なことを聞くが、ここはどこだ?サターンはどうなった?あと……川村アミは……いや最後のはいい、教えてくれ」
「仙道お前……相当参ってんだな、大丈夫かよ」
「ここはエクリプスだ、サターンは空中で自爆してNシティの危機は去ったよ。君の頑張りで、神谷コウスケも救われた……本当にお疲れ様。君の活躍は称賛されるべきだろう」
言葉を詰まらせた青島カズヤと対照的に海道ジンが端的に説明をする、時刻を尋ねればとっくに日の出を迎えていたらしい。今は帰還の真っ最中、もう全てが綺麗に終わったようだ。
「そうか、レックスも連れ戻せたんだな……あの革命家気取りの処分はどうなったんだ?やはり警察に引き渡すんだな」
大したことじゃないと思って聞いた、全て終わったというのなら当然レックスもいると思ったから。きっと郷田に殴られて稚拙な言葉でも浴びせられているんだろう……だからふと気になった疑問を口にしてしまった。
するとふたりは顔を逸らして気まずそうに口を閉ざしてしまった。無意識だったんだろう……言葉にされるより明確に答えになっている、青島カズヤなんか目が泳いで次になにを言おうかと口元がモゴモゴと動いていた……そんな気を使われるような仲でも無かったんだがな。
「……まあいい、俺にとってはどうでもいい。郷田の気が済むまでは近寄らないようにしておくよ」
敢えて結果を言葉にせず、濁すように話題を終わらせてやった。青島カズヤは安堵のため息をついて、海道ジンは申し訳なさそうに俯いたままだった。不意に眉間に皺が寄ってしまい、誰もこれ以上喋ろうとしないまま黙って廊下に突っ立っている三人が完成した。
気まずい、こんな重っ苦しい空気になるなんて思わなかった。無神経で軽薄な発言だったな。
「……喉が乾いた、それ貰ってもいいか?」
「ああ、どうぞ……ついでに痛み止めも持っていくといい。カズヤ君、貰うよ」
「お、おう……」
ふたりから水と錠剤を受け取ってポケットに入れる。現状が知れたことはよかったが、やはりジャケットの行方が気になる……探しに行くか。
「少し出歩いてくる、問題はないだろ?多分」
「そんなに喋れるのなら大丈夫だと思うよ……けど傷が開くかもしれない、あまり遠出はしないことをオススメするよ」
「ちなみに、アミはさっきミーティングルームにいたぜ。まだそこにいるかもな」
余計なひと言に引っかかりを覚えつつ、軽い挨拶を済ませふたりに背を向けた。
ジャケットもCCMもそうだが、結局ナイトメアがどうなったのかも気になる……俺はどうやってここまで戻ってきたのか、そして川村アミについても。彼女は無事だったのか、あれからトラウマになってないか……それに大きな怪我をしていないか。LBXが怖くなっていなければいいな、下手をすれば悪夢にうなされるかもしれない……どうしよう、俺より酷いことになっていれば。
当事者ではないあのふたりに尋ねてもよかったが。多分なにも聞いていないかもしれないからな……ならば彼女に会って現状を整理しなければ。
「川村アミは……ミーティングルームに居たと言っていたな。行くか」
不思議と川村アミに向かう足取りが異様に軽く感じたのに、気づく間もなく。吸い寄せられるかのようにミーティングルームを目指しての一歩を踏み出した。
無機質な廊下を靴の音を響かせながら、周りでけたたましく動き回る大人達を観察していく。
シーカーの制服とイノベーターの戦闘服を着た人々がなにかを話し合いながらキーボードに文字や計算を打ち込み、ディスプレイや地図を見ながらあーでもないこーでもないと言い合っているようだった。
俺でもわかる、なんとも異様な光景だろうか。元は敵同士なのに……まさに呉越同舟、いや三方一両損だったか?こういうのがぱっと出てくるのは那須家なんだが、あいつならなんていうか……嫌なニヤけ面を思い出してしまった。脳内の端にニュルッと出てきたアイツを蹴り飛ばして追い出し、目の前の光景に意識を戻した。
「どっちでもいいか、もう争う理由もないだろうしな」
どこか楽しそうな光景にすら見える彼らの邪魔をしないよう横をすり抜けていく。少しばかり痛みが増したので、貰った痛み止めを水で流し込んで歩き回る。
途中で宇崎拓也を見かけたが、一番忙しそうに駆け回っていた……終わった後の方が大変そうだな。それにどこか表情が暗かったようにも見えたが、声を掛けることも労いの言葉も出せないままその背を横目で見送った。
そしてなんとかお目当てのミーティングルームに辿り着いた。あまり探索をしていなかったから苦労したな、コントロールポッドで寝ていたツケがここに来たな。
扉に手をかけようとして、脳裏に過った小さい癖に最悪の疑問が、俺の行動を止めに入った。
「コントロールポッド……あの時のこと、まだ怒ってんのかな」
衝動的であまりにも幼稚、そして軽率な行いだった。緊張と退屈で眠っていたところに現れた……冗談なのか本気なのかあんなことを言って、いつものようにじゃれる彼女につい悪戯をしかけた……ただそれだけだったのに。
度が過ぎた、そう言葉にしてしまうにはあまりにも強引だった。思い出すだけで耳が熱くなって胸が痛みだす……あと少しだったと後悔する気持ちと、なぜやってしまったと自責の念に駆られる気持ちとで思考が滅茶苦茶になる。叶うことならメモリーカードかなにかに記憶を抽出して、綺麗さっぱり消去してしまいたい。
「どうせ気にしちゃいないだろう……多分」
絶対そんなことはない、あいつの事だから末代まで呪うくらい忘れないだろうな。そもそも俺はなんであいつに会おうとしてんだよ……現状の整理のためだ、畜生!この扉の先に行かなきゃじゃねーかよ。
意を決して扉に手を掛けて、音を殺しつつゆっくりと開いていく。滑らかなスライド式なのに鉄同士が擦れるような音がやけに聞こえる、掌の汗で滑らないよう慎重に開けて中に入れば……川村アミどころか誰もいなかった。
無機質な壁の中心に大きなテーブルと椅子、壁側にソファーと雑品が積まれた箱が乱雑に並べられている。ここにいると聞いていたが、軽く見渡しても人の影は見つけられなかった。
「なんだよ……取り越し苦労かよ」
杞憂が過ぎたな、いない人間の存在に二の足を踏んでいたというのか……相当おかしくなっているな、もう戻って寝るか。
ここには用はない、部屋を出ようとして目線がずれた先にその影をようやく見つけてしまう。見て見ぬふりも出来ないまま、吸い寄せられるように近くに行ってしまった。
二人掛けのソファーに横になって寝息を立てている、未だに薄汚れたままに、なにかを守るように胎児のように蹲ってだらしない顔のまま寝息を立てていた。布団もかけずに眠れる神経には呆れてしまうな。
「……風邪引くぞ、川村アミ」
近くに用意されていた毛布を広げてふわりと全体に被せてやる。多少瞼が動いた気がするが、再び寝息が聞こえ夢の中へ戻っていったようだ。ソファーのアーム部分に腰掛けて改めて川村アミの顔を見る。
頬に絆創膏が貼ってあるが俺のような怪我はしていない、青島カズヤの話し方で推理するにさっきまで起きていたのかもしれない……ずっと無茶ばかりしていたんだろうな、もう流石に限界が来たんだろう。
眠っていることを好機と捉え、自分の精一杯の敬意を示すかのように。彼女の頭に手を置き、絹のように柔らかい髪に左手を沈めながら優しく撫でた。起きていたら不機嫌そうな顔で手を払い「子供扱いしないで」と叱りつけるんだろうな、でも眠っていれば口も出せまい……またバレたら後悔する、それは理解している。でもそんな小さな罪悪感を押しのけて、嬉しさのあまりつい本音が顔を覗かせてしまった。
「無事でよかった、お前が傷つく姿なんか見たくなかったから……」
自分でも驚くほど柔らかい声で言葉にしてしまい、今更ながら聞かれていないかと川村アミの顔を覗き込んだが、軽く言葉には聞こえないような単語を口にして、また静かに寝息を立て始めた。
俺の手がくすぐったいのか、なにか夢の中で文句を言われた気がするのが、何故か嬉しくて頬がだらしなく緩んでしまう。こうして居られる幸福感が皮肉の棘を抜き、堅く築いた虚勢を砕いていく。
「本当に、お前の前だとつくづく俺は嘘がつけないな……」
髪から手を離し、額や頬を指で優しくつついてしまう。眠って抵抗出来ないことを良いことにやりたい放題してしまっている、怒られるだろうな絶対に。むしろ怒られた方がいいのか?……別にいいか、向こうは寝てるし。バレなければ大丈夫だろう。
もし今起きたらいつも通りに風船のように頬を膨らませて、聡明らしさなんか欠片もない子供っぽい言葉を浴びせてきて、今度はポテトだのアイスだのせがまれるんだろうな。
俺だって金がないし、面倒なのにな。そしてまた俺の手を引いて、知らない世界に引っ張ってくれる。すごく……嬉しそうに、俺なんかの手を引いてくれる。
「そんな、いつも通りの……」
あれ?おかしいな。俺はいつから儚げで、いつか消えてしまいそうな夢を、こんなにも愛おしいと感じてしまうようになったんだ?
『箱の中の魔術師』とまで呼ばれ恐れられるLBXプレイヤーとして、研ぎ澄まされた剣のように鋭利で、常に孤独でいたのに。不気味な演出をして恐怖されてビビられて、はたまた牙を向けられる……それが当たり前だったのに。
その当たり前が遠い過去のように思えて、情けないほどに鋭さが鈍り、らしくないほどに感情が表に出てきている……それもこれも。お前がスイーツビュッフェだかなんだかに乱暴に連れまわしやがって、ネオアポロンでどんな俺でも引っ張ってくれた。
シーカーとしての戦いでも、背中を預けられた……どんな醜い本心も受け止めてくれた。だから今、ここに来てしまったのだろう。
「ありがとう、アミ。お前が居てくれたから……俺はここにいる、だから――」
俺はこれ以上、お前の側には居られない。その続きは掠れた喉を通ることなく再び心の底に落ちていく。
星は星でなければいけない。
空高くで輝き、俺なんかが手に入れたいと願ってはいけない。
川村アミはこれから、俺以上にたくさんの人と出会うだろう。もっと強いプレイヤーや素晴らしい人達と出会い、もっと上を目指せるのだろう……だから、足を引っ張り兼ねない俺が縛ってはいけない。
もういいんだ、俺は独りでも怖くない。もう十分連れてって貰ったから。
これから先のことを考えると、別々の道へ進むほうがいい……だから、今だけは。今この瞬間だけは正直に話させてくれ。
「俺が……俺なんかが好きになってしまってごめんな、アミ」
なにに対しての謝罪なのかわからない、でもこの独りよがりな感情を言葉にしなければ……俺はどうにかなってしまいそうだ。本心はきっと届かない……いや、もう届ける必要なんかない。これから道を違える上で、もう抱くことはないのだから。
「俺が居なくても、お前はこれからもっと強くなれるだろう……だから、幸せになれよ」
エクリプスを降りてしまえば他人に戻る、それからはきっと続かない。だとしても、俺はこれ以上ないほどに幸せな存在になった。
彼女から手を離してソファーから立ち上がる、暇になったし郷田がどうしているかでも見に行ってやるか。
しょぼくれてる郷田の顔でも見て、また皮肉でもぶつけてやろう。そしてあいつはきっと噛み付いてくる……周りから『いつも通り』だと言われる、嫌われ者に戻らなければ。
ありふれた日常に戻る、その一歩を踏み出そうとした時に、小さな手が俺の歩みを止めた。鼻を啜りながらも今にも消えてしまいそうな声で、なんとも夢の中のような言葉を口にされた。
「いかないで」